教師生活30年のほぼ中間地点。教師を始めて十数年たった頃、同級生だった連中の子供たちが続々と入学してきたのは、ちょっと複雑だったね。
でも、国王になったコーネリアスの息子のエリアスの入学は、やっぱり感慨深かった。
私もずっと王城生活だから、生まれた時から親戚のおばちゃんレベルで可愛がってきたからね。エリアス! 次期国王として、ビシバシ鍛えてやるからね! 覚悟しとけよ!
とか言いつつオバちゃんは、思春期の少年少女たちの甘酸っぱい青春模様のデバガメが、一番の趣味なのです。大好物のチーズケーキを二口で頬張りながら、リビングでテレビを鑑賞するかの如く生暖かく見守ってます。
赤ちゃんだったあのエリアスが、侯爵家のお嬢さんとなんかいい感じに……。
ああ、時の流れを感じるわ~。
歴史小説をラノベ感覚で読んでたけど、ここではリアルにドラマなのよ~。
侯爵令嬢アレクシスは、父親の侯爵や兄君たちに混ざって魔物狩りをする超武闘派令嬢。エリアスはコーネリアスによく似た文科系の穏やかな才人。正反対なのに、反発しつつもなぜか惹かれ合う王子と令嬢。もし結婚すれば、いずれ王妃として王城に収まらなければならない、自由と恋との板挟み。
ああ、オバちゃんトキメクわ~!! 見守っ(ストーキングし)ちゃうし脚本にも手を出しちゃうよ~!
私自身はアラフォーですでに枯れちゃってるけど、その分他人の色事は最大の娯楽だね~。
悩める少年少女を前に、そこで私の必殺のキメ台詞炸裂!!
「君にビジョンはある?」
これ、いつものお約束。もう、いちいちセリフ工夫するのメンドいから、いつしか一言目はこれで統一するようになってた。 占い師のハッタリみたいだけど、まあセンセーの口癖ってやつだね。モノマネしやすくていいでしょ? まあ、ザカライア先生のモノマネをする命知らずはいなかったけどね!
他にも、印象深い子は何人もいた。
その中の一人、特に親しくなったのが、教師生活も終わりに近付いてきた頃に出会った少年。アヴァロン公爵家の跡取りのルーファス君。御年6歳。
バルフォア学園は、貴族の跡取りを鍛えるという性質上、希望者には英才教育を与えるシステムがある。
せっかく一流の教師陣がそろっているのだから、鉄は熱いうちに打てというやつだ。週に1回、希望のカリキュラムに特別参加できるようになっている。
この子が、父親の公爵のように強くなるんだとすごく頑張ってるんだけど、私から見ると明らかにオーバーワーク。子供の内からそんな無茶な訓練やって、身に付くはずがない。
私は大預言者の強権を発動して、訓練メニューをガラリと改変してやった。
特に遊びと休息を大胆に増やした。食事内容も細かく指導した。
でもこれ、大預言者のスキルは一切使ってない。むしろ前世のトレーナーの知識。おお、まさかこの私が、知識無双する日が来るとは。
体育大で専門的に学んでたし、そもそも一流トレーナーの両親に、物心つく前から英才教育を叩き込まれてたんだから、完全に身に沁みついてる。
意外と理解させるのが難しかったのが、休息は当然として、遊ぶことの大切さ。
私自身指導する立場になってみて、初めて実感した。他の全てを除外して、剣と魔法の訓練だけしてる子供って、見ててすごく危うい。
視野や体の動き、ものの考え方がそれだけに固定されて、応用が利かなくなる。ふざけてるように見えても、遊びは大事なのだ。特に子供には。
より多くの多様な経験をさせることが、柔軟さを培い、将来できることを増やしてくれる。これ、真面目一辺倒だったアイザックにも言えたこと。そういう意味では、ヤツは私の最初の教え子になるのかもね。今ではなかなか酸いも甘いも噛み分けたやり手宰相に育ってる。
前世の両親のアウトドア好きも、そういう意図があったんだと、今頃気付いたものだ。うん、パパママ、感謝です。
子供の結果が出るのは早い。数か月後には、すっかり私を信頼して、恩師と崇拝すらするルーファス君がいた。
すっかり懐いてくれて、王城で会った時なんかは、庭で遊んであげたものだったけど、ここで、私が50年近く隠してきた最大の弱点がバレたりした。
実は私、前世から毛虫だけはダメなんだ。見ただけでゾワっとしちゃって、生理的に無理。いつもは危険値最大レベルの予言で回避してたのに、この時はたまたま遭遇してしまった。いい年のオバちゃんが毛虫ごときで、6歳児に襲う勢いで縋りついてゴメンね。でも内緒にしてね。
ルーファスは、先生も人間なんですね、って笑ってくれてほっとしたよ。ちょっと引っかかるけど。
余計仲良くなって間もなく、ルーファスから従兄弟を紹介された。魔導士の名門の家の子で、同じ六歳の親友だそうだ。
私はその少年、トロイとの出会いに、この世界に生まれてから初めての衝撃を受けることになる。