The Road to One Day Be the Strongest
Lesson 205
暗くてよく周囲は見えていないが、先程目を凝らして見えたものはおそらく体育用のマットだったと思う。
ならばきっとここは第二訓練場の倉庫の中。
今はもう完全下校時間を過ぎている。誰かが助けに来たり、たまたま通りがかる可能性は限りなく低い。
そんな状況下で、私は心の中で呟いた。
───まさかストーカーが二人もいただなんて。
猿轡を嵌められ、両手両足を縛られた状態で私が女子グループから聞かされた真相は、なるほどあの先輩が出し抜かれるのも頷けるというような内容だった。
少し前まではこの女子グループはストーカーを一人しか用意しておらず、あの先輩が推理した通りにことを運ぶつもりだったのだとか。
───しかし、先輩は良くも悪くも知れ渡りすぎていた。
生徒達に公に知らされることは無かったらしいが、先輩のファンクラブという所には思いっきり私を護衛する情報が漏れていたらしい。
───何故あそこまでひた隠しにしていたことがバレているのかは知らないけれど、噂では会員番号00、つまりはファンクラブの創始者が全知全能の神様なのだとか。その噂が本当だったとしたら先輩はとんでもない人なのだろう。
まぁ、あんまり興味はないんだけれど。
閑話休題。
いま目の前にいる女子グループの中に不運なことにそのファンクラブのメンバーがいたらしく、先輩が私の護衛につくことはいとも簡単にバレてしまった。
だからこそ、この人たちは急遽もう一人のストーカーを仲間に加え、私と離れた直後の先輩へとぶつけた。
しかもそのストーカー二号はかなりの強者らしく、たしか序列でいえば全校生徒中十八位とか言っていた。
そうして先輩が苦戦しているであろう間にトイレへと立った私は、まんまとこの女子グループの面々に捕まってしまったというわけだ。
「ねぇ、真相を聞かされて今どんな気持ち? ねぇ、ガーネットさん?」
私を見下ろしそう話しかけてきたのは、確か同じクラスの女子生徒だったかと思う。
先程からペラペラペラペラと喋り続けているが、どうやら私が落としてしまった男子のひとりに惚れていたらしいのだ。
───これは完全な逆恨み。
それは分かっているのだが、正直私も申し訳ないとは思っている。
私のやっていたことは酷く残酷なことなのだろう。
男子達に接触して好感度を得て、仲良くなる。
私にとっては必死な事だったが、それでもきっと、傍から見ればそういう風に捉えられてもおかしくはない。
───けれど、それでも私はみんなに好かれたかったんだ。
実家のように皆が媚を売ってくるような関係ではなく、純粋な友達として。心を許し合える、信頼し合える親友として。あわよくば、心からお互いのことを愛し合える恋人として。
男女問わず、私は皆と仲良くしたかった。
けれど私の方法では女子とは友達にはなれないし、何よりも理解される前に拒絶される。
だからこそ男子生徒たちと話して友好的になってみれば、それはそれで陰で『ビッチ』や『性悪女』などと罵られる始末。
私の実家の権限で無理やり彼女らを処罰することも出来たが、私だってそれをやってしまえば全て台無しになってしまうことくらいは理解ができた。
───だからこそ私は尚一層必死になって、そして勘違いをされたまま恨みを買った。
私は今なおペラペラと喋り続けているクラスメイトと、その後で凄惨な笑みを浮かべている他の女子生徒、そしてギラギラと目を充血させた男子生徒を虚ろな目で見上げた。
きっと私はこれから、この女子生徒たちの前であのストーカーに酷いことをされるのだ。
それがどんなに酷いことかは想像もできないが、きっと拷問に近いことをされるのではないかと思う。
そこまで考えると、何故か私の視界がぼやけていることに気がついた。
───涙。
頬を伝う暖かいものの正体に気がついた私は、それまで抑えていた感情が堪えられなくなった。
「はぁ? もしかしてアンタ泣いてんの? アハハっ、超ウケるんですけどー! アンタみたいなどんな男にでも股を開く尻軽女がこんなことで泣いてんじゃねぇよクソが!」
私の反応を見てカッと頭にが登ったその女子生徒は、近くにあった机を思いっきり蹴り飛ばした。
その机は私のすぐ近くの床を強打し、私は思わず「ひぃっ」の情けない声を上げてしまった。
それを見て、聞いて、そして笑う彼女達。
笑う。笑う。
腹を抱えて笑っている。
何をそんなに笑っているのかは分からないし知りたくもない。
けれど、とにかく彼女達は笑っていた。
目尻に涙を浮かべ、
私へと蔑みの目を向けて。
───それを見て私は生まれて初めての感情を味わった。
きっとそれは、生きることへの渇望。
死にたくない、まだ死にたくない。
私にはまだやるべき事があるんだ。
まだ、好きな人に告白もしていないんだ。
───だから、私はこんなところで死んでなんかいられない!
私は生気の戻った瞳でキッと彼女らを睨み据え、奥歯をギリッと噛み締める。
───そして、
「なんだ、まだまだ元気じゃないか」
そんなこの場にそぐわない声が聞こえ、この倉庫の扉が蹴破られた。
☆☆☆
ギルバートたちの証言によると、ディーンと共に戻ってきたガーネットは帰る前にトイレへと立ち、ストーカー被害についてさりげなく聞かされていたギルバートたちは、寮まで送り届けるために彼女が戻るのを待っていた。
───が、いつになっても戻ることはなく、心配になって見に行ったルネアがトイレの前で散乱していたルネアの所持品を発見。
ストーカーについて聞いていた彼らは、拉致されたものと見て彼女を探しながら、こういうことに特化した協力者───つまりは僕へと協力要請をしようとしていたところなのだとか。
「なるほど、なら信頼度のあるギルバートと誰かは知らんが副会長さんは先生方及びグレイスへと報告。そしてその他の面々で分かれてガーネットを捜索、ってわけでいいんだな?」
「流石はギン。話が予想以上に早くて助かるよ」
僕はギルバートの答えを聞くと同時に思考を回し始める。
まず僕がガーネット捜索に参加するのは決定事項だ。
だが然し、僕といえどもひとりでこの広大な敷地を全て完全に探し尽くすことは難しい。少なくとも十数分はかかると見ていいだろう。
だが、その連れ去った女子グループ───もしかしたら二人目のストーカーがいるかもしれないな───が、その間に何も手を出さないとは考え辛い。
ならば協力者を集う? 今集められる協力者といえば仲間達に黒髪の時代、風紀委員に今目の前にいる生徒会の面々。そしてギルバートたちに呼びに行かせる先生方。
ひとまずそれだけ居れば十分だろう。僕が直感に従って校内を調べ尽くし、ほかの面々が僕が探さなかった場所を捜索する。
おそらくはそれが最善なのではないかと思う。
僕はそこまで考え至ると、その考えを手短に生徒会の面々へと伝えた。
やはり彼らも一刻を争うということは分かっているのか、僕の作戦に否定する意見はなく、それぞれが班を作って刻々と捜索の準備に取り掛かっている。
───そして僕も、アイツを探し当てた時のために策を弄しておく必要がある。正確には手下を入手する必要が。
「ルネア、ディーン。二人は僕と一緒に来い」
「「......えっ?」」
僕のいきなりの呼びかけに思わず間抜けな声を出す二人。
個人的にはディーンとはまだ距離を置いておきたいが、残念なことに今はそんなことを言っている暇はない。
「ルネアは万が一ガーネットが被害を被っていた場合のため、ディーンはガーネットがお前に向けている感情を考えての選択だ。どうせ助けられるなら、自分の王子様に助けてもらったほうがあのバカとしても本望だろう」
僕のその言葉に少し苦笑いをして頬をかくディーン。やっぱりこの優男、ガーネットの好意を見て見ぬふりしてやがったな? とんだ女ったらしだぜ。
「分かったのよ。あまりそういう想像はしたくないけれど、万が一そういうことがあるかもしれないのよ」
「分かった。ギン君の言うことも一理ある。それに何より、多分この中で彼女を一番先に見つけられるのは君だろうしね」
僕は二人の返事を聞くと、一応ギルバートへと視線で確認しておく。
「ちゃんとした理由があっての行動だから許可するよ。二人なら君も安心してこき使えるだろう?」
「まぁな。奴隷以下ぼろ雑巾以上に、限界までこき使いまくってやるから安心しろ」
その言葉に思いっきり引き攣った笑みを浮かべる二人だったが、残念なこともう引き返すには遅すぎる。
僕はキッと真剣な表情を顔に貼り付けると、超直感に従って走り出す。
───どうやら、僕の超直感は体育倉庫を示しているようであった。
☆☆☆
「んで、結局一発目で大当たりを引き当てちゃったわけか」
僕は目を見開いてこちらを見つめる女子生徒たちと一人の男子生徒、そしてお目当てのガーネットを眺めながらそう呟いた。
僕の背後に立つ二人は一応「もしかしたら」とは思っていたらしいが、まさか本当に一発で探し当てるとは思っていなかったのだろう。同じように目を見開きながら固まっている。
───が、僕がそんな怠慢を許すわけもない。
「おいルネア、お前はギルバートに連絡を。ディーンはとっととあのお馬鹿を救ってこい」
「「は、はいっ!」」
思わずと言った様子で返事をした二人は、僕の言葉通りに動き出す。
何故そこまでガッチガチに固まっていたのかは分からないが、それでも想定通りに動いてくれたので良しとしよう。
僕はディーンのあとを追ってその中へと踏み込むと、何故か皆が皆一様に恐怖に顔を歪めていた。
───はて、そこまで何か、怖いものがあるのだろうか?
僕はそんな疑問が頭に浮かび、ククッと少し自嘲気味に笑った。
「はっ、世界に僕を怒らせる以上に怖いことなんざ、あるわけねぇよな? クソ野郎共が」
分かっている。分かっているさ。
きっと今の僕はひどい顔をしている。憎悪に歪んだひどい顔だ。
何をここまで怒っているのかと聞かれれば、
───依頼を受けておきながら、まんまと騙されて失敗してしまった僕自身に対して。
───この程度の女狐に好きな人が取られたからと言って、ソイツを諦めて復讐に走った心の弱い女子生徒たちに対して。
───相手の感情を理解しようとせずに自分の価値観を押し付け、相手が嫌がるのも無視して執拗に追いかけ回したストーカーに対して。
「調子に乗った。余裕だった。慢心も油断もしていた。学園生活には危険などないとタカをくくっていた。だからこそ依頼主を傷つけ、依頼をこなせず、結果として失敗した」
体育倉庫の天井を見上げてそういった僕の瞳には、一体何が映っていただろうか?
少なくともこの天井は映っていなかったことだけは確かだし、僕の脳内で超速で失敗の反省と次へと向けたインプットを開始していたのも確かだ。
───けれど、もう反省は済んだし次への後継も済んだ。
何度も何度も失敗してその度に次へと生かそうと受け継いできた幾度もの失敗と成功の経験。
それらに新たな経験が追加され、間違いなく僕はまたひとつ強くなった───身体的にではなく、精神的に。
僕は視線を前方へと下げると、目の前の主犯たちへと話しかけた。
「お前らもきちんとした信念があってやった事だろう? きちんと考えてやった事だろう? それが理性であれ本能であれ、考えなしにここまでの問題を起こしたなんてことは有り得ない」
僕がそこまで言うと、こらえきれなくなった様子の男子生徒が喚き出した。
「そうだよっ! 僕はなんにも悪くない! 僕はただこの娘の思いに答えてあげようと、この娘を影から支えてあげようと、ずっと、ずぅっと見守っていてあげようとしていただけなんだっ! なのにどうしてお前らは僕の邪魔をしようとするんだ! そんなにリリーちゃんと僕の関係が羨ましいのか!?」
僕の視線の先には血走った瞳でこちらを睨みつけてくる一人の男子生徒。
別段不細工というわけではないが、少し小太りでイケメンと言うには程遠い。強いて言うならば僕と同クラスの顔面偏差値だ。
───なるほど、やはりあのナイフ野郎よりもよっぽど面倒くさそうな奴が残ってたか。
「お前なんてどうせ生まれと運だけで強くなった努力知らずなんだろ!? そんな他人にもらった力だけで強くなっていきがってる奴になんて、僕みたいな弱者の気持ちは分からないさ! 僕に指図するならせめて最低限度の努力でもしてからにしろ、この偽物野郎が!!」
なおも止まらぬその言葉を───僕は真摯に受け止めた。
「なるほど、努力知らずの運だけ野郎と。お前は僕をそう言いたいわけか」
不思議と僕の心の中は穏やかで、僕が今何をするべきかも、すうっと頭の中に浮かんできた。
僕はブレザーを脱ぎ捨ててその下に着ていた常闇のローブも脱ぎ捨てる。
ネクタイを外してロキの靴を脱ぐと、それらをアイテムボックスへといれた後に───月光眼を解除した。
「これで今の僕はなんの装備もスキルも使用していない素の状態だ。その上身体能力は今のお前以下にまで下られている。あるとすれば僕が努力して(・・・・)身につけた身体能力だけだ」
僕は、爛々と赤い光を灯しているであろう両の紅の瞳を、その名も知らぬ男子生徒へと向けると、笑うことなく淡々と告げた。
「表に出ろ、ストーカー野郎。僕の努力でお前を完膚なきまでに叩き潰してやる」