The Marquis’ Eldest Son’s Lascivious Story
exhaustion
クオルデンツェ邸は大惨事になっていた。
具体的に言うと吐瀉物の海だ。
やはり、オルシアンの放った強烈な悪意は騎士家出身者にも相当な苦痛であったのだろう。
治癒魔法で復活した使用人たちは、自らが吐き出したモノを大急ぎで片付けていた。
「この様子では外も大騒ぎになっているのだろうな」
ソファに体を預け、俺は報告にやってきた文官にそう言った。
大広間は換気のために全ての扉と窓が開かれているのだが、未だ邸宅の空気にはどこか酸っぱい臭いを感じる。
体調の優れない今、油断するともらいゲロをしてしまいそうだ。
「レヴィオス軍が先ほど巡回をしておりました。王都全域に影響が出ているようです」
王都で嘔吐……などと、つまらないダジャレでヘラヘラ笑っていられない事態になっているそうだ。
市民たちは恐慌状態に陥っているそうで、一部では火災も発生しているのだとか。
王都社交を控えたこの大事な時期、レヴィオス家は軍を出動させて治安維持にあたっているという。
なお、クオルデンツェ家の方針は「此度の一件、悪いのは全てオルシアン姫である!!!」というものだ。
よって俺は全く気に病む必要はない。王都の混乱については割り切って話を聞くことにした。
「その割に静かだな」
「それはレヴィオス家の手腕によるものでしょう。この近辺の平民はほとんどが気を失っているはずですので、早急な保護が必要と判断したものと思われます。中枢区画には現在、複数の騎士が展開して指揮を取っており、暴徒の入り込む余地はありません」
貴族の邸宅区画近くに居を構えるような平民は、王都の中でもトップクラスの富裕層である。
支配階級と非支配階級の差が天と地ほども離れているエルオ大陸とはいえ、金には金の力が存在する。これを軽視することはレヴィオス家にとっても不利益となるのだ。
レヴィオス軍は中枢区画の外れに簡易の治癒所を設営しているらしく、そこには続々と気絶した住民が運び込まれているという。
なお、その外では軍を使って混乱状態にある市民を鎮圧中だ。サポートの格差をまざまざと見せつけられた気がする。
「死者はどの程度出そうだ?」
俺は無意識のうちに拳を握りしめていた。オルシアンの最後の威嚇を思い出したからだ。
ただの平民隷祖があの殺意の波動に曝されては、そのまま心停止してしまう気がする。
しかし、文官はそれを否定した。
「気絶した際に頭でも打っていなければ、命に関わることは無いかと。威嚇の向き先もありますし……」
「それもそうか」
感情の込められた魔力の威嚇は他人の心に影響を与えるものだが、そこには発した側の意思が色濃く反映されるのだ。
戦場では敵軍、もしくは総大将あたりに悪意を向けて魔力を放出する。すると敵兵たちは自分がその悪意の対象になっていることを感覚でなんとなく理解し、恐慌状態に陥るわけだ。
このとき、味方の兵がパニックになることはない。なぜならその悪意が自分に向いていないことをなんとなく察するからだ。
むしろ、殺意の矛先が敵軍に向いていることを感じて士気を上げるくらいである。
この現象は、猫の喧嘩に似ている気がする。
前世の話になるが、近所の家でトラという名前の猫が飼われていた。もっとも、普段から近所をふらふらしている半野良のような猫であったが。
トラは喧嘩が弱かった。いつも他の猫から追いかけられているイメージのある猫だ。
ある日、うちの庭でトラとどこかの野良猫が喧嘩をしていたことがある。
俺は贔屓にしているトラの味方をするため、ふーふーふーと唸り合いを続ける2匹の間に立って野良猫を睨みつけた。すると、トラは俺の援護を察したのか「こっちには人間がついてるんだぜ?」とばかりに強気になり、いつものように途中で屈することなく威嚇を続け、ついに野良猫を追い返すことに成功したのだ。
そこでストップしておけば良いものを、調子に乗ったトラは逃げる野良猫を追いかけ、俺の睨みが届かない藪の奥へと消えていった。やはりというべきか、次に2匹の姿が見えたときにはトラが追いかけられていた。
トラの残念なエピソードはともかく、敵軍に威嚇をすれば味方の兵は「こっちにはこんなに凄い貴族がいるんだぜ?」と盛り上がるわけだ。
悪意に被曝しているのは敵も味方も変わらないが、その受け取り方には大きな差が生まれる。
発信者の意思は、威嚇において非常に重要な要素と言えるだろう。
今回の場合、オルシアンの威嚇は主に俺やイブ、うちの武官に向けられていた。一方、その威嚇を受けた俺はオルシアン個人に対して威嚇を放った。
悪意のベクトルは王都住民には向いていない。つまり、王都の住民は「自分は関係ない」と受け取った可能性が高い。
しかし、そうは言ってもあの魔力量だ。
例えるなら、虎と虎が睨み合いをする檻の中に放り込まれるようなものだろう。その状態で「虎同士で喧嘩をしているから自分は関係ない」などと悠長に構えていられる人間はいないと思う。
結果として、近隣住民は間接的なプレッシャーに耐えきれず気絶したことになる。どちらかというと自己防衛に近い反応なのではないだろうか。
「それに、このあたりの壁は厚いものが多いので、ごくわずかですが減衰する部分もあるかと思われます」
「厚い?」
「はい。レヴィオス家の武官が言っておりましたが……」
レヴィオス王国も初めから全てが順調であったわけではない。
黎明期には王都で貴族同士が威嚇しあうようなことも何度かあったそうだ。必然、あちこちで悪意が飛び交うことになる。
悪意のぶつかり合いというものは、その質にもよるが、第三者からは不快に感じることがある。
これは駅のプラットフォームで罵り合いをしているおっさん同士を見ているとイライラしてくる感覚に似ている。基本的に、喧嘩というものは傍から見ていると不快な気分になるものだ。
それに、魔力を使った威嚇は感情の微妙なニュアンスを伝えることもある。要するに本気の殺し合いに臨むつもりのない覚悟ゼロの貴族同士が悪意を飛ばし合うのは不快極まりないということだ。
王都にそういった不快オーラを蔓延させないため、レヴィオス家は壁という壁に魔絶石を埋め込んで回ったという。なお、ギスギスした雰囲気を出さないようにするため、それらはレンガで覆われており普通は目視することはできない。
「……ですが、それは表向きの理由でしょう。有事の際の防衛線とすることが真実かと。実際、純粋な魔力の放出である威嚇に対しては、さほど減衰の効果はありませんので」
「それは世知辛い理由だな」
自領に他家の貴族を招く王家の苦肉の策といったところか。
レヴィオス家もこれまで色々と苦労しているのだなと思う。今回もオルシアンの件でまた苦労するのだろう。
「ところで、父様はいつ頃戻る予定だ?」
ほぼ無意識のうちに口から溢れたその質問は、もうさっきから何度も聞いたものであった。
発言をしてから、また同じことを聞いてしまったと後悔をする。
魔力量が不足しているせいか、父が近くにいないことに不安に感じてしまうのだ。
「早めに切り上げるとおっしゃっておりましたが、なにぶん影響が大きく……まだ、しばらく時間を要するかと」
さっきも答えただろ、などという態度を微塵も出すことなく、文官は懇切丁寧に答えてくれる。
ついさっきクオルデンツェ邸に帰ってきた父であったが、俺に大量の治癒魔法をぶっかけるとすぐに出かけてしまった。
今回の騒動の中心地がクオルデンツェ邸なのは少し調べればすぐにわかることだ。ここで傘下の貴族を放置するようではクオルデンツェ派のトップとしてやっていけない。
そういうわけで、父はレヴィオス家から近くの講堂を借りて記者会見もとい傘下貴族の掌握に努めているわけだ。
本当なら俺も行けばよかったのかもしれないが……どっと疲れてしまった。緊張の糸が切れてしまい、何も行動する気になれなかったのだ。
それにクオルデンツェ派の貴族とはいえ、心の底から信用できるものでもない。父にそれとなく行きたくない旨を伝えたところ、来なくて良いと言われた。
ありがたいことである。パパの優しさに甘えてこのまま引きこもりになってしまいそうだ。
「若様」
壁際に控えていた武官が小さく声を上げる。
俺はその合図を受けてソファに任せていた体に力を入れた。
彼女が姿を現したのは、姿勢を正したまさにそのときだった。
「入るよ~?」
開け放たれた扉からひょっこりと顔を見せたのは、プルーメだった。
彼女がクオルデンツェ邸にやって来たのは、父とシルオペア伯爵の話し合いによるものである。
シルオペア伯爵の考えはシンプルだ。オルシアンという理解不能な脅威が王都を闊歩している今、自家の未来とも言えるプルーメをとにかく安全地帯に置いておきたい。少なくとも、クオルデンツェ派の集会である程度の現状が見えるまでの間は。
そして、父の判断は過保護から来るものだ。いつになくビクビクしている息子を心配し、その心の安定を図ろうと考えたのだと思う。俺がプルーメを信頼していることを、父はよく知っている。
息子の安堵させるメリット、戦いで疲れ切った姿を他家に見られるデメリットを比較考量した結果、前者が優先されたのだ。
「ウィル、大丈夫?」
シルオペア邸から大急ぎでやってきた彼女は髪が少し乱れていた。そのためお茶の準備をする間、うちの化粧室で再セットをしていたのだ。
不安げな表情でこちらを見る彼女に対し、俺は笑顔を見せる。
「平気だよ」
「…………少しも平気に見えないよ……」
そう言って、彼女は表情を暗くした。
クオルデンツェ邸にやってきた当初は「私が来たからにはもう安心よ!」みたいな顔をしていたのに、今ではこの気の使いっぷりである。
「ねえ、本当に大丈夫? ねえ……」
だが、プルーメには申し訳ないが取り繕うだけの気力が湧いてこない。魔力放出をしすぎたせいか、とにかく億劫な気分になってしまう。
どうしよう、どうしよう、と戸惑う表情を見せるプルーメは新鮮だった。
俺はこれまで彼女にはかっこいい姿を見せるよう意識していた。こんな弱った姿を見せるのは初めてである。
こう言ってはなんだが、危なっかしいものを触るような動きで気を使う彼女の姿は可愛らしく、癒やされるのだ。
「大丈夫だよ。プルが来てくれてほっとしているんだ。父様は外に行ってしまったし、信頼できる人が近くにいてくれるだけで安心できる。……ありがとう」
少しだけ演技が混じっているが、その言葉に嘘はない。
弱った姿を見られることよりも、信頼できる主祖のプルーメが来てくれることの方が俺には重要だった。
申し訳ない話だが、いくら信頼できても従祖の護衛では力不足のため不安は解消されない。
それに甲斐甲斐しく接してくれるのならゴツいおっさんより可愛い女の子だ。ものすごい甘えたくなってくる。
「……うふふ。こんなウィルは初めてね。それじゃあ、とっても優しいプルーメお姉様が治癒をしてあげる」
得意げな笑みを見せた彼女は、対面のソファに座ることなく歩みを進めて俺の隣に座った。
嫁入り前の貴族の姫が、他家の男児と一緒のソファに座るなんて……と思わないでもないが、そこまで目くじらをたてる者はいないようだ。シルオペア邸から連れてこられたプルーメ専属使用人の表情にも変化はなかった。
治癒魔法発動のため手のひらに魔力を集中させている彼女を見ながら、俺はひとつ思うことがあった。
胸のガードが甘い。
薄着なこと、そして少し前かがみになっているおかげで、布の隙間からチラチラと下着が見えるのだ。見た感じ、ビスチェみたいな形の下着を着用しているらしい。
あまり凝視しないよう注意しながらも、俺はその素晴らしい光景を楽しむ。この年代の女の子は膨らみ始めたお乳に対する警戒が薄いがする。
なんにせよ、こういうチラリズムがもたらす勃起力は通常の8割増しである。ありがたやありがたや。
「ウィル? 背中向けてよ」
「あ……あぁ、わかった」
胸チラに名残惜しさを感じながら、俺はプルーメに背中を向ける。
「少し強く治癒するからね? 戦いにはならなかったって聞いているけど、もしかしたら魔力の残滓があるかもしれないし、念の為。ね?」
「大丈夫だ。頼む」
俺が返事をするとすぐに彼女の両手が俺の背中に当てられた。
「ぅ……」
……すごく温かい。
生命のエネルギーに満ちた心臓が背中にいくつも取り付けられ、その力強いポンプで生きる活力と体温が全身に送り込まれる感覚。疲れ切った体を湯船に沈めた時に得られる快感を極限まで凝縮して血中に流したような得も言われぬ喜びに、筋肉がみるみる弛緩していくのがわかる。
「…………はぁぁぁ…………」
主祖の治癒魔法は本当に心地よい。この快楽に溺れてダメ人間になってしまいそうだ。
それに加え、背中越しにかけられるプルーメの優しげな声はある意味で殺人的である。親切心から治癒をしてくれているプルーメには悪いのだが、気を抜くと「ママ~!」と絶叫しながら彼女の胸に飛び込んでしまいそうだ。
禁欲生活が続いていたこともありチンポは既に全力勃起中である。これでは別の意味でソファから立てない。
「あの時はウィルはずっと付いていてくれたよね。……少しだけでも恩返しさせて」
彼女は静かに語り始めたが、治癒に溺れていた俺は、それがエルシニアの禍の頃の話であることになかなか気が付かなかった。
「……恩とか、気にする必要はないよ。俺とプルの仲だろ」
「ウィルに甘えちゃうからダメなの」
是非甘えて欲しいものである。そのかわりに俺も甘えさせて欲しい。
こうして考えると、俺とプルーメの婚約路線をブチ壊した魔獣エルシニアは本当に迷惑な魔獣である。害獣エルシニアと呼ぶべきではないだろうか。
雑談を続けているうちに体の芯が温まってきたことを感じた俺は、昔話から今現在のことに話題を移すことにした。
「しかし、集会に出なくて良かったのか不安だな。父様は問題ないと言ってはくれたが……」
少し気分が落ち着くと、さっきまでの自分の行動を色々と後悔してしまう。
こうして言葉に出したのは、プルーメに判断をしてもらいたかったからだ。まだ俺の思考は霧がかっているようにぼんやりとしていて、正しい判定ができない気がする。
彼女は貴族としてしっかりした考えを持っているため、その意見を参考にしたかった。
「うーん……私は、行かなくてよかったと思う。おじ様もウィルに気を使ったのではなくて、本心で来ない方が良いと考えたのではないかしら?」
そこでプルーメは少しだけ口ごもったが、すぐに発言を続けた。
「……あの殺意の波動は、本当に強烈だったの。頼もしさを感じた人もいるでしょうけど、恐ろしさを感じた人も多いはずよ。ウィルがいきなりその人たちの前に姿を出したら、どんな反応が返ってくるかが読めないと思うわ。そういった想定外を警戒して、おじ様はウィルをここに残していったのよ、きっと。……だから、心配はしないで。大丈夫よ」
気を使われているのがよく分かる。しかし俺の質問には嘘偽りなく真摯に答えてくれているのも同時に伝わってくる。
「もうっ、そんな顔しないで。ウィルは何も悪くないでしょ? クオルデンツェの武威を示せたのだから、もっと自信を持っていいの! 派閥は、おじ様がうまくまとめてくれるわ」
「そうだな。俺は何も悪くないな」
「そうそう。……はいっ、前を向いて」
背中に感じていた熱が離れるのを感じる。
俺はくるりと振り返り、プルーメに向き直った。
……なんだか、こうしているとお医者さんごっこでもしているようで妙な興奮を覚える。
俺の胸の内など知る由もないプルーメは、ためらうことなく俺の胸に手を当てて治癒の続きを始めた。親戚として、幼馴染としての付き合いが長いせいか、そこには特に恥じらいのようなものはない。
お姫様っぽく「まあ! 殿方のお体に触れるなんて、破廉恥ですわ!」とか言って顔を赤らめてもらいたい気もする。
「なあに?」
「いや、別に」
胸に当てられた彼女の両手に片手で触れてみたが、俺の期待する反応はなかった。
仕方がないので胸チラを楽しむだけにしておこう。これはこれで疲れ切った心がむくむくと癒される。成長期の素晴らしさに拍手喝采を送りたい。
しばらくの間、俺とプルーメはのんびりとした世間話を続けた。
「……あのさ、聞いてもいい?」
途中からこちらを窺うような視線を見せていた彼女は、意を決したように言う。
「いいよ。オルシアン姫のことだろ?」
俺としては、自分の頭を整理するためにも少しくらい話をしておきたかった。
父からも今回の一件に関しては、シルオペア家に対して特に隠し事なく事実を話して良いと言われているため、プルーメの提案は渡りに船である。
「あ……うん。大丈夫?」
そんなに気を使うなら聞かなければいいのにと思うが、それでもシルオペア家次期当主として聞いておかなければならないと考えているのだろう。本当に真面目な子である。
俺はオルシアンが来訪した時のことや、占領地の統治について相談をされたこと、イブを見て激怒したこと、威嚇の末にレヴィオス家の仲裁が入って帰っていったことを簡潔に話した。
ただ、イブについてはクオルデンツェ家の文官見習いということにして誤魔化した。俺の下半身事情をプルーメに詳しく話したくはない。
幸いなことに、霧の大地出身の文官見習いがなぜクオルデンツェ家にいるのだ、という無粋なツッコミは入らなかった。プルーメも貴族の姫だし、察しているかもしれないが。
「……そういえば、オルシアン姫は大人しく王城まで行ったのか? レヴィオス家を毛嫌いしているようだったが」
喋りながら気になったことを近くに立っている文官に尋ねる。
「正門前で馬車が来るのを待っていたのですが、なかなか到着しないことに腹を立てたらしくそのまま徒歩で去りました。王城に入っていくところまでは確認済みです」
「そうか……」
その報告を受けて、俺は天井を仰ぎ見た。
……そうか、歩いて行ったのか。
オルシアンの態度から考えるに、レヴィオス関係者から治癒魔法など受けるとは思えない。ということは威嚇合戦を経てもまだ内在する魔力に余裕があったのだと思う。
俺はオルシアンが庭を去った後、立っているのがやっとなほどに疲弊し、体調が悪くなったというのに。
おそらく、体内の魔力が一気に抜けてしまったことが体調不良の原因だと思う。
献血などでゆっくりと時間をかけて400mlの血液を抜いても死にはしないが、事故などの短い時間で同じ量の血液を一気に失ったらショック状態に陥ってしまうような。
そう考えると、あの最後の超魔力の威嚇は本当に無茶で危険な行為だった。ムキにならずに冷静に勝利を狙うべきだったかもしれない。
武官たちの治癒、そしてその直後に帰ってきた父の強烈な治癒を経て俺はなんとか平静を装えているが、それがなかったらそのまま庭で倒れ込んでいたような気がする。
俺はご覧の有様だと言うのに、オルシアンのアホはなんとも元気な奴である。
まあ、俺も歩いて王城くらい行けますけどね? といった嘘の余裕をプルーメにアピールしつつ、その話は早めに流しておくことにした。
クオルデンツェ・ウィルクがミレンドルヴァ・オルシアンに勝利したと言う図式は崩さないようにしておく。
「ところで、プルはオルシアン姫の魔力量についてどう思った? 率直な感想を聞かせて欲しいのだけど」
この話をしたかったのだろう、プルーメはピースサインを作って俺に見せた。
「それなら2つ、答えるね」
「2つ?」
少し気になる言い回しであったが、とりあえずは聞いてみることにした。
「私はすぐに対決してるのがウィルだって気がついたの。方角もクオルデンツェ邸の方からだったし、あの魔力量でしょ? あ、これは片方はウィルだなって……」
俺の魔力の多さに関しては、プルーメもよく知るところである。魔獣エルシニアの奇病ゴリ押し治癒を実体験しているのだ。
「すごく驚いたよ。距離が近かったからかな? 魔力のうねりが激しくてどちらが上なのか判断できなかったもの。ほぼ互角だったと思うけど、まさかウィル以外にあんな魔力量の貴族がいるとは思わなかった。先に知らない方の魔力が消えた時はホッとしたよ。ウィルが勝って本当によかった」
「なるほど」
やはりというべきか、威嚇に放った魔力量は同程度と認識されているらしい。
悪意の嵐の中にいた俺には正確な観測ができなかったので、プルーメのコメントは非常にありがたい。
「……で、今言ったのはクオルデンツェ・ウィルクをよく知るシルオペア・プルーメの意見。次はひとりの貴族としての意見よ」
プルーメの表情は真剣なもの……貴族家の次期当主のそれに変化している。
彼女はピースサインの中指を折りたたむ。そして天井に向けられていた人差し指を俺の胸にツンと当てた。
「ありえない。その言葉しか出ないわ」
どう反応したら良いものか、言葉に詰まる。
とりあえず俺もプルーメの胸をツンと突いてみたかった。返事のついでにツンツンできないものだろうか。
少し失礼な言い方になるけれど、と前置きをしてから彼女は言葉を続ける。
「貴族の単独の戦闘能力は、脅威階級第三位の成熟魔獣と同じくらいだそうよ。……もちろん、ウィルも聞いたことはあるでしょう?」
「そりゃ知ってるさ。……まあ、第三位といってもピンキリだけど」
汚染能力に特化した魔獣もいれば、戦闘力に全フリしたような魔獣もいる。一概に主祖と同程度とは言いにくい部分があるのが成熟魔獣だ。
ただ、魔獣との戦いの歴史から人類は学んでいる。脅威階級第三位の討伐に主祖単独で臨むと、五分五分の戦いになることが多いと。
そこでプルーメは意を決したようにふぅと小さく息を吐いてから、俺を見つめた。
「魔獣バーリオーラと魔獣メアスレスが戦ってる……そう考えた貴族は、少なくないのではないかしら」
その魔獣の名は人類史上最大の脅威だ。すなわち、脅威階級第一位の大魔獣。
エルオ大陸史上、たったの二例しか確認されたことのない、最強最悪の成熟魔獣である。
「……魔獣に例えるなんて、本当に失礼なことね。ごめんなさい」
彼女は心底申し訳なさそうに頭を下げる。しかし、言葉を止めることはなかった。
「でも、ウィルには知っておいて欲しいの。己を遥かに凌駕する魔力量と、そこに込められた殺意からは本能的な恐れを感じたわ。その恐怖と成熟魔獣の放つ妖気を結びつけることは、十分にあり得る話だと思うの」
貴族の魔力を魔獣の妖気に例えるなど侮辱にしかならない。
しかしプルーメはそれを理解してなお、その例えを口にした。俺がこの事態を甘く捉えていると判断し、少し過激な忠告をしてくれたのだと思う。
いまのクオルデンツェ家は他家から不必要な警戒を招きかねない、立ち回りを誤れば事態は最悪の方向に転がっていくだろう……彼女は、そう言っているのだ。
プルーメ付きの使用人が顔を青くしているのがわかる。
シルオペア家とクオルデンツェ家の問題にならないよう、俺はフォローを入れておくことにした。
それがプルーメに対する誠意だと思ったからだ。
「他家の考えを口にするのは辛かったと思うが、率直でわかりやすい伝え方をしてくれて助かったよ」
「そう言ってもらえると、私も嬉しいわ」
今の例え話はシルオペア家の本意ではないと俺が認識している旨を伝え、プルーメがそれを追認する。これで何も問題はなくなった。
しかし俺に伝えるためとはいえ、なかなか危ない橋を渡るお姫様である。それだけ俺を信頼しているのだと思うと、股間まで元気になってくる。
使用人たちが緊張したせいで、少し部屋の空気が重くなったのを感じたのだろう、プルーメは少しだけ軽い雑談を挟んでから次の話題へと繋げる。
「社交もきっと当初より複雑なものになるわ」
「そうだろうな。あまり考えたくないが……」
ただでさえ頭がまだ疲れているのだ。
しかし、プルーメはニヤリと悪い笑みを浮かべる。
「レヴィオス家が散々に手を焼いたオルシアン姫に突撃訪問されて、その場でいきなり戦いが始まって、王都全域を巻き込んだ威嚇勝負に押し勝った、クオルデンツェ・ウィルクは注目の的よね? うふふ、大変大変っ♪」
明るい口調の彼女を見ていると、少しだけ救われた気がするから不思議だ。
まあ、俺と一緒に行動することの多いプルーメも同じくらい苦労するわけだ。もう笑うしかない。
「やっぱりレヴィオス家も動くんだろうな」
「何もしないわけないでしょう。……ただ、きっと今日までに準備してきた予定や計画は全部おじゃんになったと思うけれど」
「そりゃ大変だ」
「おじゃんになったのは多分、おじ様も同じだと思うけれど」
「こりゃ大変だ……」
父からはクオルデンツェがナメられないようにと言われていたが、プルーメの意見を参考にするに、ちょっとやりすぎレベルで魔力を発散してしまった。
無駄に警戒を招いた挙げ句、窮鼠猫をなんとやら、舐めるを通り越して噛みつかれでもしては洒落にならない。
「ウィルはどう思う? レヴィオス家の今後の方針は」
「……まあ、融和路線じゃないか? オルシアン姫はレヴィオス家のことを嫌っていたし、それと同等以上の貴族がいるとわかった今、そちらとまで敵対するのは避けたいだろ?」
「今回の一件でウィルとオルシアン姫の関係が最悪になったと考えて、クオルデンツェとミレンドルヴァをぶつける方針でもいいんじゃない? 2人を煽ってみたりして」
思考を働かせるために、わざと反対の意見を言っているのだろう。レヴィオス家がはたしてそのような行動を取ってきたらどうすべきか。
「それなら仕方ない。ルシアちゃんと仲直りして王都を80年前の形に戻そう」
「仲直りできるの?」
「交渉材料はある」
絶対に選びたくない選択肢であるが、最悪、イブを引き渡せばオルシアンは味方になってくれるとは思う。対立した原因はイブの存在であり、それさえなければ残るのはレヴィオス家に対する嫌悪感だけである。
もちろんそれは最後の最後、クオルデンツェ家存亡の危機とかそういうレベルになって始めて考慮する選択肢であるが。
「そうなんだ。……それじゃあ、やっぱり融和路線かな? レヴィオス家としてはクオルデンツェ家の拡大を許容したくないとは思うけれど。きっと、今回の社交では対シュピアゼイクの戦争を終わらせようと画策してたはずだよね。急ごしらえの策にはなるけど、やっぱり拡張を抑え込む方向の……」
色々と考えを巡らせるプルーメには悪いのだが、いかんせん思考が追いつかない。
主祖の治癒によって体は無駄に、気持ち悪いくらい元気になっているのだが、心はまだまだ疲れ切っている。
「あまり内政干渉しないで欲しいよな。貴族の独立ってお題目はどこにいったんだ、ここはレヴィオス王国だぞ……」
侵略戦争は果たして内政なのかと一瞬考えたが、まあ、グローバル時代ならばともかく現在のエルオ大陸の文明レベルなら戦争を内政のひとつに含めてしまってもあながち間違いではあるまい。
「やっぱり、まだ疲れてる?」
疲れてはいるのだが、どちらかというと話は続けたかった。
俺がそれを率直に告げると、プルーメが自分の考えを語り始める。俺は聞き役に徹して良いということだろう。
彼女も、自分の考えを誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。
「……蛇の牙作戦で、クオルデンツェの次代が戦争に強いことは王国貴族には知られていたはずよ。でも、それはきっと軍の動かし方がうまいとか、主祖の戦いに臨める胆力があるって意味で認識している人が多かったと思うの。だって、ウィルの本当の魔力量を知っている人なんてほとんどいないもの。派閥の貴族たちも知らないわ。対面して魔力量を推し量ることはできても、絶対の確信は持てないから」
「だろうな」
「それが今回、魔力放出の形ではっきりと示されてしまった。きっと、レヴィオス家は『西のオルシアン』がいるって思ったはずよ。そうなったら、どうなるかしら?」
「ボコボコに負けたレヴィオス軍よろしく、その西のオルシアンとやらはシュピアゼイク軍を薙ぎ倒していきそうだな」
だが、実際にそんな展開は待っていない。
考えなしのオルシアンならともかく、俺は理性ある平和主義者だ。種も仕掛けもない魔力任せのゴリ押し作戦なんて、まっぴらごめんである。
そもそも周りが過保護な人間だらけなので、そんな無茶な侵攻にはNGが出るはずだ。
「あんな暴れ馬みたいな貴族だと思われてしまうのか……」
こんなに行儀良くお貴族様しているっていうのに、ひどい印象操作である。
「レヴィオス家には優れた隠密がいるそうだから、それだけでウィルの性格まで判断するとは思えないけどね」
カラハナッソ市で俺の周りをウロウロしていた隠密たちが、クオルデンツェ・ウィルクは立派な貴族であると報告を上げていることを祈った。
「でも、オルシアン姫とウィルだったら絶対にウィルのほうを警戒するわよ? 家の格が違うもの」
「それは確かに」
「ええ。ミレンドルヴァ家なんて、たかだか80年程度の歴史しかない新興貴族……それも、所詮はレヴィオス家の枝葉でしょ。それに比べてクオルデンツェ家は動乱期を生き抜いた歴史ある大貴族だもの。それも、ジンカーエン帝に近しい位置にある司祭系の貴族……そんな貴族家がオルシアン姫に匹敵する武力を有していると判明したら、とても楽観できないわ」
シルオペア家にはクオルデンツェ家に匹敵するほどの歴史がある。そのためか、新興の貴族家に対するプルーメの評価は若干厳しめだった。
「もちろん、レヴィオス家だけじゃないわよ。ゼルドミトラ家やアテラハン家、中小規模の貴族家もクオルデンツェ家に対する方針は抜本的に見直すことになるんじゃないかしら。既に派閥傘下の貴族家も、より連携を深めたいと考えることになるわ。……これまでのままではいられないのよ、どこも」
シルオペア家も何かしら考えなければならない、そう言っているようにも聞こえた。
「それに、聖統の故事を知っていれば色々と考える人もいるはずよ」
「聖統、か。それに関係する……かわからないが、ひとつ話がある」
そこで俺は赤頭巾が立ち去る間際に告げた「始祖」について話をすることにした。
「……というわけなんだ」
まさかの言葉にプルーメは一瞬考え込んでから、俺に質問をした。
「赤頭巾の女性の言葉、ウィルはどう思う?」
この疲れた体ではあまり触れたくない単語であったが、これについては遅かれ早かれ考えざるを得ないだろう。
「ありうる話だと思うし、信じる人もいると思う」
「それはどうして? 魔力のぶつけ合いならウィルの勝ちだったよね?」
あまりオルシアン始祖説を広める気にはならないのだが、これから社交に出るのであればすぐに気がつく人間は出てくるだろう。
ここで隠すことにあまり意味はない。俺は覚悟を決めてプルーメを見た。
「プルはペニーバッハ領旗って見たことあるか? 本物の方な」
話のつながりが不明瞭な質問に対し、彼女は質問に質問を返すことなく答える。
「次期当主に指名された時に見せてもらったわ」
「そうか。実は俺もついこの間、ニューネリー領旗を見せてもらったんだ」
そこでプルーメは少し待ってとばかりに考える仕草を見せる。
それはごくわずかな間であったが、次に彼女が口にした言葉は俺の意図をよく読み取ったものであった。
「きっと、旗の作りは似ているのでしょうね……」
シルオペア家はクオルデンツェ家同様、ゼス教聖高会の高位司祭を源流とする貴族家である。
初代であるシルオペア司祭がペニーバッハ市の統治を聖高会に許可されたときから、貴族としての歴史をスタートさせている。
「……青、白、赤を背景に、市章かしら」
「さすがプル。話が早いね」
聖高会から渡される統治許可証でもある領旗は、デザインのテーマが定められている。
ニューネリ領旗とペニーバッハ領旗はその共通テーマに沿って作られているため、見た目は似たようなものになるのだ。
「ねえ、オルシアン姫の容姿をよく聞いていなかったのだけど、教えてもらえる? 髪の色と、両目の色がとても気になるの」
授業中に先生に指されて自信満々で起立する女子中学生。なんとなく、今のプルーメを見てそんなイメージが頭に浮かんだ。
「左目は叡智の青、髪は純粋無垢の白、右目は慈愛の赤。……司祭に言わせたら、こうなるかな」
俺から見て、オルシアンの目は左が赤で右が青だった。つまり右目が赤で、左目が青だ。
その言葉に、プルーメは目を見張らせた。
ゼス教の象徴となるカラーは、青・白・赤の三色である。
伝承によれば、これはゼス氏の左目、髪、右目をそれぞれ表しているという。
そしてこのゼス氏こそが、人間族の隷祖・従祖・主祖に該当しな血統「始祖」であると言う伝説が存在するのだ。ゼス教聖高会では「始祖ゼス」と呼称する司祭も多いという。
あまり現代貴族的に褒められた呼び方ではないため、プルーメは俺に顔を近づけて小声で言った。
「始祖、ゼス……?」
近づいたことでビスチェが描く乳房の曲線がすごくよく見えた。ありがとうゼス教聖高会。
「見た目は伝承の通りだったぞ。いや、性別は違うか」
俺はゼス氏に関する奇跡の類はほとんど信じていなかったし、始祖など眉唾ものだと思っていた。
……さっき、オルシアンに出会うまでは。
「え……ちょっと、待って。始祖……? 本当に? だって、それは伝承に過ぎないでしょう……?」
プルーメの反応は、貴族の反応として正しいものだと思う。
司祭たちが盲信するくだらないおとぎ話。始祖という単語にはそんな印象しかないのだ。
「見た目の話だよ。ゼスが起こしたという奇跡の業は見ていない」
「でも、あの魔力量……いえ、でも……あれはウィルと同じくらいだし……そのウィルは間違いなく主祖だよね……? 始祖なのに……?」
俺はすでにオルシアンが始祖に属する存在であるとほぼ確信している。
ただ、実際に対峙した俺がお墨付きを出してもろくなことにはなるまい。プルーメも信頼できるとはいえシルオペア家の人間だ。事実以上のことは言うべきではないだろう。
「どちらにしても、確かめる方法がない。プルの言うように、伝説の存在だから」
いにしえの時代、ベルマーナ地方を支配する操の民は非常に強力な民族であった。
後世の研究家によると、主祖同士の交配に積極的であったことがその繁栄に大きく関わっているという。
それまでのエルオ大陸では、主祖は一代限りで消えていったそうだ。要するに、祝福の子が好き勝手に地方を統治して死後は次の祝福の子が現れるのを待つだけの時代だったということだ。もっとも、この説を証明する文献があるわけでもなく、歴史家の想像の話なのでどこまで正しいかはわからない。
操の民は、主祖の血統を維持する思想を生み出し、強固な支配体制を構築した最初の民族なのだ。
ゼス教の開祖でもあるゼス氏は、そんな操の民が支配するベルマーナ地方の下級部族に生まれた祝福の子であった。
祝福の子を「新しい血の来臨」と考える操の民は、ゼス氏を出身部族の中から引き離し、自らの民族に取り込むため高度な教育を施した。
どこかの部族にたまたま主祖の子が生まれたところで、それは単独の存在だ。例え教育が失敗し反旗を翻したところで主祖の血統を保持する操の民には敵わない。
果たしてゼス氏はどのようにして操の民を駆逐したのか。
これは教典に至極当然のように記述されている。
いわく、始祖と主祖、始祖と従祖、始祖と隷祖、そのどのパターンでも生まれる子は主祖になるというのだ。
ゼス氏は大陸を旅する中であちこちに現地妻を作り、種蒔きに興じた。祝福の子らしい腰の振りっぷりである。
やがて大陸放浪の旅を終えると、ゼス氏は故郷であるベルマーナ地方に戻る。そこで自身の出身部族に号令をかけ、数多の実子を加えて武装蜂起をしたのだ。
大量の主祖に加え、圧倒的な魔力を持つ始祖のゼスは、瞬く間にベルマーナ地方を平定した。そしてその中心地を聖都マグアオーゼとし、ゼス教聖高会を創設したのである。
もっとも、その後は自分の出身部族がバカすぎて、にっちもさっちもいかなくなった。
ある意味で当然である。ゼス氏の出身部族は非支配階級であった。操の民のように主祖を束ねるノウハウも、従祖を効率的に使役する技術も持ち合わせていなかったのだ。
試行錯誤の末、ゼス氏は操の民の有していた主祖の存在を前提にした統治機構を流用し、ゼス教聖高会をブラッシュアップしていくことになる。
なお、このときゼス氏の実子の中でも特に信頼されていた子供達はそれぞれに家を持つことを許された。
ゼス氏の正統なる後継者……聖統と呼ばれる家系の者たちは、並の主祖を凌駕する魔力量を持っていたとも伝わっている。ただ、数百年の時の流れの中でその魔力量は失われ、現在は家名くらいしか残っていないそうだが。
「オルシアン姫が始祖というなら、一つだけなら確かめる方法があるけど……」
「それは無理でしょうね」
俺の言葉に、プルはきっぱりと断言する。
始祖であることを確かめるのなら簡単だ、オルシアンと隷祖の平民が交尾をすれば良い。
それで生まれる子供が従祖でなく主祖であれば、オルシアン始祖説が証明されることになるのだ。
もちろん、ミレンドルヴァ家がそのような暴挙を許すとは思えない。
弱っちい隷祖の精子を受け入れるなんて、貴族のお姫様からしたら最悪の不名誉、汚辱だ。
まあ、オルシアンは元平民だから別にその辺りはどうにでもなりそうな気がしないでもないが。
しかし、オルシアンが女性でラッキーであった。
これがもしゼス氏と同じく男性であったら、ミレンドルヴァ領の軍事力がとんでもないことになっていただろう。恐怖の主祖ラッシュが始まってしまうところだった。
「始祖、オルシアン……か。本当、困ったものね。それにその赤頭巾の女性の正体も気になるところだわ。怪しすぎるでしょ」
「対応した文官によると、レヴィオス家の客人とのことだ」
オルシアンとの睨み合いで疲弊した俺は、赤頭巾の正体を確認することができなかった。
ただ、うちの文官はそのあたりはキッチリと対応していた。当然といえば当然だ。クオルデンツェの庭に正体不明の人間が立ち入って良いはずがない。
「いずれ王城に父と俺を招待するので、挨拶はその時にさせてもらう……とか言っていたそうだ。レヴィオス家の騎士がそれ以上の詰問を制したことから、重要な客人であることはわかったが」
王城に招待すると言えるのは、レヴィオス王ないしはレヴィオス家本家の人間が認めた客人ということだ。
むやみに事を荒立てることは得策でないと文官は判断し、それ以上の問答ができなかったそうだ。
「そう……。ごめんね、気が重くなる話ばかりしてしまって」
「いいよ。一人で考え込むよりずっと気が楽だ。社交では一緒に苦労しようじゃないか」
そこで難しい話はお開きになり、その後はただの雑談タイムと相成った。
やはり可愛い女の子と話をしていると、気力が充実するものだ。
プルーメがシルオペア邸に帰る頃には、俺は普段の元気を取り戻していた。