The God has moved to another world.
Thirty-five words: "I've already cried!! In real life! A boy, though! 」
「いや、そもそもですね? 原因はウチのオフクロにあるわけですよ!」
酒瓶を握り締めたアンバレンスはそういうと、胡坐をかいている自分の膝をぴしゃりと叩いた。
かなり酔いが回っているのか、顔は真っ赤になっている。
その隣で同じく胡坐をかいているのは、彼らが居る見直された土地の土地神、赤鞘だ。
彼はまったく顔色を変えず、呑み始めたときと同じような様子で頷いていた。
アンバレンスと赤鞘は、お互いにかなりの量を飲んでいた。
なぜアンバレンスがヘベレケになっていて、赤鞘が割りと平気そうなのかといえば、理由は簡単。
赤鞘が所謂ザルだからだ。
ヘタレな土地神のクセに、恐ろしく酒には強い。
どうでもいいところで強さを発揮する赤鞘だった。
赤鞘はぼへーっとした顔で酒瓶をあおると、こくこくと頷いて見せた。
「はぁー。じゃあ、母神様が違う世界に行くって言い出したのは、そもそも百年も昔なんですか」
「そうよー。行ったのは最近だけどもねー」
そういうと、アンバレンスは酒瓶を持ち上げ、ラッパ飲みする。
ちなみに呑んでいるのは日本酒だ。
アルコール度はかなり高い。
酒瓶から口を離し、「ぷはー!」と息を吐き出すと、アンバレンスはぐいっと口を手の甲で拭う。
「そーだよ。もうさー。人間さんたちは戦争の真っ最中でしょ? まあ、平和なところもあったけど。そんなときに、ちょーどアレがあったのよ!」
大分酔いが回ったアンバレンスの言葉を要約すると、大体以下のようなものだった。
百年ほど前の話になる。
母神とアンバレンスは、天界のある部署の見学に訪れた。
輪廻転生、魂の循環などを司るそこは、魂を司る部署としては花形であり、激務の象徴でもあった。
世界と言うのは、常に生き物が生まれ死んでいく物だ。
生まれてくるのと同じ勢いで死に、死ぬのと同じ勢いで生まれてくる。
死んだ魂を整理し、生まれてくる場所へと送り届けるのが、その部署であった。
二柱が見学に行ったときも、其処はまさに戦場のよう…。
いや。
実際戦場だった。
「異世界”セイロム”から魂三万入りました! 仕分け作業終了は2000(ふたまるまるまる)の予定!」
「異世界”地球”へ魂三万四千二百出荷します! 到着は現地時間1230(ひとふたさんまる)! 安心安全快適をモットーに行って来ます!」
「「「行ってらっしゃい!!」」」
「はい、今月は南半球、第三区分地が繁殖期でーす! あそこは大型の魂も多数増減します! 誤区分、誤出荷、気をつけてください!」
「「「はい!!」」」
「そろそろ珊瑚の出産の時間でーす! 限界超えてくださーい!」
「「「はい!!」」」
怒号や叫び声、なにやら銃声のようなものも聞こえる。
「いやー、なんか。賑やかだな」
引きつった笑顔でそういいながら、アンバレンスは案内を担当する天使に声をかけた。
その言葉に、天使は苦笑交じりで応える。
「これでもサボっている訳ではないんですよ。今は、一年で一番暇な時期なんです」
「これで暇なのっ?!」
思わずつっこみを入れてしまうアンバレンス。
とても真実とは思えない言葉ではあるが、どうやらそれは本当らしい。
「なんつーか。その。大変な仕事なんだね」
「そうでもありません。今年度は過労で倒れる天使は、まだ1000人を数える程度ですから!」
「今、まだ六月なんですけど? え、なに、二ヶ月でそれだけ倒れるの? 何それ怖い」
ドン引きするアンバレンス。
どうやら魂を司るというのは、予想以上の激務なようだ。
天使とアンバレンスの会話を聞きながら、母神は口元を押さえてうれしそうに笑っていた。
母神の外見は、とても何人もの子供を成しているとは思えないものだった。
一度見たら二度と忘れられぬであろう美貌には、やさしい微笑が湛えられている。
その身体はを擬音で表すとするならば。
ボーン!! キュッ! ボーン! だった。
全世界の胸の無い女性に喧嘩を売っているとしか思えない豊かな胸。
本当に子供を生んだのかと子一時間問い詰めたくなるような、くびれた腰。
ただ歩いているだけなのに、目が離せなくなりそうな安産型の尻。
微笑みかけただけでおおよその男を骨抜きに出来るであろう、完璧な美女だった。
そんな母神は、微笑を浮かべたままきょろきょろと周りを見回していた。
普段多くの神々に傅かれる彼女ではあるが、末端の天使達の働きを見る機会は殆ど無い。
物珍しくてたまらないのだろう。
そんな母神の耳にある会話が飛び込んできた。
興味をそそられたのか、母神はそれに集中する。
「主任。また科学系の地球の神様から特殊能力つけて記憶そのまま転生させろって要請が来てるんですが」
「ああああああ!!! なんだよ! なんなんだよ! このくそ忙しいときに!!」
「自分に言われましても」
「舐めてんのか? ああ?! 剣と魔法の世界なんてどうせ技術レベル低いんじゃね? とか思ってんのかぁ?!」
「いや、だから自分に言われましても」
「いいよじゃあ! 転生させてやれよ異世界からのソレ! そのかわりある能力は魔力が一般魔術師の十倍だけな!!」
「そんなのレグラスの”一本角”やステングレアの”鉄槌の”に比べたら意味ないですよ」
「だろうな!!」
「大体、あのへんの一般人が持ってる知識ではうちの世界どうにもなりませんよ」
「だろうな!! だからいいんだよ! 剣と魔法の世界舐めんなっ! 生まれてきたことを後悔して死ね!!」
「落ち着いて下さいよ主任ー」
ちなみに、このときの転生者は、ギルドに就職して教師になり、比較的幸せな人生を送った。
赤鞘が海原と中原にやってきた頃には、既に亡くなられていたのだが。
そんなやり取りを見ていた母神は、とてもよいことを思いついたというように手を叩いた。
そして、その思い付きをアンバレンスに伝えることにする。
アンバレンスの袖を引っ張り自分のほうを向かせると、とてもいい笑顔で言い放った。
「アンちゃん。お母さん、新しい世界を作ることにするねっ!」
「……は?」
「え?」
きらきらと輝く笑顔でそう宣言する母神に、アンバレンスと天使は思わずそんな風に応えた。
要するに、異世界という単語を聞いた母神は、ずっとうっすらとだが考えていたことを実行してみようと思い立ったのだという。
それは、新しい世界を創ると言うものだった。
母神は元々、余り世界の経営に興味があるタイプではなかった。
自分達の子供達が、一生懸命世界を造るのを見ているのが好きなのだという。
だが、最近は世界の経営にも興味が出てきたのだという。
自分も携わってみたい。
でも、今の世界は子供達が一生懸命管理していて、実にいい世界になっている。
それでも世界の経営には興味がある。
なら、新しい世界を作ればいいじゃない!
という結論に達したのだそうだ。
世界を作り出した神がその世界を去るというのは、かなり大事だ。
生みの親がいなくなるわけだから、ごたつかないわけが無い。
さらに母神は、こんなことを言い出した。
「お母さん、世界運営って苦手でしょう? 優秀な子に、付いていって貰おうと思いますっ!」
さも名案であるというように宣言する母神の宣言に、アンバレンスはめまいを覚えた。
そんなことを言えば、とんでもない事になる。
そう思ったからだ。
なんとか説得しようと母神を自室に押し込め、顔見知りの上位神に声をかけ、説得に移ろうとするときだった。
魔道国家ステングレアが、戦争で使った魔法がちょっとまずい効果を発揮した。
魔力が枯渇したことにより異常が起こり、凝縮現象が発生したのだ。
慌てたアンバレンスは、急いで応急処置を施した。
強力な結界を張り、ひとまず世界中の国々に「戦争しさらすな今忙しいんじゃヴォケ。この土地見せしめに取っとくから、大人しくしとれよ」
と、そんな内容の事を千枚位のオブラートに包んで宣言したのだ。
本来であればそのすぐ後に各国に天使を飛ばして事態を収拾させるところなのだが、天界はそれ所ではなくなっていた。
アンバレンスの留守をいいことに自室を抜け出した母神が、神々に大々的に宣言したのだ。
新しい世界を作るためにこの世界を去る、その際、優秀な神は連れて行く、と。
その後の反応は、アンバレンスや近しい神々の予想通りだった。
母神は、神々にとても慕われていた。
自分の母親なのだから、ある種当然だ。
そんな母が新しい世界を作るという。
それも、優秀なものをつれて。
ついて行きたいと思うのが普通だろう。
多くの神が、今の仕事を天使たちに任せ、天界に殺到した。
自分が共に付いていくと、宣言する為、あるいは、自分を売り込む為だ。
アンバレンスはあせった。
神々が一斉に仕事を切り上げ、天界に集まったのだ。
一人二人ならばともかく、地上にいる神の九割九分九厘が。
だが、まだ間に合う。
今ならばまだ、やっぱりやめたで済ませられる。
そう、アンバレンスは思っていた。
決定的なことが起こらない限り、まだ挽回できる。
何とかしようとしたアンバレンスだったが、母神の一つの行為がその可能性の芽を摘んだ。
創ってしまったのだ。
新しい世界の元となる、何も無い空間を。
あまりの事に、アンバレンスは卒倒した。
そのせいで、暫くの間太陽の光が消滅するという怪現象が起き人間達は大いに慌てふためいたが、アンバレンスはそれどころではなかった。
新しい世界を創ったという事は、その責任を取らなければいけないということだ。
世界を管理するか、世界を管理する物を生み出すかして。
母神は世界中に、神託を下した。
自分はこの世界を去ると。
この瞬間、母神がこの世界に残るという可能性の芽は、完全に摘み取られた。
新しい世界が安定するまで、創造神以外はその世界に入ることは出来ない。
世界が安定するまでの間、母神は「海原と中原」の世界に残り、新しい世界に連れて行く神々と会議を始めた。
その期間は、この世界に残る神々に仕事の内容を教える期間にも当てられる予定だった。
だが、連れて行かれるのが優秀な神々だということは、残るのは優秀ではない神々だということだ。
嫉妬に怒り狂い、まともに仕事をしない神。
教えられても、仕事をこなせない神。
中には仕事が出来るものの埋もれていた神もいた。
そういうものはメキメキと才覚を表し……新しい世界に連れて行かれることとなった。
アンバレンスは壁を頭にたたきつけたくなる衝動を必死に抑え、連れて行かれることになっている神々の説得に乗り出した。
母神は、残りたい者は残っても構わないと言っていたからだ。
必死に必死に説得するものの、皆やはり母神との新世界に憧れていたのだ。
次々に優秀なものが現れ、引き抜かれる中。
アンバレンスの説得に応えてくれたのは、片手にも満たない数だった。
そして去年。
ついに母神達はようやく安定したという、新しい世界に旅立ったのだ。
「いやぁーねぇー。でもねぇー。説得に応じてくれた、連中にはマジで感謝ですよぉ」
「本当ですねぇ」
「なんつーの? こう、水底之大神のじっさまが一番えらいんだけどね? 位だけでいったら!」
「大神っていうぐらいですしねぇ」
「ほかにも、こう、若いのにもさ! この世界のためにって言ってくれるヤツとかいてさ!」
「うわぁ。えらい! えらすぎますよその神様」
「ほんとだよ! えらい!! 俺はもう泣いたね!! リアルに! 男の子だけど!」
「泣くべきですよそこは。大いに。泣いていい場面ですよ!」
「わかってくれるか! やっぱり赤鞘さんはわかってくれますか!」
「わかりますとも!」
「じゃあ、一緒に叫ぼう!!」
そういうと、アンバレンスと赤鞘はおもむろに立ち上がり、沈みかけている太陽に向き直った。
そして、口元に手を宛がい、力の限り叫んだ。
「ありがとぉぉおおおお!!!」
「あーりがとぉおおおお!!!」
酒瓶を片手に持ち、ソレをあおりながら、なおも叫ぶ。
「「あぁぁあありぃぃぃがぁぁあとぉおおおお!!!」」
感動の涙を滝の様に流しながら、叫び続ける二柱の神。
いつの間にかポテトチップスを完食していた樹木の精霊達も、その横に並んで太陽に向かって吼えた。
「あじがとー!」
「ぽいてとうめぇー!」
「うすしおー!」
神と精霊の魂の叫びは、日が暮れるまで響き渡った。
見放された土地は、実に平和だった。
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幾日も空を駆け、ようやくたどり着いた生まれ故郷。
そこにはもう、神の怒りの印は存在していなかった。
生命が息づき始め、力がみなぎり、かつての美しさを取り戻すように精気に満ち満ちている。
それを遥か離れた場所から感じながら、翼を動かす。
もう、急ぐことは無い。
生まれ故郷は、もう目と鼻の先だ。
封印が解かれた今、自分は再びあの地に立たなければ成らない。
その願いが、ようやく叶う。
八十年か、九十年か。
細かいことは忘れたが、短い期間ではなかった。
自分の種の寿命から言えばそうでもないかもしれないが、少なくとも彼にはそう感じられた。
其処で生まれ、其処で育ち、其処で死ぬと決めた場所から遠ざけられたのだ。
だが、最近になり、ようやくかの地の封印が解かれた。
早く早くという気持ちを抑えられるわけがない。
うれしくないわけが無い。
なつかしの故郷に、生まれ育った大地に、再び立つことができる。
彼の心は、喜びに満ちていた。
そこで、彼は自分の故郷に、ある生物がいることに気が付いた。
たしか近くの草原に集落を作っていた人間種だったはずだ。
きっしょい生物を家畜として飼い、ぼへーっとした顔でぼけーっと農業などをしていたと記憶している。
そんな生物が、彼の生まれ故郷の森で集落らしき物を作っているのだ。
彼は少しむっとした。
久しぶりに実家に帰ったら、知らないやつが自分の部屋に我が物顔で居た、という感覚に近いかもしれない。
彼は少し考えた後、とりあえず追い出すことにした。
ブレスの一発も集落の近くに着弾させ、追い回す。
そうすれば、すぐにも散り散りになるだろう。
そう考えたのだ。
彼はゆっくりと息を吸い込むと、大気中の魔力を身体に取り入れた。
生物の中には、生まれながらに生態として魔法を使えるものが居る。
多くの生物が持つブレスは、その一種だ。
それをさらに知識でもって強力にした物が、彼の武器だった。
そんな芸当が出来るのは、同じような種の中でも特に知識に優れた、彼の種族だけだ。
エンシェントドラゴン。
古代から知恵者として称えられる存在。
彼はまだ300歳と若い個体ではあったが、その力はまさに折り紙つきだ。
まともに相手になるものと言えば、コルテセッカ位だろうか。
彼は大きく口をあけると、練り上げた魔力を喉に集める。
撃とうとしているのは、爆音と光を放つこけおどし用のブレスだ。
彼とて、弱い存在を殺しつくそうというわけではないのだ。
さっさと追い払って、ゆっくりと故郷の景色を楽しもう。
そう心に決めると、彼は口の中で出来上がったブレスを吐き出した。
「んむ?」
夕食を食べた後、いつもの会議をしているアグニー達の間に、緊張が走った。
全員、なんだか分からないけど嫌な予感がしたのだ。
会議に参加せず、木にタックルしたり、盛り上げた土にタックルしたり、お互いにタックルしていたアグニー達も、一様に首を傾げる。
「なんだろう。なんかおちつかないなぁ」
「お尻がむずむずする」
「お前もか。俺もお尻がむずむずするんだ」
どうもアグニー達の嫌な予感はお尻に来るらしい。
みんなお尻をむずむずさせながら、不安げに顔を見合わせる。
そして、ある瞬間。
全員の顔がこわばった。
「て、て、敵襲じゃぁぁあああ!!!」
長老がそう叫んだ瞬間。
見放された森のアグニー達は一斉に走り出した。
「うわぁー!!」
「にげろー!!」
あるものはナベをかぶり、あるものは壷を抱え、あるものは逃げるのが遅い者たちを担ぎ上げて逃げ始める。
全員散り散りに逃げ惑うが、ある方向へは全員向かわなかった。
本人達も知らない事実ではあるが。
実は長老が叫んだのは、空高く、まだ離れたところに居たエンシェントドラゴンは攻撃することを決めていた瞬間だった。
そして、アグニー達がけっして近付かなかった位置は、エンシェントドラゴンがブレスを打ち込むと決めた位置だった。
そう。
アグニー達が逃げたのは、勘に従っての行動だったのだ。
恐ろしいほどに逃げることに卓越した種族だった。
森の中で、マッドアイが中型大型ゴーレムを製作するところを眺めていた土彦は、跳ね上げるように顔を上げた。
近くにドラゴンが近付いているという報告を、マッドアイネットワークから受けたからだ。
土彦が居る位置からは、直線距離で2kmほど離れた位置になる。
タイムロスの無い映像が、土彦の脳内に流れる。
マッドアイネットワークは、全てが念話で繋がっている。
言葉だけではなく映像まで載せることが出来る念話は、実はとある国の秘術のひとつだ。
土彦は少し眉をひそめると、マッドアイネットワークにすばやく指示を出す。
森を含む見直された地で戦闘になるのは、非常にまずい。
アグニーを巻き込むだけでなく、土地が乱れるからだ。
折角赤鞘様が苦心されて整えた土地を乱すなどということは、土彦の中では選択肢として存在しない。
中型大型のゴーレムを何機でも投入して、周囲を囲む草原で迎え撃つ。
そう指示を出す。
間髪をいれずに、ある報告が上がってきた。
ドラゴンの口内で、魔力濃度が跳ね上がり始めたというのだ。
この自分の感覚以外の方法で魔力の動きを感知するという技術もある国の秘術であったりする。
土彦は歯噛みした。
直接自分で感知していればどんな種類のものなのかはっきり分かるが、マッドアイネットワーク越しではよく分からなかったからだ。
魔法に関する情報も事前に入力しておけば、そこからおおよそでも判断したはずなのだが。
後悔してももう遅い。
土彦は思考をめぐらせ、状況から攻撃の種類をはじき出すことにする。
距離が大分離れているから、火炎放射のようなものではないだろう。
そうなれば、レーザーのような直線系か、火球のようなものと思われる。
毒などの物質系である恐れは、魔力を集めている位置が身体に近い位置であることからかなり低いと推測できる。
あんな位置でそんなものを生成したら、自分にも被害が出るからだ。
であれば、直線系か、球体で絞れる。
土彦はすぐさまアグニー集落近くの大型ゴーレムに防御形魔法の展開準備を指示する。
森の外に向かって走っている中型大型のゴーレムには、「可能であった場合、攻撃を打ち落とせ」と指示をする。
準備段階の今攻撃をして、下手に暴発をすれば何が起こるかわからない。
兎に角撃たせてしまってから、それに対処するほうが確実性が増すと判断したのだ。
マッドアイネットワークが返して来た返答に、土彦は一瞬口元をほころばせる。
帰ってきたのは、「指示は分かった。それならば今行っている作業と同じなので、そのまま続行する」という内容だったのだ。
自分が考えた内容と同じことを、マッドアイネットワークは一瞬で判断して対応した。
その事実が、土彦を一瞬だけ安堵させたのだ。
土彦は立ち上がり、大急ぎで駆け出した。
兄である水彦ほどではないが、土彦の足もかなり早い。
マッドアイ達からの情報もあるので、道の確認も出来ている。
数分あれば、たどり着くことが出来るはずだ。
走り始めてすぐに、マッドアイから連絡が入った。
ブレスは球系で、迎撃に成功。
ソレと同時に、向かう先の空で爆発と光の球が生まれるのが目に飛び込んできた。
まさに今、迎撃に成功したらしい。
土彦はほっとした。
たとえエンシェントドラゴンクラスのブレスであっても、一発や二発であればゴーレムに搭載した防御魔法で防ぎきることが出来る。
勿論、アグニー達の集落ごと、だ。
ただ、それには恐ろしく魔力を使う。
防御魔法を使った大型ゴーレムは魔力を使い切り、戦力にならないだろう。
だが、ブレスは空中で打ち落とせた。
元々、ドラゴンとアグニー達にかなり距離が有ったのも幸いしたのだろう。
ドラゴンからアグニー達まで、およそ3kmといった所だろうか。
並や普通の相手であれば、届く距離ではない。
攻撃しようとは考えない距離だろう。
だが、マッドアイネットワークはそれを感知し、迎撃に成功した。
その成果は、評価に値するだろう。
どうやらドラゴンは遠距離からの攻撃を諦めたらしく、再度見放された土地へと接近を始めたらしい。
マッドアイネットワークは、「草原へ中大型ゴーレムが到着。迎撃準備に入る」と報せてくる。
そこで、土彦の頭にあることが浮かんだ。
アグニー達の心配だ。
マッドアイ達が警告しているはずだが、急いで逃がすなり守るなりしなければならない。
アグニー達はどうなったかという問いかけに、マッドアイネットワークは映像で返答をよこした。
見えたのは、攻撃が来る前に、一目散に逃げ出すアグニー達だった。
土彦は思わず脱力し、盛大にすっころんだ。
かなり速度が出ていた為、地面には何かに引っかかれたような跡が出来ている。
「さ、流石アグニーさん達、ですね。 あっはっはっは!」
地面に突っ伏し、顔についた泥を払いながら、土彦は実に楽しそうに声を出して笑った。