「アンタも誰だか知らんが、下手に相手を挑発するんじゃねぇぞ?」

「ねぇ、久瀬くん? そちらの方は誰かしら?」

「.........どこかでお会いしましたか?」

「あれっ? 僕もそんな気が.........」

「私は知りませんわ」

あの後、久瀬の仲介を経て、あの事件は何事も無く終了した。

───久瀬としても僕自身の心配はしてい無さそうだから、少なくとも僕が実力を隠している事くらいは分かっているのだろう。

まぁ、それでも未だに自分が上だと思っているようだが。

ん? 今の状況?

あの後、僕は皆に、

(頼む、他人のフリをしてくれ)

と、急遽念話をし、孤立。

ひとまず登録を終えた後に、わざわざ僕を見張っていた久瀬と合流。

その上で久瀬と大男と話し合っていると他の面々が集まってきた、という事である。

───ちなみに内心、めっちゃ焦ってます。

.........どうするよ、この状況。

ぱっと仮面の下であたりを見渡す。

仲間が来るまでは僕の事も警戒していた久瀬だが、今は仲間が来たことでほんの少し安心し、警戒が緩んでいる───まだまだ未熟だな。

同じく穂花。コイツは僕の正体を考えているようだが、そのせいで更に意識が散漫になっている。僕が敵だったらどうするつもりだ。

次に鮫島さん。.........いいんじゃないか? 僕のことを全く信用していないような、それでいて僕の心を見透かしてくるような目つき。十中八九嫌われるが、パーティに人一人くらいはこういう人物は居るべきだ。

そして御厨。コイツは危険だ。今もメガネをクイッと上げて太陽の光を反射させてくる。きっと太陽光で僕の目を焼くつもりなのだろう。まさかここまで早く吸血鬼だと気づかれるとはな.........。見くびってたぜ。

(いや、偶然でしょ? そもそもまだ誰にも吸血鬼だってことすら気づかれてなさそうだし)

何故か頭の中に響く恭香の声。

───君はあれですか、友人の初デートに張り切って、尾行しながら忠告や助言を随時伝える、って噂の悪友か?

(誰それ? 嘘でも聞かされたんじゃない?)

久瀬の野郎.........っ!

そんなことを考えている間も話は進む。

「それで? アンタ、名前は?」

ぶっきらぼうに久瀬が、そう聞いてくる。

ここで『ギン=クラッシュベルって言います』とか言うほど僕も馬鹿ではない。ここは大会に登録した偽名を使うことにした。

「ぬぬ? 我輩の名は、シル=ブラッド。通りすがりの一般人ですぞ?」

ギン→銀→シルバー→シル

と、

吸血鬼→血→ブラッド

を併せて、シル=ブラッド。それが僕の考えた偽名だ。

少し考えれば分かるだろうが、まぁ、それでも見た目が全然違う上に、仮面をとったとしてもそこには別人の顔があるように変身してある。

正直、コイツらが今の時点で僕に気づくことはないだろう。

その考えは外れることはなく、

「へぇーシルさんって言うんだねー、僕は桜町穂花、って言うんだよっ、よろしくねっ!」

「害意はなさそうね......私は鮫島よ。よろしく、ブラッドさん」

「どうやら勘違いのようですね。あなたも武闘会に参加するならばライバル同士、ということになる訳ですが、まぁ、よろしくお願いします。僕は御厨です」

完全に騙すことに成功した。

───ほかの奴らもなんか言ってるが、以下省略という事で。

何だかあまりにも呆気なかったので、少しおちょくってやることにした。

───少しで済めばいいのだが。

「ええ、よろしくお願い致したい。ところで貴方がたは黒髪の時代.........ほうほう、なるほど、彼(・)を探してここまで......ご苦労さまでしたねぇ」

「「「「────ッッ!?」」」」

僕が放ったある言葉に対し、驚愕をみせる一同。

「そ、それはどういう......」

「残念な事に、彼は大会には出場しませんぞ? 少なくとも大会出場者の中に彼の名前は無いようですな」

その言葉と同時に「はーい! 只今をもちまして大会の登録を終了させていただきます!」と、受付の方から聞こえてくる。

───さて、どこまで騙せるか。

「クフフ、やはり(・・・)無いようですな。我輩はかの有名な『執行者』殿と再戦をしたくここまで来たのですが.........取り越し苦労だったようですな、クフフッ」

その言葉と同時に臨戦態勢に入る、勇者たち。

流石に僕がヤバイということくらいは察したようだ。

「.........アンタ、一体何者だ?」

目を鋭くした久瀬が、そう話しかけてくる。

その手は腰に差された刀に伸びており、その構えは......

「ほう、抜刀術。かの日本とやらで発達した技術。クフフッ! どうやら貴方がたも面白そうだ」

ビクッ、と反応はしたが、流石に驚きを表に出すほど未熟じゃないか。

まぁ、今の騎士組と同等、って所かな。

「貴方、何者なの? 何故銀さんを知っているの? そもそも...」

「一気に質問されても答えに困りますぞ、鮫島美月(・・)嬢?」

鮫島さんは僕に下の名前までは言っていない。

───彼女たちなら僕の違和感に気づくだろう。

「.........最後にもう一度聞く、お前は何者だ?」

どうやら久瀬も、僕を危険だと判断したようだ。

───だけど、少しその判断は遅いし、間違ってる。

「ふむ.........我輩に攻撃しようとするのは良いのですが......その折れた剣(・・・・)で、何をするおつもりで?」

「折れた......? 何を言って.........へ?」

ふと気付けばあら不思議。

久瀬が構えているのは折れたエクスカリバーの模造品。

逆に先程までステッキを握っていた僕の手には、どこかで見覚えのある、ひと振りの刀が。

───僕を捕まえたいならば声などかけずにさっさと攻撃すればいいのだ。正々堂々などクソ喰らえだ。

「おっと、失敬失敬。この程度の手品すら見破れないようでは、彼からの伝言(・・)も伝える必要もなさそうですな」

そうして、

「クフフッ、では改めまして。我輩の名はシル=ブラッド。しがない旅の手品師である。......おっと、そう言えば言い忘れておりましたな」

───僕は、彼らにとある嘘を植え付ける。

「クフフッ、我輩、大抵何でも知っている」

☆☆☆

「.........ほんとにアンタ、何者だ?」

「クフフッ、敵でもなく味方でもない、とだけ言っておきましょうか」

時と場所は変わり、夕刻、とある喫茶店───と言うか酒場。

この場所に居るのは、僕と勇者一同に、何だか見知らぬシスターさんを加えた計十八人。

全員で二つの長机を占領して料理を頼んでいた。

何故こんなことになったか、と言えば、

僕はあの後、刀を返してその場を去ろうとしたのだ。

───しかし、

「ま、待ってください!」

と、呼び止められてしまった。

「あ、あの! 僕たちはもうあなたについて詮索しませんから、せめてその、銀からの伝言を教えてもらえませんか?」

そう話しかけてきたのは死神ちゃん曰く僕の親友、穂花であった。たしかに下の名前で呼んでるし、確かにそうなのかもしれない。

「はて? 伝言? 何のことやらさっぱりですなぁ。そもそもその伝言とやらがあったとしても、我輩、貴方達のような弱い者に教えるつもりは毛頭ありません」

「ぐふっ!」

無い胸を抑えて倒れる穂花───実にわざとらしい。

そもそも伝言なんて嘘なのだ。

強いて言うならば、こいつらに伝えたいことなんざ「探さないでください」だけで十分だ。

だから僕は、それでは、と手をあげてその場を去ろうとした。

───のだが、

「おい、手品師! 教えてくれたら礼は...」

「それではこの街で最も美味しい夕飯を頂きましょうか」

以上、回想終了。

簡潔に言うと、食欲には勝てなかった、という事だ。

───食堂の隅っこに見知りまくった顔があるのは気のせいだろう。その全員がチラチラこっちを伺っているのも気のせいだ。

アイツらには隠し金庫の金を使って好きに飯を食ってきていい、って言ったんだがな.........?

(いやぁ.........たまたま夕食に入った所にギンたちが居たからびっくりしたよ......)

(あ、あれは話しかけない方がいいのじゃろ......?)

(クハハッ! あれが主殿の元ご学友かっ!)

(ふふっ、才能の塊、という言葉がお似合いですね)

「肉はまだなのであるか?」

「空腹は最高のスパイスって言うだろ? 料理を待ち遠しく感じてもそれを表に出すのはガキのすることだぜ?」

「ぬ? そうであるか。ならばエルグリットを見習うのである」

「ハハッ! そうかそうかっ! 流石はギンの(・・・)従魔だな!」

「はぁ、仮にと相手はEXランクですよ、国王様」

どうやら完全な偶然らしい。

───はぁ、嫌な偶然もあったもんだ。

しかも愚王(エルグリット)、こんな所で飯食っていていいのか?

───そんなことを思った時のことだった。

「......えっ? 今、銀って......?」

「国王、とも言ってたわね」

「.........突撃しますか?」

「いや、待て。あの中に銀はいないし、俺らの目の前にはコイツがいる。今動くのは得策じゃねぇ」

バッチリ聞かれていたようだ。

(お、おいお前ら......、今の会話聞かれてたぞ? ........頼むから本気で僕のこと誤魔化せよ?)

焦って念話をすると、全員から小さな頷きが返ってきた。

───ふぅ、これで何とか誤魔化せるかな?

裏でそんなに工作を行っていると、どうやら料理が運ばれてきたようだ。

「......コホン、俺たちがここしばらく滞在して見つけた中で、一番美味かった店の一番オススメの料理だ」

久瀬のそんな言葉と共に、とある料理が僕の前に置かれる。

「こ、これは......ッ!?」

僕はそれを見て、思わず驚愕した。

────だって、そこには.........、

「こっちの世界ではかなり珍しいが、海鮮丼(・・・)ってやつだ。こっちでは生食に抵抗があるらしいが、まぁ、食ってみろよ?」

もちろんなんの抵抗もなく完食した。

───久々の米に、少し感動して涙が零れそうになったのは秘密。

☆☆☆

「ふぅ、それではご馳走になりましたし、我輩はここで失礼させていただきましょうか」

口元の空いた仮面に換装した僕は、わざとらしくナプキンで口を拭き、サラッと帰ろうと立ち上がる。

───のだが、

「おっと、約束は果たしてもらうぜ?」

「ふふっ、さっきのギンのお仲間さんもいつの間にか居なくなっちゃったしね?」

「その伝言とやらを教えてもらいましょうか?」

「流石に貴方でも、この人数相手に逃げきれるわけ無いわよね?」

ふと気付けば、僕の体をガッチリと捕まえて放さない勇者たち。

───どんだけ僕に会いたいんだよコイツら。なに? 僕に恋でもしちゃってるんですか?

そんなありもしないことを考えてしまう。

「おっと、失敬失敬。ついつい忘れておりました。あまりにも重要度が低い案件でしたのでね」

「こちとらその案件は最重要なんだよ。.........嘘とか言ったらぶん殴るぞ?」

うそぴょーん! って言って逃げたしたい気分に駆られる。

だがまぁ、約束は約束だし、テキトーな事を言ってそれで終わりにしよう。

───うーん.......どうするかな?

あ、これなんかいいんじゃないか?

「クフフ、それではギン殿からの伝言です一度しか言わないのでご注意を」

彼らから、ゴクリ、と音が鳴る。

───そして、

「『くっくっくっ、この変態(ストーカー)共め。そんなに僕に会いたいなら探し出してみろよ? 基本的に、大会期間中は闘技場の中にいるからさ。ま、無理だろうがな? クハハハハハハッ!』だそうですよ? ご健闘をお祈りしますぞ? クフフッ」

「こ、声真似上手すぎじゃねぇかっ!?」

久瀬のそんなにツッコミが聞こえたが、僕の身体は靄となって空中へと散っていく。

───さぁ、我輩まで辿り着けるかな? と、少し期待を抱いて。