「うーん......、なぁ、ネイル。なんかいい仕事ないかな? ちょうどいい感じのヤツ」

「い、依頼ですか、この状況───」

ガギィィン!!

ネイルの言葉の途中で僕へと向けて放たれた大剣が、まるで金属同士が衝突したような不協和音を立てて弾かれる。

───魔力回路。

あれから修行を積み、身体中の細胞という細胞をすべて活性化し続けることになれた僕にとって、こんな倒しても経験値にすらならなさそうな男の攻撃程度、正直避ける意味もない。

僕は少し呆れ混じりに後ろを振り向くと、肩で息をしながらこちらを睨み据えるガタイのいい冒険者。

ちなみに彼は先程から再三僕へとフルスイングの一撃を御見舞し、けれども傷一つつけられていないのが現状である。

「なぁ、そろそろ諦めて帰ったらどうだ? アンタとしてもこれ以上プライドが傷つけられるのはよくな───」

「うるせぇ! テメェは大人しく倒されときゃいいんだよ!」

僕の話を聞かずに再び大剣を構え、袈裟斬りを放ってくる冒険者。

───だがしかし、このコースは少し不味い。

腰が引けているのか踏み込みが甘く、その刃が僕に届くかすらも危うい。

その上、右上から左下にかけてのそのコース上にはネイルがいる。実力的にはネイルの方が上かもしれないが、この大剣に耐えられるかどうかはまた別のことであろう。

僕は咄嗟に左手首から上をアダマンタイト製の、文字通り『手刀』へと変身させ、数度大剣へと振るうことで柄から上の部分をバラッバラに解体した。

「「「.........へっ?」」」

さすがにいきなり反撃してくるとは思わなかったのか、それとも素手でこの分厚い大剣をみじん切りにしたのが行けなかったのか。どちらかは知らないが驚愕に満ちた声が周囲に谺響する。

僕は左手を元に戻すと、少し忠告だけして、再び掲示板へと視線を向ける。

「人を見かけで判断するなよ冒険者。ギルドに入ってくる物静かな子供って言うのは基本的に覚悟の出来てる奴か、ぶっ飛んだ強さをしてる奴だ。舐めるなら威張り散らしてるガキだけにしとけ」

「え......あ、はい」

その日からそのギルドは少しだけ静かになったらしいが、まぁ、僕にとっては興味の無い話である。

☆☆☆

ギルド。

その意味合いとしては『同業者組合』と言ったところだろうとは思うが、知ってのとおり『ギルド』と呼ぶだけでもその種類は多数ある。

何でも屋とも呼ばれる、冒険者ギルド。

商業に関する、商業ギルド。

農業に関する、農業ギルド。

パッと頭に浮かぶだけでも三つあり、その他にも料理ギルドや、魔法ギルド、錬金術ギルドなんかもあったりもする。

───が、その中でたった一つだけ、異質なものがあるという。

正式な手続きをせずに作られ、その本拠地は未だ知れず。

人殺しを快楽に感じる狂的快楽主義者から、小さな犯罪を生業として生きる小悪党まで、ありとあらゆる『ギルド』に入ることの出来ない者達がより集まって出来た同業者組合。

その名を───盗賊ギルド、という。

そして、なぜ今僕がこんなことを考えているかといえば、まぁ、お察しの方が大勢いるかもしれないが───、

「良くもまぁ向こうにバレずに見つけたもんだよね」

僕とネイルの目の前にはここ最近僕らのクラン───にはしてないらしいが、あの周辺の人々にちょっかいをかけてきているという、結構ガチな悪党の巣。つまりは盗賊ギルドのギルドホームがあった。

見た感じでいえば古びたビルモドキ、と言った感じで、この世界にしては非常に珍しい五階建てである。

そこらじゅうに木のつるが絡まっており、ここから見た感じ、入口にはやる気がなさげな二人の男が酒を飲んでいる。

個人的には「昼から酒飲むなよ」と言いに行ってやりたいが、そうすれば中にいる全員に僕の存在が伝わってしまう上、さらに言えば人質なんかがいた場合面倒である。

───まぁ、何が言いたいか、って言えば。

「ネイルさ、もしアイツら捕まったらどうなんの?」

「他の盗賊ギルドとの繋がりも見えませんし、調べた結果、全員が人殺しや強姦などといった重犯罪を犯しています。精査するまでもなく極刑ですね」

ネイルは顔を歪めながら即答した。

ギルドの職員がそういうのであればそれは確かな情報だろうし、極刑と言うのはこの世界でいうところの死刑である。

完結に言うと、生かす価値のないゴミクズ野郎の吹き溜まり、という訳だ。

「まぁ、さすがの僕もそこまでやらかしてる奴に同情は出来ないよな」

僕は入口の二人の称号欄に『殺人者』『強姦魔』『誘拐犯』等というものがあるのを確認した後───、

───容赦無く、二人の首をはねた。

影の中を移動しての暗殺。

僕の左手には、血に濡れた氷の剣。

周囲には血の匂いが充満し、楽しげな表情を浮かべた首が二つ、地面にゴロリと転がった。

いやはや、こういう役目は本来ならお偉い騎士様にでも任せて、僕は何も知らずに寛いでいたいのだが。

「まぁ、うちの者に手を出す可能性が少しでもあるなら、今の内に皆殺しにしておくに限るだろう」

僕は後ろの草むらから小走りで駆けてきたネイルを伴い、その盗賊ギルドの中へと足を踏み入れた。

☆☆☆

さすがは盗賊、血の匂いには敏感なのか、僕の襲撃には簡単に気がついたようだ。

───と言っても、この中に全員がいることは確認済だし、何よりも気づいたからどうこうできる話でもない。

足元の細いワイヤーを踏み切って、飛び出してきた槍を銀炎で燃やし尽くす。

いかにもなボタンを押して、転がってきた大岩を拳で砕く。

怪しげな宝箱は即座に燃やし尽くす。

影から出てきた盗賊は一撃で首を切り落とす。

段差の消滅した階段は足をめり込ませて突き進む。

最早罠も不意打ちもブラフもハッタリも意味を成さず、全てを力技で砕いて潰しす。壊れそうな石橋なんざ、砕いて飛び超えればいい話だ。

「あははは、盗賊側からしたら悪魔どころか大悪魔もいいところですけどね」

何故かネイルが遠い目をしてそんなことを呟いてきた。全く、僕をあんなクサい格好してる奴らの仲間にするなよ。見てきた中だけでも白服赤ロン毛にピエロだぞ? 心外、という言葉がこれほど似合うこともあるまい。

「にしてもネイル、お前良くこんな血みどろのスプラッタもどき見ても平気だな?」

「ギルドに居れば魔物の解体とかもしますからね。それと似たような感じじゃないですか? おんなじ生き物ですし」

僕は意外な言葉に「へぇ」と相槌を打ちながらも、油断と見たか飛び出してきた盗賊の首を落とす。

「まぁそれはいいとして、盗賊は今狩った(・・・)ので十人目だとして、ギルドが調べた感じじゃ全員で何人なんだ?」

「えっと、確か少数精鋭が売りだったので全員で二十名で、ギルドで事前に捕らえたのが三名。よって残りは七名ですね」

───おい、少数の使い方も精鋭の使い方も間違ってるぞ。

そんなことをついつい思ってしまった僕ではあったが、先にその『七名』を確認する方が先だろう。

僕はネイルの話を聞いたと同時に少し空間把握の範囲を広げ、僕とネイル以外に生きている人間を調べる。

すると、この階───三階とこれより下の階には生命反応はないが、一つ上の四階には女性らしき反応が四つと、男の反応が四つ。そして五階には男の反応が三つと、小さな子供の反応が一つ。

って言っても、今の僕じゃ空間把握を広げればそれだけ男女や大まかな姿形しか把握できなくなるため、今この時点では正確な容姿は分からない。けれど場の雰囲気を考えると男性諸君が盗賊で、それ以外の女性は人質と見るべきだろうな。

僕は天井を仰ぎ見て、月光眼によって一つ上の階を見通す。

するとやはりうち男性四名のステータスには件の称号が幾つか記入されており、女性達にはそういった称号は見当たらなかった。

「おい、さっきから物音しなくなってんだが......、これって倒したってことでいいのか?」

「に決まってんじゃねぇか! 新入りが言うにはたった二人だって話だぜ?」

天井越しにもそんな呑気な話し声が聞こえてきて、僕はついついその呑気な空気を破壊したくなってしまった。

「『突き刺せ』」

瞬間、僕の手のひらから伸びた赤い影が天井を貫通し、うち一人の盗賊を絶命させる。

そして僕はその影に『影潜』を使用して身体を三階から四階へと移行、騒がれる前に全員の足元から伸ばした影をそれぞれの心臓と喉仏へと差し込み、音もなく排除。

───あぁ、なんて暗殺に向いたチートなんだろう、影魔法って。

僕がそんなことを考えていると、階段を音を立てないように上がってきたネイルが、縛られながら唖然としている女性達の縄を解いているところであった。

僕もこの盗賊たちと同じ男だ。

そのためあまり注視するのは如何なものかとは思ったが、パッと見た感じ衣服の崩れも無ければ虚ろな目をしている者もいない。

まぁ、この感じだと『間に合った』ということなのだろうが、前にもこんなことがあった気もする。それだけ運がいいってことだろうか?

と、そんなことを考えていると、縄から開放された女性達が僕へと向かって呼びかけてきた。

───のだが、

「あ、赤い影! もしや貴方は執行者様ではありませんか!? あ、あの───」

瞬間僕は彼女の口を手で閉ざした。

彼女の服装は執事服。

なぜ女性が執事服を着ているのかは疑問だが、それでも尚『位の高い誰か』に仕えていた証でもある。

それに加えて、捕まっているほかの三人はメイド服ときた。

そして、今上の階で捕えられている一人の幼女。

以上のことから導き出される答えは───

「貴族の護衛中に襲われて捕えられた、って所か? だいたい事情は察したが、さすがにここで大声を出したのは失敗だったな」

僕の声に目を見開く女性。

盗賊に捕えられたのだ、先ほどの慌てっぷりも分かるが......、まぁ、今ので完全に上にはバレただろうなぁ。

「まぁ、今の今まで派手にやっておいて今更、って感じはするけど」

僕は申し訳なさそうに、けれどどこか恥ずかしそうにしている彼女から手を離して立ち上がると、ネイルの方へと視線を向けた。

「今からちょっと、貴族に恩売ってくるわ」