The Executed Sage Reincarnates as a Lich and Begins a War of Aggression
Episode 44: Wise Men Colour the Night Sky of the King's Capital
数日後の夜。
帝国に勝利したことを祝って、王都では宴会が開催されていた。
発端はルシアナで、彼女が私に提案したのだ。
戦争だけを繰り返してきた魔王軍には息抜きが必要だろう、というのが彼女の言い分である。
確かにそれは間違いではないと思う。
私はともかく、配下達には心を休めてもらわねばならない。
まずは心身の健康が第一だ。
無理をすれば、いずれ破綻してしまう。
それを理解していたはずなのに何もできていなかったのは、ひとえに私の配慮不足だろう。
ルシアナの提案でそれを痛感した。
ともあれ、反省ばかりでは何も進歩しない。
私は他の幹部にも宴会開催の旨を相談した。
ヘンリーは大いに賛同していた。
曰く、酒を飲んで大騒ぎしたいそうだ。
彼らしい素直な意見である。
グロムは賛成はしていないものの、特に異論も発さなかった。
私が反対していないので、別に開催してもいいという口ぶりであった。
あまり積極的ではないのは、飲み食いできない身体だからかもしれない。
それでも反対するほど嫌悪している様子でもなかった。
以上の経緯を踏んで、幹部達の意見は一致した。
そうして今宵、宴会の実施に至ったのである。
王都の広場と通りには、溢れんばかりに魔物達がいた。
数が多いので、付近一帯が会場と化していた。
あちこちに置かれたテーブル上に、無数の食事と酒樽が並んでいる。
彼らは陽気に飲み食いをして満喫しているようだった。
私は上空に浮遊して、宴会の模様を観察する。
「おう! もっと持って来い! はっはっは! そら、遠慮なく飲め飲め!」
上機嫌な声が聞こえてきた。
大笑いを響かせるのはヘンリーだ。
彼は首無し状態のドルダと肩を組んで、次々とグラスを空にしていた。
周囲の魔物を巻き込んで大騒ぎしている。
普段から戦闘訓練の教官を担うだけあって、ヘンリーは魔物達と非常に仲が良い。
種族の垣根を越えて友好を深めていた。
翌朝には二日酔いで苦しむ者が多発するはずなので、今のうちに薬を用意してもいいかもしれない。
少し離れた地点では、ルシアナが部下のサキュバスと共に優雅に晩酌していた。
ヘンリーの付近と比べると静かだ。
宴会といった雰囲気ではなく、彼女達は洒落た服を着こんで立食を楽しんでいた。
どちらかと言うと、社交会に近い光景である。
「遅いッ! せっかくの料理が冷めてしまうではないか!」
配下に怒声を飛ばすグロムは、なぜか食材を調理していた。
宴会の一角に設けられた区画にて、彼は八本の腕を駆使して料理の数々を生み出していく。
周囲から驚嘆の声が上がっていた。
遠目からでも相当に手際が良いのが分かる。
彼を構成する死者の中に料理人がいたのだろう。
グロムはその技術を引き出して調理しているのだ。
彼の作る料理は大人気らしく、次々と空の皿と食材が運び込まれている。
配下を叱咤しつつも、グロムの機嫌は良いように見える。
彼自身も、頼られることで気を良くしているのだろう。
飲み食いできないながらも、宴会を楽しんでいる。
離れた場所では、人間達も宴会を行っていた。
魔王領の各地から提供された人材だ。
まだ心理的な壁があり、魔物達に混ざって酒を交わせるほど馴染めていない。
ただ、少数ながらも魔物と会話している者がいた。
思ったより険悪な雰囲気ではない。
探り探りといった調子だが、互いに距離を詰めようとしている。
実に良い傾向だ。
この調子で親しくなってくれることを祈る。
王都には不在だが、世界樹の森のエルフ達にも酒と料理を届けてあった。
彼らも今頃は宴会を行っているはずだ。
今はまだ難しいものの、いずれは彼らも王都に呼べるようになりたい。
(大盛況だな。まあ、それも当然か)
帝国戦における後処理は完了した。
魔王軍は帝国領土を東部から西部へと侵略し、帝都の手前までを新たな魔王領とした。
その主張を強めるため、私の魔術で国境代わりの河川まで引いている。
分かりやすい指標になっているだろう。
此度の侵攻により、帝国領土のおよそ二割を奪ったことになる。
加えて帝都は半壊し、名実共に強国の力を失った。
だがしかし、再起は十分に可能である。
帝国内に残された各都市で連携し、広大な国土を活用すればいい。
資源も潤沢にある上、提携国との繋がりも利用できる。
愚かな真似をせず、虎視眈々と魔王軍への報復だけを企んでくれるのが理想だ。
今後については、各国の動向を監視するつもりだ。
ここからさらに連戦する必要はない。
帝国の弱体化を受けて、各国は多かれ少なかれ動きを見せるだろう。
それほどの事態だ。
歴史を遡っても、帝国があれだけの損害を受けたことは無い。
侵略に侵略を重ねて、勝利の果てに成立した強国だ。
先代魔王が活動していた時期も、率先して魔族を打ち倒していた記憶がある。
そんな帝国が見る影もなく弱体化したのだから、周辺諸国は自ずと選択を迫られる。
(果たしてどのような立ち回りを見せるのかだが……)
私の予想では、魔王領の属国を望む国が出てくる。
軍事力では敵わないと悟り、滅ぼされる前に服従を示してくるだろう。
早計にも感じられるが、賢明な判断とも言えよう。
その考えを私は否定しない。
諦めてしまうのも一つの手ではある。
ただ、すべての国が同じ選択を採るとは思えない。
必ず魔王領への攻撃――果ては魔王討伐を目論む国がいるはずだ。
帝国の被害から対策を練って、今も着々と作戦を進めているかもしれない。
不死者への服従の先に何が待っているのか。
その末路を想像した場合、抵抗を諦めない心理は当然だろう。
何ら大袈裟ではなく、人類の生存と尊厳を守る戦いとなる。
ひとまず魔王軍は侵攻を止めて、当分は領内の発展に専念する。
並行して兵器開発も行いたい。
せっかく帝都から数々の資料と試作品を持ち帰ってきたのだ。
兵器類を運用できる態勢を整えていきたかった。
世界樹の森の近郊も、開拓を進める予定だ。
遠方から力技であの地域に運んできた関係上、やはり不便を強いている。
エルフ達が暮らしやすくなるように配慮したい。
環境の変化に対する戸惑いも、完全には払拭できていないだろう。
彼らとの関係を良好なものにしていくのも課題である。
(今後も波乱が待ち受けていそうだな)
魔王軍に所属するということは、世界の敵を意味する。
いつか命を失うその時まで、配下達は戦乱に身を投じていく。
いや、たとえ命を失ってもアンデッドとして戦い続けるだろう。
それを繰り返す私という魔王は、どうしようもなく残忍で非道と言える。
(今宵の宴は貴重な息抜きだ。少しでも楽しんでもらわなければ)
私は盛り上がる配下達を見てふと閃く。
粋な計らいとは言えないかもしれないが、試してみたいことがあった。
頭上に腕を掲げた私は、魔術を行使する。
指先から無数の火球が放たれた。
それらは甲高い音を立てて飛び上がると、月を背景に弾ける。
大きな炸裂音と共に、煌びやかな光を舞い散らせた。
私は同じ術を微調整しながら連発する。
夜空に色とりどりの火球が次々と打ち上がっていった。
そうして幻想的な光景を作り出す。
配下達からどよめきと歓声が上がった。
拍手や指笛も合わせて鳴り響く。
反応は上々であった。
歓迎されるか不安だったが、上手くいったようだ。
――活気に溢れる王都の街並みを眺めながら、私は夜空に彩りを添え続けた。