The Last Surviving Alchemist Wants to Live Quietly in the City

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「ようこそおいで下さった、クンツ・マロック殿」

ドワーフたちの街、ロック・ウィール自治区を治めるクンツ・マロックは先ぶれの伝えた通り、キャロラインが誘拐された日の丁度二日後に迷宮都市に到着した。マロックを迎え入れたレオンハルトは、堅苦しいことは苦手だというマロックと二人の酒席を用意した。

「急な来訪にも関わらず、お時間を頂き誠にかたじけない。ドワーフというものはものづくり以外はとんと気が回らぬものでしてな。先ぶれを出しておらぬことに気づいたのがつい先日のことでして。いやはや、まこと面目ない。」

「いや、ロック・ウィール自治区は200年を超える友誼がある。その領主たるマロック殿がおいで下されたのだ。心より歓待しよう。酒は十分用意した。大いに楽しんでいってくれ」

「では、お言葉にあまえまして。わしは半分しかドワーフの血を引いておらぬのですが、この半分が厄介だ。うまい酒には目がないのですよ。いやはや、まことお恥ずかしい。おおこれは、帝都で売りに出されたばかりの8年物ですな。もう手にされておるとは、魔の森の街道経由の隊商は、たいそう好調であるようだ」

様相を崩し、酒を手に取るマロック。「お恥ずかしい」などと言ってはいるが、彼の所作には媚びる様子も卑屈な様子もみじんもなく、実に堂々としたものだ。マロックは半分ドワーフの血を引いているから、がっしりとして背は低く、髭も眉も濃いドワーフの特徴を備えている。平均的なドワーフよりは少しばかり身長は高いけれど、それでも一目でドワーフとわかるくらいにはドワーフらしい50台の男である。けれど彼は通常のドワーフであれば誇示するがごとく伸ばしている髭を短く切り揃えていて、眉毛さえも整えている。当然髪型もさっぱりとして、清潔感にあふれた紳士然とした様相だ。

話す口調も穏やかで卒がなく、相対する者には商いに長けた貴族といった印象を与える。何より対する人々に貴族らしさを感じさせるのは、彼の大きな瞳だろう。楽しそうに笑い、うまそうに酒を飲むマロックの瞳を観察する者がいたならば、そこにマロックの本心がないことが感じられただろうから。

腹のうちが読めないハーフ・ドワーフの領主。それがクンツ・マロックという男だった。

「帝都の酒は上物揃いだ。山岳街道を行く隊商には酒を運ばせるよう手配いたそう」

優雅な様子で杯を空けるマロックにレオンハルトが話を切り出す。魔の森の街道を使うようになった後も、山岳街道経由の隊商がなくなるわけではないのだと、話を切り出したというわけだ。マロックがこの時期に迷宮都市を訪れる理由は、ポーションの市販によって魔の森の街道を通れるようになったこと以外にあり得ないのだから。

「それはありがたいお話だ」

マロックは変わらぬ笑顔で返事を返す。

「ですが、お気持ちだけで十分。いや、それは酒を送っていただくお話に限ってのことですが。いやはや、酒とは大変魅力的なご提案、まこと、心が揺れて本来の目的を忘れるところでございますな。これはわしが参った理由でもあるのですがな、頂きたいのは別のものだというわけです」

(思ったよりも話が早い。直球でくるとは、事の顛末は了解済ということか……)

マロックの考えの読めぬ大きな目を見ながら、レオンハルトも顔色を変ず続きを促す。

「ほう、では何をご所望か?」

「なに、大したことではございません。帝都にあまねく商人が行っておること。我らロック・ウィール自治区も商会を立ち上げることにいたしたのです。いつまでも人様に物資の運搬を甘えるわけにもいきますまい。自分たちで帝都へ運び、品を売ろうというわけです。いやはや、ドワーフが商売などと、児戯に等しいと申しましょうか、ドワーフの手習いとお笑いください」

「いやいや。ご謙遜を。バンダール商会と共同出資の商会だ。抜かりなどありますまい。」

にやり、にやり。

眼は全く笑っておらず、口元だけがスマイリー。

「いやはや、流石は名高き将軍殿だ。まこと、お耳が早くていらっしゃる。それで、支店を迷宮都市にと。構いませんでしょうな」

「もちろんですとも、マロック殿。場所はすでにバンダール商会の方で用意してあるのでしょう?」

にやり、にやり。

「ポーションの市販とは迷宮都市の革命的な転機と言って良いでしょうな。いやはや、歴史的瞬間に立ち会えたこと、この身に余る栄誉でしょう。これから多くの人が押し寄せて、職人の手がいくらあっても足りますまい。ロック・ウィールも助力は惜しまぬ所存です。従来の販路を変えて迷宮都市を経由するのもその証拠。ですが、我ら商いに不慣れなドワーフ。何らかの助け(、、、、、、)がなければ立ちいくものではありません。」

「何をおっしゃるマロック殿。ロック・ウィール自治区から迷宮都市まで1週間、そして迷宮都市から帝都まで慣れた者なら6日で着こう。ロック・ウィール自治区から山岳街道を抜けて帝都に行くには3週かかるからこちらの方がよほど近道。経由地でもひと稼ぎとはマロック殿のご慧眼には脱帽するしかありますまい」

はっはっは。はっはっは。

乾いた笑い声が部屋に響く。欠片も楽しい話はなされていないのに、大人の笑いは乾いていていけない。これでは咽も乾こうという物だ。

マロックは、ぐびりと杯を飲み干すと、「いやぁ、実にうまい酒ですな」とレオンハルトに笑ってみせた。

結局のところ、マロックは従来よりも近道な魔の森経由で帝都へ行けるなら、自分たちも使わせてくれと言っているに過ぎない。もちろん断られることがないように、迷宮都市に根をはった商会を間に挟む周到さだ。できれば優遇措置が欲しいなどと厚かましい願いを持ち出してはいるが、断られるのはもとより承知のうちだろう。迷宮都市でも仕事をしたいという提案を断られなかったのだから、“うまい酒”に落ち着いたというわけだ。

もっともこの交渉はレオンハルトとしても想定していたシナリオの一つに過ぎない。それも、想定の中では最も穏当なシナリオだ。

ロック・ウィール自治区は帝都から遠く規模も迷宮都市よりはるかに小さい。住人はものづくりに傾倒したドワーフばかりだというのに、彼は帝都で売りに出されたばかりの酒の情報さえつかんでいるのだ。

3日前迷宮都市でおこったアグウィナス家令嬢誘拐事件に関与したとの情報は一切得られなかったけれど、このタイミングで迷宮都市を訪れたマロックが何の情報もつかんでいないとは考え難い。

彼らはドワーフ。言葉も通じ、血さえ交えることができるけれど、人とは異なる種族なのだ。ものづくりにこそ意義を見出す彼らは、その途中で作製されたあまたの習作がどこに行こうと、誰の手に渡ろうとそこに意味は見出さない。自分たちの武器が帝国と敵対する国に同時に流れていたとして、意に介することはないのだ。彼らは異なる倫理で動いている。互いに違うということを理解してこそ、共存する道がある。

だからレオンハルトはこう告げる。代々の当主より受け継がれてきた魔法の言葉、友好の呪文だ。

「我々も、ロック・ウィールが“至高の一振り”に辿り着く日を心待ちにしています。その時は、ぜひとも一振り願いたい」

“至高の一振り”。それはロック・ウィール自治区のドワーフたちの求める唯一。オリハルコンの産出しないロック・ウィールでそれを超える鋼を鋳込み、至高の一振りを鍛えたい。

そのためにどれほど多くの職人と、時間と、そして開発費用が必要か。

マロックがドワーフの武器・防具を売りさばくのは、このために他ならない。

マロックは類稀なる優れた領主だ。商才も政治の才にも恵まれている。そしてドワーフとして「至高の一振りを打ちたい」という根源的な欲求も持ち合わせている。けれどドワーフの血が半分しか流れていないマロックには、“至高の一振り”に至る鍛冶の才能が備わっていない。そのことさえも理解しているマロックの欲求は、執着にも似た感情となって“至高の一振り”を渇望させる。

ドワーフの理想を理解しそれに沿う。良き隣人たらんとするレオンハルトの一言に、マロックの瞳は初めてレオンハルトをとらえた。それまでの、“たくさんの人間の一人”を見る目ではなく、“レオンハルト”に目を向けた。

「そういえば、弟君のウェイスハルト殿のご婚約が成ったとか。いやはや、まことめでたいですな。至高にはまだまだ至りませんが、次回こちらに来るときは、当代最高の一振りを祝いに献上いたしましょう」

(あの事件からまだ2日だぞ。本当に食えん男だ……)

レオンハルトはマロックの情報の速さに舌を巻く。迷宮都市の貴族でさえも知らぬものの多い情報だ。けれどこの回答は悪くない。

「至高の一振りに」

「迷宮都市の繁栄に」

グラスを交え飲み干す酒は、交わす二人の男にとっては悪くない味がした。

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キャロライン誘拐の首謀者は、商人一味からたどり着くことができた。商人一味は単独犯で誰の指示も受けていない。そんな彼らの犯行日時がどうして知れたのか、という疑問に端を発したのだ。商人たち犯行は稚拙で素人臭いものだから、彼らの目論見に気づいた者がいれば盗み聞くのはたやすいだろう。ではだれが。

金にがめつい商人親子は、迷宮都市行きを望む人間から金を受け取り、同乗させて街へ来ていた。もっとも隊商が空いたスペースで人や物を運ぶのはよくあることだったし、迷宮都市の門ではそこまで厳しい検問をしていない。誰がやってきたのか把握はしていないし、街の中に入ってしまえば、どこに行ったかもわかりはしない。よほど怪しいものを除いてはマークが付くものではない。

「貴重な戦闘スキル持ちの冒険者が、この時期に来る理由はないんじゃないかね」

テルーテルが爪を切りつつそう評した、黒髪で緑の瞳の20代後半の文官風の男性。通常であれば見逃されていたはずのその男の情報は、テルーテルの一言で注意すべき人物として迷宮討伐軍に認識されたのだ。

そして、迷宮討伐軍の基地を襲撃した者たちが小規模国家群の間諜であるという事実から、浮上したいくつかの領地。そのうちの一つをよく知るマルローは、“黒髪で緑の瞳の20代後半の文官風の男性”に心当たりがあったのだ。

「久しぶりだね、妻は元気かい? 執事君」

ウェイスハルトがキャロライン救出のために東の森に向かっていた丁度そのころ、マルローは数名の部下を伴ない、“文官風の男”が滞在している部屋を訪れていた。

「だ……、旦那様。お久しぶりでございます。すぐにご挨拶に伺おうとは思っていたのですが……」

「白々しい真似はいい。小規模国家群への武器の密輸はさぞや儲かったのだろう? あれだけの人材を雇えたのだから」

「な、なんのこと……」

「基地に忍び込んだ間諜はとらえた。じきにすべて話すだろう」

「く、くそ、お前さえ、お前さえ魔の森で野垂れ死んでいれば……!!! お前に、子供に父と名乗れぬ俺の気持ちがわかるか!」

随分勝手な言い草だと、マルローは剣を抜きやけくそで切りかかって来るベラート伯爵家の執事を眺める。この執事は主であるベラート女伯爵と道ならぬ関係となり、それをカモフラージュするために自分と同じ金髪碧眼のマルローをベラート伯爵家へ婿入りさせたのだ。彼の黒髪はカモフラージュのために染めているに過ぎない。

そんな愚かな奸計に巻き込まれさえしなければ、マルローは迷宮都市で平穏に暮らせていたかもしれないのに。

(ゆっくりとした剣だ)

戦闘能力のない執事の剣は、マルローにとっては児戯にも等しい。このまま避けずに受けたとしても、中に着込んだ装甲が受け止め、大した傷にはならないだろう。あまりに愚かで哀れな男に、一撃くらい受けてやってもいいかもしれないと、マルローは思った。

「いけません」

「タロス……」

そんなマルローの前に立ちはだかって、執事の剣を受け止めたのはマルローの奴隷兵のタロスだった。執事の剣を固い拳でたたき折ると、そのまま執事を床へと押さえ込んだ。

「はなせ、はなせぇっ!」

口の端から唾を飛ばしつつ叫ぶ執事。

(父と名乗れぬ気持ちか……)

それだけは、マルローにも理解はできる。もっとも、自分が受けてきた仕打ちを思えば同情してやる必要はないのだけれど。

「ポーションの市販阻止だけが目的ならば、お前が迷宮都市に来る必要はなかったはずだ。そんなにも、お前は私になり替わりたかったのか」

マルローの静かな問いに執事が黙る。

「ならば、それだけは、かなえてやってもいいでしょう」

マルローの静かな声を最後に、髪を黒く染め、自らを偽り続けた執事は意識を失った。