ディグラートルと戦った、と言ったら当然ながら周囲に驚かれた。そしてかの皇帝が化け物のように強かったと言えば、アーリィーはもちろん、エリーも驚愕し、俺の身を案じてくれた。

「無茶はしないでね。お願いだよ」

そうアーリィーに言われてしまえば、俺も頷くしかない。嫁さんを心配させるのは男としてよろしくない。

さて、懸念のディグラートルだが、その後ノイ・アーベントのフードコートに出没するようになった。見張りのシェイプシフターが監視したところ、彼は皇帝の権威を見せることなく、ひとりの客として食事を堪能しているようだった。

呼ばれて彼が去るのを監視しているのも早々に飽きたので、俺とベルさんで彼の食事にお邪魔した。

そこで交わされた内容は、政治的なものではなく、食事や食材、調味料の話ばかりで、ほぼ雑談だった。……そうしていると、ただの初老の紳士だとつくづく思う。

かの皇帝とフードコートで一緒というのも何とも言えない話ではある。ただ、そこでエマン王を引き合わせたり、アーリィーと会わせたりはしなかった。転移魔法を使える相手を、国の重要人物や場所に案内するわけにはいかないのだ。

フードコートで、ただの人である間は見逃しているだけである。……まさか一般人でごった返す場所で、ドンパチ始めるわけにもいかない。

「そうそう、近々、西方方面軍が動くぞ」

世間話のように皇帝陛下は言うのである。

「そっちも準備を進めているだろうが、うまくあしらっておいてくれ」

「……陛下のところの軍隊でしょ。いいんですか? そんなこと言って」

呆れも露わに言えば、ヒレカツステーキにフォークを刺しながら、ディグラートルは答えた。

「ヴェリラルド王国がどう対抗してくるか興味がある。簡単にはやられてくれるなよ」

「ふん、おたくのご自慢の兵器もうちらには通用しないぜ」

ベルさんが挑むように返せば、かの皇帝陛下は口元を緩ませた。

「期待している。……とはいえ、これまでの空中艦や兵器では確かに、シーパング製の兵器には勝ち目がないだろうな。そこでこちらも新しい品を用意した」

新兵器の類か――。自然と俺も、ベルさんの表情も険しくなる。

「余が古代魔法文明時代の遺跡を発掘していることは知っているだろう? ひとつ大きな遺跡を見つけてな。大量の兵器を手に入れたのだよ」

……まさか、例の世界樹ありのやつか? 嫌な予感しかしない。

「今回、それを西方方面軍に少なからず配備することになった。それらを相手に、貴殿らがどこまで奮闘してくれるか、楽しみにしている」

「……なあ、ジン。このおっさん、張り倒してもいいか?」

「やっても無駄だぞ。仮にできたとして、こんな真っ昼間に騒ぎを起こすなよ」

何も知らない一般人が多くランチタイムを楽しんでいるフードコートである。旅人や冒険者たちも多いから、一度騒ぎになると、面倒しかない。

それを知ってか知らずか、ディグラートルはノイ・アーベントでのご昼食を堪能され、上機嫌だった。

「また食べにくる」

「二度と来なくてもいいぞ」

ベルさんの言葉をよそに、まるでそこに初めからいなかったように、すうっと消えていく大帝国皇帝だった。

・  ・  ・

「――というわけで、大帝国皇帝直々に、予告をいただきました」

「いやはや、君の言葉でなければ信じられなかったよ」

クレニエール侯爵は、反応に困ったように苦笑した。

ノベルシオン国境に隣接するクレニエール東領。いつもは本領にいる侯爵が直々に足を伸ばしたのは、新編された侯爵軍の機甲戦闘団を視察するためである。

デゼルトⅡ型装甲車の一団が砂煙を上げながら横列で進むさまは壮観な光景だった。これらは廉価兵器計画産だが、改造キットにより軽砲を搭載した機動戦闘車仕様となっている。

いち早くウィリディス兵器を導入したクレニエール侯爵の軍は、その練度を確実に上げていた。

「彼らも、だいぶ運転が上手くなりましたね」

「君のところの指導の賜物だよ」

クレニエール侯爵は満足げに頷いた。

「私は新しいモノ好きでね。部下たちも、その下でやってきているから順応が早い」

「とかく、新しいものは古株から疎まれる傾向があります」

「これまでやってきたものとはまったく違うものだからね。それに頼ってきた者にとっては、新しいものは受け入れがたいのだ」

剣道一筋の人間に、今日から銃を使ってね、と言っても「はい、わかりました」と簡単に頷かれないのと同じだ。

「が、いつまでも通じるものもあれば、どんどんやり方を変えないといけないものもある。古き伝統は大切にするものだが、それに縛られて成長を止めてしまってもいけない」

「はい、肝に銘じます」

俺が首肯すると、侯爵は不思議そうな顔になった。

「貴公はどんどん新しいものを寄越しているのだが……。いや、そうだな。常に進み続ける心意気は、いつ、誰であろうとも必要だ」

荒野を進むデゼルトⅡ型機動戦闘車の群れ。ちなみに、侯爵の軍勢には機動戦闘車の他に、廉価版ASことファイターや、浮遊バイク部隊も配備されている。

俺はクレニエール侯に視線を向けた。

「話は変わりますが、東領での航空拠点の建設許可、ありがとうございます」

「なに、こちらとしても貴公の軍がいるというだけで頼もしいと思っている。何せ、敵はすぐそこにいるからね」

「それですが、対ノベルシオン戦に備え、周辺領に声をかけていませんね。王国東の防衛ともなれば、クレニエール侯が総大将でありましょう」

「これまでは、そうだった。が、今は貴公がいる」

平然と侯爵は告げた。

「時代遅れの軍など、いくら集まったところで役には立たない。で、あるならば声をかけるだけ無駄だ。せいぜい自分の領地を守らせるくらいが関の山だろう。……まあ、それだけ貴公のウィリディス軍を当てにしているということだ」

「光栄です」

「攻めてくる敵を撃退する以上、領地などもとれない戦(いくさ)となる」

クレニエール侯爵は意地の悪い顔になった。

「戦功争いと報酬……人を多く巻き込むほど赤字だよ」

「従来でしたら、それでも敵との数を埋めるために必要でした」

「時代は変わったということだな」

そのノベルシオン国が、いよいよ動く。シェイプシフター諜報部の報告では、国境に集結した同国軍はおよそ三万五千。

大帝国の西方方面軍からの派遣部隊も加わっているが、極少数とのことだった。機械兵器もほとんどなく、近代化されたウィリディス、クレニエール両軍を前にすれば、時代遅れも甚だしい。

「とはいえ、この数は楽観できない」

クレニエール侯爵は表情を引き締めた。

「帝国が魔器のひとつでも使用すれば、こちらの兵器といえど大きな損害は免れないだろう」

敵が侵攻してきた時に対する態勢は整いつつある。俺はクレニエール侯と、今後とも緊密に連絡を取り合い、対応していくのを確認した。

ノベルシオン国の侵攻の時は、すぐそこまで迫っている。