翌日はいつも通りに、学園に登校した。
体調もほぼ元通りで、違和感もなくなった。ただしマックスで試してみたけど、右手からの魔力吸収はやっぱりできなかった。まあ特に問題はない。
昨日の話し合いでは、今後の方針について、いくつかの案を提案して、解散となった。
別に今の私に何かの権限があるわけじゃないから、あくまでも参考意見に留めて。最終的には今の預言者筆頭のエイダと国の上の連中で決めること。予言が降りてくればその都度報告は上げるけど、現時点で私のやれることはそれくらい。
後は予定通り、また普通の学生生活を楽しんでやろう。全てが終わった後、どうなるのかなんて分からないんだから、遊べるうちは全力で遊んどかないと。
馬車から降りて、学園施設が目に入っただけで、この生活に戻れた幸福が胸に込み上がる。
「学園に行くくらいで、気合が入り過ぎだ」
「ありきたりの日常がどれだけ貴重か、分かってないね」
呆れるマックスに、やる気満々で答える。ちなみに昨日の休みは、私は病欠なのに、マックス達は公欠扱いとなる。当然ではあるけどちょっと癪だ。
「――――――」
校舎に向けて歩き出そうとした瞬間、まだ形にならない予感が過った。無意識に、制服の内側の守護石に手を当てる。
前から一つ、気になっていたことがあった。この予感は、それに対する答えといったとこかな。
ずっと疑問に思ってた。
デメトリアの守護石って、どうなってるんだろうって。
ガラテアの守護石は、六百年間もファーン大森林で、有事に備えて私に活用される時を待っていた。
だとするなら、デメトリアの守護石も、この王都のどこかで何らかの役割を果たしながら、私と出会う時を待っているのだろうかと、なんとなく感じていた。
近いうちにその時が来る。次の春よりも前に。
ガラテアの守護石の時みたいに大変な事態の中でのことになるのかもしれないけど、ちょっと楽しみでもある。
「グラディス、どうした?」
突然立ち尽くした私に、マックスは何かの異変かと、鋭い目つきで問う。
「何も――今(・)は(・)、ま(・)だ(・)」
不安がってても、起こる時は起こる。その都度全力でぶち破ってくしかない。今まで通りに。
何だろうが本気でやるのが一番楽しいしね。
「頼りにしてるからね」
「おう」
唐突な一言に、マックスが当たり前のように応じた。
それから二人で教室へと向かう。
マックスが明らかに、いつも以上に注目を浴びてる。森林公園に出現したレアな魔物との戦闘について、みんな訊きたくてうずうずしてるなあ。
なんならすれ違った教師まで、物欲しそうな顔してたし。シャンタル、ミーハーは相変わらずか。
教室の扉の前に立って、いざ開けようとした直後、思わず目を丸くした。
何だこの顔ぶれ。問題でもあったのかな?
とにかくここで考えててもしょうがない。何事もなかったように開けて入る。
「おはよう」
「グラディス!」
ソニアが真っ先に駆け付け、私の手を取った。
「昨日、学園を休んだんですって? 心配したわ。もう大丈夫なの?」
一日病欠しただけとは思えないくらい大袈裟な身の案じ方。反射的にのけぞりながらも、自分の失態を悟る。
――しまった。こっちもだったか。
ソニア含む何人かの仲間は、誘拐事件の現場で一部始終を直に目撃していたのだ。相当な心痛を与えてしまってたらしい。
誘拐自体が非公開情報のせいで、ここだけ切り取って見たら、たかが一日の病欠に、ソニアが異常な心配症みたいになっちゃってる。
「大丈夫。もうすっかり治ったから」
懸念をいっぺんにふっ飛ばすように、私らしい強気な笑顔で請け合う。
自分のことでだけでいっぱいいっぱいだったと反省。あちこちに不安材料を巻き散らしたまま、放置しちゃってたよ。外部から、ただ無事でしたって情報だけ伝えられたって、そりゃ不十分だよね。
電話もメールもないから不便だなあ。
「何だよ元気そうじゃねーか! お前、熱でぶっ倒れるとかたるんでんじゃねーか? それとも仮病かよ」
顔を見るなり、いきなり失礼な濡れ衣をかけてきたのはガイだ。否定しにくくはあるけど、一応微熱はあったんだぞ。
そんなガイの襟首を、ダニエルが手綱を取るように掴んで引っ張る。
「ホントはあたしらも、昨日マクシミリアンに付いて一緒に見舞いに行きたかったんだけどさあ、あんま大勢で行っても迷惑だろうからやめといたんだよ。うっかりコイツ連れてったら、即夜這いコースになりかねねーしな!」
わははと笑いながら言う。
うん、ハンター家のやらかしは多分あんたより知ってるから、油断はしませんよ。
「ふざけんな! いくら俺でも弱ってるやつに手は出さねえよ!」
本気で心外だとばかりに否定するガイ。まあ、そこはちゃんと承知してる。クズだったら私のお気に入り一族にはならんからね。
ちなみにうかつに実践しようものなら、確実に最凶兄弟に抹殺されるからね。ものの例えでなくて、きっちり物理で。私に手を出すのは命懸けだぞ。
「私は従姉なんだから、一緒くたにされたくなかったのだけど」
そう言ってむくれたティルダの隣に、珍しくアーネストまでいた。
「ティルダだけで送り出したら、どう揉めるか分からないからな」
相変わらず、父親同様の苦労性で、お疲れ様です。でもそう言いながらも、私に案じるような視線を落とす。
「もう、体調は大丈夫なようだな」
「ええ」
ティルダの抑え役だけで付いてきたのでもないらしい。
「おはよう! グラディス、マックス君」
ユーカがいつもより輪をかけた元気さで挨拶をしてきた。一昨日混乱したまま変な別れ方をして以来だから、気を遣ってくれてるのが分かる。
「叔母様もグラディスを心配してたわよ。元気なら後でまた遊んであげて」
ヴァイオラも、私の変わらない様子に安堵した様子で続く。
広くもない教室は、普段はいない大物がひしめいていた。人数は多いわけでもないのに、部屋の密度がやけに高く感じる。
これはもしかしなくても、みんな私のこと心配して集まってくれたんだよね? 誘拐された後に寝込んだって聞いて。
ちらっとキアランに視線を送ると、保証するように頷いてくれた。
それだけで、なんだか感動で胸がジーンとしてくる。
こんな学園ヒエラルキーの頂点占めてる上級生たちが押しかけてる状況で、ダイレクトに圧迫を受けているクラスのみんなには申し訳ないんだけど、込み上がるものが止められない。
うう、ゴメンよ~。でも嬉しいんだよ~。
何も知らないはずのベルタも、珍しく何か話しかけたそうに口を開けては閉じてを繰り返してた。さすがにこの面子を前に、勇気が出ないらしい。私から下手に声をかけて注目浴びたら、心臓が止まりかねないから、気持ちだけ受け取っとこう。
今の私、恋愛方面は相変わらずしょっぱくても、超リア充じゃね? やっぱりこの生活やめられないわ。可能な限り全力で現状維持にしがみつこう。
ザカライアの時にもこういう場面は、きっと何回もあったんだろうなあなんて、ふと思った。あの頃は完全にスルーしてた。ホントにバカだった。
気付ける自分になって、それが一番の幸せなのかもしれない。
「おはよう、朝から随分にぎやかだよねえ」
ノアが、楽しそうに声をかけてきた。
「それで僕、昨日からすごく気になってたんだけど。おじい様に『おかしなものを押し付けるな』って伝言を頼まれたんだよねえ。一体何だったの?」
気軽そうでいて、好奇心と油断ならない光を帯びた目で尋ねてくる。
何のことかはすぐに分かった。
――おう、あれか……。
さて、どうはぐらかそうかね。
「――事件に関わる品……?」
「なんで君が疑問形なんだよ」
ノアが胡散臭そうな目をするけど、これはしらばっくれさせてもらおう。
実は昨日アイザックの帰り際、「これの処分ヨロシク」と、厳重に包装された懸案事項だった例の下着一式を押し付けておいたのだ。
帰ってから開けてみて、ビックリしたか呆れたか。多分両方だろうなあ。
まあ、文句は言いつつも仕事はきっちりやってくれる奴だから、これで一安心だ。
それより私も、密かにデバガメ仲間認定したノアに、あ(・)の(・)続(・)き(・)を聞き出したかったんだけど!
よく考えたら、ノゾキをしてる現場をのぞいてたとこから話さなきゃ、聞き出すこともできないじゃねーか!! とりあえず保留だ、こんちくしょう!!
「病み上がりに無理はするなよ」
昨日も会ったキアランは、まったく普段通りの態度で、普段通りな気遣い。
ホントに全然変わってなくて、内心激しく肩透かしを食らった気分。初めからそういう予定だから仕方ないんだけどね。
リア充宣言撤回だ! 所詮教室でいちゃつくカップルとか、私には縁がないものなのさ、ふんっ。
騒がしい中、予鈴が鳴り響く。
引き上げる気配のないみんなを、有り難く思いながらも追い出しにかかった。私のせいで叱られたりしたら困るからね。
「ほら、遅刻しないうちに早く教室に帰りなさいよ。――ああ、でも」
背中を呼び止める。
「みんな、ありがとう」
ありきたりの短い一言。それ以外の言葉は見つからない。
けれどなぜか、注目した一同は、驚いたように目を見開いた。
「――何?」
思わず聞き返すけど、時間に追われたみんなは、誤魔化すように慌てて引き上げていった。
はて、そのビックリ顔はどういうこと? 私は普段からお礼も言わないような傲慢キャラではないぞ。
「グラディス、頼むから抑えてくれ」
マックスが頭を抱えるように拝み倒す。
何かマズったのかとキアランに確認の視線を向けたら、どこか苦笑しつつも穏やかなまなざしだったから、特に失敗とかじゃなさそうだけど。
「あらあら」
ヴァイオラがおかしそうに笑い、ユーカが日本語ではしゃいだ。
『羨ましすぎるんだけど~。恋は女の子を変えるよね~』
――ん? 何ですと?