The Heir of the Dragon Emperor and his Bride Corps (WN)
Episode 4 "The Girl Embraced by the Dragon Emperor and the Summoner's Future"
「──えっと……あなたは……?」
彼女は言った。
きれいな少女だった。
紫色の目を見開いて、まっすぐに俺を見ている。真珠のように白いほおに、銀色の髪がからみついてる。
特徴的なのはその耳だ。少しとがっていて、その後ろに短い、水晶のような角が生えてる。
竜っぽい。『竜帝』の血を引くってのはこういうことなのかな。
身長は俺より少し低いくらい。
驚 いてるのか──えてるのか、身動きひとつしない。元の世界だったら悲鳴をあげられてるところだけど……。
竜帝「……さま?」
彼女は紫色の目を輝かせて、そんなことを言った。
「竜帝さまが、リゼットの願いに応えて、選ばれた方をここに……?」
「違います」
とりあえず否定してみた。
俺はゆっくりと後ろに下がって、両手を挙げて無害のポーズ。
少女を怯えさせないように、距離を取る。
桐生正真「俺の名前は……。旅の者です。道に迷ってたら建物を見つけたので、ここで夜を明かさせてもらいました。君を攻撃するつもりはないです」竜帝廟「でも……今、あなた……『』の扉を開けましたよね?」
ずんっ。
少女はそのまま、距離を詰めてくる。
怒ってるのか、眉をつり上げて、じっとこっちを見つめてる。
「この『竜帝廟』の扉は、竜帝さまの後継者しか開けないはずなんです。そんなの、この大陸の人なら誰だって知ってます! リゼットだって……ほんの少し開けるのが精一杯なのに……」
「……なんかごめん」
「……いえ『竜帝さまの後継者』が現れたのなら、それで……リゼットは充分です」
少女は胸を押さえて、ほぅ、とため息をついた。
裾 それから一歩後ろに下がって、服のをつまんで、一礼。
誓「では私──リゼット=リュージュは宣言します。竜の血を引くものとして、あなたさまの臣下としてお仕えすることを。今、ここで。神聖なるいととも──」「誓わなくていいです。誤解だから」
急いで割り込んで、少女のセリフを止める。
スルーすると大変なことになりそうだ。
「俺は『竜帝』とは関係ないよ。もちろん、王さまでもない」
「でも『竜帝廟』の扉を開けられましたよね?」
少女は、ぐい、と顔を近づけてくる。息が顔にかかるくらい。
興奮してるのがわかる。それくらいこの施設は大事なものだったんだろうな……。
しょうがない。
信じてもらえるかどうかわからないけど、本当のことを話してみよう。
「実は俺は、異世界から来た人間なんです」
俺は言った。
まっすぐ相手の目を見るのが、この世界の流儀のようなので、少女の目を見返しながら。
「この乱世を鎮めるために『死せる若い魂』を集めている女神の召喚に、事故で巻き込まれたんです。でもって、規格外だってことで、この森の中に放置されました。
それが昨日のことで……人里を探して歩いているうちにここにたどり着いたんです。ここが大事な施設だってことは知らなくて、魔物から隠れる場所として利用させてもらいました。勝手なことして、ごめんなさい」
嘘は無しだ。
間違って召喚されて放置されたアラサーの俺だけど、中学生くらいの少女をだますってのは、なんかこう……感覚的に嫌だった。
それに彼女は、俺がこの世界ではじめて出会った、話の通じる相手だ。仲間あつかいしてもらおうっていうのは虫が良すぎるけど、道を教えてもらえるくらいには、友好的でいたい。
「信じてもらえるかどうかはわからない。でも、嘘は言ってないよ」
「……わかりました」
少女リゼットは、うなずいた。
理「『竜帝廟』を開けられたのも、この世界のの外から来たからと考えれば、わかります。リゼットはキリュウ=ショウマさんの……いえ、ショーマさまのお話を、信じることにします」「ありがとう」
よかった……。
俺はため息をついて、地面に座り込んだ。
思ってたより緊張してたみたいだ。
「信じてくれてよかったよ……本当にありがと」
「リゼットをだますのなら、異世界人なんて話は使わないでしょう?」
彼女は口を押さえて、くすり、と笑った。
「それにショーマさまからは、なにか親しいものを感じるんです。なんとなく、ですけど。まるで、遠縁の家族に出会ったような気分です」
竜帝廟「それは……俺が『』から出てきたからじゃないかな」
『竜帝廟』から出てきたせいで、竜帝の関係者のような気分でいる、とか。
「そうではなくて……うーん。よくわかりません」
リゼットは首をかしげてる。
正直、俺もよくわからない。
俺の場合は、自分のスキルの正体だってわからないんだから。
「詳しい話はあとでお聞きするとして、ショーマさまは、事故でこの世界に来たんですよね?」
「うん。この乱世が治まったら、元の世界に戻してもらえることになってる」
あんまり当てにはしてないけど。
あの女神さまは、真面目なのはいいけど、どうも抜けてるような気がするから。
「だから、それまでこの世界で生き延びなきゃいけないんです。そういうわけなので、人里までの道を教えてもらえませんか?」
「いいですけど……それから、どうするんですか?」
「まずは居場所を見つけて、それから考えます」
現実処理能力は、そこそこある。
元の世界ではプログラマとSEやってたから。仕事の優先順位を考えるのは得意だ。
まず最優先しなきゃいけないのは、安全な場所を見つけること。
次に、食料と水──できればそれを手に入れる手段を考えることだ。
この世界で俺が採れる手段は、そんなにない。
(1)自分と同じ、異世界からの転生者を見つけて、頼る。
(2)自力で仕事を見つけて、生きていく。
(3)人里離れて自給自足。
まず(3)は却下。魔物がいる世界で野宿は危険すぎるから。
(1)はそこそこ可能性があるけど……よく考えたら難しいかもしれない。俺はイレギュラーで召喚された人間だ。正式な召喚者から見たら、弱くて使えない可能性だってある。だから、他に選択肢がなくなったときの、最終手段ってことにしとこう。
となると(2)が現実的な選択肢だ。
そのためには、まずは落ち着ける場所を探す必要がある。
俺はいくつかスキルを持ってるけれど、それがこの世界でどれくらい強いのかもわからない。いつまで使えるかも不明だ。
だからまずは、スキルの分析をしなきゃいけない。
それには落ち着ける場所が必要で──結局、人里を探す、という結論になるんだ。
……うまくいくかわからないけど。
元の世界で次から次へと仕事してたせいか、ロジカルに考えるくせがついてる。職場では仲間扱いしてもらおうと思って、ついつい仕事を背負い込んじゃってたから。効率最優先でやらないと眠る時間もなかったんだ。
いつからだっけな……こんなふうになったの。
学生時代は、もうちょっと違ってたような気がするけど。
「わかりました」
俺の話を聞いて、リゼットはうなずいた。
「そういうことなら、うちの村に来てください。ショーマさまを受け入れてもらえるように、リゼットが村のみんなに頼んでみますから」
「え?」
いいの? 異世界の人間だよ?
文化も考え方も違うし、そもそもこの世界のことはなにも知らない。
そんなの受け入れて大丈夫なのか? 自分で言うのもなんだけど。
「子どもに迷惑をかけるつもりは、ないんだけど」
「リゼットは竜帝の血を引く者で、義を重んじる者です」
少女は強い視線で、俺を見た。
「王の力はありません。竜の力も使えません。でも、竜帝の子孫であることを誇りに思ってます。そのリゼットが、目の前に困ってる人がいるのに、放っておけるわけないじゃないですか」
迷いのかけらもないみたいだった。
そんなに簡単に人を信じて大丈夫か、って思うくらい。
「……とりあえず、保留で」
俺は言った。
「まずは村まで案内してくれると助かる。それから先のことを考えるから」
「あの……ショーマさま、もしかしてご自分の価値がわかってないんですか?」
リゼットは不思議そうに首をかしげた。
「ここは辺境と呼ばれている場所です。この森は、魔物がたくさん出ます」
「うん。昨日、黒い魔物に出会ったよ。小さな人型のやつだった」
「黒ゴブリンですね。奴らと出会ってここにいるということは、ショーマさまは魔物と戦うか、逃げる力をお持ちだということになります」
「まぁ、そうなるかな」
「そして、今は乱世です。人は争ったり、傷つけ合ったりしてます」
そう言ってからリゼットは、俺の顔をじーっと見て、
穏「でも、ショーマさまはやかに話をしてくれてます。リゼットに角が生えてること──純粋な人間じゃないことも、気にしてません。戦う力を持っていて、話が通じる人。そして味方になってくれるかもしれない人。そういう人がこの乱世で、どれだけ貴重な存在だと思うんですか?」「……あ」
盲点 だった。俺の世界は基本的には物理攻撃なしで、話が通じるのが普通だったけど、この世界では初対面で敵味方分かれてるってのがあり得るのか。
となると、俺にとっても、最初に出会ったのがリゼットだったのは幸運なのかもしれない。
「そういえば……『竜帝廟』の中、入ってみますか?」
忘れてた。『竜帝廟』の扉、開けっ放しだった。
リゼットがこの中に入るのを夢見てたなら、今がいい機会だと思う。
助けてくれるお礼としては、安すぎるけれど。
「いいえ」
でも、リゼットは首を横に振った。
「今は、ショーマさまを優先します。人を助けるとは、そういうことです」
「必要なら、俺のスキルについても教えるけど」
「それも落ち着いてからにしましょう。それと……あの。ちょっとお聞きしたいのですけど」
不意に、リゼットは頬を赤く染めて、言った。
「さっきリゼットが泣いてたのを、聞いてましたか?」
「…………聞いてない」
俺は首を横に振った。
ないしょ話って言ってたからな。聞かないふりをしとこう。
「そのときはまだ、眠ってたから。疲れて」
「そ、そうですか……それならいいです」
それからリゼットは、きっ、と顔を上げて──
「もしも聞いていたら、聞かないふりをしていてください。リゼットは、竜帝の血を引くものとして、みんなを守らなければいけないんです。だから──」
ピィイ──────ッ!!
突然、森の中に奇妙な音が響いた。
「──笛!? 誰かが助けを呼んで──?」
リゼットが顔を上げ、後を向いた。
同時に、森の上に赤いものが飛ぶのが見えた。
「赤い布の矢──2枚。『黒魔物』が現れたんです! 誰かが、襲われてます!!」
「『黒魔物』?」
黒い魔物……そういえば、俺が戦ったのは『黒ゴブリン』だったっけ。
腕は切り落としたけど、倒せなかった。
襲 それがこの近くで人をってるとしたら……まずいな。
「ショーマさまは『竜帝廟』の中に隠れていて下さい」
リゼットは、地面に置いてあった長剣を手に取った。
「悪い予感がします。もしかしたら、村の子どもが襲われてるのかもしれません。助けないと!」
そう言ってリゼットは走り出した。
銀色の髪をなびかせて、まっすぐ、森の方へ。
「……どうするかな……俺は」
俺は自分の中にあるスキルを確認した。
昨日からっぽだった魔力は、満タンになってる。
竜種覚醒 だけど使えそうなのは『』だけだ。『竜帝廟』の中で手に入れた『』と『』の使い方は、さっぱりわからない。わからない。
なんで『竜種覚醒』だけ、こんなに俺になじんでるんだろう。
「考えるのは後だな」
この場で俺に、なにができる?
まだこの世界のことはなにも知らない。世界のことだって、知ってるのは少しだけだ。
誰が敵で誰が味方なのさえ、よくわけかってないんだ。
「だけど……戦うのが怖いって言ってたもんな、あの子」
それに、魔物に襲われてるのが子どもで、襲ってるのが俺が昨日倒し損ねた奴だとしたら──。
「──発動『竜種覚醒』」
俺はスキルを起動した。
『竜種覚醒』の能力は、竜の力の使用。筋力増強と反応速度上昇。竜の鱗による防御力。
戦いはまだ慣れてない。
けど、子どもを逃がすくらいならできると思う。
「……これからお世話になるかもしれないんだ。それくらいはしないとな」
俺は彼女を追って走り出した。