The Most Heretical Last Boss Queen Who Will Become the Source of Tragedy Will Devote Herself for the Sake of the People
363. My brother-in-law squats.
…やっと謎が解けたと思った。
あの時も、プライドが泣かされたことに関しては何かを含んでいるとは感じてた。そしてさっきのプライドの発言とティアラの慌て様から確信に変わった。
『違うの!今のは兄様のクッキーの話じゃないから‼︎』
今の〝は〟ということは、少なからず俺の分もあったということになる。
プライドのことだから、アーサーの分の料理をした後に余った時間で菓子でも作ってくれていたのだろう。そのくらいは軽く察せる。…同時にそれを食べ損ねたことに関して怒りが湧くが。だが、せっかくのアーサーの昇進祝いにこんな苛立ちをいつまでも持ち越しては駄目だと気を取り直そうとした時だった。
「……ほ、本当は、…これも最後に渡すつもりだったんだけど…。」
何故か少し照れたように笑うプライドに俺まで緊張してしまう。女性らしいその仕草や笑みにそれだけで動悸が速まった。話の流れから、その包みの中身は察しがついてしまう。それでも
「………摂政業務、いつもお疲れ様。私とティアラからよ。」
優しく笑んでくれるプライドが、俺個人に差し出してくれた品にそれだけでも目を疑う。
プライドもティアラも、俺が王配業務を並行し始めたことは知らない。いや、それ以前にセドリック王子の摘み食いの時点でこれを贈ろうとしてくれたということは、本当に何も俺を祝う理由なんてなかった筈だ。
プライドに断りを入れ、我慢できずにその場で包みを開く。動揺しているのを見られたくなく、必死に取り繕うがおそらくプライドやティアラ、アーサーにはバレているだろう。
包みを開けると、ふんわりと微かに甘い香りが漂ってきた。それだけで目の前にいる筈の二人の笑顔が脳裏に過って期待に胸が膨らんだ。包みの口に軽く指を入れ、中を見やすく開けばそこには
…可愛らしい、笑顔の少年を模したクッキーが入っていた。
それも、何枚も。
一枚作るだけでもどれ程に手間だったか。しかも、一枚手に取って包みから出してみればー…、……いや。単に俺の思い過ごしや自惚れかもしれない。だが、やはり見れば見るほどそれは
「お前の顔じゃねぇか。」
ぼんっ、とアーサーの言葉に一気に熱が上がる。
思わず振り向けば、アーサーが俺の真横に顔を突き出してクッキーを覗いていた。やはりアーサーにもそう見えるか。あまりの事に言葉が出ず、無言でアーサーを見返せば俺の顔を見ながら楽しそうに「すげぇよく似てる」と笑いかけられた。
顔がだんだんと更に熱くなり、クッキーを包みの中に戻してまた別のを一枚摘む。少し顔つきが変わっていたがやはり笑った俺の顔だった。細かに眼鏡まで再現してある。
「時間がたくさんあったから、いっぱい焼いてみたの。多過ぎちゃったらごめんなさい、でも美味しいうちに食べてくれると嬉しいわ。」
いや、食べるの自体無理だろう⁈
明るく言ってくれるプライドと笑顔で頷いてくれるティアラに、言いたい言葉を喉の奥で必死に抑える。
こんな可愛らしい上に俺の顔までかたどってくれた菓子、勿体無くて食べられる気がしない。どう答えれば良いかもわからず惑っていると、ティアラがプライドの隣から「たくさんあるから一、二枚くらい食べても大丈夫よ」と笑った。
尤もなのだが、それでも勿体無くて躊躇う。だが、このまま惑い続けているとティアラが以前の菓子パンの時と同じ提案をしてきそうだと頭に過ぎり、仕方なく一枚を摘み齧った。カリッと、良い音が歯に伝わり、咀嚼すればするほどに口の中に甘さが広がる。喉を通し、余韻に浸ればまだ口の中にはくすぐるような甘さが残ったままだった。
「…とても、美味しいです。……本当に、ありがとうございます。」
…何でもない日に貰える贈物が、こんなにも嬉しいものだとは。
そう思った瞬間、ふいに九年前のことを思い出して込み上げた。喉の奥に力を込めて堪えれば、突然背中を叩かれて一気に引っ込んだ。振り返ればアーサーがわかったようにこっちを見て笑っている。俺と目が合った途端、嬉しそうに笑みを広げてきた。
「全部食うの勿体ねぇな。」
しししっ、と歯を見せて笑い掛けてくるアーサーに、完全に全部読まれていることを理解する。少し悔しくなり、包みからクッキーをもう一枚摘んでアーサーの口に放り込んだ。「ンがっ⁈」と面白い声を漏らすアーサーが、クッキーを口に含んだ途端、無言になる。カリカリもぐもぐと音を立て続け、アーサーの顔を覗けば丸くした蒼い目が光ってた。
「美味いだろう?」
勝ち誇って言ってやる。意識せずとも自身の口端が引き上がる。アーサーに笑いかけるとゴクンッと喉が鳴った後に「すげぇ美味い」と言葉が返ってきた。
プライドとティアラがその言葉に嬉しそうに顔を見合わせて笑った。…その直後「っつーか!それ全部お前の分だろォが!」とアーサーに頭を鷲掴まれたが。
「残りは大事に食べさせて頂きます。…これからも頑張ります。」
アーサーの手を払い、プライドとティアラに改めて向き直る。二人とも嬉しそうに笑いながら「どういたしまして」「頑張ってね」と返してくれた。…本当に、俺は幸せ者だとつくづく思う。
「本当に、こんなに精密によくできましたね。」
クッキーを摘むのも勿体無くて、包みを開けて覗く。甘い香りと共に俺の顔がこっちを見て笑っていた。
「ティアラがすごく器用だったの。お陰で上手くいったわ!」
「笑顔にしたのはお姉様の案なのっ!お陰ですっごく可愛くできたわ!」
俺の投げかけにプライドとティアラが目をキラキラして話してくれる。
アーサーの背後から気になるように顔を覗かせるアラン隊長達にも包みの中を開いて見せれば「おぉ〜‼︎」と声が返ってきた。その反応に嬉しくなってしまい、思わず顔が緩むとアーサーに「いま、クッキーとすげぇ同じ顔してる」と言われて一気に恥ずかしくなる。必死に顔を引き締めると、気づかれてアラン隊長達にまで微笑まれた。すると今度はプライドまでもが「ほんとねっ!」と嬉しそうに笑ってくるから余計に顔が熱くな
「ステイルの笑顔、私大好きだわっ!」
〜〜〜〜っっ‼︎‼︎
ぼんっっ‼︎と身体全体が破裂するように熱に見舞われる。「私もですっ!」とティアラの声も聞こえたが、何故か二重音のようにぼやけて聞こえた。
若干目眩もする。顔が熱くて熱くて、唇を必死に引き絞って耐えるが耐え切れない。せめて手の中のクッキーを包みごと割らないようにだけ細心の注意を払う。
眼鏡が曇ってプライドの笑顔に霧がかる。眩しい彼女の笑みが見えないと思っていると突然横から眼鏡を奪われた。見れば、アーサーが俺の眼鏡を手に悪戯っぽく笑い掛けている。「良いツラじゃねぇか」と言われ、今度こそ何も言い返せなくなる。
「…わ、……割れたら困るので、…一度置いてきます…。」
だめだ、アーサーどころかプライドとティアラに礼の言葉すら出てこない。せっかく視界が開けたのにプライドを直視できず、包みへと視線を落としたままだった。それでも俺の言葉にプライドとティアラから明るい返事が返ってくる。
包みの口を折り、一度俺の部屋に瞬間移動する。包みだけでも移動できたが、ちゃんと机に置いて確実に安全を確保したかった。それに何より
「〜〜〜〜っ……不意打ち過ぎるっ…‼︎」
包みをテーブルに置き、その場に膝を抱えて踞る。勢いあまって膝に額を打ち付けたが、構わずその体勢のまま固まった。
あまりにも、不意打ちだった。
今日はアーサーの祝いの席だと思っていたというのに。まさかこの俺までもがこんなことをしてもらえるとは思わなかった。その上、アーサーどころか近衛騎士にまで緩み切った姿を見られてしまった‼︎
恥ずかしい、嬉しい、恥ずかしい、嬉しい、嬉しい嬉しい嬉しい嬉し過ぎるっ…‼︎‼︎
誰も見てないと思った途端、顔の火照りも緩みも治らない。まずい、早く戻らないと怪しまれる!
必死に自身の頬を叩き、引き締まれと言い聞かせる。
深く長く深呼吸を数度繰り返し、やっと落ち着いた。眼鏡の縁を押さえつけようとして、そこでやっと今何も掛けていないことに気がついた。…アーサーめ。
時計に目を向ければ、〝そろそろ〟だった。
改めて戻らなければと気を取り直し、最後にもう一度深呼吸した後に今度こそ瞬間移動をする。視界が切り替わり、見慣れた部屋から明るい祝会場へと戻った。
「ステイル!遅かったわね。」
心配したわ、と笑い掛けてくれるプライドを正面から迎え、俺からも笑い掛ける。
「申し訳ありません、プライド。うっかり書類を机から落としてしまって。」
「どんだけ焦ってンだ。ほら、まだ料理あンぞ。」
アーサーが背後から俺に奪った眼鏡を掛けてきた。そのまま流れるようにテーブルに置いたままだった皿を勧めてくる。
若干ずれた眼鏡を今度こそ指で押さえながら位置を調整し、皿を受け取る。時間が経って冷めてしまったが、美味しそうなのは変わらない。フォークに刺し、早速味わえば先程よりも沁みてこれはこれで美味だった。
「そういえば兄様。そろそろじゃないかしら?」
ティアラがアーサーの私物の山の上に置かれた時計を眺めながら尋ねてくる。
俺もさっき確認したから時間はわかっていた。そうだな、と一言返すとアラン隊長達もそれぞれ一度皿をテーブルに置き、扉の方へと振り返った。プライドも気がついたように扉の傍まで歩み寄る。ヴァル達は変わらず食事を続けていたが、俺達の視線が集中して変わったのに気づき、視線だけは同じ方向に動いた。アーサーだけが置いてかれたように「そろそろって…?」と全員の顔を見回した。
コンコン、と。
見計らったようにノックの音が鳴る。
プライドとティアラが扉を開けようとすると、エリック副隊長が「ここは自分が」と扉を開ける役を担ってくれた。戸惑う様子のアーサーに敢えて誰も答えず扉が開かれた。
さっきの眼鏡の仕返しにアーサーの肩に手を置いて顔を覗いてやる。同時に、プライドとティアラが声を揃えて今夜最後の来賓を迎え入れた。
「お待ちしておりました。騎士団長、副団長。」
次の瞬間、他の騎士達と同様にアーサーの背筋が一気に伸びた。…………ざまあみろ。