「まったく、此度もとんでもない相手でしたな! 危うく命を落とすかと思いましたぞ。亜神を自称するだけの力があったことは、我(わたくし)も認めざるを得ませんな」

王城の一室で、グロムは大袈裟な調子を交えながら語る。

椅子に座る彼は陽気に笑っていた。

ほんの少し前まで粉微塵だったとは思えない様子である。

グロムは私の魔力と瘴気を注ぎ込むことで復活を遂げた。

心なしか力が底上げされている気がする。

相変わらずの不死性だった。

グロムなら蘇ることができると確信していたが、ここまですんなりと復帰されると、呆れに近いものを感じてしまう。

私は諸々の気持ちを呑み込んで彼に尋ねる。

「もう平気か」

「ええ、絶好調ですぞ! この通り、損傷は一つも見当たりませぬ。これもすべて魔王様のおかげです。本当に感謝致します」

「気にするな。配下を守るのも私の務めだ」

立ち上がって礼を言うグロムの姿に、私は密かに安堵する。

彼は相当な覚悟を抱いて亜神に挑んだ。

その意志を尊重した結果、グロムは消滅の危機に至るほどの破壊を受けた。

グロムの奮闘が戦いの顛末を決したとは言え、何かが少しでも違えば、復活させられなかったかもしれない。

そう考えると、グロムと共に生還できたのは幸運だった。

「心残りがあるとすれば、魔王様のご勇姿を拝見できなかったことですな。どのようにして亜神を倒したのですか?」

「ふむ、そうだな……」

私は戦いを思い出す。

記憶を遡って話し始めようとしたその時、部屋の扉が開いた。

機敏な動作で現れたのは、先代魔王ことディエラだ。

彼女はグロムを見て声を上げる。

「おお! 無事に復活しておるではないかっ!」

駆け寄ってきたディエラは、べたべたと無遠慮にグロムを触る。

無事であることを確認しているようだが、当のグロムは不機嫌に眼窩の炎を揺らしていた。

「先代よ。扉に貼られた立ち入り禁止の紙が見えなかったのか? 一体どういった了見で魔王様の話を遮ったのだ」

「そう固いことを言うな。吾らの仲じゃろう」

快活に笑うディエラがグロムの肩を叩く。

グロムは鬱陶しそうにしている。

反撃しないのは、私の前だからだろう。

喧嘩をすれば叱られると分かっているのだ。

「ここへはお主らの見舞いに来たのじゃよ。亜神と死闘を繰り広げたと聞いておったからのう。元気そうで何よりじゃ」

グロムとじゃれ付くディエラが懐を漁る。

彼女が机に置いたのは、ガラスの小瓶だった。

中は透明の液体で満たされている。

「ほれ、不死者用の酒じゃ。ありがたく飲むがよい」

私はその酒を観察する。

注目しているだけで頭が痛くなるような感覚があった。

液体は、明らかに聖気を帯びている。

瓶に手を近付けるだけで、指先が軽く痺れるほどだった。

「……これはどこから手に入れたんだ」

「吾が自作した! 火酒に神聖魔術を注ぎ込んだ逸品じゃな。口当たりがまろやかになっている」

ディエラは得意げに説明する。

彼女は善意で用意したようだが、これは聖気が強すぎる。

おそらく作成にあたって張り切りすぎたのだろう。

この酒を生者が飲んでも悪影響はない。

むしろ一定時間はアンデッドを寄せ付けない体質になれるはずだ。

しかし、これを私やグロムが服用すれば、劇毒に等しい効力を発揮するだろう。

体内を内側から溶かされてしまう。

下手な聖魔術より何倍も凶悪だった。

そのような代物を、ディエラは笑顔で渡してきた。

彼女の顔に悪意は感じられない。

本当にただの見舞いの品として自作してきたらしい。

それを悟った私は、大人しく瓶の酒を受け取る。

「……後で飲ませてもらおう。感謝する」

「味の感想も待っておるからな!」

ディエラは意気揚々と言う。

ここまで期待されては、誤魔化せない。

万全の準備を整えた時に、試飲をしようと思う。

完全に浄化されなければどうとでもなる。

その後、私達は他愛もない雑談をした。

区切りが付いたところで、ディエラは立ち上がる。

「さて、吾はそろそろ行くぞ。新型戦車の視察をせねばならんのでな」

そういえば彼女の改造戦車は、鋼騎士との戦闘で大破していた。

数日は寝込みかねないほどに打ちひしがれていたが、既に敗北を克服したようだ。

前向きに取り組んでいる。

魔王軍の所属ではない彼女が兵器開発に携わっていることについては黙認している。

度が過ぎれば止めるつもりだった。

ディエラも一線は弁えているので、私から口出しすることはないだろう。

部屋の扉を開けたディエラが、ふとこちらを向いた。

彼女は笑みを消して私の名を呼ぶ。

「……ドワイトよ」

「何だ」

「お主の意志には、目を見張るものがある。これからも自らの正義を為すようにな。吾は応援しておるぞ」

ディエラは親しみ深い口調で述べる。

思わぬ言葉に驚くも、私は頷きを返した。

「――分かっている」

「クハハ、よい面構えじゃ」

軽く笑ったディエラは、今度こそ部屋を去った。

駆け足の音がすぐに遠ざかっていく。

グロムが呆れを隠さずに首を振った。

「相変わらず騒がしい奴ですな……」

「まったくだ」

あれがディエラの平常運転である。

今更、何か言うことはない。

話題が途切れた室内で、グロムは思い出したように私に尋ねた。

「ところで、今後はどうされるおつもりですかな。新たな英雄を失った聖杖国と魔巧国は、かなりの痛手を負っている模様ですが」

「これからルシアナと話し合うつもりだ。グロム、お前にも参加してほしい」

「はっ! お任せくだされ。持てる知識を振り絞り、魔王様のお役に立って見せましょうぞ」

グロムは背筋を伸ばして敬礼する。

そこには絶対的な忠誠心があった。

彼はたとえ自らが滅びるとしても、決して私を裏切らないだろう。

そう感じさせるだけの気迫と覚悟が窺える。

もっとも、グロムが滅びる事態など、そう簡単に起きるものではない。

完全に倒されたとしても、彼なら数日後には何事も無く復活しそうだ。

頼もしい忠臣の姿を見つつ、私は此度の出来事を振り返る。

(また一歩、私は悪逆の道を進んだ)

月並みな表現だが、私は犠牲になった人々の命を背負っている。

そこに亜神も加わった。

私は彼の正義を踏み躙ったのだ。

戦いの末に打ち勝った以上、さらに精進していかねばならない。

世界平和は、実現へと迫っている。

このまま徹底して滅びぬ悪を担い、世界の流れを支配するつもりだった。