The God has moved to another world.
Outside! First WAC High Jump In/Pair (Previous)
天使の楽団による、軽快なファンファーレが鳴り響く。
続いて奏でられるのは、百位の天使達が集まって作り上げられたオーケストラ。
それにあわせ、同じく百位の天使に寄るコーラス隊が唄い始める。
神々の園で奏でられるような、文字通りの天上の音楽だ。
それが今。
なぜかアグニーが満載な、市民陸上競技場っぽいところで披露されていた。
天使達による演奏とアグニー達のわーわーという騒ぎ声がミックスされ、かなり騒がしいことになっている競技場。
その野外実況席に座るのは、二柱の神だった。
「皆さんこんにちは! みんなの頭上の太陽神! 実況のアンバレンスです!」
「解説の赤鞘です」
「ついに始まりました、ワールド・アグニー・カップ! 通称WAC! いやー、始まりましたね赤鞘さん!」
「いよいよですねぇー」
「はい、本当にいよいよですよ。この競技場は世界に散らばるアグニー達の夢を神様の力で繋ぎ、なんかこう、なんやかんやして出来上がっております!」
「説明が難しいまさに神の御業ですねぇー」
「ちなみに設計、技術提供、設置総指揮は夢を司る神である、「常闇の底深く沈む夢(とこやみのそこふかくしずむゆめ)」です!」
「世界中の生物の無意識を司る高位の神様ですねぇー」
「ご大層な名前と役職ですが、実物はただのヒキコモリで趣味は人の夢を覗く事という悪趣味野郎です!」
「野郎って。女性じゃないですか」
「男女平等。男でも女でもこき使える神は徹底的にこき使います!」
「ブラック神界の鑑ですね」
「さて、そんな会場で行われますワールド・アグニー・カップですが、様々なジャンルの競技を複合して行う、総合競技大会となっております! それぞれの競技事に採点やランキング付けを行い、トップ3にはそれぞれ金銀銅のスーパーアンバレンスさん人形がプレゼントされます!」
「夢の世界での大会ですから本物は贈れないんですけれどねぇー」
「なんとスーパーアンバレンスさん人形は、一年間夢の端っこに見切れる形で登場します! なんてステキ!」
「まさに夢のアイテムですねぇー」
二柱の前には、金銀銅のスーパーアンバレンスさん人形が並んでいた。
人形は首から上の部分だけが独立して動くギミックになっているらしく、終始ガクガクと動き続けている。
ただ、その動き方は赤べこのような穏やかなものではない。
何かヤバイ毒物でもキメた様な、尋常ではない振動の仕方をしていた。
下手をしたら夢とかに出てきそうなビジュアルだ。
もっとも、三位以上に入賞したら本当に夢に出てくるわけだが。
スーパーアンバレンスさん人形が乗っている、つまり、二柱が座っているのは、折りたたみ式の机だった。
椅子も、折りたたみ式のパイプ椅子だ。
もっと立派なものを用意してもよさそうなものだが、会場にあわせてわざとグレードを下げていた。
市営クラスの競技場に豪華なものは似合わないという、アンバレンスの妙なこだわりである。
コンクリ打ちっぱなしのアルプススタンドに、プラスティックの椅子。
会場はたしかに豪華とはいえないつくりだった。
とはいえ、ぎゅうぎゅうに詰めれば五千人が観覧できるため、広さ的には申し分ない。
何せアグニーは、全世界で五百未満という少数種族なのだ。
全員が集まっても、余裕は有り余っている。
ならば席はがらがらか、といえば、そうでもなかった。
アンバレンスが招待した、非番の天使たちが座っていたからだ。
普段娯楽の少ない天使達に楽しんでもらおうという、アンバレンスの粋な計らいである。
一応メインはアグニー達なので、一番前の良い席はアグニー達が座っていたが、他は殆ど天使達だ。
アグニー達を囲むように、くつろいだ様子で座る天使達。
まともな感覚であれば、天使に取り囲まると言うのは相当なプレッシャーだろう。
しかし、そこはアグニー達である。
「うわぁー、すっげー」
「天使様だー」
「結界ー」
「ほんとうにわっかついてるんだー」
と、いたって当然の様に状況を受け入れていた。
多くのアグニー達は、そんなことよりも応援に力を入れていたのだ。
「がんばれー! なぁー、これ、なにがはじまるんだ?」
「しらない。 まけるなー!」
なんだかよく分からないけど、競技場に着たらとりあえず応援をする。
そんなアグニー達だった。
天使達も、アグニー達と同じく異様に盛り上がりながら声を張り上げていた。
日ごろのストレスでもぶつけているのかもしれない。
「ガンバレー!」
「ぶちかませー!」
「ふっとばせー!」
などの勇ましい声に混じり、時々。
「転生神様のアホー!」
「仕事増やすなー!」
などの声も聞こえていた。
幸いそれらの神々はこの場にはいないので、特に問題は無いようだ。
競技場の中央である芝生のエリアが突然真っ二つにわれ、下から轟音と共に何かがせり上がってきていた。
最初に見えたのは、コンクリートっぽい物と丈夫そうな板。
コンクリートっぽい部分は予想外に高く、どんどんと地面から伸び上がるようにせり出して来る。
どうやらそれが飛び込み台のようだ、と分かる頃には、地面の下からプールが持ち上がってきていた。
陸上競技場のトラックの下からせり上がって来るプール。
なら、はじめっから会場プールにしとけよ。
残念ながら、そんなつっこみを入れるものはこの会場には一切存在しなかった。
アグニー達も天使達も、一様に歓声を上げている。
「すっげー!」
「かっこいー!」
「結界ー!」
「おもしろーい!」
「あのデザインって誰が担当?」
「えーと、確か地上監視部の停止衛星軌道課の誰か? だっけ?
「疑問系かよ」
どうやら天使とアグニーで注目する場所はかなり違うらしい。
同じ騒ぐにしても、方向性が違うようだ。
プールサイドに、何人かのアグニー達が集まり始めた。
それぞれにスタッフである天使が何事か説明している様子だ。
それを確認した実況席のアンバレンスが、手元の書類を見ながらマイクに向かう。
「いま、選手達が最終説明を受けています。最初の競技は、高飛び込み・ペア。これはどういう競技なんでしょうか、解説の赤鞘さん」
「基本的には通常の高飛び込みと同じで、飛び込む時の空中での動き、飛び込んだときの動きが審査対象になります。ただ、この競技はペア。二人一組での競技です。当然コンビネーションも審査の対象になります。どちらかの動きだけが美しい、完璧では、高得点は望めません。また、審査員はアグニーの方々ですので、その動きがいかにタックルであったかも重要なポイントになるでしょう」
「なるほど。演技そのものがタックル、というわけですね」
「アンバレンス様ー、アンバレンス様ー!」
ここで、赤鞘でもアンバレンスでもない、第三者の声が響いた。
反射的に二柱がイヤホンを押さえたところを見ると、別の場所からの音声のようだ。
「はーい、現場の土彦ちゃん」
どうやら声の主は土彦らしい。
今日の彼女の役回りは、現場リポーターなようだ。
「注目選手である長老にお話をうかがいました。今日は天気もいいし風も落ち着いている。失敗ジャンプなんて事にならないようにしたい。との事でしたー」
「ありがとう御座います。いやー、本当に天候に恵まれてよかったですね赤鞘さん」
「夢の世界ですからねぇー」
「神様って本当にこういうところ便利ですよね。どうやら競技の準備が整ったようです。が! そろそろお時間のようです! 次回は競技の開始からお送りさせていただきたいと思います!」
「では、さようならぁー」
満面の笑顔で手を振る赤鞘とアンバレンス。
会場は引きとは関係なく、アグニーと天使達の声援に包まれていた。