The Former Witch Reincarnated as A Village Girl

19 Stories: Secret Special Training

「リィカ、私達用事があるから掃除一人でしてね」

「ちゃんと綺麗にしてよー。汚したままだったら許さないんだから」

放課後の教室でリィカは女子生徒達にそう言われ掃除を押し付けられていた。

本来なら決められた班がやるべき事なのだが、女子生徒達は私情を優先してリィカに全てを押し付けた。当然気弱な彼女が断れる訳も無く、箒を強く握り締めたまま力無く頷いた。

「…………」

リィカは泣かない。悲しい訳では無い。むしろ仕方の無い事だと割り切っていた。彼女は窓から差し込み太陽の光を眩しく思いながら箒をせっせと動かした。

魔法学園で魔法が苦手な子は虐められる。それはある意味必然な事であり、優秀な生徒からすればリィカのような子が学園に居るのは目障りであった。魔法学園は優秀な生徒は卒業後そのまま王宮魔術師への道が用意されている。生徒の多くはそれを目指して日々勉強しているのだ。そんな中でリィカのような落ちこぼれが混ざっていると、どうしてもうっとおしいと感じてしまう事があるのだ。

その事をリィカは分かっており、申し訳なさと、自身の力の無さを悔やんだ。以前泣かないまま彼女はきゅっと唇を噛み締める。

掃除を終えた後、リィカは下校せずある空き部屋へと向かった。普段そこは物置室と使われており、滅多に人は寄らない。リィカは誰にも見られていない事を確認してから小さくノックし、その部屋へと入った。

「ん、来たか。では今日の授業を始めるぞ」

そこで待っていたのは銀髪の少女シャティアであった。箱の上で優雅に座りながら本を読んでいたらしく、リィカが来た事に気がつくとニコリと微笑んで本を閉じた。

「遅れてご免ね、シャティアちゃん。掃除が長引いちゃって」

「どうせまた押しつけられたんだろう?ほったらかせば良いものの……リィカは本当にお人好しな性格をしているな」

リィカは遅れた理由を掃除だと言って謝罪するが、シャティアは見抜いていた。呆れたようにため息を吐き、ジト目でリィカの事を見る。リィカは恥ずかしそうに顔を俯かせ、最後にもう一度だけごめんねと呟いた。

「まぁ良い。さっさと始めるか……今日は火魔法の応用編だったな」

シャティアは話を打ち切ると箱の上から飛び降り、リィカと目線を合わせながら授業を始めた。

リィカの秘密。それは先週からシャティアに魔法の勉強を教えてもらっている事であった。シャティアが編入したあの日、彼女は唐突にリィカに魔法を教えてやると宣言したのだ。最初はリィカも色々と戸惑ったのだが、シャティアの教えはとても分かり易く、見た事も無い魔法を見せてくれたりする為、今ではこうして放課後に空き教室を使って教わる程になっていた。

「リィカは魔法が苦手なんじゃ無い。魔法を知らないだけだ。火を知らぬ者が薪と火打石を渡されても使い方が分からないだろう?それと同じだ」

シャティアはリィカが全然魔法の事が分からなくとも付きっきりで優しく教えてくれた。ある時は実戦して見せたり、ある時は分かり易いように絵で書いて見せたりとあらゆる方法で伝えてくれた。その度にリィカは申し訳ない気持ちになったが、それ以上に嬉しさがあった。

リィカにとってシャティアは初めての友達だった。同時に先生でもあり、唯一自分に優しくしてくれる存在だった。だからこそ、シャティアに認めてもらう為にもリィカは必死に魔法の勉強を頑張った。

「では今日は実戦でやってみるか。昨日教えた通り火魔法を使ってみろ」

「わ、分かった……」

指示を聞いてリィカは早速腕を前に出し、手の平に魔力を込める。

火魔法は初歩的な魔法で、扱い易く更に汎用性の高い魔法の為、魔術師ならば誰もが覚えている魔法である。更に言うと火魔法が使いこなせて初めて一人前として認められる傾向がある為、一年生の生徒は特にこの魔法を極めようとする。

リィカは目を瞑って強く火を想像した。そのビジョンが体内の魔素と結びつき、魔力と変換されて火魔法として発動される。まだ変化は無い。だがリィカは耐えて必死に魔力を込め続けた。そしてバチリ、と指先から火花のような物が散った。

「……ッ!」

リィカはピクリと肩を振るわせた。今、明らかに手応えがあった。その感覚を忘れずにリィカは魔力を込め続ける。そして遂にリィカの手の平から小さな火の球が飛び出た。

「や、やった……出来たよ! シャティアちゃん!」

「うむ、まぁまぁだな。その感覚を忘れるなよ。コツさえ掴めば他の魔法もその調子でやれるはずだ」

初めてまともに魔法を使えた事からリィカは飛ぶように喜んだ。シャティアは火の球が零れない事を不安に思いながら良かったなと声を掛け、リィカを落ち着かせる。そしてシャティアはまじまじと火の球を見つめた。

筋は悪く無い。むしろあれくらいの教えで此処まで綺麗な火炎球を作れるのは見事と言うべきである。やはりリィカは魔法の根本が分かっていないだけで、やれば出来る子なのだ、とシャティアは確信した。

「さて……それじゃあ今日はこれくらいにしとくか。続きはまた明日だ」

「うん、分かった。有り難うシャティアちゃん」

それからしばらくしてシャティアは授業を終わりにし、今日はもう下校する事にした。シャティアは後片付けがあるから、と言ってリィカを先に帰らせ、一人静かに廊下を歩く。

もう教室には誰も残っておらず、シャティアの足音が廊下中に響いていた。ふと、前方から影が現れた。それは数人の女子生徒だった。

「あれシャティアちゃん。こんな時間まで学校に残ってたの〜?」

女子生徒の一人はあたかも偶然シャティアと遭遇したかのように振る舞う。だがシャティアはそれを嘘だと見抜いていた。途中から気がついていたのだ。魔力の反応で彼女達が待ち伏せしている事を。だから先にリィカを帰らせ、標的が自分になるように仕向けた。シャティアは慌てる様子も見せず、凛とした態度で腕を組む。

「ああ、掃除が長引いてな。我に何か用か?」

「別に私達もちょっと用事があっただけ〜。でもシャティアさん、本当に掃除してたの〜?」

シャティアは適当に嘘を吐くが、その嘘に別の女子生徒が噛み付いた。と言うよりも嘘だと決めつけるように舐めた言葉使いでシャティアの事を睨みつける。しかしシャティアからすれば女子生徒の睨みなど子供が大人ぶっているようにしか見えず、むしろ可愛らしいと思えた。

「もちろんだ。それとも我が嘘を吐く必要があるか?」

シャティアは腕を広げてそう問いかける。相変わらず女子生徒達は睨みつけるようにシャティアの事を見つめ、不機嫌そうな顔をしていた。そしてとうとう最初の女子生徒が前に出て口を開いた。

「私達知ってるんだよ?シャティアちゃんがリィカと何かしてるって」

「物置部屋で何か秘密の事してるんでしょ?正直に言いなさいよ」

ようやく本題に入り、女子生徒達は次々と疑問を口にした。シャティアはやれやれと首を横に振ってどうしたものかと首を傾げる。

別に素直に答えても良い。こちらは何も悪い事はしていないのだ。先生に言い付けるような内容でも無い。だがその正当性を訴えた所で彼女達は納得しない。シャティアはそれが分かっていた。だからこそ頭を悩ませ、どうやって穏便に済ませるかを考える。

「別に何も……少しお喋りをしてるだけだ。それが悪いか?」

結局シャティアは適当に答える事にした。正直に答えた所で意味が無いし、それならばわざわざ本当の事を言う義理も無い。彼女達は溜まっているストレスを発散したいだけで、正当な理由を求めていないのだ。

シャティアのいい加減な解答を聞くと、案の定女子生徒達は不機嫌そうな眉間にしわを寄せた。

「あまり調子に乗らないでくれる?編入生でちょっと頭が良いからって……あんたに【鬼才】ロレイドの後ろ盾が無ければ平気で潰せるのよ!」

指を突き付けて女子生徒はそんな言葉を放って来た。一体何を潰すつもりなのやらとシャティアは手を上げて困ったようなポーズを取る。そのふざけた態度に女子生徒達は増々腹を立てた様子を見せた。

「クク……そうかそうか、潰す……か」

「何がおかしいのよ!」

突然シャティアは笑い出した。肩を振るわせながら笑いを抑えるように口元に手を当てる。何故笑うのか理解出来ず、女子生徒の一人が反論した。周りの生徒達も気味悪がって少し怖がったようにシャティアから距離を取る。

「いや別に……モノを知らぬ子供とは純粋でありながらもかくも愚かだと思ってな」

シャティアは僅かに魔力を漏らした。決して怒っている訳では無いが、本当にごく自然と僅かな魔力が漏れてしまったのだ。たったそれだけで女子生徒達はとてつも無いプレッシャーを感じ、全身から冷や汗を流しながら膝を曲げた。かつて無い程の恐怖に包まれ、彼女達は歯を振るわせる。

「その気になれば魔法を使ってガワを黙らせる事だって出来る……だが我はそれでは意味が無いと思っていてな。本人自身が成長しなければ、人は変わらないんだよ」

シャティアは静かにそう語った。女子生徒達にはそれが何を意味しているのかサッパリ分からなかったが、それでももう反論するような事はしなかった。ただ黙ってそん場に踞り、ひれ伏すようにシャティアに頭を下げている。

シャティアはゆっくりと女子生徒の一人に近づいた。恐怖が迫る。ひょっとしたら首を切り落とされるかも知れない。そんな想像をしてしまう程強いプレッシャーが襲って来ていた。そして遂にシャティアが隣まで迫ると、プツリと魔力のプレッシャーは収まった。

「案ずるな。いずれリィカはお前達以上の魔術師にして見せる。そうすればお前達も文句はあるまい?」

「……ッ!」

ぽんと肩を叩き、シャティアは笑顔でそう言った。その表情には一体どのような感情が込められているか分からないが、女子生徒は目に涙を浮かべ、そしてまだ自分が生きている事に安堵したようにその場に崩れ落ちた。他の女子生徒達も心底疲れた様な顔をしている。シャティアは彼女達の間を通りながら下駄箱へと向かった。