The Road to One Day Be the Strongest
Lesson 155
始まりのゴングがなること無く、その決闘の幕は切って落とされた。
シュン、と今の僕では到底目で追えないような速度でルシファーは地を蹴り、勢いそのまま死神ちゃんへと殴りかかる。
───が、しかし。
あの死神ちゃんがそれに反応できないわけがない。
ルシファーの拳は影を纏った(・・・・・)死神ちゃんの身体を素通りし、逆に死神ちゃんのカウンターを真っ直ぐ顔面に受けて先程の勢いそのままに吹き飛んでゆく。
が、こんなに簡単にやられる大悪魔ではないらしい。
ダンっ、と空気を蹴り(・・・・・)、無理矢理方向を修正すると再び死神ちゃんへと襲いかかり......、
───その眼前で、思いっきり地を蹴り割った。
ルシファーのかかと落としは思い切り地面へとめり込み、砕き......、大地を二つ割った。
コロッセオが一刀両断にされたかのようにその断面を境に傾く程で、『大陸ごと滅ぼす』というのはあながち間違ってもいないのだと改めて実感させられる。
大地を蹴り割り、その際に散った岩とも呼べるような瓦礫の影に隠れて奇襲を行うルシファーに、それすらも完全に読みきって反撃をする死神ちゃん。
その慣性の法則や重力と言った世界のルールを完全に破り捨て、獄炎の炎で燃やし尽くし、更には燃えたあとに残った灰をブラックホールにばらまいた上で、その上で行われているような。
───そんな馬鹿げた戦闘を、瞬きも忘れて見入っている僕がいることに気付いてしまった。
少なくとも少し前の全力の僕でも力技で空気を蹴って方向転換、襲いかかる振りをしてその手前で急停止、更には地面を蹴り割る、だなんてそんな馬鹿みたいなことは出来なかったろう。
それに、もしも目の前でいきなり地が割れでもしたら、僕にも少なからず動揺が走り、まず間違いなくその隙を突かれて死に至っていたのだろう。
それは、まさに人知の及ばない天上の戦い。
───ルシファーと死神ちゃんのあまりの強さに呆然とし、それ以上に僕の弱さに、失望した。
そしてなによりも、その強さに憧れ、渇望した。
「強く......なりたいな」
───そんな僕の呟きをきっと誰か、聞いていた人は少なからず居るのだろう。
けれど、決してそれ以上は広がることはなく、その場に留まり、停滞し、足踏みし、行き詰まり続けて、堂々巡りの果てにいずれ消えてゆく。
誰にも気付かれることなく、
無くなって初めて「あぁ、そう言えば」と、そんなことを言われて、最後に忘れられる。
───それは、今回だって同じことだ。
あまりにも小さくて矮小なそれ(・・)は、とてつもなく大きな強者たちによって掻き消されてしまった。
───ふと、果たして僕の言う『それ』とは、僕の『呟き』のことだったのだろうか? と分かりきった疑問が頭を過ぎり、
僕は一人『否』と答えた。
☆☆☆
彼ら彼女らの戦いは徐々に熾烈さを極め、遂には僕らも避難するべきではないのか、と思うまでになっていた。
コロッセオの大半が崩れさり、地は割れ、魔力が吹き荒れ、更には雷が鳴り響く。
そんな中、空に浮かぶ三つの影。
人並にまで姿を小さくしたその『混沌』
黒い翼をはためかせ、悔しそうに顔を歪めるルシファー。
───そして、
「......なるほど。たまに話に出てきた神祖の吸血鬼(・・・・・・)って、死神ちゃんの事だったのか」
ミカン片手に、吸血鬼さながらの背から伸びる黒い翼をはためかせ、ルシファーを思いっきり挑発している、死神ちゃんの姿がそこにはあった。
旧ブラッドナイフの製造者であり、今は神様。
現鍛冶神と知り合いで、ブラッドナイフは二人の合作。
なるほど。ちょっと謎っぽく仄めかされてきた今までの疑問点は大体は創造神か狡知神、もしくは死神ちゃんか混沌の誰かに繋がっているのだろう。
もしかしたら世界樹を消し飛ばしたのも混沌なのかもしれないな。多分、今僕らの視界に映っているあの物体は本体のほんの一部でしか無いのだろうし。
───まあ、そうでなければあの傲慢なルシファーが、それが嘘でも『主様』などと言うわけもないだろう。まぁ、本当なのだろうけど。
と、そこまで考えた所で二人の会話が微かに聞こえてきた。
「貴様ほどの力の持ち主ならば悪魔堕ち(・・・・)すると同時に我らが大悪魔の一員にもなりうるであろうに......、何故頑なに神々の元に居るのだ? 俺も本気ではないとはいえ、ここまで力を出しても未だ底が見えぬ相手なぞ片手で数えるほどしか......」
と、そこまでルシファーが言ったところで、死神ちゃんはそれに重ねて返答をした───呆れを滲ませたその声で。
「おいおい、たしかに俺様は超絶強ぇえが、まだまだ上は沢山いるんだぜ? 歯車(・・)のリーダー格二人に......あとエルザもか。他にもアポロン、トール、オーディンにあのクソジジイ。更にはその上まで居やがる......。俺様の知ってるだけでこれだけいるんだ。それこそ俺様より強い化け物なんざ両手の指じゃ足りねぇよ」
───お前みたいな奴を『井の中の蛙』って言うんだぜ? と彼女は言った。
だがしかし、それよりも僕はルシファーの「本気ではないとはいえ」という単語に反応してしまって気が気ではなかった。
もしもこれ以上力が上がるのだとすれば、僕はきっと彼には勝てないだろうと、そんなことを無理にでも思わされてしまう。
───そして、居るかはわからないがコイツ以外の大悪魔にも......いや、"我らが"と言っている時点で他にもいるのだろう。
......それになにより、井の中の蛙と言うならばルシファーではなく僕に言うべきなのだろう。
少なくともつい最近までは『ある程度強い』だなんて下と比べていたのだから。
気付けばきつく握り締めていたその左拳を、何か暖かいものが包んでおり───それが、恭香の手だということに気づくまで、そう時間はかからなかった。
彼女は僕の握られた左拳を両手で包み、僕を心配そうな顔で見上げてきた。
「......あんまり一人で抱え込まないでね?」
そう聞く恭香の瞳には僕の顔が映っており、僕はその自身の顔を見て、どうしようもない後悔に襲われた。
───僕は一体何を考えているんだ、と。
確かに僕は強さに憧れた。
羨望し、嫉妬するほどにその強さに憧れた。
けれど、強くなることが僕にとっての最優先ではない。
強くなることはあくまで手段で、それは目的では無い。
───ならば、僕の目的は一体何なのだろうか?
十九年間、考えて、考えて、考え続けて生きてきた。
それでも、まだ僕はその答えに至ってはいないし、その答えもぼんやりとしか見えていない。
───けれど、少なくとも彼女らに心配をかけることでは無いことだけは明白な事であろう。
「すまん......、少し心配かけたか?」
「少しどころじゃないけどね。まぁ、さっき死にかけたばかりだから精神的に不安定なのかもね」
それを聞いて思わず目を見開いた。
確かに死にかけたことで不安定になっている事は確かなのだろうが......、何だか今思えば僕、かなりクサイこと言っていたのではないだろうか?
───そもそもこの僕がシリアスムードに自ら浸かっていること自体が問題なのだ。
「す、すまん......、本格的に精神がイカれてたみたいだわ」
「その自覚の仕方はどうかと思うけど......、まぁ、吹っ切れたみたいだから良かったよ」
ふと気付けば先程のウダウダした違和感は僕の中には残っておらず、いつも通りの僕そのままに戻っていた。
逆に一気に戻り過ぎて違和感を覚えるまである。
───けどまぁ、僕はもう大丈夫だ。
そう、僕は一応の(・・・)自己完結を終えたところで、本格的に彼女の戦い振りを見学させてもらうことにした。
腕を無くし、ステータスを無くし、自信を無くした今だからこそ、きっと彼女の戦いを見ることには意味が───価値があるのだろう。
だからこそ死神ちゃんはあんなことを口にしたのだろうし、ゼウスも戦闘に参加しないのだろう。あと例の黒ローブの幽霊───たぶん神様なんだと思うけど。
神が三柱───それもその内の二人以上が最高神である彼女ら───が暗に僕へとそう伝えている。
ならばきっと、それには間違いなど入り込む余地もなく、疑う余地もない。自分の考えよりもよっぽど信用出来るというものだ。
僕はその価値を見つけるべく、彼女たちの戦いに再び意識を向ける。
───果たしてそちらも、クライマックスを迎えようとしているようであった。
☆☆☆
ルシファーは遠まわしに「悪魔側へと来い」と言ったが、それを知った上で死神ちゃんはそれをバッサリと切り捨てた。
───それを、傲慢な悪魔のプライドが、許すわけがなかったのだろう。
ドンッ、と彼の身体から溢れ出す威圧感が一段階飛ばして二段階、三段階と上昇してゆく。
体は次第に大きくなり、角は伸び、両腕を両足が悪魔のそれになってゆく。
もう既にレックスの威圧感どころか───死神ちゃんのそれすらも上回っているのではないかと思えるような圧倒的な威圧感に、思わず身をこわばらせる。
「『傲慢の罪』、全ての俺の傲慢を押し通す、ありとあらゆる有象無象を、強者さえもなぎ倒す、俺に許された唯一の能力」
そう言葉を発するソレに、最早先程までの堕天使の面影は見受けられず、共通点と言えばその赤い髪と白い衣服のみであろう。
その姿に僕は思わず息をのみ、頬を伝う汗とともに顔を歪める死神ちゃんが僕の視界に入った。
「能力は単純明快。俺の傲慢を満たすために純然で強大な力を得る。その代わりそれ以外の能力をすべて失い、新たに能力を得ることもない」
───だが、そんなデメリット。あってないようなものであろう?
その身体からはバチバチと真っ黒な魔力が放出され、その余波だけで辺りを破壊してゆく。
今の僕はもちろん、全快だった頃の僕であってもあの余波に耐えるだけで精一杯だったろうし、ましてやあの悪魔の相手を務めるなど、正直いって無謀でしかない。持って数秒だろう。
その身体から感じられる威圧感と気持ちの悪さは空に浮かぶ『混沌』の比ではなく、やはりあの混沌は分身体のようなものなのだろう、と思うと同時にその本体を想像してしまい、強烈な吐き気が僕を襲う。
───だがしかし、今気にするべきは"混沌の本体"ではなく、今なお力の上がり続けているルシファーだろう。
死神ちゃんが強いからと言ってもアレを一人で相手取るのはいくら何でも無謀というものであろう。
僕はゼウスへと「アレやばいんじゃないの?」と視線をやるが、そのゼウスはチラッとこっちを見て「ミカン......食べる? 私の、手作りだよ?」とでも言いたそうな笑顔を向けてくるばかりである。
それにしても幼女が手作りしたミカン......か。そのミカン自体はどこかの農家の神様が作ったんだろうが、それを絶世の美幼女が一生懸命剥いて「手作りだよ?」とか言って渡してくる(満面の笑み)のだとしたら、世の中のロリコンたちの垂涎の的だろうな。
「よし。僕、ちょっくらあのミカンを貰ってくるわ」
「ちょ、ちょっと待ちなよギン! 何で本気で行こうとしてるの!? 今のギンが行ったら道半ばで転んで......、ってなんで私のこと退けようとしてるの!?」
「ま、まずいのじゃっ! 主様のロリコン病が発作を起こしたのじゃっ!」
僕はなんとか恭香を退けて駆け出そうとした矢先に恭香の言った通りに躓き、転んだ所を白夜達に確保されてしまった。
───あぁ、僕のミカンが......。
ルシファーと死神ちゃんの戦いを見た時以上に自らの弱さを悔いた僕であった。
「はぁ......、さっきまでシリアス真っ盛りだった人と同一人物とは思えないよ......」
───ふっ、僕はメリハリをきちんと付ける人間だからな!
と、そんなことをしている内にあちらにも動きがあったようだ。
「はぁ......、俺様も本気でミカンで倒せるとは思ってはいなかったが......、まさかコイツを使うことになるとはな」
それは、呟きにも似たとても小さな声だった。
もちろん恭香たちやレックス、ルシファーにすらも聞こえてはいなかったのだろうが、なぜだか僕には、しっかりとその言葉が聞こえたような気がした。
───それと同時に、僕の超直感が先程以上(・・・・)の警鐘を鳴らした。
.........あれっ、これってまずいヤツじゃね?
数秒経ってからそんな考えに至った僕ではあったが時すでに遅し。
「来い、神器ルゥーイン(・・・・・・・)」
瞬間、先程までのふざけた態度とは一変して無表情を顔に貼り付けた死神ちゃんは、ミカンを持っていた手にいつの間にか消えていた神器である大鎌を顕現させた。
───ルゥーイン。英語表記でruinだったろうか?
たしかその意味は、と暫し考え、その意味に僕が至ったのは......、
「悪いなルシファー。やっぱりお前は俺様よりも弱かったみてぇだわ」
────全てが終わった後のことだった。
「我は死神。なればこそ、我は貴様に死を贈ろう」
毎度言いなれた常套句のように、機械的に、それでいて真剣にそう言った死神ちゃんは、呼吸をするかのような自然さで、その大鎌を軽く、横一線に薙ぎ払った。
───たった、それだけで決着はついた。
「.........あ?」
偶然、ルシファーの背後に位置していた直径五キロの世界樹の切り株がいとも簡単に輪切りにされ、ルシファーがその違和感に間抜けな声を出す。
胴体と両腕に入った横方向の一線に、時間とともに少しずつズレてゆく上半身と下半身。
───あぁ、これじゃあまるで、その名の通りじゃないか。
やっと、僕はその名の意味を思い出す。
ruin
その意味は、純然たる『破滅』
「俺様の神器の能力は俺様の能力の強化、そして俺様自身の能力は『万物即死』ってわけだ。死という概念が存在するなら、大悪魔如きが俺様に勝てるわけがねぇだろ」
───死を超越してから出直してこい、クソ悪魔。
こうして、遠くで巨大な何かが崩れ落ちたような大音量をBGMに、大悪魔の一角であるルシファーは死を迎えた。
「は、はは......、死神ちゃん、チートすぎ......」
僕が限界を迎えたのも、期せずして同じタイミングだったのだろう。
僕は最後までその言葉を言うことも出来ず、まるで電池が切れたロボットのように視界が暗転し、身体から力が抜けていった。
☆☆☆
後に今日の出来事は、たまたま逃げ遅れ、一部始終を目撃した一人の吟遊詩人によって語り継がれてゆく。
だがしかし、その吟遊詩人は少し観点のズレた詩を歌った。
その吟遊詩人は、神が降臨したこと、世界樹の切り株が切断されたこと、武闘会が史上初の中止に追い込まれたこと、それらのそれぞれを盛り込んだかつて無い素晴らしい詩を歌ったそうだが......、
───何故だかその詩は、恋の物語(・・・・)として歌われることになる。
僕がそれを知って見悶えるのは、もう少し先のお話である。