The Magician Wants Normality

Take a detour to Sarovara. Two of them.

――サロヴァーラ王城の一室にて(リリアン視点)

「それでは、お話ししますね。随分と幼かった頃のことですから、曖昧なところがあってもご容赦くださいませ」

「それは、大丈夫。無理を言っているのはこちらだから、気にしなくていいよ」

そう言って、ミヅキお姉様はひらひらと手を振りました。元より、そこまで正確な情報を求めていないのでしょう。確認作業のようなもの……でしょうか。

ミヅキお姉様の様子に安堵すると共に、私は不思議と落ち着いています。きっと、お姉様が心配するような……悲しみや悔しさは感じないと、漠然と思うほどに。

あの時、私は本当に辛かった。

悔しくて、悲しくて、そればかりを覚えてしまっていた。

けれど、サロヴァーラが変わり、私自身も多くのことを学ぶようになると……あの時のアグノス様の言葉や態度は、それほど間違ってはいないような気がするのです。

勿論、『他国の王族に対して』という意味では、十分に問題だと思います。

……ええ、それは今だからこそ、余計にはっきりと判るのです。

ですが、これまで私に向けられてきた悪意や、それらを口にしてきた人達と比べると、あまりにも違うと思えてしまうのです。

「幼いと言っても、王族はそれなりに教育を施されます。ですから、アグノス様が『あの当時の年齢にしては優秀』と言われていたのも、決して間違いではないと思うのです」

「それはどうして?」

ミヅキお姉様の問いかけに、私は暫し、考えを纏めるように沈黙し。

「アグノス様が仰ったことはほぼ、事実だったからですわ。勿論、全てではありません。ですが、『私とお姉様が似ていない』という言葉は、見た目しか判断する材料のない状況では仕方がないのではないのでしょうか」

「そ……そんなことはないわよ、リリアン!」

「ありがとうございます、お姉様。ですが、私達は共に母親似と言われていたでしょう? 日頃を知らなければ、容姿程度しか判断するものがありません。まして、私はお姉様よりも幼いのですから、『同じもの』という解釈だった場合、『似ていない』ということになるのではないでしょうか」

「ああ……そういうこと」

私の言葉に、ミヅキお姉様は納得したように頷きました。そして、どういうことだと言わんばかりのお姉様やお父様に対し、ご自分の考えを語ってくださいました。

「多分ね、アグノスは『血縁者として似ている』っていう解釈をしなかったんじゃないかな。『容姿や能力共にそっくりな存在』という意味だったら、其々の母親似の二人は『あまり似ていない』と判断するかもしれないし、能力だって、年上のティルシアの方が優秀ってことになる」

「「は?」」

合ってる? と私の方を見て首を傾げるミヅキお姉様に、私は頷くことで同意します。さすが、ミヅキお姉様。拙い私の説明でも、きちんと意味を汲み取ってくださいました。

「だからね、ティルシア達とアグノスでは、解釈の仕方が違うの。ティルシアが激怒したのは『リリアンと似ていない』と言われたから。容姿だけじゃなく、能力という意味でもね。だけど、アグノスにとっての『似ている』っていうことは、双子レベルで似ているか、同じものっていう意味なんだよ」

「……。普通は、そんな解釈をしないでしょう?」

「アグノスは『普通』じゃないじゃん。最初に『似ている』という意味を、『そっくりなもの』という解釈で学んでいたら、双子でもない限り『似ていない』ってことになるんじゃない?」

「た……確かに、そういう意味で捉えていたとするならば、アグノス殿としては嘘を言っていないことになるな」

お姉様やお父様は少々、困惑していらっしゃるようです。ですが、ミヅキお姉様より『アグノス様は普通ではない』と言われると、即座に『血の淀み』のことを思い出したようでした。

『血の淀み』を持つ方は、曖昧な表現や複数の解釈が判らない場合があると聞いたことがあります。この場合、『似ている』という言葉の意味を、『そっくりなこと』として覚えてしまっているということでしょう。

通常、姉妹を『似ている』と表現するならば、目元や口元、雰囲気……といった感じに、部分的なものを指す場合が大半です。

勿論、よく似た容姿を持っている方達もいらっしゃいますが、双子でもなければ『同じ』と言えるほどに似ていることは稀です。

血縁者を『似ている』と称するのは非常に曖昧なものであり、本人の解釈が多大に影響しているのです。人によっては当然、差が出る場合もあるでしょう。

もしも、アグノス様がそういった柔軟な思考を持たず、『似ている』を『そっくりなこと』として捉えていたならば。

私は明らかに、お姉様とは似ておりません。年齢的なものもありますが、双子ではないのですから。

「あの時、私が拙い反論しかできず、泣くばかりだったことも、アグノス様の判断に拍車をかけてしまったと思うのです」

「ああ、ティルシアはリリアンを泣かされて『怒った』だろうしね。間違っても、泣いたりはしなかったでしょ?」

「はい。王女としては、お姉様が正しいのだと思います。ですが、私達姉妹のあまりにも違う反応こそ、アグノス様の判断を決定づけてしまったと思うのです」

「だから……『どうして諫められるのか、理解できなかった』。それが謝罪しなかった理由だと」

「……はい。私自身が多くを学び、変わったせいでしょうか……私達だけでなく、当時のアグノス様の事情も考慮しなければならないような気がしてしまって」

偽善、と言われればそれまでだと思います。ですが、一方的な解釈をするよりも、双方の言い分を踏まえて考えた方が、正解に近づけると思えてしまったのです。

これはサロヴァーラの一件の際、ミヅキお姉様が見せてくださった手腕の数々が多大に影響しておりました。

あの時、ミヅキお姉様から見た私やお姉様、そしてサロヴァーラという『国』は、間違いなく『イルフェナにとって害となるもの』だったはず。

ですが、ミヅキお姉様はそれを一纏めに考えませんでした。

目的や属する勢力、そして自己保身に走る者達といった具合に分類し、一つずつ対応していったのです。

自分を攻撃したからといって、『サロヴァーラの敵』とは限らない。

願うものが国の正しい姿であっても、同じやり方をするとは限らない。

サロヴァーラが混乱したのは、単純な権力争いだけが原因ではありませんでした。お姉様を含め、国の未来を憂い、忠誠をもって行動していた者もいたのです。

私に接していた者達とて、それは同じ。

ずっと私の味方だと言っていたはずの『あの子』は己が欲のため、私を裏切り続けていました。

逆に、私へと厳しい言葉を投げかけていた者が最近の私の行動を見て、以前の言動を謝罪し、『立派になられた』と笑みを浮かべてくれることもあります。

一人の目から見たものが、全てではない。

それを自らの経験から思い知った私だからこそ、あの時のアグノス様の言葉に思うことがあるのだと思います。

ならば、周囲の思惑の下、アグノス様がそういった経験をしてこなかったとしたら。……思い込みや間違いを、正されることがなかったのならば。

それはまさに、『成長の機会を奪われている』ということではないのでしょうか。ハーヴィスは閉鎖的な国ですから、そのようなことが行われても知ることができません。

ですから、ミヅキお姉様やイルフェナは、アグノス様一人を悪と判断することができない。

私達と同年代、それも精霊姫と呼ばれていらっしゃるアグノス様。そのような方が、御伽噺と己を混同し、他国の王子を襲撃したならば……違和感を抱くのは当然です。あまりにも、常識から外れておりますもの。

大抵の者が『何らかの事情があった』『陥れられた』と考え、それが彼女自身の意思と判れば、彼女に施された教育や傍に控えていた者達の在り方に疑問の目を向けるでしょう。

ミヅキお姉様達の懸念はまさに、そこにあるのだと思います。『誰でも思い至るからこそ、ハーヴィス内部にそれを望む者が居るのではないか』と。

「……このように思えてしまうのです」

思っていることをたどたどしく口にし終えると、私はほっと息を吐きました。

すでにミヅキお姉様達が到達している結論であっても、意見を求められたのは私です。私なりの見解を、しっかりと話す義務があるのです。

幼い頃の経験がある私から見ても、今のアグノス様の状況に違和感があると……いえ、私から見ても『何らかの裏があるように思えてしまう』とお伝えしなければなりません。

「昔のアグノスは……良く言えば『正直な人』という印象みたいだね」

「はい。ですから、今のアグノス様は……その、意図的に歪められてしまったように思えます。御伽噺に依存するにしても、王女である以上、最低限の常識は必要でしょう? これまで散々、耳に痛い言葉を貰っていた私だからこそ、そのまま成長していること自体が不思議と言いますか」

ミヅキお姉様の言葉に頷きつつも、私はそう続けました。

幼い頃のアグノス様を思い出す限り、あの方は言葉を暈さないと言うか、正直過ぎるところがありました。

もしも、常識を理解した上で今の状況に甘んじていらっしゃるというならば、何か理由がある気がするのです。

そんな時、お父様の呟きが耳に届きました。

「……もしかすると、亡き母君が影響しているのかもしれん」

「アグノスの母親って言うと……」

「ハーヴィス王の最愛と言われた女性だ」

「へぇ……?」

その言葉を聞いた途端、ミヅキお姉様の目が僅かに光ったような気がしました。