「は、はは……こりゃ参った……。ここまでやりづらい相手は、初めてですよぉ旦那ぁ……ッ」

 ディールは荒い息を繰り返しながら、一歩こちらへ踏み出した。

 そうして距離を詰めた分だけ、黒剣が奴の胸を抉(えぐ)っていく。

「――動くな。急所は外してあるが、重傷であることに違いはないんだ。あまり無茶をすると……死ぬぞ」

 俺が制止の声を掛けた次の瞬間、

「へ、へへ……。戦闘中に……敵の心配をするなんて――」

「――本当にお人好しですねぇ?」

 ディールの声が二つに(・・・)分かれて(・・・・)聞こえた(・・・・)。

「なっ!?」

 慌てて顔を上げれば――遥か前方に完全回復を(・・・・・)果たした(・・・・)奴の姿があった。

 それと同時に黒剣の刺さった方の体は、ドロドロとした紫色の液体と化し――俺の四肢へまとわりついてきた。

 強い粘り気を持つそれは、なかなか思うように剥がれない。

「分身体……!? なるほど、そういうことか……ッ」

 ディールの放った毒龍の大顎(ヴェノム・アギト)、アレには『二つ』の狙いがあったのだ。

 一つは内部に仕込まれた毒玉を破裂させ、動けないローズたちへとどめを刺すこと。

 そしてもう一つは――俺の視界を一時的に潰し、分身とすり替わる時間を作ること。おそらくこちらが本命だろう。

 これによって奴は、猛毒の裏転(ヴェノム・リバース)で回復する時間を作り出した。

 そのうえ分身に使った毒を再利用し、今みたく俺の動きを拘束している。

(飄々(ひょうひょう)としているだけかと思えば、随分と先を読んだ『手』を指してくるな……)

 ディール=ラインスタッド、本当にやりにくい男だ。