The God has moved to another world.

Forty-eight stories: "I wrote to you, I did read you"

 この手紙を読んで下さっていると事は、これをもっていた水彦は無事ギルドに到着したということだと思います。

 まずは何故、水彦が一人で旅をしているのかを説明させて頂きます。

 私どもの村は、数年前から物不足に陥っております。

 金属器や衣服。

 あらゆる物が不足しております。

 とある事情から、村を捨てざるを得なかったからです。

 着の身着のまま逃げ出して、最近になってようやく食べるものが確保できるようになった次第です。

 生活に必要なものも少しずつ揃えられる様になりましたが、どうしても用意できないものもあります。

 それらを手に入れるために、水彦を村から送り出しました。

 水彦は村の中でも特に力が強く、戦いにも慣れています。

 街に着くまでに死ぬことは無いだろうと、村の皆で判断しました。

 当人も納得して、張り切って今回の旅に出かけてくれました。

 きっと何とかして、村に必要なものを買って来てくれると信じております。

 さて、この手紙を読んでいる方なら、お分かりと思います。

 水彦は、賢い子ではありません。

 どちらかというと、若干残念な子です。

 腕は立つのですが、物事を考えたりするのはからっきしです。

 ギルドがどのようなところかは、知識の無い私にはよく分かりません。

 ですが、冒険者を助けるところだと聞いたことはあります。

 出来ればで、かまいません。

 ほんの少しでも、かまいません。

 この子の面倒を、見てあげてください。

 お世話になったご恩は、必ず返す子です。

 きっと何かのお役に立つと思います。

 エルト。

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 この手紙だけを受け取ったとしたら、ボーガーはどう考えただろう。

 まず、紙だ。

 一般で普及しているもので、安い質の悪い物だ。

 文字は書き慣れていないせいか少し汚くはあるが、一生懸命丁寧に書こうとした跡が見受けられる。

 手紙の書き方なども馴れていない様子から、恐らくこれを描いたのが教育機関などに通った経験のある人物ではないと推測される。

 この辺りでは、学校などに通うことが出来るのは限られた人間だけだ。

 恐らく、これを書いたのは農村などに住む一般女性だろう。

 次に見るのは、内容だ。

 何らかの事情で村を捨て、別の場所に移住したらしいということが読み取れる。

 魔獣が出ることも多いこの世界では、小さな村がそのような理由で場所を移るのは珍しいことではない。

 そんな村から、ものを買うために人が出てくる。

 これも珍しいことではない。

 出来て間もない村であれば、行商人がやってくることも無い。

 畑や村そのものを守るため、あまり多くの人数を外に出すことも出来ないだろう。

 となれば、村の中でも一番荒事に馴れている人間などを外に出すことになる。

 この世界において、大街道や船、飛行船などによらない旅は、非常に危険だからだ。

 ゴブリンや狼だけならばまだいい。

 他にも危険な魔獣や魔物は数多く存在する。

 そして、水彦について触れた部分だ。

 旅に出る人間を心配して、親しい者がよろしく頼むと書く事に不自然は無いだろう。

 ギルドに当てて手紙を書くというのは珍しくはあるが、無いことではない。

 子供を心配する親や、伴侶を心配する者から、よろしく頼むなどという手紙が届くこともあるのだ。

 以上の点から、この手紙の内容だけを見た場合、ボーガーはこのようにその背景を予測するだろう。

 不幸に見舞われ、村から住民たちが逃げ出した。

 住民たちは新たな安住の地を見つけ、何とか生活を立て直す。

 だが、物資不足は否めない。

 金属器や魔法道具は、専用の施設等が無ければ作れないし、そもそも材料が手に入らないだろう。

 そこで、そういったものを手に入れるため、村から一人の少年を送り出す。

 こんな世界だ。

 農村で暮らしていても、魔獣と戦う機会は幾らでもある。

 それこそ、彼らが村を捨てたのも、魔獣が原因かもしれない。

 手紙を読む限り、恐らく村を守るために戦った経験もあるのだろう。

 実はそういった人材は、ギルドにとって即戦力として望まれるものでも有った。

 戦を経験しているのといないのとでは、やはり差が有るのだ。

 武器や訓練ならば、後からある程度補うことも出来る。

 だが、実戦を経験して肌で戦いを知り、それでも生きている人材と言うのは、実際少ない。

 都会に生まれ憧れだけで冒険者を目指すものよりも、田舎から出てきて必要に駆られて冒険者になるものの方が、使い物になるのだ。

 そう考えれば、この手紙を持ってきたものは、金の卵だと考えるべきだろう。

 すぐに死なないように準備を整えさせ、多少の知識を与えてやれば、立派に冒険者として独り立ちできるはずだ。

 なんなら、最初のうちはギルドから武器などを与えてもいい。

 それだけの価値は、十二分にあるだろう。

「ふぅむ」

 ボーガーは一つため息をつくと、眉間を親指と人差し指で揉み解した。

 もし、もしこの手紙を持ってきたのが、普通の農村から出てきた若者だったなら、そのように考えるだろう。

 手紙の中身から、そのように予測をしただろう。

 だが。

 実際はどうだろう。

 この手紙を持ってきたのは、水彦だ。

 あの、魔獣を引きずって街に入ってきた水彦なのだ。

 どう間違っても、農村から出てきたての少年はハガネオオカミを一刀の元切り倒したりはしない。

 他の二つに紛れてあまり目立ってはいないかもしれないが、ハガネオオカミは2~3mの体躯を誇る狼だ。

 その身体は名前の通り鋼のように硬い毛と皮に覆われており、並みの剣や弓では歯が立たない。

 群れで行動する習性もあり、連携も強力だ。

 そんな恐ろしい魔物を、農村から出てきたばかりの少年が叩き切れるだろうか、いいや出来ない。

 ハガネオオカミは、十分に経験を積んだプロの冒険者や、国の軍隊が出撃して討伐するような魔獣だ。

 けっして村の力自慢が戦って如何こうできる相手ではない。

 よほどのものでもない限り、きちんとした準備や仲間の助けも無しに戦える魔獣ではないのだ。

 それを、この水彦はどのように倒していただろう。

 ボーガーの下に届いた報告では、レッドワイバーンとハガネオオカミの死因は全て同じだった。

 首を鋭利な刃物で切断。

 他の外傷は一切なし。

 つまるところ、首を剣か何かで一刀のもと斬り飛ばされたということだ。

 ハガネオオカミの身体を剣で切ろうとすれば、相当の技術と、それに見合った武器が必要になる。

 そもそも2mを超える獣20匹に囲まれて、その全ての首だけを正確に切り飛ばすというのは、尋常の腕ではない。

 そんな力量を持つ水彦が、村から出てきたての少年だと思えるわけが無い。

 少なくとも、ボーガーの常識から言えば、そんな農村から出てきたての冒険者に成り立ての少年は存在し得ない。

 それだけの実力があるものといえば、最低でも熟練冒険者か、何処かの大国の特殊部隊員か、実力者の下で修業してきた優秀な弟子、といった所だろうか。

 だが、そのどれも手紙に書かれた水彦の境遇とはかけ離れているように見える。

 この手紙を見る限りでは、水彦はあくまで「農村から出てきた魔獣と戦った経験のある少年」なのだ。

 ボーガーはもう一度ため息を吐き出すと、テーブルを挟んで反対側に座っている水彦に視線を向けた。

 お茶請けに出されたまんじゅうを口いっぱいに頬張り、満足げに咀嚼している。

 その姿は、どう見てもそこらにいるちょっとおばか臭のする普通の少年だ。

 ボーガーの目にも、やはりそのように映っていた。

 しかし、ボーガーには水彦がただの可哀想な子とは思えなかった。

 何百、何千、何万という冒険者を見てきたボーガーの勘が、激しく警報を鳴らしていくのだ。

 この少年は、見た目通りのものではないと。

 ボーガーには、それこそ何万という冒険者や兵士、強者と呼ばれるものを見てきた経験と実績があった。

 そこから来る彼の勘は、どんな物よりも正確で的確だ。

 実は、勘と言うのは脳に蓄積された情報を元に、無意識化で行われる判断だという。

 脳という優れた情報処理装置は、今まで蓄積してきた情報や経験から答えだけを端的に導き出すことがあるのだ。

 その答えに行き着くまでの複雑な道筋を全て排除して、ただただ答えのみをもたらす。

 知識先行型の人間は、勘という物を軽く見がちだ。

 だが、人間の勘は知識を蓄え経験を積めば、馬鹿に出来ない精度を誇るようになる。

 たとえばそれが、数万の戦いに携わる人間の詳細なデータを記憶し、実際に目にし会話を交わしてきたボーガーともなれば。

 その「人を見る目」の精度は、まさに神業。

 少し言葉を交わせば、正確にその人間の戦闘能力を推し量ることが出来るのだ。

 もっとも本人は、それをただの、所謂根拠の無い勘だと思っているのだが。

 兎も角、以前にも記したように、ボーガーは自分の勘を信じて生きてきた。

 特に人を見る勘は、理性を蔑ろにしても従うようにしてきていた。

 そのおかげで、彼はいまギルドトップの椅子に座っている。

 そんなボーガーの勘が、「この少年は強い」と激しき警鐘を鳴らしていた。

 まるでリスの様に頬を膨らませてまんじゅうを頬張る少年に恐怖すら感じるのは、我ながらどうなのだろうと思わなくも無い。

 しかし、実際水彦はアレだけの魔獣全てを引きずって歩くだけの腕力を見せ付けていた。

 そこにハガネオオカミやレッドワイバーンの首を正確に斬れるだけの技術が加われば、どうなるだろう。

 想像するだけで恐ろしい。

 そんな人物が、何故こんな手紙を持ってきたのだろうか。

 ボーガーはとてもこの手紙の内容を鵜呑みにすることが出来なかった。

 だが、もし水彦が魔獣を引きずってこず、対応したのがボーガーでなかったらどうだっただろう。

 あほの子にしか見えない水彦がこんな手紙を持ってきていたら、ギルド職員はどう思っただろう。

 恐らくは、最初に「この手紙だけを受け取ったとしたら」と前置きしたようなことを想像するに違いない。

 そして、彼は何の問題も無く普通の冒険者としてこの街に紛れ込んでいただろう。

 この得体の知れない、恐ろしい実力を持った少年が、駆け出し冒険者として街の中に。

 ボーガーにとってそれは、何時爆発するとも知れない爆弾を知らないうちに脳天に仕掛けられていたかもしれないというのに等しい。

 恐怖以外の何者でもない。

 水彦の事をきちんと把握している現在ですら、何時爆発するとも知れない爆弾を抱えているのを知っている、というような状況だというのに。

 手紙をテーブルに置き、ボーガーは改めて水彦に目を向けた。

 相変わらず幸せそうにまんじゅうを頬張っている。

 どれだけまんじゅうが好きなのだろうか。

 さておき、問題なのはこの手紙を書いた「エルト」という人物の事だろうか。

 水彦がこの街に来たのが当人の意思か、それとも別の者の意思による物かは分からない。

 だが、少なくともこの手紙を用意したのは、水彦以外の組織、または個人だろう。

 水彦は、あまり賢い子ではない。

 どちらかというと残念な子だ。

 戦闘能力の高さと共に、それも見抜いていたボーガーには、この手紙を水彦が自身で用意したものだとは思えなかった。

 この手紙を持たせた者は一体何を考えているのだろう。

 最近活動が活発になっている、ステングレアの隠密と関係があるのだろうか。

 それとも、先日アグニーの村が襲われたのと関係があるのだろうか。

 情報が足りず、予測することもままならない。

 此処は一つ、水彦にこの手紙を書いた人物について尋ねるというのもありだろう。

 そう、ボーガーは考えた。

 こうして手紙を出している以上、それを書いたという人物について尋ねるのは当然の流れだろう。

 ボーガーは何度か頷くと、口を開いた。

「お手紙、たしかに拝読しました。いくつか質問をしたいのですが、宜しいですかな?」

「むを。あむぁあうぃお」

 ボーガーの言葉に、水彦は刻々と頷きながら応える。

 言葉になっていなかったが。

 口の中一杯にまんじゅうを入れているので、言語になっていないのだ。

 ボーガーの優秀な頭脳は、それを「ああ、かまわないぞ」と、解読していた。

 大当たりだ。

 了解が取れたと判断したボーガーは、早速質問を始めることにする。

「随分大変な思いをされたようですね。村で使う道具を買うために、この街にいらしたのだとか」

 水彦は口に入っていたまんじゅうを飲み込むと、お茶をずずっと啜る。

 そして、何度も首を縦にこくこくと振りながら、腕を組んで応えた。

「ああ。たいへんだな。てつとかは、やっぱりこうざんとかでないととれない。むらではつくれないからな」

 水彦が言っている村とは、アグニー達の村のことだ。

 今の水彦にとって、村といえばアグニー達が住んでいる場所の事を差す。

 ボーガーが聞いているのは「水彦の出身村」のことなのだが。

「なるほど。たしかにそうでしょうね。ちなみに、どのようなものを買う予定なのですか?」

「ああ。えろとばんえろがかいた、りすとがある。でも、いまはもってない。やどにおいてきた」

 えろとばんえろ。

 その単語に、ボーガーは眉間に皺を寄せた。

 りすとというのは、恐らく買い物リストか何かの事だろう。

 水彦が何を買うかを、ずっと覚えておけるとは思えない。

 では、えろとばんえろとはなんだろう。

 会話の流れから、もしやと思いボーガーはゆっくりと口を開いた。

「えろとばんえろというのは、この手紙を書いた方ですか?」

「おお。そうだ。きょうぼうで、きょうあくだぞ」

 ボーガーは手紙に書いてある名前をもう一度確認した。

 エルト。

 これが恐らく名前だろう。

 水彦が言っているのは、えろとばんえろ。

 「エ」と、「ト」はあっていた。

 余計な物まで付いているようだが。

「では、エルトという名に覚えはありますか?」

「だれだそれ」

「これを書いたのは誰でしたか?」

「えろとばんえろ」

「えると?」

「えろと」

「エルト?」

「ばんえろ」

 ボーガーは若干の頭痛を覚え、眉間を押さえた。

 どうやらエルトという人物を、水彦は「えろとばんえろ」という風に覚えているようだ。

 この手紙を書いた人物の気持ちが、なんとなく分かったような気がした。

 たしかにこれは「面倒を、見てあげてください」とも書きたくなるだろう。

 ボーガーは水彦からの聞き取りで背後関係を掴むことを、早々に諦めた。

 込み入った事情を把握しているとも思えないし、そもそも情報を正確に覚えておくことも苦手らしいと思ったからだ。

 実際、ボーガーのその読みはかなり的を得ているわけだが。

 水彦を送り出した者の思惑や、その正体を掴むのは暫くは諦めたほうがいいかもしれない。

 そう、ボーガーは判断した。

 泳がせておけば、きっと水彦に接触してくる者も現れるだろう。

 幸い此処は、ギルドが統治するギルドの街だ。

 少しでも動きがあれば、情報はすぐにボーガーの元にくることになる。

 それに、あまり情報収集を急ぐ必要も無いだろう。

 水彦にしてもギルドには協力的だし、その背後にいる何者かも、恐らくは敵対意思はないだろう。

 もしあるとしたら、水彦のようなタイプの者を、一人で送り込むなんて事はしないはずだ。

 なにせ水彦は、相当に可哀想な子なタイプなのだから。

 ボーガーは手元の書類を持ち上げると、水彦のほうへと差し出した。

 それは、水彦が持ち込んだ魔獣の鑑定書類だった。

 一番下に書き込まれている数字の羅列は、恐らく金額だろう。

「こちらが、鑑定結果です。多少色を付けさせて頂きました。ちょっとしたボーナスとでも思ってください」

「まった」

 書類を水彦に渡そうとするボーガー。

 それに、水彦は待ったをかけた。

 両手を突き出して、受け取りを拒否している。

「どうかしましたか?」

 僅かに首を傾げるボーガーに、水彦は真剣な顔で言う。

「きんがくをみるとこわいから、だいたいのがくだけおしえてくれ。それでいい」

 きりっとした水彦の顔を、同じく真顔で見返すボーガー。

 そういえば、昨日水彦はお金の話を聞いて腰を抜かしていた。

 それが実際に手に入る大金の額の話となれば、怖いというのは納得できる。

「わかりました。大体ですね?」

「だいたいでたのむ」

 ボーガーは書類をちらりと見て金額を確認すると、一つ頷いてから口を開いた。

「大体、四千六百万ほどです」

 その数字を聴いた瞬間。

 水彦は気絶した。

 座ったまま微動だにせず、数秒の間意識を失ったのだ。

 そんな様子に、ボーガーは出ないはずの汗が額を伝うのを感じた。

 リザードマンである彼に、汗線は無いのだ。

「なんて?」

 意識を取り戻した水彦は、至極真剣な表情でそう聞いた。

 どうやら、金額に関する記憶が頭からすっぱ抜けたらしい。

「ええと、そうですね」

 ボーガーは改めて書類に目を落とすと、ゆっくりとこう口にした。

「いっぱいです」

 その答えに、水彦はこくこくと頷いた。

「そうか。いっぱいなのか」

 どうやら納得したらしい。

 段々と、水彦の扱い方が分かってきた気がするボーガーだった。