The God has moved to another world.

One Hundred Six Stories: "Wow, maybe you should lose weight"

 風彦は微妙に引きつった笑顔を顔に貼り付け、なんともいえない気持ちで出されたお茶をすすった。

 湯気の立ち上る温かなそれは、琥珀色の実に透明感のある色合いをしている。

 口に入れれば、苦味の中にも確かな深い甘みを感じられた。

 かなりいい品なのだろう。

 時折アンバレンスが買ってくる、酒の割り材にするようなペットボトルの量産品とはわけが違うようだ。

 流石、この世界最大のエネルギー企業体である。

 お客に出すお茶まで高級品なのだろう。

 この世界におけるギルドとは、超多国籍企業体のような存在だ。

 冒険者という対魔獣戦闘の専門家から、魔石と呼ばれる魔獣が体内に作る魔力の結晶を買いとる。

 これを、取引相手の国が使う魔法体系に合わせ、使用可能な状態に加工販売する。

 魔石を加工する技術は、現在ギルドしか保有しておらず、その方法は極秘とされていた。

 そのため、自前以外で大きな魔力を必要とする場合は、ギルドからエネルギーとしての「加工済み魔石」を購入するしかないのだ。

 どこの国でも、魔石を収集することだけであれば、簡単だろう。

 だが、それを加工、運用するノウハウがない。

 現在も調査研究は続けている国は多くあるのだが、ギルドよりも安定した品質で、尚且つ安価に加工する技術は、開発されていなかった。

 ギルドは世界のエネルギー産業を一手に担っている、といっても、過言ではないだろう。

 そんなギルドであるから、その舵取りは常に細心の注意を必要とされる。

 エネルギーはほしいが、金を払うのはいやだ。

 技術を奪って滅ぼしたい。

 そういったことを考える国や団体は、十や二十ではきかないだろう。

 悪いことに、その手の連中は吹けば飛ぶような小物ではない。

 国や、それに準ずる力を持った団体ばかりなのだ。

 見渡せば敵だらけといっていい状況にもかかわらず、ギルドは創立から今まで、一度も外部からの支配を受けたことがない。

 どこの国にある支部でも、国からの干渉をすべて撥ね退けてきていた。

 それだけのことを可能にする手腕とノウハウを、ギルドという組織は持っているのだ。

 組織としてそれだけ優秀である、ということは、すなわち運営する人間も優秀であるということに他ならない。

 世界有数の企業体であるギルドは、それを動かす人間も世界有数と言っても過言ではなかった。

 選りすぐりの人材が集まるギルド全体の運営を司る幹部達は、さまざまな経歴を持つものが多い。

 元貴族や、軍の要職など、国家運営に携わっていたものもいた。

 風彦が今現在いるのは、そんな優秀な人材豊富なギルド幹部達が一堂に会する、ギルド本部の会議室だ。

 ギルド幹部達は皆緊張した面持ちで押し黙り、重苦しい空気が室内を支配している。

 改めて周囲を見回してそれを確認した風彦は、空笑いをしてから、ごまかすようにお茶を口に運んだ。

 この空気の原因は、言うまでも無く風彦だった。

 そりゃこんな状態にもなるよ。

 心の中でそう毒づきながら、風彦は小さくため息を吐いた。

 風彦がこの部屋に入ったのは、今から数十分前だ。

 ギルドの運営会議が終わったのを見計らい、通気口から進入したのである。

 風彦は風から作られたガーディアンであり、その存在のあり方は風に非常に似ていた。

 空気の動く場所であればどこにでも存在可能で、どんな場所にでもタイムロス無く移動することが出来る。

 風であるために物理的、魔法的に倒しきることが不可能。

 そして、形の無い存在であることから、姿かたちを容易に変化させることが出来た。

 さらに、情報収集や潜入に特化した知識、情報をエルトヴァエルから与えられているのだ。

 ギルドのセキュリティーは世界有数のものではあったが、そんな風彦からすれば、入るのも出るのも思いのままだったのである。

 会議の終了を見計らったように現れた風彦に、ギルド幹部達は大いに驚いていた。

 すぐに取り押さえようと警備が動きだそうとしたが、風彦はすぐにガーディアンとしての気配を発散させる。

 普段は外に出すことが無いそれは、この世界に生きるものに「自分が神の使いである」ということを理解させるためのものだ。

 一瞬で自分が何者なのかを理解させた風彦は、この場にいるギルド幹部達に話があると持ちかけた。

 内容は、「見放された土地」に関することである。

「見放された土地」が開放され、この世界で初めて土地を司る土地神が配置された場所になった。

 その神の名は「赤鞘」であり、今後は土地の名を「見直された土地」と改め管理していく。

 というものであった。

 その内容を説明した直後が、現在の状態である。

 重苦しく黙りこくるもの。

 じわじわと冷や汗をかくもの。

 目に見えて震えているもの。

 様々なリアクションをとるギルド幹部達を眺め、風彦は改めて心の中でつぶやいた。

 そりゃこんな状態にもなるよ。

 見直された土地は、ギルド本部であるここ、アインファーブルの近くだ。

 影響が出ないわけが無い。

 まして、その土地のガーディアンがこうしてやってきたのだ。

 ただ単に「土地の結界がなくなったので、今後ともよろしくねっ☆」といった挨拶の類ではない、というのは、想像に易いだろう。

 この後、風彦がどんな話をするのか。

 それを想像して、緊張したりストレスで胃をやられていたりするはずだ。

 ギルドというのは、トップダウンの組織ではない。

 いくつもの部署があり、それぞれ専門の権限を持つ巨大な組織だ。

 その性質上、話を通すには誰か一人だけでなく、関連部署のトップ数人に事情を説明したほうが動きが早い。

 だから、風彦はギルドの幹部が全員いるこのタイミングで会議室に入ったのである。

 入った、というか。

 正確に言えば、入らされた、のだが。

 指示を出したのは、エルトヴァエルであった。

「今は年に一度、ギルド幹部が集まっての会議が行われる期間です。それの後を狙えば、簡単に全員に話を通すことが出来るでしょう」

 そりゃそうだろうけどさ。

 重苦しいよ、空気が。

 こういった大胆な手段はエルトヴァエルには似合わないように思われるが、実際はそうでもなかった。

 慎重に、時に大胆に。

 秘密が大きい場合は、それを守ることが出来る組織を丸ごと巻き込むこともいとわない。

 そういった手法に出ることもあるからこそ、“罪を暴く天使”は恐れられているのだ。

 ええい、もう、エルトヴァエル様め。

 帰ったら絶対「流石、罪を暴く天使ですね! いやぁー、罪を暴く天使はちがうなぁー!」とか言ってからかってやる。

 風彦は心に決めると、お茶の入ったカップを受け皿に戻した。

 そこで、重苦しい空気の中、一人だけ落ち着いた表情であごをさすっている人物がいることに気がつく。

 リザードマン種というほっそりとしたイメージのある種族であるにもかかわらず、中年太りしたような体型で、メガネをかけた人物。

 ギルド長“慧眼の”ボーガー・スローバードだ。

 ボーガーは風彦の視線に気がついたのだろう。

 片方の、人間で言えば眉毛に当たる部位を持ち上げ、腕を机の上へと戻した。

 わざと音がするように深呼吸をすると、その気配で室内の視線を自分へと集める。

「私達も、彼の土地に変化があることは感じておりました。やはり、開放されておりましたか」

 いち早く落ち着いたのか、それともこの場にいるほかの者たちが落ち着くのを待ったのか。

 どちらにしても、ボーガーには動揺の色が見られない。

 エルトヴァエルが、有能な人物だと評しただけのことはある。

 風彦はにっこりと笑顔を作ると、こくりとひとつうなずいた。

「はい。それと、これもご存知と思いますが。見直された土地には、現在アグニー族が暮らしています。赤鞘様が認めた、住民として、ですね」

 その言葉で、ギルド幹部達の顔色が変わった。

 あるものは青ざめ、あるものは凍り付いている。

 ここにいる全員が、メテルマギトとアグニーの一件を知っているのだろう。

 怒りの矛先がギルドにも向くのではないか、などと考えているはずだ。

 神様というのは、人間からは想像もつかない理屈で動いている。

 責任を負わされるかもしれないと考えるのは、自然なことなのだ。

 すぐにその考えにいたるあたり、ここにいる人物は皆よくそのことを理解しているのだろう。

「先に言っておきますが、赤鞘様は土地神様です。そのご興味はもっぱら土地の内側に向いていますので、今すぐにメテルマギトをどうこうするおつもりはありません」

 先に断り無くメテルマギトの名前を出したが、全員がその意味を理解してくれたらしい。

 少しだけ場の緊張が解けるのを感じ、風彦はほっとする。

 正直、風彦はこういう場所は苦手だった。

 なんか周りの人達皆頭よさそうだし、大体すごく偉い人ばかりなのだ。

 自分なんかが大上段から偉そうなことを言っていいのだろうか。

 風彦はそんなことを考えていた。

 赤鞘の力を元に、エルトヴァエルから与えられた一般常識を持つガーディアンであるところの風彦は、かなり小市民的な感覚の持ち主になっている。

 正直こういうかしこまった場所は苦手だし、ぶっちゃけ早く見直された土地に帰りたかった。

 最初に会ったスケイスラーの亡霊はむっちゃ怖かったし、目の前にいるボーガーも曲者っぽくて怖気が来る。

 それでも仕事は全うしなければ、という使命感を強く持っているのは、赤鞘とエルトヴァエルの共通した気質を受け継いでいるからだろう。

「で、ですね。今しがた言いましたように、見直された土地には現在アグニーさん達が暮らしているわけですが。ご存知のように周囲にはステングレアの人達がたくさんいるんですよ」

「存じております。この街にも彼らは多く潜んでおりますので」

 答えてきたのは、やはりボーガーだった。

 ギルド長として、この場の会話の中心は彼に任されるのだろう。

「実は、土地が開放されたことはまだあまり世間に知らせたくないんですよ。出来れば必要最低限だけの秘密にしておきたいんです」

 これだけ言えば、ここにいる人間なら意図を汲んでくれるだろうと、風彦は考えていた。

 その必要最低限の中にギルドが含まれていて、極力秘密にしたいからほかには喋らないでほしい、といったようなことだ。

 わざわざ口にするよりも、深読みしていろいろと考えてもらったほうがいいこともある。

「ですが、住民には物資が必要です。原始人のような生活をするならともかく、鉄やら布やらは必要ですから」

 ぶっちゃけ今の状態で割りと暮らせてるけど。

 アグニーさん達ってすごい。

 ほっぺたもちもちしたい。

 などと心の中で思った風彦だが、当然口には出さなかった。

「要するに、物資です。物資は必要。でも、持ち込もうとするとステングレアの人達に見つかってしまう。なので、事後承諾にはなりますが……地下トンネルを掘りました」

「ほぉ。すでに完成していますか」

「はい。アインファーブルから見直された土地へ繋がる物です。貴方方の街で勝手をしてしまって申し訳ない」

「いえ、神のご意思ですから。不満など持つはずもありません。純粋に驚いたまでです。誤解のないよう、お願いいたします」

 実際は赤鞘にもほぼほぼ事後承諾だったのだが、まあその辺はあいまいにしておいたほうがいいだろう。

「そういって頂けると助かります。さて、トンネルが出来ていますので、後は物資の仕入れと、ここへ運ぶ手段が必要なわけですが。まず、仕入れはホウーリカ。運搬は、スケイスラーにお願いしようと思っているんです」

「あの二国に。さようですか。確かに適任です」

 考えるように眉をひそめたのも、わずか数秒だった。

 ボーガーは納得した様子で、大きくうなずく。

 なぜその二国が選ばれたのか、すぐに察したからだろう。

 見直された土地のもともとの所有国と、その場所を拠点のひとつにしていた輸送国家。

 選ぶ国としては、納得のいくものなはずだ。

 しかし、名前を出しただけで理由まで察してくれるというのは、話が早くていい。

 いちいち説明の手間が無いことに、風彦はうれしいやら、怖いやら微妙な気分になる。

 それだけ察しのいい、優秀な相手と話しているということだ。

 自分のあらが出てこないか不安になって来る。

 だが、ひるんだところで始まらないだろうと、頭を振って弱気を頭から追い出す。

「で、ですね。お察しとは思いますが、物をたくさん買うというのは、存外目立ちます。当然、運び込むのも。それを保管しておくのも、です。買うのと運ぶのは、ホウーリカとスケイスラーがうまく隠蔽してくれるでしょう。ですが、一時的とはいえこの町に置いておく事になるわけです」

「私達ギルドは、それが周囲に悟られないよう、情報操作をすればいい。ということでしょうか」

「その通り。お願いできれば、と思いまして。それ以外でも、出入り口になる以上いろいろご迷惑もおかけするでしょうから。そのあたりのことも便宜を図っていただければ、と」

「わかりました。ギルドが責任を持って、そのようにいたしましょう」

 ボーガーの言葉を聴いて、風彦は内心でほっと胸をなでおろした。

 これで、仕事の半分は終わったようなものだ。

 問題は、残りの半分である。

 むしろこっちのほうが問題かもしれない。

 風彦は意を決し、話しを切り出した。

「有難う御座います。大変助かります。それで、ですね。実は、このお願いを聞き届けていただいた場合、赤鞘様から言付かっていることがありまして」

「はっ。どのようなことでしょうか?」

「まだ細かくは決まっていないのですが。代表の方を、ですね。見直された土地にご招待して、お話しをなさりたい、と」

 小さなうめき声や、咳き込む音が響く。

 ほめられた事ではないが、無理からぬことだろう。

 むしろそれだけで済ます辺り、さすがギルド幹部たちと言っていい。

 普通ならば、卒倒してもおかしくないところだ。

 にも拘らず、ボーガーは目を見開いて驚いた表情を作っただけであった。

 言葉の意味が理解できていないのか、と思えるほどの反応の薄さだ。

 勿論、そんな訳がない。

 ボーガーは何度か頷くような仕草を見せると、口を開いた。

「なんというか、途方もないことです。まさか生きているうちにこんな話を……いや、自分がこういった立場になるとは思いませんでした。代表、というのは、この場合誰になるのでしょうか」

「出来れば、ボーガー殿と言う事になるでしょうか。ちなみに、件の二国からも、バインケルト・スバインクー殿。第四王女殿をお呼びする予定です」

「それは。どちらも有能な方ですな」

「まったくです。あ、ご招待する、といいましても、まだ細かいところは決まっておりません。追って後日詳細をまとめて、書面と口頭でお報せに上がります。それを確認してから、お返事を頂きたいと思います」

「承知しました。準備をして置きます」

 落ち着いた様子で、ボーガーはそう請け負った。

 風彦は仕事の山を越えた事で、ほっと小さく息を吐く。

 自分より余程落ち着いているボーガーを見て、改めて感心した。

 空恐ろしいほどに、肝が据わっている。

 ギルドという組織をまとめるには、これぐらいの胆力は必要なのだろう。

 風彦から見てバインケルトも化け物だったが、ボーガーも十二分に傑物だ。

「先ほどの物資搬入の件と、赤鞘様との会談。これらの詳細は、後日改めて打ち合わせるということにさせて下さい。書類も用意しておきます。二日後の二十時でどうでしょう」

「勿論、問題ありません。お待ちしております」

 風彦は満足気に頷くと、おもむろに椅子から立ち上がった。

 にっこりと笑顔を作ると、すっと片手を上げる。

「では、私はこれにて」

 いいながら、風彦は頭を下げつつ、大仰に手を胸へと動かした。

 芝居がかったその動きと同時に、風彦の体は空気に溶け込むように消えていく。

 その姿が完全に消えるまで、数秒もかからなかった。

「さて。皆疲れていると思うけれども、もう少し仕事をしてもらわなくてはいけなくなったようだね」

 呆然とするギルド幹部達に、ボーガーはそう声をかけた。

 すぐに正気に戻り、自分に注目を向けてくる彼らを見て、ボーガーは満足そうに頷く。

 一人一人の顔を確認するように見回し、落ち着いた様子で切り出す。

「言うまでもないと思うが、このことはギルド長権限で機密にさせてもらうよ。そして、今回の件に関わる事は同じ権限で最優先事項として扱う事にする。ことがことだから、ご理解願うよ」

 ボーガーは全員が同意していることを確認する。

 当然のように、異論を唱えるものは一人も居ない。

「では、皆疲れているところ申し訳ないが、会議の続きと行こう。決める事や動かなければならない事はいろいろあるけれど、時間は有限だからね」

 ボーガーが会議を始める事を宣言すると、すぐさま対応策が飛び交い始める。

 話しを聞いた直後は硬直していたギルド幹部達だったが、やはり皆優秀なのだ。

 その中で、ボーガーは一見ただの中年リザードマンにしか見えなかった。

 取り立てて意見を言うわけでもなく、鋭い指摘をするわけでもない。

 彼の真価は、そういったところではないのだ。

 今ここにいるギルド幹部達。

 その大半を今の地位に取り立てたのが、ボーガーであった。

 人の能力を的確に見抜く眼力と、何事にも動じない胆力。

 何かあった場合に、全ての責任を自分が負うという気概。

 それが、ボーガーが現在の地位に居る理由である。

「お話、か」

 徐々に話し合いがまとまっていくのを確認しながら、ボーガーは小さく呟いた。

 自分のようなものが、そんなことをしていいのだろうか。

 そんな疑問が頭に浮かぶ。

 だが、神様が会いたいと仰られているのだ。

 疑う事はもちろん、断るなどというのはもってのほかだろう。

「すこし、痩せた方がいいかもしれないなぁ」

 真剣な様子でそういうと、ボーガーは最近めっきり目立ってきた腹を擦るのであった。