俺たちはルゥが師範を勤めている道場を借りて、昼食を食べることにした。

指導していたお弟子さんたちは、稽古が終わると元気よく挨拶をして帰っていった。

キノコの形をした不思議な道場は、どこか前世界(・・・)のニホンを思い出す。

磨きこまれた床に木の柱、そして温かみのある茅葺の屋根。俺にとっては懐かしい感じだが、材料はメタノシュタットではなく南国のマリノセレーゼから運んで来たものらしい。

だが、ルゥに剣術を仕込んでくれた老師様(・・・)のご出身地については、ルゥも詳しくは知らないようだ。

昼食を終えて午後になれば、また別のお弟子さんたちが練習に来るとのことで、ランチには丁度よい時間だったようだ。

道場の床の上に靴を脱いで上がり、俺たちは車座になっている。

「にゃ! これは美味しいでござる!」

ルゥが一口食べて目を丸くする。

「愛妻。そりゃスッピの手作りだもの」

「ルゥ兄ぃさん、幸せそうな顔で食べてる!」

マニュとリオラがその様子を見て、明るい笑い声を上げる。

「そ、そうでござるか? んむんむ……」

魚のフライとチーズ、それに香草を挟んだサンドイッチは、スピアルノがルゥの為に作ったものだ。

愛情たっぷりの愛妻弁当だが、今頃スピアルノは館で子供達と留守番中だ。

そろそろプラムやヘムペローザ、それにラーナが学舎での授業を終えて帰ってくる頃なので、寂しい思いはしていないだろう。

「こっちのサンドだって負けないくらい美味しいぞ」

「安堵。急ごしらえだったけど、よかった」

「ちょっと手抜きでしたけど、許してくださいね」

「そうか? そんな事はない。美味しいよ」

俺が食べているのは、極太のソーセージを茹でた物をパンに挟んで、濃縮トマトソースをかけたものだ。いわゆるホットドックに近いだろう。

マニュフェルノとリオラによる手作りだが、とても美味しい。

何より……ちょっと幸せな気持ちになる。

俺は横で食べている二人の横顔をそっと眺めた。

「極太(ふとい)。ちょっと、大きかったかな……」

「んっ! そうですね。このソーセージ、太くて口に入りきらな……はふんっ」

マニュフェルノとリオラが、大きな口を開けてかぶりつく。

「……ごきゅん」

思わず噛む事も忘れ塊のまま飲み込んでしまう。

ゴフゴフと咽(むせ)そうになるが、ココミノヤシの果汁で流し込む。

それにしても女の子たちがホットドックにかぶりつく姿は、何故に素敵なのだろう。

「や、ソースがついちゃいました」

えへへと、リオラが照れながら口の端のソースを舌と指先で舐める。

――お、おおぅ?

何気ない仕草や、大きな口で健気に頬張るところなど、実に良いものだ。

「賢者ググレカス、太いソーセージサンド、私も食べてみたいですわ」

「んごふっ!? ゴホゴ、な、何を言うんだメティ! きき、君はゴハンなんて要らないだろう!?」

いきなり耳元で囁かれ、ちょっと動揺してしまう俺。

「わかっていますけど。急に……なぜか」

そわそわと顔を赤らめるメティ。

「妖精。メティさんどうしたの?」

「なな、なんでもない!」

じぃーと俺の様子を眺めると、マニュフェルノは何かを察したようにフッ、と微笑みを浮かべた。

何が「フッ」なんだ?

銀色のお下げ髪の俺の彼女も、妖精メティウス以上に俺の感情を読み取るらしい。

--いかんいかん。

常に平常心を保ち、王国の賢者としての自覚を持ち……気が緩んだところなど見せないようにしなければならない。などと、自分に暗示をかけるように頭の中で繰り返し気を引き締める。

俺は残りのサンドを口に放り込むと、もぐもぐと味わってから優雅にゆっくりと飲み下した。

食事を終えた俺たちはルゥに一度別れを告げ、街へと繰り出した。

ルゥの午後の指導は3時過ぎには終わるらしく、4時に北門近くの商館前広場で落ち合う事にした。

俺はその後、マニュフェルノとリオラの三人で大通りでのショッピングを楽しむ。

右手にマニュフェルノ、左手にリオラを伴って、ちょっとしたデート気分だ。商店の多い南中央通はかなりの人出だった。

人ごみの中ではぐれないように、二人はローブの裾を掴んだり、俺の袖を掴んだりと着かず離れず一緒に歩く。

目的は秋から冬にかけての衣服や、日用品などの必需品だ。

村では買えない香油入りのシャンプーとか、潤い石鹸とかそういうものも含めて購入する。

服については、ひたすらマニュフェルノとリオラに任せて付き合うだけだ。

とはいえ二人とも買い物が実に楽しそうで、俺まで元気になってくる。

プラムやヘムペローザも一緒に来ていれば、好みを聞きながら買うのだが、今日のところはリオラが良さそうなものを見繕(みつくろ)うことになった。

そのなかでも、ラーナの服はいつもプラムの「お下がり」で、仕立て直したのばかりだ。なので、今日は新品を買って帰ることにする。

「ラーナ、喜ぶかな……」

スピアルノに自分の子が出来てから、ラーナはどこか大人びたというか遠慮気味になった気がする。イオラからも気持ちが離れてしまったらしく、俺は少し心配しているのだ。

そして、沢山買い込んだ両手いっぱいの買い物袋を抱えて歩くのは、男である俺の仕事だ。

「ぐぅ兄ぃさん、持ちましょうか?」

「い、いや! いい。余裕だ」

「無理しないで下さいね」

リオラが俺から荷物を奪いたくてウズウズしているが、俺にもプライドと言うものがある。

「微笑。魔法を使ってもいいですよ?」

「な、何を言うかマニュ。これぐらい。ふぐぐ……!」

買い物した品物は大通りの外れにある「運搬代行所」に持ち込む。ここで代金を払うと「北門の商館」預かりとして運んでもらえるのだ。

これで幾ら買い物をしても、馬車まで運んでくれるので、後は再び手ぶらで街を散策できるという優れものだ。

「ふぅ、やれやれ」

早速カフェでお茶を……と行きたいところだが、まずは「賢者のローブ」の修理を依頼しにいく事にする。

「王国の……魔法協会? 私も行って平気でしょうか?」

リオラが不安そうにマニュフェルノと顔を見合わせる。

一般の魔法を使わない人間にとって、魔法協会はちょっと近づきがたい場所だ。

魔法使いは偏屈だったり他人との関わりが苦手だったりするタイプが多いので尚更だ。

……って俺も若干その傾向があるのか?

「遠慮。私たちはそこの喫茶店でお茶してましょ」

「そうですね、ごめんなさい、ぐぅ兄ぃさん」

マニュフェルノも魔法協会の名簿には名前が載っているが、あまり行きたがらない。

「そうだな……。では、すぐに戻ってくるから、お茶でも飲んでゆっくりしていてくれ」

「首肯(うん)。いってらっしゃい」

俺は喫茶店の前でマニュフェルノやリオラと別れ、一人で魔法協会へ向かう事にする。

「一人で行くとするか……」

すると、ローブの襟首の内側から、モゾモゾとメティが這い出してきた。

「お一人では御座いませんわ。いつもお傍におりますもの」

「はは、それもそうだ」

正確には「妖精メティウスと一緒」だな。

魔法協会の本部事務所は、城の基幹部とも言える古い区画にある。

王立図書館と丁度反対側の、じめっとした北側の入り口をくぐる。石を削って作られた通路には石の柱がいくつも建ち並び、昼間だと言うのに薄暗い。水晶の魔法の照明が灯されているので不便は無いが、妖しいげな雰囲気が漂っている。

実際、床や壁、柱などに幾重にも古い魔法術式が仕込まれていて、侵入者を検知したり、迷わせたりする仕掛けとなっている。

足元をネズミのような何かが通り過ぎてゆくが、使い魔のようだ。

正直、リオラを連れてこなくてよかったと思う。

だが俺自身は、こういう秘密基地めいた雰囲気は嫌いではない。

敵対的な雰囲気は無く、俺に向けられているのは興味(・・)と歓迎(・・)の気配のようだ。

「うーむ。いつ来ても魔法使いの総本山と言う感じがするな」

「少し怖いですわ、賢者ググレカス」

「なぁに。むしろここにいるのは仲間達(・・・)さ」

柱の影では、色とりどりのローブを纏った魔法使いが集まり、ヒソヒソと何かを議論していた。空中に魔法の文字を描いていたり、魔法陣を組んでみたりと雰囲気も独特だ。

千年を超える歴史が醸成する、ひんやりと冷たくカビ臭い空気。

秘密めいた儀式と触媒の匂い。

連綿と受け継がれているという、王国を守護するため繰り返された儀式級魔法の残滓が、圧迫感や凄みのある気配の元だろうか。

壮大な夢とロマン、魔法の歴史の全てがここにあるといってもいい。

魔法の蔵書も数多いが、それらは丁度王立図書館の裏手から秘蔵本の閉架書庫に入り込むような格好にある。つまり「表」とも言える王立図書館からでは立ち入ることの許されない禁止区画に、この魔法協会経由ならば入室が可能なのだ。

「ググレカス殿、ようこそいらっしゃいました」

「お待ちしておりましたよ!」

赤いローブを纏った、二人の若い魔法使いが近づいてきて礼をする。ローブには紋章が付いているので王宮勤めの魔法使いらしい。俺も礼をして要件を告げる。

すると、既に俺がローブを破損した事を知っているようで、俺を本部の事務室へ案内すると言う。

「生憎、魔術師協会会長アプラース・ア・ジィル卿は出かけております。ですが、既に賢者様用のローブとして、今年の最新モデルをお預かりしております」

「最新の……ローブですと!?」

「ま、まぁ!?」

俺は肩パットの上に乗るメティウスと顔を見合わせた。

「はい。ググレカス殿がこちらにいらっしゃった場合、お渡しするようにと言われております」

<つづく>