ノイ・アーベントの領主館。三階にある執務室からバルコニーに出ると、村の景色が一望できた。
大広場を囲むように立ち並ぶ住民たちの民家。それらがある北西部から北へと視線を向ければ、旅人向けの宿や食堂、武具や道具を扱う店、その他店舗となる予定の建物が、ダンジョンコア工法によって、徐々に形になりつつある。
「ジン」
執務室のほうから、アーリィーの声。俺がバルコニーから部屋に戻ると、円卓のまわりに仲間たちが集まっていた。
その面子は、俺の補佐のアーリィー。ノイ・アーベントの人事・庶務担当のサキリス。同都市開発担当のユナ。ウィリディス軍ほか、相談役のダスカ氏。軍事顧問にして訓練教官のリアナ。兵器製作部門のノーク。
他にお茶汲み係のSSメイドや記録係のシェイプシフター、コピーコアがある。
ちなみに、部屋の壁沿いのソファーでは、ディーシーがおやつを食べていた。話に加わるつもりはないが、俺の近くにいないと気が済まないのだ。
俺が席につくと、SSメイドがお茶を用意する。
「では、全員揃ったので、ミーティングを行う」
議長役は俺である。円卓についた各人は、マジックペンを片手に、用意された資料に目を落とす。
「まずはノイ・アーベントの開拓作業の進捗報告を。……ユナ」
「はい、お師匠。現在、開発は便宜上、北区と名付けられた地区を中心に行われています」
立ち上がった銀髪の魔術師が、資料を読み上げる。
「主に旅行者、商人などが利用する建物を中心に建築を進めています。現在、宿泊施設、鍛冶屋、万屋(よろずや)などの店舗用建物を、街道に沿って建てています」
「今は最低限でいい」
俺は机の上で指を弾いた。
「必要になったらその都度、建てたり拡張する。もしここでの商売の利を感じた商人がいれば、店を開きたいと言ってくるだろうしな。最初から全部埋めてしまうのもよくない」
「はい、お師匠」
ユナは頷いた。
「それと、正規の診療所が完成しました。エリサが責任者として、開業作業を進めています」
「人手はどうなっている?」
「住民の中から三人ほど。不足する分はシェイプシフターで補いがつきますが、希望した住民三名は、診療所の正規スタッフとして雇用予定です」
それで――と、ユナは淡々とした目を向けてきた。
「診療代についてですが――」
「住民については当面は無償。外部の人間の場合は適正料金で診療が受けられるように」
「はい、そのように伝えます」
いまは住民が少ないからね。診療所の運営や給料、診療にかかる経費その他もろもろは、トキトモ領で支払う。
外の人間に対しては、のべつ幕なしに病人怪我人を連れてきてもらっても困るからな。こちらに到着が間に合わず、街道が死体の山になるのは勘弁願いたい。
「何か意見があるかい?」
俺は隣の席のアーリィーを見れば、彼女は小さく首を横に振った。
では次。住民の様子について――サキリスが立ち上がった。
「住民の就業について、割り当ては完了しています。現在、それぞれの仕事に必要な道具の手配を、パルツィさんの協力のもと実行中です」
「民に不満などは?」
「今のところありません。初めてその職に就く者に関しては、経験者の指導のもと修行中……。なにぶん暇をもてあましている人たちが、早く仕事をしたいと張り切っています」
住むところがあって食べることはできるが、それ以外にノイ・アーベントには、ほとんどないからなぁ。やることがなくて退屈している者もいるということだろう。
「住民の中には、こちらの村づくりに積極的に手伝おうと志願してくれる方もいます」
世話にばかりなりたくない、ということだろう。いや、本当にやることなくて困っているのかもしれないな。
「守備隊は?」
「住民の中での従軍経験者を中心に訓練中です。……そちらはリアナさんにお任せしてますが」
サキリスの視線に、我らが軍事顧問のリアナが頷いた。
「ウィリディス軍の規格に合うよう、基礎的な戦闘術の習得、体力作りを行っています」
その規格って、シェイプシフター兵じゃないだろうね? 素人さん、死んじゃうんじゃない? あの黒スライムの変異体は、そもそも他の生物と構造が違うから、あれを中心に据えると色々ヤバイが。……大丈夫?
「一定水準に達した者には、侯爵閣下の許可を得られれば、ウィリディス製小銃などの武器を与えようと考えています」
「……君が、いいと判断するなら俺も許可しよう」
「承知しました」
「さて、話を戻そう。サキリス、職業支援として、ウィリディス側で手配が必要なモノについてだが」
「農業従事者に、移動用に浮遊バイク(ウルペース)を貸与してはどうかと思います」
サキリスは答えた。
「農地はノイ・アーベントの郊外となりますし、場所も広く使えますから。ウルペースなら、小改造で荷車を牽くこともできますし、移動時間の節約になります」
「農地が遠くなるなら――」
アーリィーが口を開いた。
「徘徊魔獣や賊の対策が必要じゃない?」
「案山子、もとい警戒用のゴーレムでも置くか?」
俺は椅子に座り直した。
「ノイ・アーベントの外の話が出たから言うが、街道を移動する者たちのために、街道警備隊も用意したい」
いわゆる、ハイウェイ・パトロールというやつだ。
「領の西側に抜ける街道は、俺が設置したけど、北、東、南へのルートも作りたい。これは近いうちに魔術師組に割り振る予定だから、準備ができたら知らせる」
アーリィーとユナが首肯した。サキリスが紙をめくる。
「街道を四方に引くとなると、領境にある砦も、それぞれ拠点として復活させるべきでは?」
以前のキャスリング領では東西南北それぞれに砦があって、領の境を見張っていたと言う。
俺がエマン王からこの地を引き継いだ後に聞いた話では、隕石騒動の後、進出してきた周辺領の支配下に置かれたが、アンバンサー戦役で破壊されたらしい。
ドラゴンアイ偵察機による上空確認でも、廃墟となった砦が確認されている。
「確かに拠点は必要だな」
越境してきた盗賊などが、アジトとして利用して、いずれ完成する街道を通る者たちを襲っても困る。
「やることが一杯だな……」
呟く俺に、リアナが挙手した。
「ウィリディス軍から部隊を出して調査を提案します。実戦に近い状況での演習にちょうどいいかと」
指導教官的業務に当たっている彼女らしい意見である。近衛にも補充兵が送られてきたし、実戦環境での経験は得られるものならどんどん獲得させたい。
廃砦は、領内にいくつかあるが、最低限再生させないといけないのは領境の四つとなるだろう。調査はともかく、その後の維持と再生を考えると……。街道より先に安全確保と拠点だな。
幸い、一番通行が多そうな王都方面の西側街道は繋がっている。他はやや優先度を下げてもよかろう。各拠点へは、街道ができるまではポータルを使えばいい。
「オーケー。では次は、ウィリディス軍の編成、兵器生産について」
俺はダスカ氏に頷いた。