何より一番驚いてしまったのは俺だった。

一体どうやって……その言葉が出てくるより早く、ブレイザーは答えを出してくれた。

「アイリーン様の協力があったんだ」

その言葉だけで大抵の事は理解出来た。だが、アイリーン自身はそういった契約に支障はないのだろうか?

これは後程確認する必要があるだろうな。

「そうか……しかし、あのイデアとミドルスがねぇ。だが、魔法大学を卒業する人間がチーム入りとなると、心強くはあるがちょっと危うくないか?」

「確かにな。国から目を付けられる心配はある。一体どうやって引き抜いたのか……とな」

俺の懸念にブレイザーが肯定する。

「まぁ、そっち方面で問題が起きたら俺たちで対処すっから気にする事じゃねーよ」

「だがブルーツ、このままじゃもしかしたら――」

「慣れたもんだよこんな事は。対モンスターが対人間になっただけだっつーの。それだけに、力だけの勝負じゃなくなってくるけどな。お前(め)ぇはお前(め)ぇで……やる事があんだろ?」

そう言ってブルーツが視線を端にずらす。

まったく、こういった察知だけは本当に驚かされるな。

玄関の階段を鳴らす足音が響くと、ピリピリとした空気が緩和されたかのようになる。

これも我が生徒の成長なんだろうか。良いムードメーカーに育ってくれた。

「ただいまー。って、やっぱり、長やお兄ちゃんたちも来てたの?」

「リナー! ララの畑見たいだろっ!? なっ、な!?」

「リナちゃんお帰りー!」

ナツとララが食堂の扉から我が生徒ことリナを出迎える。

軽く挨拶をするリードとマナ。そしてライアンとレイナは微笑んで迎えた。

器用なポチが万歳して喜ぶが、リナの方を向かず、視線がイツキちゃんの運んで来る食事に向いている。

お前、今どっちに喜んだんだ? 再会か? 食事か?

「ご飯ですー!」

知ってた知ってた。

ナツとララの手厚い出迎えが落ち着いた頃、リナは顔を上げて俺を見た。

どうやら戻って来ていた事に気付いてたような口ぶりだ。

遅くなったのであればこちらから魔法大学に行こうと思ってたんだが、急いで帰って来たみたいだな。

まぁ、どうせ後で出かけなくちゃいけないけどな。

「お帰りなさい。アズリーさんっ! ランクS、おめでとうございます」

「……ただいま、リナ。新四年生、おめでとう」

頭を下げるリナも、今日から四年生。魔法大学最後の年だ。

リナが頭が上げるまでの時間、小さな沈黙があった。俺とリナの間で聞こえる犬ッコロの咀嚼(そしゃく)音を除いて。

「ちょっとリナ~? 私もランクSになったんだけどー?」

「あぁわわ。ご、ごめんなさいベティーさん。ベティーさんもおめでとうございますっ」

「ま、ベティーは心配してなかったって事で許してやれよ」

「もう、そういう事にしとくわ。ほら、ここ座りなさい」

隣に座ってたベティーが立ち上がり椅子を引く。

どうやらここにリナを座らせるようだ。リナは小さく礼を言って、俺の隣にちょこんと立った。

「なんかすみませんベティーさん」

「いいのよ。私は私で新人との交流があるからね~」

そう言ってベティーがアドルフ、マナの間に座る。

「それって、どういう事ですか?」

リナは見上げ、顔を覗くように俺に聞くと、俺は着席を促しながらその話をした。

皆の銀加入にリナが驚いた頃には、皆の食事の配膳が終わっていた。

皆で食堂の大テーブルを囲み、いつも通り行う神への祈り(、、、、、)。目の前に運ばれてきた食事に感謝し、食す。

これが毎晩悪魔に捧げられていたらと思うと、いやぁ……考えたくないなぁ。

「どうしたんですか? アズリーさん?」

「え、あぁ、そういえばさっきティファが俺の部屋で寝ててな。起きた途端、すぐに出て行ったんだが…………何かあったのか?」

その時、一瞬で食堂一帯を魔力が包んだ。

皆が口に運ぶ食事を止める程に、強烈な魔力だった。敵意はない。ただ……とてつもなく不穏なだけだ。

そう、何故だかわからないが…………魔力の発生源は俺の隣で手に持つグラスにヒビを入れているリナさんだった。

…………おや?

「へぇ……ティファが…………アズリーさんの部屋で………………」

衝撃という言葉が適当だろう。

あのポチが食事の手を止めたのだから。

皆からの視線は、リナではなく俺に向けられ、唯一平然としているライアンは、「ほぉ」とだけ呟いていらっしゃる。

刺さるような視線……何だこの痛い視線は。

「あ、あの。どうやら疲れてたみたいだし……疲れちゃったんだろうな」

何で二回同じ事を言ったんだ俺の口は!

そもそも何でティファがあの部屋にいたかもわからないのに、俺が正しい答えを出せる訳がないだろうに!

冷たい眼差しが送られる中、俺は食事も忘れ、訳のわからないまま、様々なフォローをリナに入れていた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

まったく、断言してもいい。今日、世界で一番疲れたのは俺だろう。

止めどなく溢れるリナの魔力には本当に驚かされた。典型的な魔法士型の天才。

そういった印象を受けた程だ。ライアンは素直に成長を喜んでいたが、ブルーツは若干引いていた。

リナが部屋に帰ったあとブルーツは俺に言った。

「ありゃきっと怒らせたらベティー以上だ」

そう言ったブルーツは案の定ベティーに組み技で伏され、ララのカウントダウンで失神していた。

こんな恐ろしいベティー以上だとは……我が生徒恐るべし。

夜も更け、食堂には静けさがやってくる。食堂に残っているのは、俺、ポチ、ライアン、ブルーツ、ブレイザー、そしてツァルの六人。

ベティーは明日の朝食を担当するからと早めに自分の部屋に上がり、リードとマナも明日はギルドで仕事をするそうだ。

他の皆も寝静まった頃、俺たちはこの数日で起きた事件についての話を始めた。

「それでアズリー? あの黒いオーラのアサルトコボルトの件、何かわかったか?」

「情報が少なかったけど、それは黒魔術じゃないな。おそらく反魂法を応用した魔法だ」

「その反魂法とは?」

「「反魂法……死者を蘇らせる禁忌の法。蘇った者は知性や理性はなく、人間とは呼べない存在になるそうだ。私も話にしか聞いた事がないな」」

ライアンの問いにツァルが答える。

「胸糞悪ぃ話だなそりゃ」

「アズリー殿、その応用というのは一体?」

「反魂法ってのはそもそも、人間を蘇らせる類の蘇生魔法ではないんです。強力な魔力を使い、死者という器(、)に対してそれを注ぎこみ、操る魔法です。そしてそれは、自然界でも起きている現象なんです」

「あー、グールやゾンビ類のモンスターの事ですね、マスター?」

「そう、宙を漂う魔力が、人間やモンスターの死体に入り込んで動き出すのがそういったモンスターなんだ。で、その応用ってのはその対象を生者、つまり生きているモンスターを対象としたんだろうな」

「それではあの心臓がくり抜かれたモンスターたちの死体は?」

「「ブレイザー殿の言う通り。それではあの説明がつかないのではないか? アズリー殿」」

「反魂法自体がそもそも危険な魔法ですからね。それこそ、術者の魔力を全て抜き取られる程に。だからそいつは絶命して間もない、いえ、即死させない程度にしたんでしょうね。微かに生きている器を使えば魔力が残る。その魔力の残るモンスターの身体を使い、それをアサルトコボルトに注ぎ込んだのでしょう」

「なるほど、術者の安全のために代用という形でモンスターを使った」

ライアンの言葉に俺が頷くと、ブルーツは舌打ちをして不快感を表した。

「笑えねぇな」

「「ふむ、やはり……」」

「ならば時間的にもタイミング的にも…………あの男が犯人だろうな」

「我が故郷を狙った男……クリートか」

「でも何故そんな事をしたんでしょう? 事件の場で反魂法が行われたとすれば、狙いはこのベイラネーアという事になります。実力的にはランクAに満たないものだそうじゃないですか? ならもっと強いモンスターを使った方がいいのではないですか?」

恐ろしい事を考えつく使い魔もいたもんだ。

だが、言ってる事は正しい。

「狙いは読めないが……おそらくまだその魔法が完成していないからだろう」

「試験的な……という事ですか。それならばアサルトコボルトの片腕が最初から切断されていた事も、ランクCのモンスターを使った事も納得出来ますな」

「えぇ、ベイラネーアであればランクA近くとも倒せる人材は揃っている。証拠も残りにくくなりますしね。失敗したとしても勝手に冒険者が倒してくれますから」

「「かと言って王都に近ければそれはそれでまずい。なるほどな」」

「しっかし……その魔法が完成したとなっちゃ…………」

「……大問題だな」

ブレイザーの言葉に、深夜の食堂は更に静まり返った。