The Magician Wants Normality

2x Cat Parents & Children Part III

そして、悪戯は開始された。

なお、仕掛け人は私と魔王様、協力者はクラウスとアルでお送りします♪

――騎士sの場合――

「失礼しま……す!?」

「え、な、なんで、猫耳……!?」

部屋に入るなり、二人は動揺を露にする。対して、私達は涼しい顔だ。

当たり前だが、私と魔王様の頭には猫耳が着いている。部屋にはアルとクラウスもいるけれど、二人はいたって平常運転。顔色一つ変えやしない。

……ちなみに、この二人の態度も一つの引っ掛けだ。

魔王様の忠実な騎士であるはずの二人が、こんな悪戯に賛同するはずがない。内面はともかく、一般的な彼らの評価は『エリート騎士様』なので、私が魔王様に強請ろうとも、許すはずがない……と思われている。

そもそも、本当に猫耳が生えているとしたら、クラウスが放っておくはずはないじゃないか。

そんな二人の騎士が平然としている中、『ミヅキと殿下に猫耳が生えてませんかね!?』などと指摘できるのは、相当の猛者である。

まずは目の錯覚や幻術を疑う――クラウスがいるため、魔術方面の疑いを持つことも勇気がいるに違いない――のが普通の反応だと、私達は予想していた。

さて、一番手の騎士sの反応は如何に!

「「……」」

二人は声を上げた後、改めて室内をもう一度見回した。その視線は魔王様、私と続き、当然ながらアルとクラウスにも向けられる。

やがて、二人は揃って深々と溜息を吐いた。さすが、双子。相変わらず、息がぴったりだ。

そして。

アベルは徐に、私の方へと足を進め。

「……ミヅキ、アホなことをするんじゃない。いいか、ここは殿下の執務室なんだ。お前が何をやらかそうとも今更だが、殿下まで巻き込むのは駄目だろう!?」

何の迷いも、躊躇いもなく、私に説教かましやがった。

証拠もないのに、酷い奴である……確かに、この悪戯の発案は私なんだけどさ。

そして、カインの方はどうなったかといえば。

「殿下。貴方がミヅキに甘いことや、ガニアの一件について後ろめたく思っていることは知っていますけどね……アホ猫を甘やかしちゃ駄目でしょう! アルジェント殿とクラウス殿はミヅキを野放しにしがちなんですから、最後の良心である貴方まで同列に堕ちないでくださいよ!」

「いや、何もそこまで言わなくても……」

「殿下は甘いのです! 俺達が一番、ミヅキと一緒に行動してるんですよ?」

「……」

「……」

「……その、ごめん」

魔王様に説教をかまし、何〜故〜か勝利を収めていた。さすがに分が悪いと悟ったのか、アルとクラウスも視線を泳がせたまま、カインを諫めることはしない。

やっぱり、この二人で試すのは無理でしたね、魔王様。

敗因は二人の勘の良さと、ブレることがない私への信頼でしょうか。

なお、その『信頼』とやらは『騒動の原因はあいつ! 無茶だろうとも、普通はあり得なかろうとも、ミヅキならばやりかねない!』という、確信めいたものである。

……なまじ私と一緒に居る時間が長いだけに、二人は私という人間をよく知っていた。生まれ持った勘の良さや危機回避能力もあって、『何だか判らないけど、良くないことを考えている気がする!』とばかりに、諫められることもあるくらい。

私に対する皆の態度や、アル達の本性も知っているため、これが悪戯だとあっさり看破したのだろう。こういったところは本当に凄いと思う。

そう、凄いのだが……『それだけ』なのよね、この二人。攻撃力は騎士寮面子に比べて劣るし、勘に頼る部分が大半のため、頭脳労働という点も微妙。

それゆえに私とセット扱いにしているのだと、以前、魔王様から聞いたことがあるのだ。

ここはイルフェナ、『実力者の国』と呼ばれる国。

そんな国の王子様は、アホ猫のお守りだって有効活用する術をご存知だ。

三人で一組扱いされている、今日この頃。そんな現実に、騎士sが気づいた気配は……ない。

放っておけば、そのうち『勝手に』翼の名を持つ騎士として認識されていくのだろう。その裏に、双子の獲得を狙っているアルとクラウスの暗躍があるような気がしなくもない。

……。

まあ、有能な人材は自分の所に欲しいよね。お兄さん達は騎士じゃないから、身内に引き込むならば、この二人になるだろう。

実績と共に、外堀が着々と埋まっているような気がするが、……私が口を出せることではない。エリートコースであることも間違ってはいないため、生温かい眼差しを送りつつ、放置させて頂こう。

「チッ、やっぱり二人には見破られたか」

ソファに座ったまま、親猫(偽)を抱きかかえて愚痴れば、騎士sは揃って呆れた眼差しを向けてくる。

「お前、いつだったか『異世界の萌え文化』とか語っていただろうが。猫耳ってそれだろ?」

「そうそう。あれを聞いていたってのも一因だが、お前なら嬉々としてやりかねん」

萌 え の 文 化 を 『 正 し く 』 理 解 し て や が る … … !

なるほど、それなら悪戯と判るだろう。つーか、騎士sの発想が普通だろう。それを『異世界の技術に近づきたい!』とか言い出す、黒騎士達の方がおかしいのだ。

「なるほど、ミヅキの理解者であったことが敗因か」

「まあ、あの二人は勘の良さもあるでしょうしね」

納得とばかりに頷くクラウスと、苦笑するアル。そして、魔王様は――

「……。それで納得できる君達もどうかと思うよ」

盛大に呆れていた。その生温かい視線は私や騎士sだけじゃなく、アルとクラウスにも向けられている。

問題児の保護者みたいになってきましたね、魔王様。そのうち本当に、『騎士寮面子の飼い主』扱いされませんかね? 勿論、扱いは今と同じく『主』ですけど、犬や猫の飼い主的な意味が追加されそうな気がします。

ああ、本当に言われそうだ……『ちゃんと躾をしろ』って。

※※※※※※※※※

――騎士団長さんの場合――

気を取り直して二人目。といっても、わざわざ呼んだわけではない。

さすがに、忙しい団長さんを悪戯に付き合わせようとは思いませんよ。本当に、偶然得た機会なのだ。

なお、魔王様が咄嗟に居留守を使おうとしたのは余談である。アルに先手を打たれた――部屋を出て行く振りをして、団長さんを招き入れた――ため、逃亡は不可能になったけどね!

判っているじゃないか、アル。

今回の悪戯、実はかなり乗り気だったろ!?

……などと思えども、顔には出しません。さっきと同じく、ソファで親猫(偽)を抱きかかえたまま、『魔王様に呼ばれたけど、良い子でお仕事が一段落するのを待ってます!』な風を装います。

私がこの部屋に呼ばれることも、暫く待機させられることも珍しくはない――魔王様は多忙である――ため、特に不自然ではない。

そもそも、今はガニア関連のことでイルフェナ全体が慌ただしい。確認事項があって私がこの部屋に呼ばれたとしても、何も不自然ではないのだ。

……で。

どうなったかと言いますと。

「失礼します。殿下、少々この案件について……」

そこまで言って、団長さんは沈黙した。その視線は魔王様――の頭に着いている猫耳に固定され、次いで私へと向けられる。

「ああ、これか。少し待ってくれ。確か、もっと詳しい資料があったはずだ」

「……。お忙しいところを申し訳ございません」

「いや、構わない。待っている間、ミヅキにでも構ってやってくれ」

ま〜お〜う〜さ〜まぁ〜? 『構ってやってくれ』って何ですか、何その猫扱い!

ああ、団長さんが明らかに動揺しているのが判る。ですよね、そうですよね、猫扱いされた異世界人の相手なんて、どうしていいか判りませんよね!?

……しかし、団長さんはできた人だった。

徐に私の方へと足を進めると、団長さんは親猫(偽)を抱きかかえている私のことをじっと見つめた。思わず、私も座ったまま、団長さんをじっと見つめ返す。

「ミヅキか。無事で何よりだ」

「ただいまです、団長さん。漸く帰って来れましたよ!」

「うむ。あちらでは不自由も多かっただろう。イルフェナのように、殿下が庇護しているわけではないからな」

ですよねー! 団長さんがそう思うほど、私は魔王様に守られてますものね!

いくらイルフェナとはいえ、団長さんはこの国の騎士達の頂点にある立場。あからさまな侮辱とかはしないし、ガニアを貶めるような発言もしない。

何せ、私という『部外者』がいるからね?

保護しているだけで、私はイルフェナの人間ではない。『イルフェナの○○がこんなことを言っていた』なんて言わせないためにも、発言には注意が必要だ。

勿論、私とてイルフェナに付け入る隙を与えるような真似はしないけど……そういった疑いを持たせないことも重要なのだよ。

地位ある人達は色々と大変なのです。色々とぶっちゃけ過ぎな騎士寮面子とて、問題発言は騎士寮内のみなのだ。

……あ、折角だからお礼を言っておこう。このぬいぐるみって、近衛騎士さん達からだったはず。

「ぬいぐるみ、ありがとうございました! ガニアで私の癒しとなりました」

本当にな。

お馬鹿さんが多い中、親猫様(偽)の腹に顔を埋めて、呪いの言葉を呟いたりしましたとも。出来が良いぬいぐるみに八つ当たりする気も起きず、気が付けば朝までぐっすりさ。

……ふかふかのぬいぐるみに癒されると同時に、魔王様達が恋しくなったのも事実だけどさ。仕方ないじゃん、やるべきことを成し遂げないうちは、帰国なんて許されなかったんだから!

「そうか。気に入ったようで何よりだ」

「ええ、ガニアでは一緒に寝てました」

「ほう! それは是非とも見たかったな。実に微笑ましい光景だ」

うんうんと団長さんは頷き、少し躊躇った後、私の頭を撫でた。団長さんの手は猫耳に触れなかったが、良いタイミングで猫耳がやや伏せる。

その途端、団長さんの手が止まった。……うん、頭を撫でられた猫が心地良さげにしているように見えなくもない。

しかし、猫耳は私だけではない。それもあってか、団長さんが追及してくることはなかった。魔王様から資料を受け取ると、何事もなかったかのように一礼して部屋を後にする。

つい、親猫(偽)の手を取り、『バイバイ♪』とばかりに振ってしまったのは余談である。物凄い良い笑顔で頷き返されたので、『アホな生き物が何かやってるが、その気の抜ける動作が微笑ましい』的な解釈でもされたのだろう。

団長さんは魔王様にもその笑みを向けていた。あれか、『付き合わされて大変ですね』的な労りですか、団長さん。

「微笑ましく思われただけでしたね、魔王様」

「まあ、アルバートだからねぇ……。ミヅキがぬいぐるみを抱きかかえていただけでも十分、微笑ましかったんじゃないかな? ただでさえ体格差があるのに、アルバートが見下ろす形になっていたから、幼女がぬいぐるみと戯れているようにも見えただろうし」

「幼女って……そこまで小さくないですよっ!」

「そうか? 俺には猫が玩具を抱えているように見えたが」

などといった会話が交わされたけど、団長さんが慌てていなかったのは事実である。

さすがは、イルフェナの騎士団長様。猫耳程度では、動じてくれない模様。 

※※※※※※※※※

――ラスボス、もといクラレンスさんの場合――

団長さんの後は暫く人が続いた。誰もが扉を開けた瞬間に魔王様を目にして硬直し、次いで、私に視線を向けて顎を落とすという事態になったのは当然の流れだろう。

そう、そうだよ、この流れが普通であって、騎士sや団長さんが特殊なだけ!

私だけならともかく、魔王様まで猫耳装備。これを確認できる勇者なんて、限られた人しかいない。

……で。

その限られた人がいらっしゃいました。優しげで知的な微笑みがトレードマークな、シャル姉様の旦那様。近衛副騎士団長クラレンスさん、その人が!

「おや……」

クラレンスさんは部屋に入るなり、軽く目を見開く。その表情が楽しげに見えるのは、気のせいではあるまい。

その時、私は魔王様にじゃれていた。……訂正、椅子に座った魔王様の背後から伸し掛かり、魔王様の手元にある紙を一緒に眺めていた。

直接見せるのは問題なので、こういった建前も必要なのだよ。もっとも、私に見せても構わないもの――ガニアの一件でいうならば、魔王様に宛てられたガニア王からの手紙などだったりする。

王族同士の手紙ですからねー、これ。できる限り私の名を出さない方がいい上、私に手紙を送るのもくだらない憶測を招きかねないため、あえて魔王様宛てとなっているのだ。勿論、私が見ることはガニア王も承知している。

猫耳を付けた猫親子が、猫のような体勢でお出迎え。

本日、一番の微笑ましい光景です。王子様と異世界人としては、どうかと思うけど。

なお、猫親子(偽)はソファに置かれている。机にスペースがなくなってきたため、子猫(偽)は親猫(偽)の腹の下に収められていた。これはこれで微笑ましい。

クラレンスさんは微笑んだまま、私と魔王様に近づき――

「「あ」」

「ああ、やっぱり猫耳が着いていましたね」

私の猫耳を軽く引っ張った。手の感触にそれが幻覚ではないと確信したのか、クラレンスさんは苦笑気味。

「団長を始め、何人かが『ついに殿下とミヅキの頭に猫耳が見え出した!』と言っていましてね。確認に来たのですよ」

「まあ、そうだろうね。一応、これはクラウス達が作った魔道具だよ。何でも、ミヅキの世界の技術に近づきたかったらしい」

「なるほど、そういった理由でしたか」

魔王様の説明に、納得の表情になるクラレンスさん。

……。

おいおい、それで納得できてしまうのかい。私はともかく、魔王様まで猫耳を付けているんだけど。

そんな疑問が顔に出たのか、クラレンスさんは安心させるように、私の頭を撫でた。

「ミヅキがたった一人、ガニアで奮闘していたことを知っていますからね。帰りを待つ殿下の様子も知っているなら、これくらいの『お遊び』に付き合うくらいは許容範囲ですよ」

「クラレンス……!」

「いいじゃないですか、殿下。子猫を目の前で攫われた親猫が、冷静であるはずはないでしょう」

照れくさいのか、魔王様はぷいっと顔を背けた。……親猫様は皆の言う通り、通常の状態ではいられないほど心配してくれたらしい。

嬉しいので、更にじゃれ付いてみるが、邪険にされることはなかった。私は良い保護者を持った模様。

「貴方達を見て以来、団長は上機嫌でしてね? しかも、盛大に自慢をしていましたよ。『ミヅキがぬいぐるみを抱き抱えたまま見上げてくる様は、とても可愛かった! 二人の頭に猫耳を見た時は、つい表情が緩んだ』と」

「ちなみに魔王様のことは何と?」

「……控えめにですが、『良いものを見た』と」

「ああ……まあ、盛大に広めたりはできませんよね」

おそらくだが、団長さんは魔王様のことも自慢したかったと思われる。それができないからこそ、『イメージとして、猫耳を見ました』的な言い方になったんだろう。

あれだ、猫親子が微笑まし過ぎて、猫耳が見えるようだった……という感じ。暈した言い方というか。

それに触発されてここに来てみれば、リアル猫耳を付けた私と魔王様。反応に困る一コマです。確認できるクラレンスさんが特殊なだけだ。

「中には『幻覚が見える!』と医務室に行く者もいたようですよ?」

「え゛。それ、騒ぎにならなかったんですか!?」

「軽い騒ぎにはなりましたよ、『何その羨ましい幻覚!』という方向に。そうは言っても、ここは殿下の執務室ですからね。用もなく訪ねるわけにもいかず、騎士寮の傍をうろつく不審者が増えています」

何 さ 、 そ の 状 況 は !

まあ、クラレンスさん曰くの不審者って、近衛騎士の人達だろう。憧れの団長さん絶賛の猫耳なのだ、一目でも見たかったに違いない。

そして、クラレンスさんは本日一番の爆弾――もしくはお仕置き――を口にした。

「というわけで。お二人とも、本日はそれを着けていてくださいね? 無駄に騎士寮を訪ねる輩が、続出すると思いますから」

「「え゛」」

本日、悪戯日和。ただし……私と魔王様にとっては、受難の日でもあったらしい。