The Road to One Day Be the Strongest

gossip "error" and "Deus"

その後も同じような看板が幾度となく立てかけられており、その度に何度も引っ掛けられた(主にエロースが)。

案外一度試してみるのも有りかな、とエロースを送り出してみたこともあったが、残念ながら待っていたのは見事なまでの罠のフルコース。結局エロースが泣きながら帰ってきたので仕方なく甘やかしてやった。

という訳で今現在、延々と続くとも思われたT字路地獄を抜けた僕らは、目の前の光景に思わず息を飲んだ。

「な、なんだこれは......」

目の前にはかつての死神ちゃんのダンジョンの、そのボスたちが待ち構えていたあの場所を彷彿とさせる大きな部屋。

───そしてそれを覆い尽くす、黒い影。

一瞬虫系の魔物かとも思ったが───僕はその様子を見て一瞬でそれらの正体に行き着いた。

「大量のコウモリ......なのか?」

それらには、群れや大軍、軍勢などといった表現すら生温い。

この部屋自体がコウモリによって構成されているのではないか、そう思わずにはいられないほどの数がこの一室に集結している。

僕は思わず隣の強者(エロース)へと視線を向けるが、彼女の顔に浮かんでいたのは純然たる『恐怖』の感情。

正直、これだけ集まったところでエロースに傷一つつけられるとは思えないが、それでも尚"弓使い"にとってこの数は絶望的だ。

けれど、どうしてだろうか───僕の中に恐怖の感情が、それこそ微塵も湧いてこないのは。

僕はエロースの肩へとポンと手を置いて「任せろ」と一言告げると、そのコウモリの占める部屋の中へと立ち入った。

瞬間、彼らは僕のことを察知したのか、先程よりもなお一層激しく蠢き始め、見る人が見れば吐き気を催すだろうが───残念ながら、僕からしたらそれらは恐怖足りえなかった。

「『失せろ』」

威圧を乗せた───たった一言。

瞬間、コウモリたちはまるで時が止まったかの如く蠢きを止めた。

「おい、僕は『失せろ』と言ったんだ」

再び、今度はなお一層威圧を込めてそう言った。

すると先程まで固まっていたのが嘘だったかのようにコウモリたちは一斉に羽ばたき出し、まるで何かから逃げるかのごとく、一目散にエロースの立っている入口目掛けて飛び立った。

───それは、さながら一体の黒龍。

その様を見ながらも僕は、いつの間にか近くにまで来ていたエロースへと視線を向けた。

やはりというかなんというか、エロースはまるで未確認生命体を見るかのごとくこちらを眺めていたので、僕は少し苦笑してからさも当たり前のことを口にした。

「こちとら純血の吸血鬼なんだ。ダンジョンモンスターとはいえ、ただのコウモリが僕に逆らえるわけがないだろう」

エロースの瞳には、爛々と赤く輝く僕の瞳が映って見えた。

☆☆☆

世界には、全てを創造した創造神エウラス、そして地母神ガイアさえ予期せぬことが少なからず起こりうる。

どうやら僕もしっかりとその一員を務めているらしいのだが、まぁその話はおいおいするとして、今はこの世界に蔓延る『魔物』について話すとしよう。

───魔物。

一般的には、G、F、E、D、C、B、A、AA、AAA、S、SS、SSS、の十二階級に分けられており、AAA以上ともなると小国ならば滅ぼされる危険性を伴う故、他国へと高位の冒険者の救援要請を願うほどだ。

まぁ、白夜や輝夜、レオン、暁穂と、僕の仲間達はその上の『EXランク』に収まっているわけだし、正直SSSランクを超えた時はかなり嬉しく、心の中ではテンションが上がっていたと記憶している。

───だが、時として魔物達の中には『EXランク』という括りの中でさえ狭いと断言する、正真正銘の化物たちが存在する。

もしもそれらの魔物達を同じ『EXランク』という括りの中で分けるのだとすれば、最高位と最低位で、それこそ天と地すらも生温い圧倒的な差ができてしまう。

だからこそ神々は考えに考え、結果、新たなランクを二つ(・・)、新たに生み出すこととした。

まず一つ。

EXランクという括りから大きく外れた、それこそ正真正銘の化物たちが所属する場所。

例えをあげるならば、今の僕や“時の歯車”のメンバー、そして白虎を含む五聖獣などがそれに当たる。

───理(ランク)から外れた者達、いわゆる【error】である。

僕は言いやすく『error級』とでも呼ぶことにするとして、ランクという概念ですら呼ばれなくなった僕達ではあるが、それでも尚その中での格差は大きく、例えるならば一番上が死神ちゃんやエルザ、一番下が僕と言ったところだろうか。

まぁ、簡単に言えば『化物たちの巣窟』って感じだ。

───だがしかし、それさえも超越する化物が、この世界には存在する。

僕が知る中では、世界竜バハムートを初めとした、グレイスや母さん(リーシャ)、そして最高神や大悪魔のほんのひと握り。そして三人の───世界神。

それら"error"と呼ぶことさえもはばかられる、全世界における最強の名に最も近しい、真の強者たち。

彼らを総じて───【Deus(デウス)】とよぶ。

☆☆☆

まぁ、今のタイミングで何故こんなことを話したのか多くの人はもうすでに察してはいるかと思うが、中には『は? ダンジョンでDeus級が出てきたのか!?』なんて過剰な考えを抱いている者もいるかもしれない。

───だがしかし、隣にDeus級は居るってことは居るのだが、もしもこいつ以外にDeus級が居たのならば、その時は僕は戦闘の衝撃波だけで消し炭になるだろう。つまりは今日が僕の物語の最終回となるわけだ。

まぁ、さすがに運命神様もそこまでの試練をお与えくださったわけではなかったのだが、どっちにしろ僕からすれば絶体絶命な事には変わりない。

なんせ───

「あれっ? あの子『テュポーン』ちゃんじゃない?」

───テュポーン。

なんだかエロースが言うと可愛らしい名前にも聞こえるが、正直言うと見た目も中身も全くもって可愛くない。って言うか普通に怖い。

まず見た目。

二足歩行の人型タイプなのはいいが、無数の竜の頭と巨大な尻尾を持ち、日本にいた頃に見た伝承を鑑みると、恐らくはその両腕は自由自在に伸縮できるものと見る。つまりはこの場の全てが攻撃範囲内という訳だ。これだけでも随分なチートである。

───が、一番ヤバイのがその経歴だ。

なにせ、あの化物は───

「確かテュポーンちゃんって、ガイアが作った『error級』の魔物で───」

───幼少期のゼウスちゃんにも(・・・・・・・・)勝ってたよね(・・・・・・)?

『GIYAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」

僕は最強すら打倒した化物を目の前に、あまりにも酷すぎる現実を、そして世界の理不尽さを呪ったのだった。

☆☆☆

ブワッ! と僕のすぐ後ろを凶悪な大爪が空を切り、僕はそのあまりの風圧に前転するように転びながらも走り続けた。

チラリと背後を振り返ると、そこには怒りの形相を浮かべた理不尽(テュポーン)が居り、ふと目が合ったような気がした僕はすぐに前を向いて走る速度を一段階上げた。

───そして何故か、隣で楽しげに走っているポンコツ女神。

まぁ、現状を簡単に言い表すならば『勝てなさそうだから逃げている』の一言に限るのだった。

「って言うかエロース! お前Deus級なんだからアイツくらい倒せるんじゃないのか!?」

「そーだね! 本気出せば一撃だよっ!」

「なら早く倒してく───うわぁっ!?」

僕は再び振るわれた凶刃をなんとか回避し、再び走り出す。

すると難なく付いてきているエロースは、なんだか不思議そうな顔を浮かべてこちらへと視線を向けてきた。

「でも珍しいね、親友くんが逃げるなんて? いっつもなら『人は最悪の状況下でのみ進化し───』」

「ちょっと!? いまそんなふざけてられる状況じゃないよね!? 普通に今までで最大の生命の危機だよね!?」

「ふふんっ! 私がいるから親友くんが死ぬことはないんだぜっ!」

───何故だろう、話が進まない。

それに『逃げるのが珍しい』なんて言われているが、こんな僕でも過去を振り返れば何度か逃げた記憶はあるにはあるのだ。

Deus級でも上位の強さを誇るらしいバハムートに会った時、ルシファーによって右腕を奪われた時、......あとあれだ、アンナさんに襲われかけた時だな───うん、パッと思い出すだけで三回もある。こう考えると何ら珍しい事じゃないさ。

と、そんなことを考えていると、僕の考えていることがわかったのか、エロースは少し真面目な顔で口を開いた。

「流石は私の見込んだ親友くんだね。私がいるからって言って格上相手に無謀な攻撃を仕掛けてない。そこらのお馬鹿さんなら強くなった自分の力に溺れ、経験値欲しさに反撃して、たぶん助ける間もなく死んじゃってるよ」

僕は珍しいエロースの表情に少し驚きはしたが、すぐに首を縦に振って肯定した。

「かなりの格上の、しかもこっちの命をバリバリ狙ってきてるような奴、普通は相手にする方が馬鹿だろうが。僕だって自分と相手の大体の力量差くらい、大体パッと見た感じで分かるしな」

───ごく稀に例外(ペンギン)もいるのだが。

僕がそう言うと、エロースは「ふふっ」と笑を零してこう告げた。

「案外、今の親友くんならいい勝負すると思うんだけどねっ!」

瞬間、エロースはその場に立ち止まり、くるりと回って僕へと背を向ける。

個人的には先ほどの言葉の意味を問いただしたかったところではあるが───僕は彼女から湧き上がる魔力を感じでその思考を切って捨てた。

───そう、今は彼女の『力』を見る方が優先だ。

「行っくよーっ!『神弓顕現』っ!」

瞬間、エロース身体から魔力が吹き上がり、その魔力が彼女の手に集まり───見覚えのある弓を形成した。

ピンク色を主とした、エロースに負けず劣らずの美しさを秘めた芸術品。それでいて僕の全魔力をも凌駕する魔力を保有しているのだから笑えない。

彼女の視線の先には目を見開いて固まっているテュポーンの姿が。

おそらくは、アイツもやっとエロースの『ヤバさ』が分かったのだろう。身体中から脂汗が滲み、よく見れば身体中が微かに震えていた。

この化物すらも恐怖させるとは、ほんとにお前って奴は───

瞬間、エロースを中心に莫大な魔力が吹きあられ、いつの間にか、弓には一本の矢が装填されており。

───そうして彼女は、弓を放った。

「『寵愛の一撃(エロス・フィナーレ)』!」

気がつけばテュポーンはその背後のダンジョンルームごと消し飛んでおり、その背後のダンジョンの壁すら貫通し───山に、大きな穴が空いていた。

本来ならば見ることの出来ない夕日がダンジョン内へと差し込み、僕は未だこちらに背を向けている彼女を見て、こう呟いた。

「ほんとにお前って奴は、最高だよ」

☆☆☆

結局顔すら知らぬダンジョンマスターごとダンジョンコアが消し飛んでしまったため、今回の収穫としてはエロースの強さを知ることが出来たことくらいであった。

───だが、僕にはどうしても解せない疑問があった。

「なぁエロース。あのダンジョンについては、あの恭香が『最近出来た』って断言したんだぞ? いくらダンジョンマスターが優れてるからって、あれほどまでの凶悪なトラップの群れにerror級のテュポーン。こんな短時間で用意できると思うか?」

そう、僕の疑問そこなのだ。

恭香はゼウス程ではなくとも全知のスキルを所有している。

その恭香が断言したならばそれは本当のことで、いくら隠蔽しようとしても、僕やメフィスト、ロキ、エルザなんかと同等の隠蔽をしなければ誤魔化しようがない。

だからこそ僕は不思議に思───

「うーん? 今の親友くんの魔力ならまだしも、もしも今の親友くんよりもずーーーっと強いひとがダンジョンに入ったりすれば、その人から溢れ出る魔力をダンジョンが吸収して、テュポーンちゃんくらいならDPガチャで使役できるようになるかもねっ! 運がかなり良ければ、って話だけど!」

───っていたんだが、どうやら今全てが解決したようだ。

「ねぇエロース? もしも僕よりもずーーーっと強いエロースがダンジョンに入ればどうなると思う?」

僕の言葉に首をかしげたエロースではあったが、数秒もし無いうちに気がついたのか、「うぐっ」と固まって冷や汗を書き始めた。

「あ、あのっ、あのね、親友くん? べ、べべ、別に私だって悪気があった訳じゃな───」

「「「「「「「GUAAAAAAAAAA!!」」」」」」

瞬間、まるで何かに誘われてきたかのように僕らの周囲へと数え切れないほどの魔物の大軍が押し寄せてきて、気がついた時には完全に囲まれていた。

そして僕の脳内には、あるスキルの名前が浮かんでいた。

僕はふっと笑みを浮かべてエロースへと振り返る。

僕の心からの微笑みにエロースも安心したのか、ぱぁぁっと花が咲くような笑みを浮かべる。

そして───

「そんじゃ、先に帰ってるからな」

僕は満面の笑みでそう告げると、身体を霧にしてその場から立ち去った。

その後、弓を鈍器にして魔物相手に無双する女神が目撃されたそうではあるが、きっと僕には関係の無い話であろう。