The God has moved to another world.

Forty-one stories: "I should have bought you another one. Unexpectedly delicious, you chocolate."

 森林都市国家メテルマギトの魔法は、鉄の板に術式を書き込み、そこに魔力を流すことで発動する。

 鉄板魔術と呼ばれるその方式は、実に多彩な方面への発展を見せていた。

 鉄は様々な物を混ぜ合金にすることで、その性質を変えることが出来る。

 水や酸化に強くすることも、従来の物よりもずっと強固にすることも可能だ。

 それでいて、鉄そのものはけして入手困難な物ではない。

 当たり前に採掘できる、鉱物の一つだ。

 その上、比較的加工もしやすく、魔法を発動させる為の術式を刻むのも容易と来ている。

 その為、メテルマギト国内において魔法を発動させるための“鉄板”とは、非常に簡単に手に入る物であった。

 火をつけたり湯を沸かしたりする日常的なもの。

 さらには、森の中で狩をする為の、攻撃力を有するもの。

 いざと言うときに身を守るための防御用のもの。

 どれもこれも、専門店に行きさえすれば簡単に入手が出来るのだ。

 何よりも忘れてならないのが、国民の多くがエルフである、と言うことだろう。

 エルフは他の種族よりも、圧倒的に魔力保有量が多い。

 容易に普及可能な魔法を使う為の必須機器に、それを扱うのに十二分な魔力。

 これだけでも、メテルマギトが大国として成り立つには十分な条件だろう。

 だが、彼の国にはもう一つ、他国を圧倒することが出来うる技術が存在する。

 それは、樹木から魔力を取り出すと言う、他に類を見ない技術だ。

 本来、魔法とは自分の魔力の範囲の中でしか使用することが出来ない物だ。

 それを克服するのが、魔獣等が体内に持つ魔石、あるいは、地下から出土する力が凝縮された結晶魔石を使う技術である。

 だが、この魔石から魔力を取り出すと言うのは、実は非常に厄介なことなのだ。

 魔力とは、純粋なエネルギーであると考えてまず間違いない。

 それが固まっている魔石とは、例えるなら原油だ。

 本来人が魔力を使う際は、自分自身で無意識に出力の調整を行っているのだが、魔石にはそれを制御するものがない。

 魔石から取り出した魔力をそのまま魔法に使った場合、九割九分九厘は暴発する。

 車のエンジンに原油をそのまま入れて、まともに動くかどうか想像すればわかるだろう。

 では、魔石を使うような魔法を作ればよいではないか、と思うかもしれない。

 ところが、魔石というのは原油と違い、品質がまったく安定していない。

 何せ元が生物の身体の一部であることが殆どなのだ。

 世の中にはドラゴンも居れば、犬も居る。

 それらからとれた魔石が同じ品質でないことは、想像に易いだろう。

 そこで登場するのが、ギルドだ。

 ギルドはなにも、ただ魔石を集めるだけの組織ではない。

 その扱いについて、右に出る物のいない最高の技術を持ち合わせた組織でもあるのだ。

 ここまでは魔力を原油に例えてきたが、少し表現を変えよう。

 たとえば、魔法を使う為の道具を電気製品だとする。

 魔力と言うのは、まったく手を加えていない雷のような自然エネルギーだ。

 電子レンジのコンセントに雷をぶち込んだら、どうなるだろうか。

 恐らく派手な爆発を拝めるだろう。

 ギルドはその雷、魔石を、家庭用の電圧、電流にまで落としこむ技術を持っているのだ。

 彼らにかかれば、どんな雷だろうと、有りさえすれば家庭用のエネルギーに転用できる。

 もちろん、軍事利用レベルにすることだってお手の物だ。

 この技術を持っている国は、世界に片手に治まるほどしかない。

 つまるところ、そのあぶれた国はギルドに縋るしか巨大な魔力を使う手立てが無いと言うことだ。

 大きな国家はギルドに「頭を下げてお願い」して、魔力を「売って貰っている」のだ。

 それも無理からぬことだろう。

 魔力の使い方、電気で言えば「電圧・電流」に当たるものは、国によってまったく規格が異なる。

 たとえば自分の国の魔法を隣の国で普及している魔力で使おうとすると、うんともすんとも言わなかったり、突然爆発したりするのだ。

 国々はギルドにお願いをして、自分達の国の魔法にあうように調整してもらった魔力を売ってもらうしかない。

 この調整済みの魔石は「処理済魔石」や、調整された国の名前を頭につけて「~国魔石」などと呼ばれている。

 これは、いわばエネルギーをギルドと言う組織に握られていることに等しい。

 エネルギーを輸入に頼ることの恐ろしさは、資源の無い国である日本に生まれたものであれば、嫌と言うほどわかるだろう。

 ギルドに魔力供給を頼る国は、彼らを蔑ろにすることはまず出来ない。

 勿論、国への発言力は大きくなる。

 だからこそギルドは、世界中にその支部を置く超巨大組織足りえ、世界最高水準の情報収集組織として存在できるのだ。

 だが。

 メテルマギトは、自分達で独自に、自分達の都合のいい魔力を手に入れることに成功した。

 自分達の周りを囲む森の木々から、魔力を抽出し、使い勝手の良い物にすることに成功したのだ。

 他の種族よりも魔法の扱いに長けた種族が、自分達で魔力を無尽蔵ともいえる量確保することが出来るようになった。

 しかもその魔法を使う為に必要な材料は、入手の容易な鉄。

 それは、メテルマギトが全く他国とかかわらずとも、自分達で幾らでも魔法を使える環境を得たと言うことだった。

 当然、魔法は見る見るうちに発展した。

 材料があって、エネルギーがあって、需要がある。

 それ以上に技術の発展を支える物があるだろうか。

 さらに言えば、メテルマギトは実に好戦的な「軍事国家」でもあった。

 元々は温和な種族であるとされていたエルフだったが、メテルマギトでは違った。

 何度も人間などに侵攻を受けたことのあるこの国は、「目には目を」の精神の根付いた国柄になっていたのだ。

 そのため、周囲の国々とは何度も戦火を交えていた。

 技術と言うのは、戦争のたびに飛躍的に進歩する物である。

 悲しいかな地球と同じように、海原と中原でもそれは同じであった。

 無尽蔵の資源と無尽蔵のエネルギーを持つメテルマギトの技術力は、戦争のたびに恐ろしいほどに加速的に進歩していった。

 国民一人一人が魔法に長けたエルフであったことも、当然それを支えている。

 このようにして、森林都市国家メテルマギトは、世界でも指折りの超大国として君臨するにいたったのだ。

 メテルマギトにとって、鉄と言う素材は特別な意味を持つ。

 一般的なイメージであれば、鉄よりも「ミスリル」や「オリハルコン」のような魔法金属と呼ばれるものの方が、魔法には適していると思われるだろう。

 だが、メテルマギトの魔法はあくまで鉄を使うことを前提に発展してきたものだ。

 突然車やゲーム機の外装に純金を使っても高性能にならないように、メテルマギトの鉄板魔法は鉄を使うことこそが最高のパフォーマンスを発揮する為の条件なのだ。

 家庭用品から軍事兵器にいたるまで、メテルマギトの魔法にかかわる物は鉄で出来ていると思ってまず間違いない。

 で、あるから。

 たとえばメテルマギトの陸上における最高戦力である鉄車輪騎士団が駆る「戦車」も、当然ながら鉄で出来ていた。

 海原と中原には、強度で言えば鉄を遥かに上回る素材も数多い。

 先にあげた「ミスリル」「オリハルコン」などの、地球においては想像上の物でしかない金属も、この世界には存在している。

 それらを使った装備は非常に強固で、鉄だけを使って作られた、たとえば盾などとは比べるべくも無い頑強さを持っていた。

 だが、これはメテルマギトの魔法を使わなかった場合だ。

 防御魔法を展開するように細工された鉄の盾は、それら伝説的な素材を使った盾よりも遥かに強度に優れている。

 やはりメテルマギトにとって最高の装備とは、鉄製なのだ。

 だが、ここで大きな問題があった。

 魔法と言うのは、その発動に魔力を使う。 

 鉄製の性能が高い物品を使うには、常に魔力を消費する必要があるのだ。

 幸い、メテルマギトの殆どを占めるエルフは、非常に魔力保有量が多い。

 通常の攻撃に使う程度の魔法であれば、問題なく運用できる。

 だが、それでも限度はある。

 常に防御魔法を張っておくことは、言うなれば常に全速力で走っているのと変わらない。

 普通のエルフにはまず不可能で、どうしても装備に妥協が出て来てしまう。

 魔法の靴を使えば移動能力は上がるが、消費が半端ではない。

 魔法の鎧を使えば防御力も、加えて身体能力強化も図れるが、消費魔力だけで干からびてしまう。

 ならば樹木から取り出した魔力を使えばいいと思うかもしれない。

 だが、外部魔力を使うには、どうしても大きな機材が居る。

 まず、魔力を入れておく容器。

 そして、それを各部に送り出す為のケーブルのような物。

 人が操る魔力ではないので、道具に魔力を送り込む為の専用の装置も必要になる。

 軽く見積もっても、30kgになるだろう。

 それで居て、稼働時間は精々2時間程度。

 はっきり言って殆ど意味が無い。

 そんな事情から、メテルマギトと言えども兵士が持つ魔法装備は、精々一つから二つというのが常識だった。

 攻撃用のものと、防御用のもの。

 輸送や移動は、大型の乗り物に頼ると言うのが基本になる。

 個人の資質によってはそれよりも多く魔法を装備することもあったが、普通はそんなには必要ないし、何より持っていても使えないのが現実だった。

 だが、どんなことにも例外がある。

 例外になる者が居る。

 エルフの中でも、特出して魔力が大きい者と言うのは、極々まれに存在した。

 他の生物よりも遥かに魔力保有量に優れる中で、さらに特出して魔力の大きいもの。

 彼らは通常では不可能と言われていた装備が可能であった。

 たとえば、鉄製の全身鎧の全てに魔法を組み込んだ装備。

 攻撃魔法、防御魔法、移動補助魔法、筋力増強魔法。

 おおよそ考えうるありとあらゆる魔法を組み込んだそれを、戦場で使用しうるのだ。

 それは、他国の軍事関係者にとって悪夢と言うほかない。

 なにせ彼らが個人で使用しうる魔法は、高火力であるメテルマギト軍の中でもずば抜けて威力が高いのだ。

 メテルマギト軍の正式装備の一つに、戦車両や大型魔獣に使用される火器がある。

 熱エネルギーでプラズマ化させた空気を打ち出すそれは、いわば高エネルギーレーザーだ。

 通常でも70mmの鉄板を打ち抜くそれだが、全身鎧で身を包んだものたちが扱えるものは桁が一つ違う。

 ゆうに700mmの鉄板、70cmの鉄の塊を、鉄板と呼ぶのであればだが、それを用意にぶち抜く火力の魔法を、一個人で打ち出すことが出来るのだ。

 これはもう、個人に携帯可能な火器のレベルではない。

 ここで一つ、重要なことがある。

 メテルマギトの魔法は、使用者の力量に頼る面が大きい。

 と言うのも、国民の殆どが魔力を扱うのに長けるため、魔法装置に注ぐ魔力の量を、使用者の調整にゆだねているのだ。

 魔法装置は、注ぎ込む魔力の濃度が濃すぎても薄すぎても、多すぎても少なすぎても発動しない。

 下手をすれば、暴発することもある。

 だが逆に、それにさえ気をつければ、魔力を込めた瞬間から発動まで、殆どタイムラグなしで使用することができた。

 呪文や詠唱などと言ったものが必要ないのだ。

 魔力と、それを制御しうる精神力さえあれば、まるでマシンガンの様にそんな魔法が連発できる。

 敵にしてみれば、まさに悪夢としか言いようが無い光景だろう。

 もっともそんなことが出来るのは、本当に極々限られたものでしかない。

 大国であるメテルマギトでも、両手で足りる人数しか居なのだ。

 なにせ全身鉄製の鎧を身にまとい戦うと言うのは、地球で言えば80kgの装備を持ってフルマラソンを走るのと同じような意味を持つ。

 まさに化け物だ。

 その一握りの人間が集められて組織された集団。

 特別にえりすぐられた精鋭の一つが、「鉄車輪騎士団」だ。

 全身鉄の鎧を身にまとい、数十の攻撃魔法を装備し、鉄製の戦車を駆る。

 それはまさに、メテルマギトにおける英雄像そのものだ。

 その戦力は、一人でエンシェントドラゴンに匹敵するとも言われている。

 実際、それだけの戦闘能力を有しているだろう。

 で、あるからこそ、鉄車輪騎士団は大国メテルマギトの陸上最高戦力足りえるのだ。

 そんな彼らの中でも、さらに飛びぬけた力を有するものが一人居た。

 名は、シェルブレン・グロッソ。

 鉄車輪騎士団の団長だ。

 彼にまつわる逸話は、幾つもある。

 曰く、魔法砲塔一本で空中戦艦を沈めた。

 数千の敵兵を、魔法弾幕を張り一人で退けた。

 コルテセッカを、魔法が仕込まれているとはいえ、篭手一つで仕留めた。

 冗談のような話ではあるが、それらは全て純然たる事実だった。

 敵国にすら記録が残っているそれは、彼のずば抜けた戦闘力を示している。

 先にも記しているが、メテルマギトの魔法は、魔力保有量が優れているからよいというものではない。

 必要なとき、必要な量を、必要な濃度注入しなければならない。

 それは常時発動しているような防御魔法などであれば、常に一定の魔力を繰り続けなければいけない事になる。

 ルームランナーで常に同じペースで走り続けながら針に糸を通しつつ、ライフルで狙撃をするような、尋常ならざる作業だ。

 シェルブレンと言う男はそんなことを、まるで当たり前の様にやってのけるのだ。

 彼の実力を示すのに、その二つ名を上げるものも居る。

 “鋼鉄の”。

 それは彼にのみ許された、特別な名であるといえるだろう。

 魔法を作り上げる土台に鉄を使うメテルマギトにとって、「鉄」と言う言葉は特別な意味を持つ。

 最強の部隊の頭に「鉄」を付けるように、それは象徴であり、掲げるべき誇りなのだ。

 国旗に鉄の延べ棒があしらわれていると言えば、どの程度彼らにとってそれが特別なのかわかるだろうか。

 一個人がそれを名乗ることなど、本来は許されることではないのだ。

 ましてシェルブレンは、エルフでしかない。

 メテルマギトにおいて最高とされる種族は、「ハイ・エルフ」だ。

 1000年と言う寿命と、ドラゴンと並ぶ魔力保有量を持った上位種族。

 彼らを差し置いて、シェルブレンは“鋼鉄の”と呼ばれていた。

 そして、そう呼ばれることを許されていた。

 他国の感覚で言えば、防御力に優れているとか、意志が強いとか、その程度に思われるその二つ名。

 だが、メテルマギトの者としてその名で呼ばれ、その名で呼ばれることを許されると言うのは、異例中の異例。

 歴史上、彼一人しか居ない。

 空中戦艦を叩き落すだけの魔法を使いこなし。

 数千の敵に攻撃されても耐え切るだけの防御力を誇り。

 それこそ戦艦を動かすほどの魔力が無ければ扱うことすら出来ない全身鎧と、同じだけの力を必要とする戦車を同時に扱うことが出来る。

 敵にしてみれば、最悪。

 味方にしてみれば、まさに理想の英雄。

 故に、奉られた“鋼鉄の”の二つ名。

 “鋼鉄の”シェルブレンとは、そういう男なのだ。

「もう一枚買ってくれば良かった。予想外に美味いぞこのチョコレート」

 真剣な表情で後悔しながら、シェルブレンはそうつぶやいた。

 宿屋のテーブルでチョコレートを齧りながら酒をたしなむその姿は、どう見ても甘党の酒飲みだ。

 朝から甘いものを肴に酒をあおると言う贅沢を謳歌しながらも、彼の表情は冴えない。

 十枚ほど買い込んでいたチョコレートを、もっとかって置けばよかったと後悔してからの事ではない。

 街の中をうろついている、ステングレアの隠密を感知しての事だ。

 一応有名人であることを自覚しているシェルブレンは、数日この街に滞在すれば何かしらのリアクションがあるだろうと覚悟していた。

 この街、アインファーブルはギルドの街であるのと同時に、ステングレアが張る監視拠点のひとつだ。

 そこにメテルマギトの関係者である自分が入れば、すぐに監視か何かが付くだろう。

 そう、シェルブレンは考えていた。

 一応耳を短く見せる魔法などで偽装はしているが、ステングレアの隠密は優秀だ。

 だまし続けられるものではない。

 そうは思っていたのだが、どうやら既に監視が付いている様子だった。

 シェルブレンがこの街についてから、まだ一日しか経っていない。

 まして積極的に出歩くこともしていない。

 にも拘らず、既に何人かの監視が付いている。

 普通の人間、いや、玄人でも簡単には気が付かないだろうレベルの監視が、何人か。

 もしかしたら気が付いていないだけで、もっと居るかもしれない。

 シェルブレン自身が目立つ行動をしていない以上、これは監視が通常よりも厳しくなったと思うほうがいいだろう。

 普通であれば見逃すようなことを、見逃さないだけ厳しくなったと言うことだ。

 もしそうなのであれば、それを指揮する人間が本国から来ていると言うことかも知れない。

 そして、そんな指揮をするであろう人間は、シェルブレンの知る中ではごく限られている。

 その中で彼が最も会いたくない人物。

 自分と同じか、それ以上の個人戦闘力を有し、凄腕の隠密達を手足の様に使う男。

「“紙屑の”紙雪斎……か。そうでなければいいんだが。俺の嫌な予感はへんなときに当たるからな……」

 ため息を付きながら、シェルブレンはチョコレートを齧った。

 “紙屑の”紙雪斎という男は、シェルブレンと拮抗する戦闘能力を持つ、掛け値なしに優秀な魔術師だ。

 実際に顔を見たのは二回しかなかったが、若く、精悍な顔立ちの青年だった。

 もっとも、狼人族は見た目が一生を通してあまり変わらず、外見からは年齢がよくわからないのだが。

 ひとまず聞き込みをするのはやめて、暫く宿屋にいるか、普通に観光するしかないだろう。

 監視されているとわかっているのに、余計なことをする必要はない。

 そんなことを考えながら、シェルブレンはチョコレートの最後の一つを口に入れ、噛み締めた。

 ミルクを使っているのだろうか、実に滑らかで上品な味だ。

「木漏れ日亭の酒に合いそうだな……。よし、今日の晩酌はこのチョコレートとあの酒にするか」

 頭の中で観光スケジュールを組み立てながら、シェルブレンはのんきな表情で出かける支度を始めた。