ある日、恭香に胸ぐらを掴まれた。

いきなりどうした、と言われるかもしれないが、本当にそう表現するほか無いのだ。

ある日、本を読みながらコーラを飲んでいると、いきなり自室に突入してきた恭香が、唐突に、そして何故かイライラした様子で僕の胸ぐらを掴みあげてきたのだ。

はて、何か怒らせるようなことしたかな、と僕は考えを巡らせ───

「ちょっと、いつまでデート延期させる気なの?」

───僕は大人しく、土下座した。

☆☆☆

「いやーっはっはっは! 悪い悪い、すっかり忘れてた!」

僕は完全に自分の非を認めて謝ってみたものの、僕の前に立っている二人の顔が晴れる気配は一向に無い。

あれっ、暁穂に嘘は効かないし、恭香に至っては心読まれるから開き直った方がいいと思ったんだが......、もしかして逆効果であっただろうか?

「いや、別に私も思わずブチっときて殴り込みに行っちゃったことは謝るけど......、良くもまぁ、本人達の前でそんなことを言えるね」

「まぁまぁ、恭香さん、マスターにカッコよさを求めるなど愚の骨頂。ならば三人でデートするという名目のもと二人で協力して毒薬を盛り、気絶したところを宿屋に連れ込み既成事実、とした方がいいかと思いますが」

「ねぇちょっと? それ本人の前でいう話じゃないよね? 僕が気絶する毒薬ってどんなレベルの激薬持ってくるつもりだよ」

思わず暁穂の提案に反応してしまった僕ではあったが、よく考えればこの二人ならそんな方法も取りかねない。しかも読心持ちと嘘を見破れるペアである。もしも事前に仕掛けてくるとわかっていても見破れない可能性がある。

僕は背中に冷や汗が伝うのを感じ、それと同時に超直感が全力で警報を鳴らし出す。

「で、でもさー、デートって言ったらやっぱり二人っきりがいいと思うんだよねー? だから僕的には三人でデートって言うのははばかられ───」

「「嘘だね(ですね)」」

とりあえずうまいこと丸め込もうとも思ったが、残念ながら一蹴される。

く、クソッ、この姉妹、さすがに強すぎやしないか!?

「そういうのは私たちの親である狡知神様に言うことだね~」

「ええ、全くその通りです。では行きましょうか」

気付けば僕の腰には恭香の鎖が巻きついており、左腕はガッチリと暁穂にロックされていた。

まぁ、そんなこんなで僕は三人でのデートという名目で街へと繰り出すのだったが、果たして僕が生きて帰ってこれるかは───正直、全くの不明である。

☆☆☆

数分後、僕と恭香、暁穂の三人はクランホームの付近に出来上がりつつある街を歩いていた。

さすがにこれだけの街を作り上げた恭香に、売上の何割かを占めている喫茶店の店主こと暁穂、そして特徴的な僕とくれば目立ちもするが、向けられるのは畏怖でも好奇でもなく、単純な生暖かい視線であった。ちょっと恥ずかしいな、おい。

僕はなるべくそれらの視線を無視しつつ、両腕(片方はピラピラしてる服の部分)に抱きついているようで拘束している二人へと話しかけた。

「それでどこ行くんだ? さすがにいきなり連れてこられてプランもなにもないんだが」

すると僕の話を聞いた恭香がクックックッ、と誰の真似をしているのかは知らんが、肩を震わせ始めた。

「いや、初期のギンの真似だけど、それはともかくとして。この街は今や私の管轄内だよ、きちんと土地を利用させる代わりに税金も払ってもらってるし、何より希望者全員と交渉済。だからオススメの店とか───」

「いやちょっと待て。後半はともかく、何その『初期のギン』って。さすがにそんなキザな笑い方してなかったと思うんだけど」

そう、確かに初期と比べれば随分と丸くなった気もするが、それでもそんな笑い方はしていない。断固としてしていない。

......でもよく思い返せば『くっくっく』とは笑っていたかもしれないな。今じゃそんな中二病みたいな笑い方はしないが......まぁ、あれだ。なんか異世界に来て調子乗ってたのかも知れませんね。

「私は輝夜の影響だと思うけどね〜」

「あぁ、輝夜さんですか。笑い方は『クハハハハッ!』だったかとは思いますが、さすがにあのナリを見て中二病とやらを意識しない者はいないでしょうね......」

僕は今日も今日とて眼帯をしていた朝の輝夜を思い出して二人の会話を無視することにすると、とりあえず話の流れを変えることにした。

「まぁ輝夜の中二病はいいとして、だ。個人的にはそろそろ昼だし、どこかで昼食でもどうかな、って思うんだけど......どっかいい場所ない?」

そう問いかけると恭香は顎に手を当てて何やら考え出し、数秒後には答えが出たのか、僕の手を引いて歩き出した。

「うん! 私いい店知ってるよ!」

何故だか僕は、僕の手を引くその背中に一抹の不安を覚えた。

☆☆☆

連れてこられたのはどこにでもあるような定食屋であった。

と言ってもかなり繁盛している様子で僕らもなんだかんだで十数分は待たされたので、なかなかどうして期待できるのではないかと思う。

......まぁ、期待(それ)は暁穂が『私が作ります』と言わない時点で十分なのだが。

そうして僕は恭香のオススメ、とやらを頼み、丁度今その料理が運ばれてきたところであった。

───のだが、

「ちょっと待てお前ら。その手に持っている怪しげな瓶は何だ」

僕の目の前には美味しそうな匂いを漂わせる料理と、何やら怪しげな瓶を取り出して、今にもその料理へと瓶の中身を混入しようとしている馬鹿が二人いた。

僕の言葉にピクリとも反応した二人はまるで悪びれもせず、

「「え? ヤマガミアラシの毒棘から抽出した超猛毒だけど(ですが)?」」

と、言い放った。

その【ヤマガミアラシ】という魔物なのか植物なのかは知らないが、とにかくそいつの持つ毒棘から抽出した超猛毒と、そうこの二人は言い放ったのだ。

しかも推測で言わせてもらえば、ヤマガミアラシから『神』を抜かせば『ヤマアラシ』となる。そしてヤマアラシは棘を持っているため、もしかしたらヤマアラシの魔物かもしれないと推測できる。しかも『神』ときた。ならば恐らくは、僕の知らないEXランクの魔物ではないかと思う。

まぁ、さすがの僕もEXランクの魔物の毒を抽出したソレを飲んで無事でいられるわけもなく、それを持ってこちらを窺っている二人に対して僕は冷たい視線を送ることにした。

「なぁ、さすがに好意を持ってる相手に対して毒を盛る、って言うのは人としてどうかと思うんだけど。っていうか二人に対してちょっと幻滅してるんだけど」

そう、二人が事前に言っていたアレ(・・)。

毒薬を持ってホテルに連れ込み、そして既成事実を作っちゃおう、という馬鹿げた考えだ。

正直それを聞いた僕は『何を冗談言ってるんだ』と言った感じだったが、今その二つの瓶から感じられる危機感を鑑みて、僕の考えは一変した。

───敢えて言おう、好きな人に毒を盛るな馬鹿野郎、と。

僕は二人が僕の冷たい視線に顔を真っ青にしているのを他所に自分の料理を手元に取り寄せると、その美味しそうな料理をなんの違和感もなく口にした。

───瞬間、僕の身体中に激痛が走り抜けた。

そして思い至る、とある結論。

「ま、まさか......買収......ぐふっ」

僕は痛みをこらえながら顔を上げると、そこには嫌な笑みを浮かべた二人の悪魔がいた。

「いやぁ、ギンにしては珍しく気が緩んでたねぇ?」

「マスターも私たちとのデートをそれなりにある楽しんでいた証拠ではありませんか?」

そうして僕は確信した───このままじゃ喰われる(・・・・)、と。

「ば、馬鹿かお前ら....、後で、痛い目見るぞ.....」

僕は初めて仲間に殺気を飛ばしたが、目の前の二人は毒薬を盛ったことで余裕があるのかどこ吹く風である。

僕は内心、今すごい目でコイツらのこと睨んでるんだろうなぁ、とどこかで他人事のように思いながらも、それと同じく、このままじゃ本当にまずい、という警鐘を聞いていた。

僕は激痛をこらえながら二人へと視線を向けたままニヤリと笑うと、急に冷や汗をかき始めた二人へとこう告げる。

「お前らあとでお仕置きな」

瞬間、僕の身体はその場から転移した。

☆☆☆

「はぁ、はぁ.....、『エクストラヒール』」

街中の人目に付かなさそうな場所にあった落ち葉と位置変換した僕は、自らの体に光魔法Lv.5『エクストラヒール』を使用して毒から回復し、それと並行して僕の気配を限界まで遮断した。

ここまで来れば時の歯車の面々や神々、大悪魔レベルじゃないと恐らくは認識すらできず、一般人からすれば俗に言う『透明人間』と何ら変わりはない。

まぁ、この状態ならば恭香の能力をもってしても僕の位置を特定することは不可能。

あの二人ならば視認は可能だろうとは思うが、空間把握によってあの二人の行動を逐一把握して行動すればその心配もない。

───くっくっく、せいぜい僕が居なくなったことで後悔し、罪悪感に飲まれるがいいわッ!

僕は声には出さず、けれども満面に嫌な笑みを浮かべてそう心の中で嘲笑すると、いきなり知らない場所で一人になったことで落ち着きを取り戻した。

えーっと、なんだこの人通りの少なさそーな、昼間の癖して何故か日の当たっていない雰囲気を醸し出してる怪しげな場所は。

僕は周囲をぐるりと見渡してみるが、やはりどこか怪しげだ。

(うーん......、なんかお化けでも出そうだし、ひと足先に自室にでも戻ってるか......?)

僕はそう考えて踵を返し、クランホームへと帰ろうとしたその時───僕の視界の隅にから、強烈なまでの魔力が察知された。

「───ッッ!?」

僕は咄嗟にその場から離れて氷魔剣を構えるが、その膨大な魔力に比べ、そこから感じられる『敵意』は全くの皆無。

僕が見てきた中でもトップクラス───それこそオリビアやアメリアなんかと同クラスの純粋さ。

「敵では......無いのか?」

敵ではない、はずだ。

だがしかし、敵ではないにしてもこの魔力量は少々どころかかなり洒落にならない。

どうやら僕と同クラス、またはそれ以上の隠蔽によって魔力量が少ない者には感知できない上に、近くまでよらなければわからないようになっている。

───だからこそ、僕は困惑した。

「僕より隠蔽が上手いのは───ロキ、エルザ、そしてメフィスト。そのうち誰かが関わっているとして......」

───あの家から感じられる、僕以上に膨大な、圧倒的な魔力は一体何なのだろうか?

十中八九厄介の種だろう。

けれども僕は、まるで引き寄せられているかのようにその家───否、『万屋(よろずや)』へと引き寄せられてゆき、

───気が付けば、僕はそのドアを開いていた。