The Executed Sage Reincarnates as a Lich and Begins a War of Aggression
Episode 38: Sage Surprises Empire's Weapons
(術式を刻んだ砲弾か)
飛んでくる物体を凝視した私は、その正体を識別する。
軌道を安定させつつも、弾を加速させるための工夫が随所に施されていた。
おまけに強力な聖属性が付与されている。
かなり高度な兵器だ。
帝国はこのようなものを複数設置できるだけの状態らしい。
密偵からの情報にはなかった。
やはり存在を秘匿されていたようである。
配下達が気付けないほどとは、よほど入念に情報管理が為されていたのだろう。
私は迫る砲弾を観察し、その構成術式を暴いていく。
刹那の間に、大まかな効果と破壊力を導き出した。
この辺りは生前から得意としていたため、着弾までの時間だけでも可能である。
結果、下手な防御魔術だと破られかねないことが判明した。
加えて回避困難な飛来速度だ。
相手に防御を強いて、そのまま貫くのが目的なのだろう。
なかなかに悪辣なやり方でありながらも、設計思想は理に適っている。
並みの魔術師だと、反応する前に砲弾を受けて即死する。
周辺がやけに荒れているのは、グロムが奮闘した痕跡に違いない。
私の場合は転移で躱せる。
魔術の出力を上げれば防ぐこともできるが、そこまですることもあるまい。
ちょうどいいので、あの砲の性能を確かめることにした。
向こうが秘密兵器を隠し持っていたのは揺るぎない事実だ。
他にもまだ何かを隠している可能性がある。
今のうちに砲の特性や脆弱性を知っておけば、別の場面で役に立つかもしれない。
(とりあえず、どうにかするか)
砲弾は眼前まで迫りつつあった。
瞬きの間にこの身を打ち砕けるだろう。
私は前方に魔力を展開し、より合わせて数十万本の糸にした。
その際、弾性を持たせるように意識する。
作り出した糸の束を網目状に編み、接近する砲弾を遮る位置に浮かべた。
直後、砲弾がまとめて魔力の網に飛び込む。
位置を固定した網は、その勢いと衝撃に押し込まれて伸びた。
砲弾は火花を散らしながら高速回転する。
激しく軋みながらも、魔力の網は破損しない。
そうして網の伸びが限界に達した時、強い弾性によって砲弾が跳ね返された。
縦回転する複数の砲弾は、逆行して帝都へ飛んでいく。
散らばったそれらが外壁に炸裂し、外壁の一部が爆発と共に崩落した。
不運にも弾が直撃した砲は炎上する。
火だるまになった兵士が中から転がり出るのが見えた。
あの砲は、内部に操縦者がいるようだ。
「さすが魔王様ですな! 素晴らしい反撃ですっ!」
グロムは地面の亀裂から顔を覗かせて私を称賛する。
骨なので表情は変えられないが、いたく尊敬されているのは伝わってきた。
下っ端じみたその姿になんとも言えない気分になりつつ、私は反撃の成果を確かめる。
射撃を終えた砲は、赤熱して白煙を上げていた。
術式が機能しておらず、充填された魔力が乱れている。
あの状態を見るに、連射はできない様子だ。
だから砲の数を増やしているのだろう。
単発式という欠点を設置数で補填している。
初撃で稼働しなかった砲は、駆動せずに沈黙したままである。
術式は正常に作動しているので、いつでも砲弾を撃てるはずだった。
それをしないのは、先ほどのように跳ね返されるのを恐れているためだと思われる。
今頃は被害を受けて動揺している頃だろうか。
反射に使った魔力の網は破損していた。
所々が千切れて術式が安定しない。
同じ砲撃を防ごうとすれば、きっと耐えられずに打ち破られる。
(大した威力だ。そこは認める他ない)
帝国があのような兵器を備えているとは予想外だ。
聖属性を纏う砲弾による高速射撃は、明らかに私の殺害を想定したものであった。
結果的に防げたとは言え、着眼点はとてもいい。
私が魔王として君臨してから、まだ数ヶ月しか経っていないが、まさかこの短期間で開発したのだろうか。
それにしては、性能の高さに違和感を覚える。
連射性能を除けば、あの砲は十分に兵器として機能していた。
仮に幹部抜きの魔王軍が立ち向かう場合、外壁に辿り着くまでに多大な被害を強いられるだろう。
それほどまでに強力無比な兵器である。
それほどの代物を簡単に製造できるとは思えない。
(以前から開発を進めていた魔術式の砲を、対魔王の兵器として改良したのか?)
分かり得る範囲の情報を統合すると、その流れが無難かと思われる。
歴史を遡れば侵略戦争で成り上がってきた国だ。
世界樹の森にも攻め込んでいたことを加味すると、現在でも戦いに熱心なのは言うに及ばない。
数年前から新兵器の開発を行っていたとしても、何ら不思議なことではなかった。
実際の経緯については、帝都内を調べて明かすつもりだ。
重要施設を漁れば、関連資料くらい出てくるだろう。
他国との繋がり等も分かるはずである。
(……このまま魔王軍を帝都に送るのは、危険かもしれない)
私は砲に注目しながら考える。
あれ以外にも、帝国が未知の兵器を保有している恐れがあった。
連戦連勝を根拠に突っ込むと、少なくない被害が出るだろう。
かと言って、私が大規模魔術で帝都を消し飛ばすのは論外だ。
人類側への損害が大きすぎる上に何も残らない。
魔王の脅威を知らしめることはできるものの、長期的に見ると悪手だろう。
帝国を滅ぼしてはいけない。
此度の侵攻で適度に力を削いで、他国との連携を促すだけに留める。
私が為すのは世界滅亡ではないのだ。
以上の理由から、帝都への侵入はひとまず私だけで実行する。
魔王軍は占領済みの都市で待機させて、その後に新たな国境を築いてもらう。
そうして新たな領土を徴収するのだ。
戦略的にも経済的にも重要な地帯を失うことになるため、帝国をほどよく衰退させられる。
ついでに外壁の砲も奪い取らせてもらう。
あれは面白い兵器だ。
是非とも鹵獲して王都で研究したい。
私達にとっても有用だろう。
考えをまとめた私は、グロムに指示を送る。
「私が単独で帝都を攻撃する。お前は王都の守護にあたれ」
「はっ! かしこまりました! 後方の魔王軍は如何しましょうか」
「待機だ。気を抜かないように伝えてくれ」
「承知しました!」
グロムはきびきびとした動作で亀裂から這い上がった。
彼は足裏から炎を噴出すると、猛速で彼方へと飛んでいく。
私はそれを見届けて、帝都の方角を見る。
依然として静かで、これといった動きはなかった。
軍が姿を現さず、砲弾も発射されない。
不気味なほどに落ち着いている。
様子を窺っているのだろうか。
砲撃が効かないため、籠城戦に持ち込むつもりなのかもしれない。
案の定、外壁を軸に多数の防御魔術が張られ始めた。
帝都は磐石の態勢を整えていく。
(引きこもるつもりならば、こちらから遠慮なく行かせてもらおうか)
私は全身に瘴気と魔力を巡らせる。
本来なら魔王軍という組織で侵攻したかったが、少し事情が変わった。
ここは万全を期して、配下の命を優先する方針でいこうと思う。
多少の手間は増えるものの、これで自軍の安全が確保されるのなら安いものだ。
決して配下が弱いせいではない。
的確な戦況把握と命令ができなかった私の責任である。
故にここで挽回させてもらう。
砲の動きに注意しつつ、私は転移魔術で帝都へ向かった。