The God has moved to another world.

Seventy stories: "It's so funny to have such a good time with Usagi"

 ジョッキに並々と注がれた蒸留酒を一気に飲み干し、トナックは楽しくてたまらないといったような笑顔を作った。

 さっきまで騒いでいた親方や店主連中もいつの間にか椅子に座り、つまみを齧ったり酒をあおっている。

 難しい顔を作ったり、感心したり表情は様々だが、皆見ているものは同じだ。

 透明な壁の向こうにいる、水彦と門土である。

「門土っつーサムライ、なかなか良い腕じゃねぇか」

「足速ぇなぁ、おい。兎人ってのはやっぱりすげぇもんだぜ」

「あれは当人の努力もあるでしょう。魔法の気配はしませんね。本当に使ってないのか、ちょっとギルドの端末借りますか」

「おう、さすが魔法屋。たのむぞ。だがあの小僧も相当だぞ。おもしれぇ」

 どうやら彼等の興味は、完全に水彦と門土へと向いたようだった。

 先ほどまで機材を引っ掻き回そうとする酔っ払いおっさん連中を止めていたギルド職員も、ほっとした様子だ。

「しかし、あの木刀っつったか? 何で作ったんだありゃ」

「メッテル樹だ。熱かけながら圧縮してある。堅ってぇぞ、ありゃあよぉ。重さもかなりあるから打撃力もある。ドワーフの頭ぐれぇならカチ割れるからよ」

「まぁーた豪勢だな。なんだってんなもんで木刀なんて作ったんだぁ?」

「こんなこともあろうとって奴だ。暇つぶしに作っといたんだよ。お陰で面白れぇもんが見れるかも知れねぇぞ」

「ちげぇねぇ! トナックの道楽もたまには役に立つなぁ! あっはっはっは!」

「だなぁ! ぶえっへっへっへ!」

 豪快に笑い出す酔っ払ったおっさん達を前に、ギルド職員達は唖然としていた。

 下品に笑いながら酒を呑んでいるこの集団は、こう見えてアインファーブルの顔役のような連中である。

 無碍にすることは出来ないし、極力丁重に扱わなければならない。

 彼等の思いは、皆同じであった。

 早く帰ってくれないかな……。

 そんな内容だ。

 残念なことに、下っ端ギルド職員達の苦労はもう少し続くことに成るのだった。

 まるで銃だ。

 それが、門土の一太刀を見た水彦の感想だった。

 こちらは攻められない遠い距離から、瞬きするより早く切り込んでくる。

 間合いをつめようと不用意に近付けば、その動きの隙を突いて来るだろう。

 実に厄介な相手だ。

 だからと言って相手が攻撃してくるのを待つのも、なかなかぞっとしない話だろう。

 なにせ、相手は一方的に殴れる距離で、殴ってくるのを待っているようなものなのだ。

 それを避ければ反撃のチャンスがあるとはいえ、それ自体かなり難しい。

 まして間合いをつめれば有利かといえば、不利な要素が消えるというだけで全くそのようなことはない。

 人族同士であれば、力量によって差はあるものの、ここまで一方的になることはないだろう。

 だが、それがかえって水彦を開き直らせた。

 どうせこちらから切りかかることは出来ないのだ。

 ならば、やることは決まっている。

 攻撃を避け、カウンターを食らわせてやるのだ。

 集中しさえすれば、避けきれなくはない。

 それでも斬られるのなら、それはもう自分が弱かったというだけの話だ。

 水彦は僅かに構えを変えると、目を鋭く細めた。

 避けるにしても受けるにしても、多少構えというのは変わってくるものだ。

 万能に攻撃にも防御にも適した構えがあればいいのだろうが、少なくとも水彦の扱う松葉新田流にはそういった便利な構えは存在していない。

 勿論そんなことは門土は知らないわけだが、それでも構えた様子を見ればある程度の事は分かった。

 受けるでも攻撃するでもない、避けることに特化した構えだ。

 湖輪一刀流は、神速の一太刀を尊ぶ流派である。

 受けるのであれば兎も角、避けると言うのはその剣を見切るといっているようなものだ。

 これは挑戦状を叩きつけられているのと同じではあるまいか。

 ならば、返事をきちんと返すべきだろう。

 先ほどよりも更に力を込めた、鋭い斬撃を以って。

 門土はもう一度上段に木刀を構えると、足を地面にめり込ませるように踏みしめた。

 防御を一切考えず、ただ思い切り剣を振り下ろす為だけの構えだ。

 渾身の一撃を放つべく、門土は大きく空気を吸い込む。

 その呼吸を感じたのか、刀を握る水彦の手にも力が入る。

 少しの間の静寂を切り裂いたのは、門土の声と、地面を抉るような踏み込みの音だった。

「チェェエエエエエエストッ!!!」

 渾身の気合と同時に、門土は一気に水彦へと向かい木刀を振り下ろした。

 構えて、来るであろうと身構えていても、門土の踏み込みは途轍もない速さだった。

 水彦の想定よりも、何倍も速かったのだ。

 それでも、対処をしなければならない。

 間合いが半分近くなったところで、水彦の体はようやく動き始めていた。

 集中の極限で、水彦にはまるで周りの風景がゆっくりと動いているかのように見えている。

 少しでも緊張が緩めば霧散してしまうこの感覚は、極度の集中状態特有のものだ。

 水彦は身体を横にずらそうと、足に力を込めた。

 だが、やはり速い。

 間に合えと念じながら身体を横に飛ばすが、自分の体が刃を吸い寄せているような錯覚を覚える。

 それを振り切るためにも、集中力を奮い立たせなければならない。

 門土の木刀が、頭上に迫る。

 少しでも速く身体をかわさなければならない。

 速く、もっと速くと、気ばかりが焦る。

 自分の体に焦らされているような錯覚を感じながら、水彦は身体を動かす。

 門土の木刀は髪の毛を僅かばかりかすめ、袖をかすめ、袴をかすめる。

 避けきった。

 だが、緊張は緩めないすぐに返す刃が来ると予想しているからだ。

 真上から稲妻の如く振り下ろされた門土の太刀は、そのまま地面を抉るかに思われた。

 しかし、実際にはそうはならない。

 門土の木刀は地面すれすれでぴたりと止まり、その刃を水彦へと翻したのだ。

 だが、体勢が悪いのだろう。

 木刀は上に跳ね上げられるのではなく、横に大きく振りぬかれた。

 足元を狙った斬撃だ。

 水彦はこれを足を上げることで回避する。

 片足立ちのかなり無理な体勢だが、ここで飛び退くわけには行かなかったのだ。

 折角のチャンスを、みすみす逃すわけには行かないからである。

 水彦は頭上に木刀を振り上げると、持ち上げた足を踏み込み足にして門土へと切りかかった。

 無理な体勢から木刀を振るった為、門土はすぐに構えなおすことが出来ない。

 水彦の木刀を避けるためには、飛び退くしかなかった。

 普通の人間であればそれほど距離は取れないだろうが、門土は兎人だ。

 強靭な足から生み出される跳躍力は、例え崩れた体勢であっても圧倒的であった。

 地面一蹴りで水彦の木刀をかわす門土だったが、水彦はそう簡単には逃がしてはくれない。

 人間とは一線を画すとはいえ、後方への跳躍では飛距離も十分とはいえないのだ。

 逃げる門土を追う様に、踏み込みながら更に木刀を振るう。

 振り下ろした木刀を振り上げての一閃。

 これは後ろに飛びながらかわす。

 跳ね上がった刃を返し、今度は上段から首筋を狙っての斬撃。

 後ろに下がりつつ、大きく上半身をそらしてかわす。

 横に振り抜かれた刃を更に翻し、今度も横一閃に振り抜く。

 風斬り音を上げて迫る刀に対し、門土は身体を更に後ろに倒して対処する。

 極端な姿勢にはなってしまったが、何とか避けることには成功した。

 このまま攻め立てられるのはあまり良いとはいえない。

 眉をしかめる門土だったが、ここで水彦の異変を見て取った。

 肩が僅かに下がり、真一文字に切り結ばれていた口にも、ほんの少しだけ隙間が出来ていたのだ。

 刀を振るというのは、意外と重労働である。

 幾ら連続で振るおうとしても、合間にどうしても呼吸を付かなければならない。

 その一瞬は、どうしても攻撃をすることが出来ず隙になってしまう。

 ほんの僅かなその隙を、門土は見逃さなかった。

 片足を大きく後ろに引き地面を踏みしめ、後方に傾いていた全身を無理矢理前に押し戻す。

 それと同時に、反っていた上半身を起こしつつ、片手に持っていた木刀を突き出した。

 足腰と上半身のバネを生かした、会心の突きだ。

 隙を突いた刺突であった為に、水彦は意表を突かれる形になってしまった。

 咄嗟に動いたのは、足ではなく木刀を持った腕だ。

 体の中心を向いて突き進んでいた門土の木刀の腹に木刀を這わせ、そのまま上へと突き上げる。

 そのまま弾き飛ばしてやろうと相当の力を込めたにも拘らず、門土の木刀はがっちりと水彦の木刀に噛み付いていた。

 刃はなおも水彦のほうへと向けられており、門土はそれを水彦の木刀もろとも叩き切らんとするような勢いで押し込み始める。

 勿論、そのまま素直に斬られるわけには行かない。

 水彦は両足を踏ん張り、門土の木刀を押し返す。

 気を抜いた瞬間どちらかが斬られるであろうつばぜり合いは、少しずつ交差する位置を変えていく。

 お互いの体の前、二人の丁度間に場所が動いたときには、お互いの額には玉のような汗が浮いていた。

「うさぎにこんなつかいてがいるとおもわなかったな。えらくはやい」

「あっはっはっは! 兎人サムライの剣は速さを尊ぶものでござるからな!」

 火花が散るようなつばぜり合いの中、水彦も門土も実に嬉しそうな笑顔を浮かべている。

 端から見れば異様な光景だろう。

 だが、二人は心底から楽しんでいるのだ。

 こうしてつばぜり合っている間にも、力を緩めたり強めたり、方向をずらしてみたりといった細かな駆け引きが行われている。

 そのどれも、僅かでも気を緩めれば決着に繋がるようなギリギリの駆け引きだ。

「あまり時間をかけるのもなんでござるな!」

「そろそろ、けりをつけるか」

「そうでござるな! トナック殿達もまっているでござろう!」

「おれもはらがへったしな」

 口の端を吊り上げて言う水彦に、門土もまた嬉しそうに笑う。

 そうしながらも、二人とも既に頭の中では決着の付け方を考え始めていた。

 先に動いたのは、水彦だった。

 僅かに身体を後ろに傾けたかと思うと、次の瞬間、その全身がまるで鞭の様にしなる。

 まるで波の様なその動きの頂点は、手に握っていた木刀であった。

 殴りつけるような音が響き、門土の木刀が真横に弾かれる。

 体全体を動かすことで練り上げた力を、一点に、一瞬で叩き込まれたのだ。

 門土の表情が一気にこわばった。

 横に弾かれたことで、門土の上半身は大きくぶれている。

 まともな刀の振り方は出来ないだろう。

 対して水彦は、反動を利用して斜め上へ木刀を振り上げていた。

 先ほどの木刀を弾く技の反動を利用したのだ。

 間合いを開けようと距離を取れば、すぐに踏み込まれて斬られる。

 そう考えた門土は、あえて間合いをつめた。

 木刀を握りなおしたところで、門土は異変に気がつく。

 よほどの衝撃だったのだろう。

 木刀を持つ手が、痺れているのだ。

 木刀を取り落とすまでは行かないが、感覚は殆どない。

 その為に、どうしても動きが鈍ってしまっている。

 苛立ちながらも、門土は木刀の峰に手を沿え刃を水彦の身体に押し込もうと動いた。

 至近距離であるため振るうことは出来ないが、刀は切ることに特化した剣だ。

 刃を相手の身体に押し付け引きさえすれば、腹を掻っ捌くぐらいの事は容易にできる。

 しかし、水彦もそれは考慮に入れていたようだった。

 横に向いた門土の腕に自分の身体を押し当て、動きを阻害したのだ。

 水彦の身体に阻まれ、門土の木刀は水彦に押し当てられない。

 だが、このままでは水彦も門土へと木刀を振り下ろせなかった。

 体が密着しすぎているのだ。

 水彦は木刀を逆手に持ち変えると、突き刺すように門土の首筋へと振り下ろす。

 その一瞬を突いて、門土は手を水彦の胴の上で滑らせた。

 刃は水彦の身体に押し当てられ、その峰に掌を押し当てる。

 そして、そのまま木刀だけを、滑らせるように引き抜く。

 一方、水彦の木刀の切っ先は、猛然と門土の首筋へと向かい迫っていた。

 そして。

 門土の木刀が完全に引き抜かれるのと、水彦の木刀の切っ先が後僅かで皮膚に食い込むというところで止まったのは、ほぼ同時であった。

「そこまでっ!!」

 キャリンの出した大声に、水彦と門土の身体はぴたりと止まった。

 水彦は門土の首筋に木刀をすん止めし、門土は木刀を振りぬいている状態だ。

 二人を交互に見返し、キャリンは一呼吸おいて結果を告げる。

「今回は、相打ち。引き分けです」

 水彦は首に一撃を打ち込める体勢ではあるが、腹を掻っ捌かれている。

 門土も、腹を切り裂いてはいるが、首への一撃は致命傷だ。

「ふっ、あっはっはっは! いやいやいや! 実にお強い! それがし感服いたし申した!」

 門土は笑いながら立ち上がると、水彦に向かって手を突き出した。

 一瞬首を傾げる水彦だったが、それが握手だと察すると手を握る。

 門土はそれを確認すると、ぶんぶんと振りまくった。

 がっくがく首を揺らしながらも、水彦も満足そうに首を振る。

「おお。おまえもつよいぞ。とじんのさむらいっていうのは、すごいな」

「いやいや! しかしこうなると、次は是非真剣を振るって居られるところを見てみたいものでござるなぁ!」

「おお。そうだな。かりにでもいくか」

「魔獣狩りにござるか! たしかにここはギルドの街でござるからなぁ! それも一興でござろう!」

 楽しそうな水彦と門土を見ながら、キャリンはほっとため息を付いた。

 二人とも、結局魔法を使わなかった。

 使えないということはないと思われる以上、温存したのか隠したのか。

 はたまた純粋に剣の腕だけを試したのか。

 キャリンには良く分からなかったが、あの二人はまだまだ強く、少なくとも自分が及びもつかないということだけは良く分かった。

 かかわりたくない。

 それが、偽らざるキャリンの本心だ。

 なんか良く分からないこういう手合いと絡んでいると碌な目にあわない。

 絶対大怪我とかする。

 キャリンの中の何かが、盛んにそう訴えかけてきているのだ。

 兎に角、試合が終わったことで、キャリンは安心していた。

 開放されると思ったからだ。

 だが、現実はそう甘くはない。

「じゃあ、あしたにでももりにいくか。きゃりんがいれば、いろいろよういしてくれるしな」

「おお! それは心強いでござるなぁ!」

「へ?」

 思わず気の抜けた返事をしてしまったキャリンを責められる者は、恐らく居ないだろう。

 彼の受難は、まだまだこれからが本番なのだった。