The God has moved to another world.
One Hundred and Thirty-nine Stories: "Oh, are you worried? Super sweet. But give it up. I work with no Thanksgiving."
タックが案内されて入った部屋には、トラヴァーが待っていた。
いかにも深刻そうな顔をしているその様子に、タックは首をかしげる。
一体何があったのだろうか。
もしや、辛い系の野菜などを食べすぎて、口がヒリヒリしているのでは?
あり得るかもしれない、と、タックは思った。
タック自身、農作業中に香辛料になる作物をつまみ食いしては、時折ある味の濃いものに当たり、泣く思いをしたことがある。
アレは地味につらいのだ。
当たった後、へこんでしばらく仕事をしたくなくなったほどである。
タックが同情的な目を向けると、トラヴァーはわずかに不思議そうな顔をした。
大丈夫、わかっている。
そう思いを込めて、タックは頷いて見せた。
もちろん、タックの予想は的外れであり、まったくわかっていないわけだが、当の本人は一切そのことに気が付いていない。
タックはどちらかというと、勘が鋭い方ではないのである。
まあ、そんなことはどうでもいいとして。
タックが席に着くと、トラヴァーはとりあえず当たり障りのない会話を始める。
ある程度落ち着いたところで、ようやく本題の話を切り出した。
「実は、タックさんにべつの場所へ移って頂くことになりまして」
これを聞いたタックは、ハッとした表情を作った。
風彦が会いに来た時に言っていたことを、思い出していたのだ。
あの時、風彦はこう言っていた。
何か大きな変化があった時や、助けが来た時の事ですが。
特に何もしなくていいですから、いつも通り何も考えないでボーっとしててください。
その方がなんだかんだでうまく行きますので。
タックは、村の仲間の元へ戻ると決めた。
そのために助けに来てくれる人たちが、なんだかよくわからないが働いてくれているらしい。
これは、タックにもよくわかっていた。
自分のために働いてくれている人がいるなら、自分も手伝った方が良いのでは?
そう思ったタックだったが、それは風彦に否定された。
なんでも、プロの人にはプロのやり方があるので、素人は手を出さないほうがいいのだそうだ。
今のタックはプロ奴隷ニストである。
ジャンルは違えど、同じプロだ。
だからこそ、なるほど、と納得できる話だった。
何があっても、特に何も考えずいつも通りしていよう。
そう、心に誓ったのだ。
おそらくこれは、風彦が言っていた「大きな変化」というやつだ。
正直何が起きているのかタックにはよくわからなかったが、とりあえず何もしなければいいのだ、ということだけはわかった。
自慢ではないが、タックは何も考えないことについては、ちょっと自信がある。
それにかんしてならば、村でも一二を争うのではなかろうか。
兎に角、何も考えずにいつも通りしていればいいのだ。
タックはきっと表情を引き締め、びしっと敬礼をした。
「わかりましたっ! なにもしませんっ!」
「はい?」
突然の理解不能な言動に、トラヴァーは顔を曇らせた。
だが、すぐに気を取り直す。
アグニーが理解できないのは、今に始まったことではないのだ。
「まぁ、あのー。とりあえず、明日には迎えが来ますので。そちらの方々の指示に従って、ついていってください」
「わかりましたっ!」
元気よく返事をした後、タックは何か恐ろしいことを思いだした、というような表情になった。
風彦が言っていたことを、もう一つ思いだしたのだ。
あ、もしかしたらいろいろ忙しくてお菓子とか食べられない状況になるかもしれませんので。
ポケットにキャンディとか忍ばせておくといいかもしれませんよ。
それは、風彦の心からのアドバイスだった。
アグニー族というのは、悉くマイペースである。
どんな状況になろうと自分のスタンスを崩さず、ノンストレスで生きている生き物なのだ。
もちろん、タックも驚くほどのマイペースさを誇っている。
そんなタックであるから、きっとガルティック傭兵団が救出作戦をしているときでも、普段と変わらぬ様子でいるだろう。
緊張とは無縁であり、救出作戦が長引けば、きっとお腹がすくはずだ。
お腹がすいているのに、ドンパチのさなかでご飯が食べられない。
そうなったら、タックはきっと切なげな顔をするはずだ。
風彦には、その顔に耐える自信がなかったのである。
アグニー族のそんな顔を見たら、風彦は可哀想すぎて心臓マヒを起こしてしまうかもしれない。
そんな時、ポッケに飴玉の一つも入っていれば、きっとタックは笑顔を保ってくれるはずだ。
このアドバイスは、風彦の精神安定を図るためのものだったのである。
そうと知らないタックは、おもむろにテーブルの上に置かれた器に手を伸ばした。
様々な種類のお菓子が盛り付けられているそれの中からいくつかを選び、タックは自分のズボンのポケットに突っ込んだ。
それを確認すると、満足気に頷き、再びトラヴァーに向かって敬礼をする。
トラヴァーはその行動に疑問を持ったものの、やはり「まぁ、アグニーだしなぁ」ということで特に気にすることはなかった。
「おそらく、あなたと直接お会いするのはこれが最後になると思います。まあ、貴族様があなたの扱いを、また私に任せなければ、ですが」
タックの救出方法について、トラヴァーにはおおよそのところだけは説明がされていた。
移送の途中、あの連中が襲い掛かる。
そして、タックを連れて逃亡。
準備は万端に整えていることだろう。
恐らく、いや、確実に、逃げおおせるはずだ。
この国の兵士では、あの連中をどうこうすることはできないだろう。
別に、この国の兵士を甘く見ているわけではない。
あの連中が、異常なだけなのだ。
世界というのは理不尽である。
武装した集団を、真正面からたった一人で叩き潰すような、こちらの常識を簡単に覆す輩が存在するのだ。
戦争奴隷を扱う関係上、トラヴァーはそういった存在についてもよく知っていた。
あれは、そういう理不尽が形を成したような連中だ。
だから。
タックと会うのは、これが最後になるだろう。
そう、トラヴァーは思っていた。
「お元気で、タックさん。きっと次に行くところは、ここよりもずっといいところですよ」
「はいっ! トラヴァーさんも、げんきで! きっといいことありますよ!」
いかにも天真爛漫な表情でそういわれ、トラヴァーは思わず苦笑する。
タックにそういわれると、なんとなくそうなるような気がするのが、不思議であった。
どこからか調達してきたらしい黒いハットをかぶり、プライアン・ブルーは軽快な踊りを披露していた。
地球で言うところのロックダンスに近いもので、動きには切れがあり、かなりの上級者であるように見受けられる。
驚くべきは、踊っている場所がビルの屋上、その手すりの上という点だろう。
ほんの数センチしかない、踏み外せば数十メートル下の地面に真っ逆さまになるようなところであるにもかかわらず。
プライアン・ブルーは欠片も怯えを見せず、むしろ楽しげなドヤ顔で、ダンスをキメていた。
ひとしきり踊り終えたのか、決めポーズをとるプライアン・ブルーに、キャリンは胡乱げな視線を向ける。
「あの。なんでそんなところで踊ってるんですか?」
「昨日、アニメ見てたんだけど。なんかエンディングで超かっこいいダンスが入ってたのよ。いいなって思って」
確かに昨日、プライアン・ブルーは移動用の乗り物の中で、アニメを見ていた。
それなりに広いとはいえ、所詮は乗り物の中である。
ガンガンに音漏れがしていた、というか、キャリンが寝ている横で見ていたので、内容までよく覚えているほどだ。
たしか、スタイリッシュな感じのキャラクターが活躍して、スタイリッシュに戦って、スタイリッシュに決めている。
なんかとにかくスタイリッシュな感じのアニメであった。
ちなみに、この世界にもアニメーションというのは存在する。
子供向けから成人向けまで、幅広く展開されている娯楽の一つだ。
キャリンはますます渋い顔を作って、プライアン・ブルーを見据えた。
「危ないですよ」
「あら、心配してくるの? 超優しい。でも諦めて。あたし同業者はノーサンキューだから」
口には出さないものの、キャリンはあからさまに「何言ってるんだこの人」というような表情になった。
どうやらキャリンは、プライアン・ブルーに同業者と認識されたらしい。
キャリンは知らないことだが、スケイスラーの工作員の間では、「プライアン・ブルーの婿候補から外れたら一人前」と言われている。
プライアン・ブルーは同業者や、似たような商売をしている相手を結婚対象とみなさないのは、有名な話だ。
そして、本人の腕がいいから、仲間を見る目が非常に厳しかった。
技量を認めなければ、同業者や仕事仲間と見なさないのである。
キャリンはこの短期間で、プライアン・ブルーに認められたのだ。
「そんなことより。この設計図って本当に正確なんですよね?」
キャリンが掲げて見せたのは、移動用の乗り物の設計図だった。
バタルーダ・ディデの政府機関が使用する型のもので、一種の軍事機密に類する扱いのものである。
「せいかくだよぉー。樽のあんちゃんがチョッパってきたヤツだから」
そんなものを入手してきたのは、樽の男、こと、ディロードである。
今回の襲撃に必要だからという理由で、政府御用達企業の魔法演算装置に違法侵入して手に入れてきたのだ。
ディロード曰く、「アグニー族の戸締りぐらい雑なセキュリティだった」らしい。
「それにしても、これをボウガンで撃って止めろって。無茶苦茶ですよ」
今いるビルの上から乗り物を狙撃して、動きを止めさせる。
それが、キャリンに今回任された仕事だった。
もちろんやりたくないとグズったが、その場合最前線でドンパチすることになるといわれ、諦めてこちらを選んだのである。
渋い表情のキャリンに、プライアン・ブルーはニヤリと笑う。
「でも、できるんでしょ?」
「この図面通りなら、たぶんですけど」
魔法の技術的なことに関しては、キャリンにはよくわからない。
そういった専門知識の持ち合わせはないので、当然である。
だが、急所を突くことは、できた。
道具のおおよその目的が分かれば、急所を見つけることはできる。
魔獣の外見を確認すれば、おおよその急所が推測できるのと同じだと言っていいだろう。
心臓や脳の位置というのは、ほとんどの動物でおおよそ変わらない。
一定の知識さえあれば、初見の動物や魔物でも、ある程度の急所を予測することはできる。
道具も似たようなもので、ある程度似たようなものに関する知識さえあれば、急所を予測することはできなくもない。
設計図を渡されたキャリンは、それを頭に叩き込んだ。
そして、ここをこう攻撃すれば、止められるはず。
という場所を、自分なりに割り出したのである。
そのアイディアをチェックしたのは、ディロードと、ガルティック傭兵団のドクターだ。
どちらからも、それなら止めることが可能である、と、太鼓判をもらうことができた。
「それなら上々。一仕事終えたら、ここを片付けて撤収。お手軽な仕事じゃない? 今日はキャリンくんが一番楽なのよ?」
「ほかの皆さんからすればそうかもしれませんけど、僕はいっぱいいっぱいですよ」
「男ってのは修羅場をくぐった方が魅力が増すらしいよ? あたしはホンワカ系の方が好きだけど」
言いながら、プライアン・ブルーは腰に下げていた剣を抜いた。
柄頭にギルド謹製の結晶魔法が施された、魔法剣だ。
どこの国でも手に入るギルド製の魔法道具は、足の付かない武器として非常に人気がある。
この剣はギルド長ボーガー・スローバードを通して手に入れたもので、魔力を込めると、一定の間だけ剣を具現化できる、という代物だ。
複製能力しかないので、プライアン・ブルーが普段使っているものよりも数段性能は劣る。
だが、ただの剣で戦うよりは、遥かにいい。
プライアン・ブルーは剣に魔力を通し三本複製すると、片手に二本ずつ、指の間に挟んで持った。
「さって。そろそろ時間だわね」
「えっ? あ、そうですね。もうそろそろか」
腕時計を確認して、キャリンは少し緊張したように言った。
もうすぐ、仕事の時間。
タックの移送が始まる予定時刻である。
にやりと笑うと、プライアン・ブルーは剣を振るう。
踊るような足取りで、それは一種の剣舞のようであった。
緩急のある動きで続けざまに繰り出される斬撃に、目まぐるしく変わる立ち位置。
まるで踊るように動いてはいるが、立っているその場所は、細い手すりの上である。
その剣舞は、普段のプライアン・ブルーからは想像もつかないような、ある種の神秘性すら感じさせる。
無論、それだけではない。
剣技に疎いキャリンから見ても、高い技量を持っているのだとわかるものでもあった。
性格はアレだが、プライアン・ブルーは間違いなく、凄腕の工作員であり。
名うての剣士であるのだ。
プライアン・ブルーは剣と体をピタリと止めると、短く息を吐いた。
時間にして十数秒の剣舞だったが、近くで見ていたキャリンは半ば呆然としている。
目の前で見た見事な技と、普段のプライアン・ブルーが合致せず、脳が混乱しているのだ。
「さぁーって。これが終わったら婚活パーティにでも行くかなぁ」
「あ、よかった。プライアン・ブルーさんだ」
「え? なにそれ、どういう意味?」
不思議そうな顔を向けてくるプライアン・ブルーから、キャリンはそっと顔をそらした。
タックの移送には、かなりの人員が割かれることになっていた。
トラヴァーにタックのことを依頼してきた貴族の私兵のほかに、国の警察機関や軍隊からも人手が出ている。
警察機関を動員して交通を規制し、沢山の兵隊に守らせた護送車で移送。
搦手なしの正攻法だ。
誤解されがちだが、正攻法というのは成功する公算が高いからこそ正攻法なのである。
まして金にも人員にも糸目をつけないとなれば、尚更だ。
実際、タックの移送には驚くほどの労力と金が割かれていた。
トラヴァー氏所有のビルの周囲には、多くの人員が配置されている。
ビルの出入り口と乗り物の間を覆い隠す、囲いの様な仮設の建造物も出来上がっていた。
タックが乗り物に移動する際、視認できなくするためだろう。
乗り物はいわゆる乗用のものでなく、軍が利用している装甲車だ。
周囲を固めている兵隊の装備は、戦争にでも行くのかといったような重装備である。
強化外装甲に、外部魔力式の魔法掃射装置。
中近距離専用の魔法剣に、結界を展開可能な盾まで持っている。
こういったものを使うには、それなりの訓練が必要だ。
魔法的な才能も必要になってくる。
運用しているのは、この国の特殊部隊員達だ。
かなり大掛かりで大げさな行動に見えるが、事の重大さから考えればそうとも言い切れない。
扱うものは世界的に騒動の種になっているアグニー。
それも、既に何者かに狙われている恐れもある、と来ている。
国のVIPが移動するときなど、このぐらいの警戒をすることは少なくない。
気の使い過ぎ、とも言えないだろう。
動員されている兵士達、特にフル装備の特殊部隊員達には、今回の仕事について特に説明がなされていた。
メテルマギトが欲している、アグニー族の移送。
世界でも有数の大国が絡むかもしれないことだけに、油断はできない。
全員が等しく気を張り詰めさせており、かなりの緊張感が漂っていた。
まあ、油断なく、緊張感を漂わせているからと言って、必ずしもうまく行くわけでは無いのだが。
道路にある共同溝から顔を出したディロードは、その上にある乗り物の中へと這いずって入っていく。
乗り物の床部分には開閉式の出入り口が取り付けられており、外からは出入りの様子が見えなくなっている。
ディロードは乗り物の中にいたガルティック傭兵団のメンツに引っ張り上げてもらうと、椅子に座ってため息を吐いた。
「箱付け、終わりましたよ」
国によって、魔法技術というのはそれぞれ異なる。
遠方との通信手段に、有線を利用するところも少なくない。
バタルーダ・ディデもその一つであり、地下にはさまざまな通信回線が埋設されている。
ディロードはその回線に、外部接続装置を取り付けていたのだ。
そうすることで、直上にある魔法演算装置に侵入しやすくしているのである。
取り付けた装置は無線で操作できるようにしてあり、ある程度であれば離れても問題ない。
こういった方法で魔法装置に遠隔侵入しやすくする手法は、箱、つまり装置を取り付けるところから、「箱付け」と呼ばれていた。
話を聞いていた水彦が、刀を抱えながら感心したようにうなずく。
「これで、はっこめか」
「そうですね。まぁ、これで大体カバーできると思いますよ」
わざわざディロードが働いているのは、もちろんタックを助ける、あるいは奪うための下準備である。
「このちかくの、なににしんにゅうするんだ」
「道路交通整理用の信号機です。連中、タックさんの移送ルート上の信号を自分達に都合がいいように変えて、ノンストップで施設まで行くつもりみたいなんで」
移送中は、止まった時が一番危険だというのは一種の常識だ。
止まっているときが危険なのならば、止まらないで行ってしまえばいい。
実にシンプルで、明快な答えである。
もっとも、警察機関に顔が利くからこそ、可能な手である。
貴族ならではの力技、と言っていいだろう。
「信号を変えるってことは、その信号の変え方を把握しちゃえばルートが分かるってことですからね」
通常、移送ルートというのは極秘になっているものである。
それが敵にばれてしまえば、襲撃の準備をされてしまう恐れがあるからだ。
折角準備万端整えて移動しているのに、その道中に罠を仕掛けられたのでは、目も当てられない。
だが、それを探り出す方法が、ないわけでは無い。
その一つが、ディロードが今言ったものである。
どんなにルートを秘匿しても、通る前には信号を操作するとわかっているのだ。
信号装置のネットワークを監視して、操作する兆候を発見しさえすれば、自ずとどこを通るつもりなのか見えてくる。
「せるげいがとってきた、るーとずでは、だめなのか」
実は、セルゲイが事前に特殊部隊の施設に侵入して、タックの移送ルートを盗み出してきていたのだ。
それがあるなら、わざわざこんなことをしなくてもよさそうなものであるが。
ディロードは残念そうに首を横に振った。
「想定ルートがいくつもあるんですよ。条件分けとか、現場の判断で変えたりとか」
いくつもルートを策定しておくことで、万が一の場合にも素早く対応することができる。
手間は多くなるが、有用な手ではあるだろう。
行動を予測されにくくするという意味においても、やる意味は十二分にある。
実際、折角ルート図を手に入れてもどれを使うのか予測することができず、こうして手間をかける羽目になっているのだ。
「なんぎだな」
「まぁ。そうですねぇ。ただ、こっちで誘導することはできますから」
「ゆうどう?」
「万が一襲われた場合は、この道を使う。みたいなのは決まってるんですよ。つまり、その万が一を起こしてやれば、こっちの来てほしい道を選ばせることができる、と」
例えば、Aのルートを選ばせたいのであれば、「ここで襲われたらAのルートを使う」という場所で襲えばいいわけだ。
適度な襲撃を仕掛けることで、相手を誘導することも、不可能ではないわけである。
「そんなにうまくいくのか」
「行ってもらわないと困るんですけどね。あと、この説明今日だけで五回目ですよ?」
そういわれ、水彦は感心したようにうなずいた。
水彦は赤鞘に負けず劣らず、忘れっぽいのである。
まぁ、水彦の場合は単に興味のないことを覚えようとしないだけなのではあるが。
ガルティック傭兵団の団員の一人が、手に持っていた携帯端末を確認して、「おっと」と声を上げた。
「そろそろ時間だな」
タックの移送が始まる、予定時刻になったのだ。
数名乗っている団員達が、最後の準備を始める。
運転席の団員が乗り物を操作し、発進させた。
次に行く場所はもう決まっているのだが、時間はあまりない。
かなりタイトなスケジュールになっているのだ。
ディロードの肩口から光の粒子があふれ出し、人工精霊のマルチナが現れた。
「設置した箱とのリンク、正常値です」
「盗聴とか監視とか、そういうのは?」
「問題なく機能しています。珍しくいい仕事をしましたね」
「そら僕だって命がかかれば頑張って仕事しますよ」
「その割には、樽に詰められていましたが」
「ああ。あのまま漂流してたかったなぁ。充実した仕事環境が幸せへの近道とか言ってる人いたけど、嘘っぱちだよ? そもそも仕事なんてしたくないしね、僕ぁ」
ため息交じりに言いながら、ディロードは乗り物に設置された魔法演算装置に向かった。
かなり高度な機材が、ディロードの注文通りに備え付けられている。
仕事をするのには、十二分な環境と言っていい。
小型の冷蔵庫があって、中にアイスが入っているのも素晴らしい。
これが仕事をしなくて済むのなら、さらに素晴らしいのだが。
それは贅沢というものだろうか。
「ゆるっとやるしかないだろう」
「そうですねぇ。まあ、水彦さんの出番はもう少し後ですし、のんびりしてたらいいと思いますよ」
「なにかしごとがあるのか」
意外そうに言う水彦を見て、自分も他人から見るとこんなふうに見えるのかなぁ、と思うディロードだった。