The Peerless Kobold (WN)

Dog Demon Banquet

「なるほど、うちの領内に棲む犬人族も極稀(ごくまれ)に先祖返りしておったな」

「ん、コボルトがいるのか?」

ごく自然な流れで同族の話がディウブの口から出てきたので、バスターが反射的に聞き返す。

ただし、それは冷静に考えると自然なことであり、地火炉(じかろ)で串焼きにされたマス科の川魚を俺に差し出しつつも、したり顔のウルドが黒髪の大男を一瞥した。

「当然です、うちは領地の大半を肥沃な森林地帯が占めますので…… 実に素晴らしい土地ですよ」

「はッ、イーステリアの森も負けてねぇよ」

「むぅ、本当ですか?」

追及の言葉と一緒に手渡された串焼き魚を “売り言葉に買い言葉” で応じたバスターも受け取って、適度に焼けた白身を皮ごと豪快に噛み千切る。

咀嚼(そしゃく)して破顔した奴は肴(さかな)の旨さに意識を奪われたらしく、会話を続けようとしたウルドが適当にあしらわれているのを眺めていたら、何やら隣からじゅるりと涎を啜る音が聞こえた。

「ん、がるぐあぉおおん (ん、これダガーさんの)」

「がぅっ♪ (がぅっ♪)」

「グゥッ、ワゥファオォン! (もうッ、はしたないわよ!)」

座り込んで太腿の間に両掌を突いていたマリル(偽)が前屈みとなり、そのまま狼少女が向けた焼き魚の串に齧り付いてしまったため、兄として少々恥ずかしく思いながらも今度は此方(こちら)が人狼族の暮し振りを聞いていく。

先程の話にもあったようにデミル領は森の恵みが豊富な土地柄に加え、確か北側に “黒海(くろうみ)” と面した港町があった筈だ。

仄(ほの)かに酔いが感じられる状態で前世の記憶から旧アトス時代の地図を引っ張り出し、手酌酒を飲んでいたディウブに沿岸部の様子なども聞くと、やや感心した態度で自慢げに話してくれる。

「銀狼殿は中々にアルメディア王国の地理に詳しいな、黒海(くろうみ)は多種多様な食用魚が取れる。変わった物だとチョウザメの卵なんかも手に入るぞ、西方諸国の連中は食った事ないだろう?」

「確かに西側には無い食文化だ、あちらだと食べるのは主に身だからな」

軽く頷いて知らない振りをしたが、黒海(くろうみ)や白海(しろうみ)の沿岸にある漁村の酒場で普通に出てくるし、酒やチーズに合うため飲兵衛(のんべえ)な砂漠の傭兵らには割と有名な食材だ。

それでもリアスティーゼ王国から来た俺が知っていると不自然なため、此処(ここ)は話を合わせて相槌(あいづち)など打っておく。

「共和国との紛争が終わればデミル領に立ち寄ると良い、歓迎させてもらおう」

「どうするんだ、大将?」

「まぁ、時と場合によるさ」

旅立ちの前日に集落の巣穴で一夜を共にしたミュリエルから、“早く帰ってきてね” と釘を刺されているため、余り自由放蕩(じゆうほうとう)に振る舞うのも気が引けてしまう。

(他の仲間たちも気掛かりだし、いつまでも放任していたら温和なアックスは兎(と)も角(かく)、神経質なブレイザーが怒り兼ねない)

それもあって言葉を濁しつつ杯を煽(あお)った直後、ディウブは気楽な態度でさらりと今夜の本題を切り出してくる。

「ところで次の戦だが、儂らと行動せんか? 大神(オオカミ)の使徒たる銀(・)狼(・)殿がいれば、うちの若い連中も勢いづくからな」

「おいおい、傭兵の引き抜きかよ……」

「ははっ、アイシャ嬢には気の毒だがの」

悪びれなく杯を傾け、度数の高い蒸留酒を飲み干した老人が不敵に嗤(わら)うものの…… 此方(こちら)は彼女の父親であるウィアドと約束を交わしており、戦場にて血気盛んな御令嬢を護らねばならない。

当初依頼されたアレクシウス王の血縁である彼女と母親を戦時疎開させる件に際して、既に二人が残留の意思表示をした以上、彼(か)の人物にはハーディ家の当主として一筆書いてもらう必要があった。

(流石に手ぶらでは帰れんからな……)

仲介役のエルネスタが冷(ひや)やかな暴風を吹かせる様子など脳裏に浮かべ、ディウブの誘いを受ける訳にはいかないと再認識する。

思えばアイシャに雇われてザトラス領軍で参謀代わりを務めるのも、縁ある者たちとの関係性を重んじた結果であり、軽々(けいけい)に立ち位置を変えるのは性分に合わない。

「すまないな、俺たちも色々と事情がある」

「そうか、実は将軍などしておる小僧(ダウド)から厄介事を頼まれておってな」

白い顎髭(あごひげ)を撫でて少し思案顔になった相手の傍へ、すすっと音も無くウルドが近寄って耳打ちし始めたが…… 幾ら小声でも犬系種族の聴力は伊達じゃないので全員に筒抜けだ。

酔(・)い(・)で化けの皮が剝がれたのか、艶やかな狼少女の頭髪からケモ耳が生えているあたり、本人は内緒話のつもりなのだろう。

なお、酩酊状態でも聞こえてきた内容は正鵠(せいこく)を射ており、的確に外堀を埋めてくるのが恐ろしい。

「ふむ、最初からそうしていれば良かったのか……」

「好きにしてくれ、将軍の勅命(ちょくめい)ならアイシャも拒まない」

可愛らしい “どや顔” でケモ耳をピコピコさせているウルドから視線を外し、零れ掛けた溜息を蒸留酒で喉へ押し戻す。

その口振りからして王国軍の総指揮を執るダウド将軍とディウブは浅からぬ縁があるようなので、状況次第ではあれども遠からず領軍の配置変更が行われ、騎士令嬢麾下のザトラス領軍はデミル領軍と組むことになる筈だ。

(マイラスたちとは別行動になるが、致し方無い)

戦場で轡(くつわ)を並べた彼らが次戦の連携にも言及していた事を思い出し、やや残念に感じつつも杯を傾けていく。

今暫(いましばら)く人狼族との交流を深めた後、いつの間にか領主の天幕で雑魚寝していた俺は朝方に目覚め、周囲に転がっていた仲間を促(うなが)してザトラス領軍の野営地へと引き返していった。

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