The God has moved to another world.
One hundred and forty-one stories: "How much is it? It's a lot of noise."
ボールにたっぷりと盛られたサラダを食べながら、“竜騎士”ヒューリー・バーン・クラウディウェザーは満足気な笑顔を作った。
同じテーブルに着いた“焼き討ち”リサリーゼ・ドレアクスも、同じようにサラダを食べている。
もっとも、ヒューリーのように行儀よくではなく、掻き込むように思い切り行儀悪くではあるが。
ヒューリーは顔をしかめると、リサリーゼを睨んだ。
「もう少し品よく食べられないのか」
「新鮮な野菜は今日で食べ収めかも知れないんですよ? ヒューリーさんこそ、もっと必死に食べたほうがいいですよ」
なるほど、一理ある。
そう、ヒューリーは思ってしまった。
メテルマギトは、ギルドに寄らず魔力の生産に成功している稀有な国である。
樹木などから魔力を抽出する特殊な技術を、持っているのだ。
そのため、国土のほとんどが森におおわれており、その伐採は厳しく規制されている。
農業用地などを確保するのは、かなり難しい。
僅かに作られる野菜は高級品であり、相当にお高い。
輸入品ならばなんとか手の届く価格で口にすることができるが、輸送に時間がかかるだけに、鮮度はお察しである。
「それにしても、せめてガッつくのはやめておいた方がいい。団長に叱られるかもしれんぞ」
団長という言葉に、リサリーゼは唸りながら動きを止めた。
基本的に他人の言うことを聞かないリサリーゼだが、団長、シェルブレンだけには逆らわない。
「グロッソ団長、食べる時の姿勢とかにはうるさいですからね」
「うるさいとは思わないが。ひどすぎるものが多いだけだ。お前を含めてな」
メテルマギトの兵士は、いわゆる職業軍人である。
厳しい訓練を受けており、食事のとり方にまで規定があるほどに決まりごとが多い。
秩序の整った行動をとるには、必要なことだ。
ただ、頭数が多ければ、当然はみ出し者もいる。
厄介なことに、そういったものに限って優秀な技能を持っていたりするから、質が悪い。
鉄車輪騎士団に所属する騎士の多くがまさにそれであり、一癖も二癖もあるような連中であった。
そんな連中がまとまっているのは、ひとえにシェルブレンあったればこそである。
「大体、うちは副団長からしてなっとらん。やる気もなければ自覚もない。団長がおらなんだらどうなっていることか」
「グロッソ団長がいなかったら、そもそも今のメンツ集まってませんよ」
そんな話をしていると、部屋のドアが開いた。
入ってきたのは、シェルブレンである。
噂をすれば影、というやつだ。
「お。旨そうだな。ルームサービスか?」
この場所は、バタルーダ・ディデの港近くにある、ホテルの一室であった。
所謂スイートルームというやつで、地上二十階のワンフロアをぶち抜きで使った、豪華な部屋である。
贅沢でこんな部屋を使っているわけでは無い。
一般客と同じフロアにいると、色々と弊害があるのでここに押し込められる形になっているのだ。
「はい! きちんと座って、行儀良くいただいてます!」
「ああ? ああ、そうか」
ビシリと敬礼をするリサリーゼに、シェルブレンは不思議そうに首をかしげる。
ヒューリーはその様子を見て、苦笑を漏らす。
「なにか、わかりましたか?」
「ああ。どうも、ここの貴族が国内で何かを移送しようとしているらしい」
「よほどのものなのでしょうか。随分騒がしいですが」
険しい顔で、ヒューリーは窓の外を睨んだ。
少し前からなのだが、街の中が妙に騒がしくなっていた。
軍隊の特殊部隊が出張ってきていて、物々しい雰囲気になっている。
いったい何事かと訝しんだシェルブレンは、調べるために少し外へ出てきていたのだ。
なぜわざわざ団長であるシェルブレンが出たのかといえば、ほかの二人がそういった仕事を不得手としているからである。
ヒューリーにしてもリサリーゼにしても、戦闘は得意としているものの、その仕事にはあまり適性がないのだ。
「どうも、外へは知らされていないらしいな。奴隷商人が関わっているらしいとは聞けたが、この国だからなぁ」
バタルーダ・ディデの貴族は、様々なことに奴隷商人を利用していた。
秘密の品、武器や魔法道具などを移送、保管するときにすら、手伝わせているほどである。
なので、この国にかぎって言えば、「奴隷商人が関わっているから、必ず奴隷が関係ある」とは言えないのだ。
「連中の通信でも傍受してやろうかと思ったんだが、やめて置いた。あまりやると、内政干渉だ何だといわれるからな。いろいろうるさく言われるのは敵わん」
「この国、わりとエルフを助けるのに手を貸したりしてますもんねぇー」
奴隷で生計を立てているバタルーダ・ディデには、エルフ族が売られてくることもあった。
そういった場合、バタルーダ・ディデは大体において、メテルマギトへ連絡を取り、引き渡しているのだ。
なので、メテルマギトの首脳陣であるハイ・エルフ達は、バタルーダ・ディデに対してはあまり強く出ることがない。
もっとも、全ての場合ではなく「大体」というのが曲者ではあった。
何割かは、ほかの奴隷と同じく、売られているのだ。
あえてメテルマギトに一定数を送り届けることで、目こぼしを得るのと同時にエルフ奴隷の希少性を保っているのではないか、という声もある。
とはいえ、下手に手が出せない、というのが現状だ。
「まったく、面倒ですな。一仕事終えて、ようやく羽を伸ばしておるという時に」
「なに、俺が勝手に気にしているだけだ。本来は全く気にするような。というより、本来ならば立場上、努めて無視をしなければならないところだからな。他国の内部の問題などというのは」
好むと好まざるとにかかわらず、シェルブレンの発言力は大きい。
当人もそれを、よく理解していた。
「気になるものは気になりますからなぁ」
「無用な好奇心、というやつだな」
シェルブレンは苦笑しながら、窓の外へ目を向けた。
そこで、目を凝らすようにしながら、眉間にしわを寄せる。
一瞬、見覚えのあるものを見たような気がしたからだ。
ビルの上から落下していく、スーツ姿の女性の影。
記憶が確かならば、スケイスラーの工作員だったはずである。
「“複数の”プライアン・ブルー、か? 一体なんでこんなところに?」
深く考えこもうとする自分を、シェルブレンは頭を振って制した。
他国の諜報部員が、他国にいる。
ソレの意味するところを探ろうとするなど、それこそ内政干渉だ。
余計な詮索などしないほうがいい、というより、してはいけない。
大体、見えた場所は一キロほど離れたところである。
一瞬であったし、見間違いということもあるかもしれない。
まあ、シェルブレンがそんなに「近い」場所のものを見間違えるということは、ほとんどないことなのだが。
「まあ、いいか。俺もサラダ頼もうかな。国に帰ったら、またしばらくは新鮮な野菜なんぞ食えんのだし」
「ええ!? グロッソ団長のお給料でも新鮮な野菜って食べられないんですか!? 希望なさすぎます!」
「自炊してると、案外手が伸びんものだぞ? プロが作ったほうがやっぱり旨いしな、サラダなんかも」
衝撃を受けているらしいリサリーゼに、シェルブレンは肩をすくめて見せた。
自分で買い物をして料理をしていたりすると、高い食材には案外手が伸びにくいものらしい。
「二人が食べているのが旨そうだな。俺もそれを頼もうか」
「はい! 美味しいですよ!」
「そうか、何よりだな。しかし、だからといってあまりがっつくなよ?」
「ひっ! ひゃいっ!」
リサリーゼは急にシャンと背を伸ばして、敬礼のポーズを作った。
ヒューリーはそれを見て、おかしそうに笑う。
自分が来る前に、何事か話していた内容にかかわることだろうか。
シェルブレンはそんな風に察して、苦笑を漏らした。
土産物屋の店先に並ぶ商品を睨み、“紙屑の”紙雪斎は真剣な表情で唸っていた。
バタルーダ・ディデは、輸送国家の港がある国である。
輸送の要所であり、旅行などで訪れるものも多い。
そのため、土産物は種類も数も豊富にあった。
所謂、名物というようなものも有ったりする。
「しかし、これほど種類が多いとは」
紙雪斎は土産物の箱を一つ手に取ると、感心した様子で眺めた。
バタルーダ・ディデ銘菓、などという文句が躍っている。
もっとも、並んでいる土産物の大半に、似たような文言が書かれているのだが。
バタルーダ・ディデは、保存の利く菓子で有名な土地であった。
長旅のお供に、おみやげ物に。
用途はさまざまである。
現金なもので、一度売れるとなれば、便乗商品が次から次に増えてくるのが世の中だ。
バタルーダ・ディデの菓子もそのような流れの中で生まれたもので、今では名物となっている。
「多くの菓子の箱に描かれているこの奇怪な生物は一体?」
「ばたるーくん、というそうです。ゆるキャラの類ですな」
紙雪斎の疑問に応えたのは、ドワーフ族の男性である。
今回の戦争介入に同行した一人であり、今は紙雪斎の買い物に付き合っていた。
「ゆるきゃら? なんだそれは」
「本国の警察組織にも居るではないですか。たいーほちゃんでしたか」
「おお、あの! ということは、この絵の奇怪な生物は人気をとるためのものなのか! なるほど、土産物一つとっても様々に工夫が凝らされているのだな」
心底感心した様子で、紙雪斎はまじまじとばたるーくんを眺める。
その視線はその道の達人へ対する敬意が籠った様なモノであり、けっしてゆるキャラに向ける種類のものではなかった。
どうにも紙雪斎という男は、生真面目さが妙な方向に行っている男なのである。
紙雪斎がこんなところで土産物を選んでいるのは、ドワーフ族の男性に勧められての事であった。
隠密である紙雪斎には、土産物を買うという習慣はない。
どこへ行ったというような証拠になりそうなものをやたらと残すのは、仕事上危険を伴う場合も多いからだ。
だが、今回の任務では、紙雪斎は珍しく大っぴらに動いていた。
その行動や戦闘力を諸国に見せつけることで、抑止としての効力をさらに強固なものにするためだ。
「ならば、普段はしないことをするというのはいかがでしょう。おみやげを買うとか」
恐らく何の気なしに言ったであろうドワーフ族男性のそんな言葉を、紙雪斎は大まじめに受け取ったのである。
良くも悪くも、生真面目さが妙な方向に行っている男なのだ。
「土産物というのは、国王陛下にも買っていった方がいいのだろうか」
「それだといろいろと面倒がありますので。部下に買っていかれるのだけで宜しいのではなかろうかと」
「それもそうか。土産物を選ぶというのもなかなか難しいものなのだな。やはり何事も熟練を要するものなのだな」
難しい表情で顎に指をあてながら、紙雪斎はキーホルダーと思しき人形を手に取った。
ばたるーくんをさらにデフォルメしたものだ。
ちなみに、ばたるーくんのビジュアルは「八本の足をすべて切断したタコに、デフォルメした手足を付けた」といったものである。
はっきり言って可愛くない。
というかむしろキモい。
足を切断しているから、そもそもタコなのか何なのかもわからない。
これで「キモカワイイ」と意外と人気があるというのだから、世の中というのは不思議である。
「タコのくちばしをトンビというそうだが。このばたるーくんにもトンビはあるのだろうか」
言いながら、紙雪斎はばたるーくんをくるくると回しながら、ためつすがめつしている。
どうやら、ばたるーくんには「トンビ」があったようだ。
切断された足の真ん中に、黒光りする金属質のものが埋め込まれている。
紙雪斎はふと、ばたるーくんの本体を握ってみた。
何やら軽い抵抗があり、クワッといった感じでトンビが大きく開く。
どうやら、握るとトンビが開くギミックになっているらしい。
何だこれは。
紙雪斎とドワーフ男性の表情が、険しくなった。
いったいこれにどんな意味が込められているのか。
そんなことを考えていた紙雪斎とドワーフ男性だったが、突然鋭い表情で後ろを振り返った。
視線の先にあるのは、走行中の乗り物だ。
正確には、その上に胡坐をかいて座っている人物に、二人は視線を向けていた。
全身を覆う白い毛皮。
長い耳、赤い目。
腰に差した、一振りの刀。
兎人の、それもれっきとした侍である。
乗り物が通り過ぎる、ほんの数瞬。
兎人の方も紙雪斎たちに気が付いていたのか、視線が合った。
できる。
そう、紙雪斎は感じ取っていた。
兎人というのは、極珍しい種族だ。
その戦闘力はすさまじく、魔法全盛のこの世の中にもかかわらず、その身体能力をもって名を轟かせている。
素早く、力強く、多少の魔力も扱うことが可能。
単純に戦いに関して言えば、他の種族を圧倒して余りある力を有している。
しかも、その性質は実に好戦的だ。
他国に出る兎人のほとんどが、外で戦うことを目的としているのだから、よほどといっていいだろう。
実際、紙雪斎は何度か兎人とまみえたことがある。
驚くほど強力で、独自の美学のようなものを持つ者達であった。
そして意外なことに、彼らの価値観は紙雪斎にとって、非常に好ましく見えるものだったのである。
なんでも、兎人侍の多くが持つ価値観であり、「士道」というのだとか。
それを知って以来、紙雪斎は兎人に対し一種の好感を持つようになっていた。
この兎人に対しても、例外ではない。
なにより、乗り物の屋根に胡坐をかいて座るこの兎人から漂うもの。
匂いのようなものが、紙雪斎には好ましかった。
武人、というのとは少し違う。
戦士や騎士、というのでもない。
それは、侍というしかない種類のモノだ。
詳しく説明しろと言われても、難しい。
あくまで感覚的なものではあるのだが、紙雪斎はそれを確かに感じていた。
「荒事でしょうか」
兎人の乗った乗り物を見送り、不思議な嬉しさを感じていた紙雪斎だったが、ドワーフ族の男性から声をかけられ、我に返った。
ほとんどの兎人は、「野真兎」という彼らの国から出ることがない。
外に出ている兎人のほとんどは、戦場や強敵を求めて世界中を飛び回っている。
兎人を見かけたら、そこでは何事か争いごとが起きている、などと言われているほどだ。
「恐らく。何事か探れぬのが悔やまれるな」
珍しく大っぴらに動いているがゆえに、いつものように諜報活動に精を出すことはできなかった。
流石に、自分はここに居ると宣伝しながら、他国で諜報活動などできるわけもない。
そんなことをすれば、国際問題だ。
大きな仕事を終えた今、ステングレアは微妙な外交的かじ取りを要求される立場にいる。
ここで余計な動きをすれば、要らぬ混乱を招きかねない。
そのことを考慮してか、紙雪斎には特に「何もせず、動くな」という命令すら下されている。
大きな影響力を持つがゆえに、「何もしない」ということすら紙雪斎にとっては仕事の一つとなりえるのだ。
そして、命じられた以上、これは絶対に守り通さなければならない。
「仕方ありません。なぁに、我らにはかかわりのないことでしょう」
「そうだな。今はそれよりも土産物選びか。そうだ、この人形、マインに買って行ってやるのはどうだろうか」
「さぁ。まあ、次席は紙雪斎様が選んだものであれば、どんなものでも喜ぶとは思いますが」
紙雪斎は、魔術師である。
だが、自分のありようは、おそらくほかの魔術師よりも、侍に近いのではないか。
身近に感じられるものを見かけ、紙雪斎は妙に良い気分になっていた。
「まさかそんなことはないと思うが。だが、よく見ればこれもなかなか味があるからな。よし、これにするか」
紙雪斎はどこか楽し気に笑い、ばたるーくんの人形を掌で転がした。
面白い人物というのは、居るものだ。
門土はそんなことを思いながら、楽しげに笑顔を浮かべた。
土産物屋の前にいた二人組。
一人は、凄腕ではあるものの、普通の魔術師であった。
やりあうことになれば、相当に厄介だろう。
とはいえ、普通の魔術師である。
問題なのは、もう一方の方だった。
なるほど、世界には化け物というものがいるのだ。
あまりにも現実離れした存在を見て、恐怖を感じるどころか、思わず感心してしまった。
もし、一手まみえることになったとしよう。
恐らく自分は、手もなく捻り潰されるはずだ。
勝負になるかすら怪しい。
別に卑下するわけでも何でもなく、間違いなくそうなると門土は確信していた。
それほどに彼我の実力差があったのだ。
侍として培った経験と勘が、間違いなくそうだと知らせてくれているのである。
国を出て武者修行をするにあたり、門土は様々な場所でつわもののうわさを集めていた。
いつか手合わせすることもあるかもしれないと、考えてのことである。
そんな中に、おそらくあの人物がそうだろう、と思われる名前があった。
ステングレア王立魔道院筆頭 “紙屑の”紙雪斎。
実力はおそらく、ガーディアンとしての力を振るう時の水彦や土彦。
エンシェントドラゴンなどといった、超常の存在と並ぶだろう。
正直なところ、門土の敵う相手ではない。
無論、今はまだ、という話ではあるが。
「はっはっは! まこと、浮世とは不思議なものにござるなぁ!」
門土が水彦とやりあうことができるのは、あくまで水彦がガーディアンとしての本性のようなものを現していないからである。
無論それを使わずとも、水彦は侍として十二分に強い。
しかし、やはり格のようなものが幾らか落ちる。
門土もそのことには、気が付いていた。
いつか手合わせで、その本性のようなものを水彦から引き出すことをしばしの目標にしよう。
そんな風に、門土は思っていた。
まさかそんなことを考えているときに、町場であんな化け物とすれ違うとは。
この世というのは、何があるかわからない。
「あのー、もしもし。聞こえます?」
「おお! 何事でござるか!」
耳につけた道具から響いてきたのは、ディロードの声だ。
乗り物の屋根の上というのはかなりうるさい場所なのだが、声ははっきりと聞こえる。
なんでも骨伝導とかいうものを使っているからだそうで、それを使っているから向こうにもこちらの声がはっきりと伝わるらしい。
正直なところ門土にはよくわからなかったが、こういったものは別に理屈が分からずとも、扱うことは可能だ。
「陽動、うまく行ってます。もう少しで門土さんの出番になると思いますんで、準備しておいて下さい。っていっても、必要ないでしょうけど」
「某はいつでも準備が出来てござるからなぁ! 常在戦場というやつでござる! はっはっは!」
「兎人のオサムライって物騒だなぁ。平和が一番だと思うんですけどねぇ、僕ぁ」
平和が一番。
そんなことを言っているが、実際のところディロードというのはどういう人物なのだろう。
ここ数日、門土はディロードの仕事ぶりを観察していた。
特に武芸に秀でているようには見えない。
武芸というのは、魔法を使っての戦闘も含む。
確かにディロードは魔法の扱いは巧みなようだが、戦いに関することはからっきしのように見えた。
時々勘違いするものもいるのだが、魔法が扱えることと戦いに強いことは、イコールではない。
ディロードの魔法の巧みさは、技術者としてのそれだ。
それも、かなり高次元のものであるように、門土には見受けられた。
勿論その手のことは専門ではないので、断定はできないのだが。
セルゲイやプライアン・ブルーが仕事を任せているところを見るに、いわゆる「一流」の腕を持っているであろうことは、疑いない。
仕事をする前、門土はディロードの境遇について少しだけ話を聞いていた。
金を稼ぐのも億劫で、借金をこさえて捕まったという。
それを聞いたとき、妙な話だ、と門土は思った。
機器の支援があるとはいえ、ディロードは国の特殊部隊を相手に情報戦をやってのける能力がある。
勿論優秀な機材があることが前提ではあるが、道具はあくまで道具でしかない。
それを扱うものが優秀でなければ、意味がないのだ。
ならば、やはりおかしい。
これだけのことができる男が、そんな下手な借金のつくり方をするだろうか。
ちょっと魔法演算装置に侵入して銀行口座を弄る程度の事なら、ディロードなら軽くやってのけそうな気がする。
あまつさえ借金取りに捕まったりなどするだろうか。
一人で捕まった先を混乱させて、簡単に逃げだせるような男が。
とはいえ、事実捕まったというのだから、そうなのだろう。
ただ、説明不足なところがあるだけで。
あくまで門土の勘ではあるが。
恐らくディロードには何か事情があって、捕まる必要があったのだ。
その用事が済んだものの、逃げ出すのも億劫でしばらく捕まったままになっていた。
だが、どうもこのままだと殺されるかもしれないとなり、やむなく逃げだしたのだろう。
そんな馬鹿な話があるか、と思うような話ではある。
しかし、国を出て放浪をしていたら、どういうわけか神様に頼みごとをされるような世の中だ。
どんなことがあっても、不思議ではない。
むしろ、驚くようなことがあることこそ、自然なことなのだ。
「まっこと、浮世とは面白いものにござるなぁ! はっはっは!」
「僕ぁ、世俗から離れて山奥とかでクッキーとアイス齧って暮らしたいんですけどね。まぁ、とにかく。予定通りいくと思いますんで。予定通り暴れてください」
「承知つかまつった! いやぁ、この国の兵がどれほどのものなのか! 楽しみにござるなぁ!」
事が終わったら、ディロードの話を聞いてみよう。
様々に見聞を広げるというのも、門土が旅に出た理由の一つだ。
きっと、面白い話が聞けるはずである。
全く、浮世というのは面白い。
神様に頼まれてアグニーを連れ戻そうと戦を仕掛けに来てみたら、思わぬ化け物とすれ違う。
一緒に事を為そうというのは、義手の傭兵に、なうての諜報員。
腕はいいものの自信がない若者冒険者に、異世界から来た神様のガーディアン。
そして、訳アリで変わった見た目の、高い魔法技術を持つ男。
戦いを挑もうという相手は、一国が抱えている正規の特殊部隊である。
全く、国を出た甲斐があるというものだ。
門土はこみあげてくるのをそのままに、大声をあげて笑うのであった。