The God has moved to another world.
Fifteen stories: "When you're regained? 」
土地の管理というのは、常にピースの形が変化し続けるパズルを組み立てるのに似ている。
もしくは、ひよこを整列させようとするのに似ている。
または、ミミズを一列に並べようとするのに似ている。
赤鞘は常々そう思っていた。
要するに何が言いたいかといえば、恐ろしく気力と根気を使う不毛とも思える作業だということだ。
一度整えてしまえば、後はある程度放って置いてもいいんじゃないか?
そう思う人も居るだろう。
だがそんな考えは、赤鞘からしてみれば砂糖の六十倍甘いと言わざるを得ない。
たとえば木が一本生えたとしよう。
植物は調和や自然の代表の様に言われているが、彼らはあくまで生物だ。
自分の都合で生きているに過ぎない。
周りの気脈から自分に必要なエネルギーを吸い上げ、水を吸い上げ、土に根を張り土同士のネットワークを分断する。
そう、植物は存在するだけで、土地神の作り上げた力の循環を分断するのだ。
土地の力を管理する土地神からしてみれば、厄介者だ。
とはいえ、土地に生きるものが植物に依存しているのは事実だ。
土地の繁栄のためにも、土地神は植物の存在を考慮した力の循環を作り上げなければならない。
植物の大きく広げられた枝葉、根を縫うように、作られて行く力の循環。
だが、ここで思い出して欲しい。
奴らは常に成長し、そして、増えていくのだ。
丹精込めて作り上げた毛細血管の様に複雑な力の循環経路が、次々にボコボコ増え、遠慮なく伸び続ける植物によって分断させる。
力の循環は地面の下だけで行われているわけではない。
空にもその流れはある。
ソレすら、植物達は無遠慮に蹂躙するのだ。
力それ自体も厄介だ。
一口に力と入っても、何種類も存在する。
水脈や気脈。
まだ人間が見つけても居ない物もいくつも存在する。
それら自体一つ一つ性質が違い、ほうっておくと拡散したり収束したり、まったく別のところに勝手に移動したりする。
ある程度流れを整えても、暫くほうっておくと勝手に動き出す。
そして最終的には、ぐっちゃぐちゃになってしまうのだ。
ここまで来るとお分かりいただけるだろうが、土地神という仕事には終わりはない。
完璧を求めようとすれば、一年三百六十五日一日二十四時間、一切休むことは許されないのだ。
そこそこ、まあまあ、普通といった平均的な評価を得ようとしても、月休2~3日二十四時間勤務が必要になる。
人間だったら発狂しているかもしれない。
だからこその神の御業と、言えなくもないのかもしれないが。
そんなわけで、土地の管理というのは恐ろしく面倒臭く大変で、そのわりにやっているのが当たり前という評価を受ける非常に辛い仕事なのだ。
あまり熱心でないという海原と中原の神々がサボりたくなるのも、赤鞘的には分かる気がした。
むしろよほどの思い入れがない限り、土地神なんて仕事はできるものではないのだ。
昔、神無月に出雲で酒を飲んでいるとき、同じ土地神仲間の一人が「頭に来たから森、焼き払ってやった」と若干ヤバメな笑顔で笑っていたことも有った。
そのあと黙々と土地の管理をしている姿は、なにか心を病んでいるように見えて若干引いたのを覚えている。
それでも、日本の土地神達は基本的に土地を放り出すなんてことはない。
土地に生きるものが好きだし、土地が好きだからだ。
黙々と、延々と、地味で見栄えがしなくて評価されない仕事を只管に続けるその姿は、まさに日本人といった風情だろう。
よい言い方をすれば、仕事熱心。
悪くいえばワーカーホリック。
赤鞘の居た地方でも土地神の仕事に熱中するあまり、一年に一度の休みである神無月にも帰らず土地にこもり続けるという、土地神ーズ・ハイの状態に陥っている神が何柱も居た。
かくいう、赤鞘もその一柱だったりする。
これが終わったら、これだけやったら、もう少しだけ。
そうやって、一年三百六十五日働き続けていたものだ。
土地土地土地、一も二も土地の管理が第一。
これが人間であれば、一生結婚なんて出来ないだろう。
もし結婚していて伴侶に「俺と仕事どっちが大事なんだ!」と聞かれたら元気よく「仕事!!」と答えるレベルだ。
そんな日本神の一柱である赤鞘にとって、この世界の土地はとても許容できるレベルではなかった。
極一般的な人が、ごみ屋敷に暮らさせられている感覚だろうか。
結界が解かれ、土地に直接鞘を差したとき改めて土地の状態を見た赤鞘は、思わずうめき声を上げた。
早速力の流れの改善に取り掛かった物の、あまりの酷さにどこから手を付けたものか頭を抱える。
それでも何とかするほかない。
逆境に立てば立つほど、困難な仕事であればあるほど燃えるのは、日本神の特徴の一つでもあった。
伊達に技術立国日本で神をやっていたわけではないのだ。
「半年……いや、いやいや。もう住民が居るんですから、三ヶ月? まて、収穫とかどうなるんでしょう?」
暫くぶつぶつとつぶやいていた赤鞘は、やおら顔を上げる。
「一ヶ月。最低でも一ヶ月ですね。それでここを最低限整備します」
固い決心を持ってつぶやいた。
ちなみにこの見放された土地だが、今までもきちんと管理はされてきていた。
特徴が特徴だけに、放って置く訳にもいかなかったのだ。
そんなわけで、月替わりで天界の神が管理はしていたため、海原と中原でもそこそこ高い力の循環の完成度となっていた。
が、それでも赤鞘から見たらごみ屋敷でしかなかった。
態々異世界から赤鞘をスカウトとしてきたアンバレンスの苦労が窺えるところだ。
アグニー達のところから帰ってきたエルトヴァエルと水彦を出迎え、赤鞘はこれからのことについての緊急会議を開くことにした。
住民が出来た以上、ある程度土地の整備は急がなければならない。
とはいえ、土地の管理というのは一朝一夕でできる物ではない。
いくら予定を急ごうが、仕事が雑になって後々問題になるようでは話にもならないのだ。
そこで赤鞘は。
「力の循環と森の回復は予定通りじっくりやりますが、畑のほうは急ぎでやります」
という行動方針を決め、エルトヴァエルと水彦に宣言したのだった。
「畑のほうは急ぎ…と、いいますと。アグニー達に畑を急いで作らせるということですか?」
「作らせる、というか。アグニーさんたちも畑は作るでしょうからね。リクエストをいろいろ聞いておかないと」
赤鞘の物言いに、エルトヴァエルは心の中で首をかしげた。
「リクエスト、ですか?」
「ええ。アグニーさん達が作る作物が何か分かれば、土壌改良もしやすいでしょう? 周りの植生なんかも今ならある程度変更できますし」
神が民に合わせる。
それは、海原と中原にはない感覚だ。
もっとも、これは仕方がないことだろう。
実はこの世界には、そもそも土地神というものそのものが存在しないのだ。
神が直接面倒を見る土地など、神域ぐらいしかない。
そういった場所は大体特別に管理された場所なので、住む住民も神官など、神にべったり仕える存在に限られる。
もしエルトヴァエルが普通の天使であれば、ここで赤鞘の言動に、こう疑問を持っていただろう。
なぜ、アグニー達に命令して作らせる、といわないのか、と。
だが、エルトヴァエルは赤鞘の元居た世界のことも調べ上げる、情報狂だった。
すぐに赤鞘の意図を察して、頷いた。
「赤鞘様。この世界の神様方は、自分の領域に生きるものはすべて自分の思い通りにする傾向があります。衣食住の形態まですべて」
「え? そうなんですか?」
これに、赤鞘は目を点にして驚いた。
だが、すぐにこの世界と自分の居た世界の決定的な差を思い出す。
「ああ、そうか。干渉が自由ですもんね」
赤鞘の居た世界では、人間への直接干渉は殆ど禁止されていた。
止むを得ない場合を除き、声をかけることすらない。
ソレに対し海原と中原では、ほぼ自由にすることが許されている。
もっともソレは殆どの神が人間などに興味がないか、自分が直接声をかけるに足る存在だと思っていない為なのだが。
そのため、赤鞘の様に「住民に寄せていく」のではなく、「住民が全力で神様を崇め奉る」のが当たり前とされている。
「えー。でも私そういうの別にアレですし。アグニーさんがのびのび暮らしてくれる方が嬉しいんですけど」
苦笑交じりに、赤鞘はそういう。
赤鞘にとっては、崇め奉られることよりも住民が自分達の好きなように暮らすほうが何倍も大事なのだ。
自分の世界の神にはないそんな考え方を持つ赤鞘に、エルトヴァエルは違和感を覚えた。
だが、ソレは不快感ではない。
むしろ好感を持てた。
「はい。私もそう思います」
にっこりと微笑むエルトヴァエルの様子を見て、赤鞘は安心したように頷いた。
「まあ、私自身妖怪に毛が生えたようなものですし。向こうと同じようにやりますよ」
「あぐにーたちは、どっちがいいんだろうな」
「……ん?」
水彦の言葉に、赤鞘の表情が固まった。
「あぐにーはこのせかいのなまものだろう。ここはあかさやのとちだっていった。ということは、ぜんぶきめられるとおもってるんじゃないか」
「……ああ!」
赤鞘の顔からさっと血の気が引いた。
「えー。いや、そうか。そりゃそうですよね。こっちではソレが常識ですし、あー」
わたわたと手を動かし、頭を抱える赤鞘。
「これ、あー。どう、どうすればいいんですかね?」
こういうときのエルトヴァエル頼みだ。
「早めにこちらの意思を伝えたほうがいいと思いますが。彼らも供物などを用意しなければいけないと思っているでしょうし」
「くもつ? ですか?」
「はい。あ、そうです。この世界の常識として、神域に暮らすものは大量の供物を納めます」
「神域、って、神域ってなんですかそれ。この辺そんなすごいところなんですか?」
引きつった表情の赤鞘。
ここで、エルトヴァエルは最大の勘違い点に気が付いた。
「この世界では、神が直接土地を管理することは殆どありません。ソレこそ聖域や神域と呼ばれるところ以外は」
「・・・」
エルトヴァエルの言葉に、赤鞘はなんともいえない顔で凍りついた。
自分の感覚との違いに驚愕しているのだ。
先ほどエルトヴァエルが言った「自分の思い通りにする傾向があります」という言葉も、赤鞘としてはどんな祝詞を上げるとか、その程度だと思っていたのだ。
だが、どうやらソレはひどい勘違いだったらしい。
「ソレってもしかして一族総出で神主や巫女さん的なことをするとかそういう流れに……?」
「そうなってると思っていると、思います」
「ええぇー……」
ドン引きした表情でつぶやく赤鞘。
そのあまりの引き具合に、エルトヴァエルは苦笑をもらした。
神域や聖域。
そういったものは赤鞘には荷が重すぎた。
誤解は早いところ解いたほうがいいということで、早速水彦がアグニー達のところへ派遣された。
夕食を終えたばかりだったらアグニー達は戻ったはずのお使いが舞い戻ったことに度肝を抜かれる。
早速主だった面子が集められて、焚き火を囲んでの会議が開かれた。
緊張するアグニー達を前に、水彦は赤鞘の意思を伝える。
この土地を神域や聖域にする意思は特にないということ。
供物も少しなら欲しいけど、落ち着くまで気にする必要はないということ。
好きなように村を作り、好きなように暮らして欲しいということ。
結界は自分では創れないのでタックルは諦めて欲しいということ。
他の神はどうなのか良く分からないが、自分はただ皆が幸せに暮らしてくれればそれで満足であるということ。
そして、その為にはできる限りの手伝いをするということ。
それらを聞いたアグニーは、驚きの表情のまま固まっていた。
きっとこれから、神の指示した作物を作り、指示された様に家を立て、指示された衣服を着て生活していくのだと思っていたからだ。
だが、赤鞘という神は、好きなように生きていいという。
この恵まれた、神様が管理する土地で。
それはこの海原と中原に住む、どんな種族でも望んで止まない。
いや、想像すらしないような恵まれた環境だろう。
喜びに沸き、涙するアグニー達。
だが水彦はそんな彼らに落ち着くように促すと、再び話を始めた。
「おまえら、はたけになにうえるんだ?」
「畑に、で、ございますか?」
水彦の質問に、長老は首をかしげた。
何でそんなことを聞くのか、良く分からなかったからだ。
「おお。あかさやがいうには、はたけにうえるものによって、とちのちょうせいがちがうんだそうだ」
「土地の調整? ま、まさか、わしらの作物に合わせて、土地を調整してくださるということで御座いますじゃか?」
「そうだ。あたりまえだろう。あわせたほうがそだちがいいしな」
ぷるぷると震えている長老に、水彦は頷いて見せた。
赤鞘の知識を受け継いでいる水彦にとっては当然のことではあったが、この世界の生き物であるアグニー達には凄まじいことだ。
「ななな、なんて恐れ多い……!」
長老と同じく震えているのは、中年アグニーのスパンだ。
彼も長年生きているだけあって、この世界の常識に則ったものの考えたをする。
年をとっているほど、経験に則ってものを考えるのは、人間もアグニーも同じだ。
もっともこの場で一番若いアグニーも顎を外しそうなほど口を上げて驚いているところを見ると、ただ単に赤鞘が常識から外れすぎているだけのようではあるが。
「ああ。それと、おまえらしゅしょくはなんなんだ?」
「主食でございますか? ポンクテでございますが」
ポンクテというのは、この地方では比較的ポピュラーな芋の仲間だ。
多年草で、ツルに生るムカゴを食べる。
ムカゴというのは芋類のツルに生る小さな芋のような物で、ジャガイモの様にそれだけで芽が出て根っこが出る。
いわば、地上に出来る種芋だ。
「そうか。いもなんだな。でもそのいも、このもりにはえてないぞ」
ポンクテは麦や米の様に、食用に品種改良された芋だ。
人里離れたここでは、手に入れるのは難しいだろう。
「そうでございますのぉ。まあ、しかたのないことでございますじゃ」
「うんうん。ん?」
頷いていた水彦が、急に顔をうえに上げた。
水彦は赤鞘と感覚を共有しているので、遠く離れていても赤鞘と会話することが出来る。
どうやら今、赤鞘から声をかけられたようだ。
何度か上を見上げてうなずくと、水彦は長老に向き直った。
「あんどばんえろが、そのいももってるみたいだ。あしたもってくるから、さっそくはたけにまくといい」
「エルトヴァエル様がでございますか!」
「天使様が俺達にポンクテをお分けくださるというのか!」
「ありがてぇ、ありがてぇ!」
なぜ「あんどばんえろ」で通じるのかは不明だが、アグニー達は大いに喜んだ。
もう口に入らないと思っていた作物を、また作ることが出来るのだ。
しかも、神様から授けられるという。
喜ばない民は居ないだろう。
「あー。えんでぼえろが、ひんしゅはなにがいいかきいてるぞ」
「品種ともうしますと。いろいろ用意してくださっているのでございますか?!」
米と同じく、ポンクテにもいろいろな品種があった。
それぞれ味が違うそうで、種族や地域によって育てている品種は微妙に違う。
「わしらが育てておりましたのは、ハラピカリでございますじゃ」
ハラピカリという品種は病気に強く味は良い物の、水の管理が難しいとされている品種だ。
比較的土地を選ばず育つものの、水を与える量が少ないとムカゴが少なくなるなど、悩ましい品種である。
水彦は再び上を向くと、何度か頷いて顔を戻す。
「はらぴかり、あるそうだぞ。あしたもってくるっていってる」
「「「おお……!」」」
アグニー達がどよめく。
隣り合った者同士、肩を叩いて喜び合っている。
元々農業を得意としている種族であるアグニーにとっては、うれしい知らせだ。
さっそく、今後の予定についての話し合いが始まる。
朝一番に仕事を始めるために、今のうちから計画を立てておこうというのだ。
「そうなると、畑を作る場所も考えないとな」
「ああ。封印されていた荒地は、有機物も少ないだろうし何があるかわからないから、森側に作ろう」
「じゃあ、家は荒れ地のほうに作ろう。ハナコに地面を固めてもらえば、すぐにも建築に入れるぞ」
「その辺はマークに任せるとするかのぉ」
「ああ。予定通り、けが人たちのための家を建てるのを急ごう」
「みんな、じべたでもへいきそうにねてるけどな」
ぼそりと呟いて、マークたちが作った屋根のほうを見る水彦。
視線の先には、子供たちと怪我人老人たちが寝ている姿があった。
普通、森の中で寝るときは、毒虫や蛇などに気を付けなければいけない。
特に地面に寝るときは、警戒が必要だ。
アグニー達は野草の知識が豊富なようで、燃すと虫よけになる薬草などを寝床の周りで焚いていた。
これは虫にとっては嫌な臭いではあるが、アグニー達の様な人類種にとっては心休まる香りであったりする。
疲れもあるし、その香りの効果も手伝っているのだろう。
みんな気持ちよさそうに寝ていた。
「地面は固くて、寝苦しいからなぁ。早くゆっくり休めるところを作ってやろう!」
「ひかくてきしあわせそうなねがおだぞ」
水彦的には快適そうに寝ているように見えるのだが、アグニー達にとってはそうでもないらしい。
「うーん、もうたべられないよー」などと言っている者もいるのだが、あれはあれで苦しんでいるのか。
と、水彦はまた一つ賢くなった気がした。
「で、ギンはどうする?」
「俺はカラスたちと一緒に、狩りに出るよ。あいつらがいれば心強いからな」
ギンが指差した先には、カラス達が木でくみ上げた巣の中で身を寄せ合って眠っている姿があった。
夜目の効かない彼らの就寝時間は、アグニー達よりもずっと早い。
やっと主人達に会えて、安心したのもあるかもしれないが。
「では、わしも狩りのほうに行くことにするかのぉ。スパンは畑、マークは建築をよろしくのぉ」
「「「おお!」」」
長老の言葉に、アグニー達は拳を振り上げて応える。
そんなアグニー達をきょろきょろと見回し、水彦も遅れて「おお」と拳を上げた。
「ところで水彦様。お聞きしたいことがあるのですが」
手を上げたのは、マークだった。
「なんだ?」
拳を振り上げたままの水彦に、マークは真剣な表情を作って尋ねる。
「この土地は、なんと言う名前になるのでしょうか」
「んん? みはなされたとちと、つみびとのもり、だろう?」
マークの質問に、水彦は首をかしげた。
赤鞘から得た知識でも、そのような名前になっている。
幾ら記憶力がお粗末な赤鞘でも、自分の担当する土地の名前を間違えることはないだろう。
「はい。ですが、もう見放されていませんから」
「おお」
マークの言いたいことに気が付き、水彦は手を叩く。
神々に見放されたから、見放された土地と呼ばれるようになったのだ。
ならば、赤鞘が居る今、その名前はふさわしくない。
マークの言葉に、他のアグニー達も賛同する。
「確かに。もうそんな名前じゃダメだな」
「なあ、結界はもう出来ないのか? タックルは?」
「土地の名前かぁ。やっぱり、神様は何か考えておられるんでしょうか?」
「いいや。なんもかんがえてないみたいだな」
ふるふると手と頭を振る水彦。
赤鞘と繋がった感覚から考えるに、どうやら向こうも慌てているようだった。
急にそういう話が振られると思って居なかったらしい。
「では、ここは赤鞘様に名前を付けていただくというのはどうじゃろうか」
「それだ!」
「そうしていただこう!」
「赤鞘様の土地に、赤鞘様のお考えになった名を!」
長老の提案に、アグニー達は盛り上がる。
「わかった。つたえる」
水彦は顔を上に上げ、赤鞘に「なまえかんがえろ」と伝える。
すぐに「ちょっとまってください」と返事が来て、アグニー達にもそう伝える。
期待に胸を膨らませるアグニー達。
神様が直接土地の名前を考えてくださることなど、そうあることではない。
海原と中原の歴史上でも、ほんの数回しかないことだ。
水彦の沈黙が続く分だけ、期待が膨れ上がっていく。
しばし続く静寂。
ソレを破ったのは、水彦がつぶやいた一言だった。
「みなおされたとち?」
それは、赤鞘が言って、今まさにエルトヴァエルが「無いと思います」と却下した名前だった。
赤鞘と繋がった感覚から流れてきたあまりにも酷すぎる名前に、水彦は思わず口に出していってしまったのだ。
見放された土地から、見直された土地へ。
いくらなんでも本気ではないだろうと思った水彦だったが、どうやらソレでいけると思っていたらしい赤鞘は、大いに慌てている様子だった。
赤鞘はアホなんだな。
そう思っていた水彦だったが、周りでは予想外のことが起こり始めた。
「見直された土地……!」
「なんて素晴らしい名前だ!」
「結界!」
「この土地は、神様がまたおいで下さった、まさに見直された土地だ!」
「見直された! 見直されたんだ!」
「神様が見てる!」
「わしらは、見直された土地の住民じゃぁ!」
アグニー達には、大好評だったのだ。
どうやら単純でわかりやすいほうが、彼らには受け入れやすいらしい。
「あぐにーたちも、あほなんだな」
この神にして、この住民あり。
ある意味、お互いお似合いなのかもしれない。
そんな、物凄く失礼な。
アグニー達が「見直された土地」という名前を気に入ったと聞かされたエルトヴァエルとまったく同じ感想を抱く水彦。
そんなことを考えながらも、水彦は楽しそうに騒ぎ踊るアグニー達の輪に入り、自分も踊り始めた。
未だに感情が上手く発現していないらしくむっつりとした感じの顔だったが、どうやら踊るのが楽しそうに見えたようだった。
その後、結局赤鞘は新たな名前を思いつかず、アグニー達も気に入ったことから、土地の名前は「見直された土地」で最終決定した。
報告を受けたアンバレンスが、腹筋が筋肉痛になるほど笑い転げたのは、次の日の朝だったという。