その魔法陣が展開され、その直後、その場には一人の男性が召喚された。

ボサボサの灰色の髪に、伸ばしっぱなしになっているその汚い髭。そしてその赤色の瞳は、いきなりの召喚に戸惑い、そして外の景色に歓喜の色を浮かべていた。

──が、すぐ近くに立っている面々を見て、その瞳を恐怖色に染め上げた。

「さ、最高神だとっ!?」

この程度のやつに『様』すら付けられなかったことに、最高神の面々はピクリと眉を動かした。

けれどもその中でも最も長命な創造神エウラスはほっほっほと笑い飛ばし、その中級神へと言葉を飛ばす。

「ほっほ、威勢が良いのぅ? とりあえずワシらの質問に幾つか答えてくれるかのぅ?」

「へ? あ、あぁ、分かった」

この中級神は敬語が使えない俺様ラノベ主人公なのだろうか。恭香は思わずそんなことを思ったが、エウラスは気にした風でもなく言葉を紡ぎ出す。

「実はのぅ、ワシは人間なんぞゴミクズだと思っておってな? お主、確か地球の男の家庭をめちゃくちゃにしたじゃろう? あれについてチィとばかし話を聞きたくてな?」

その言葉にエロースとアポロンは絶句し、言葉を挟もうとしたが、エロースをゼウスが、アポロンをハデスが押さえ込み、何とか難を逃れた。

それを横目で見て内心で安堵の息をついたエウラスは、尚も思ってもいない言葉を紡ぎ出す。

「ワシは昔っから悪戯好きでのぅ。ああいう嗜好は面白くってたまらんのじゃ。お主は死神の下についていてはそれらも出来んじゃろう? じゃからこれは所謂面接みたいなもんじゃ、安心して答えて良いぞ?」

するとミラーグもその警戒を少し解いたのか、その事件について語り出した。

「あ、あぁ、たしかに俺はちょっと前に一家庭をめちゃくちゃにしてやった事はあったな。チンケな事(・・・・・)だったから大して覚えてねぇが、たしかある男の人生を滅茶苦茶にしてやったんだよ。魔法で記憶改竄して『兄』とか名乗ってやったよく分からねぇ男へと恨みを募らせてやったらあの男、怒りに顔を歪めて殺しやがってな! そりゃあ笑いもんだったぜ!」

ミラーグはこの数年間、ずっと牢獄へと閉じ込められていた。

そのため話し相手など皆無であり、ストレスがたまり続けていた。だからこそ一度話し始めたら止まることはなく、様々なことを暴露した。

ちなみにだが、その男こそがギンの叔父であり、記憶を改竄して彼の兄として暮らしていた人物こそ彼の神王ウラノスである。

「んで極めつけはその兄の息子へと怒りを向けやがってな! 終いには狂いに狂って妻まで殺して、しかもそのガキのクラスメイトの家に殴り込みだぜ!? チョーウケるのなんのってさ! なぁ、アンタもそう思わねぇか!?」

呪眼神ミラーグはそう言ってエウラスへとその顔に笑みを浮かべて言葉を投げかけ、エウラスの顔を見て固まった。

その顔に浮かぶのは、嫌でもこういう演技をしなければならなかった事への嫌悪感と、目の前の男に対する絶対的な怒り。

それを見たミラーグは、今になって全てを察する──嵌められたのだ、と。

その視線の先のエウラスからは徐々に、そして膨大な魔力が溢れだし始めていた。

そして──

「なんだ、つまんないの」

瞬間、ロキのそんな声が、辺りに響き渡った。

その思いもせぬ言動に思わずエウラスもミラーグも目を剥いてそちらへと視線を向けたが、エウラスはそのロキの顔を見てふっと笑を零した。

「なんじゃい、ワシの出番は終わりかのぅ?」

「うんっ、私ってばつまんないのって大っ嫌いなんだよねぇ」

そう告げるロキの顔からは全ての表情が抜け落ちており、その身体からは隠しきれない程膨大な魔力が滲み出ていた。

彼女は一歩、また一歩と足を踏み出すと同時に口を開く。

「私ね、楽しいのが大好きなんだよ。例えばこの時代ならギン君とかかな? 彼って先が読めなくて面白いじゃん、本当ならもっと前、それこそあの最初のダンジョンで死んでるのが普通なのに、普通ならありえない速度で強く、速く、私たちの袂まで向かってきている」

そうしてロキは頬を緩める。

そう、ギンの冒険は本来ならばあのダンジョンで終わっているはずだった。

あのダンジョンは言わば『選定』の場所であり、本来ならばタブーである『意図的な異世界転移』を行った神々がその迷い人をあの場所へと閉じ込め、もしも万が一に出てこれたのならば生かしておく、という名目の場所だ。

だからこそ死神も内心では『俺の血筋がもったいねぇ』と思っていたのだが──ギンはあの地獄を生き抜いた。

それは確率的には有り得ない白夜のテイムというものがあったからに他ならないが、それでも常人ならば乗り越えることすら不可能だったあのダンジョンを、あろう事か彼は一度の敗戦もなく、失敗もなしに乗り切った。

それに加えてフェンリル率いる大進行、バハムートとの対戦、帝国への大悪魔と混沌の襲来、王国への悪魔の襲来、そして大悪魔との決戦。それを一つとっても一歩間違えれば彼は死んでいた。

──けれども、生き延びた。

まるで世界が彼に『生きろ』と言っているかのごとく生き延び、その度に力をつけ、本来ならば有り得ぬ所までやって来ている。

それはロキにとってはどんな物語よりも面白い嗜好であり、それでいて何よりも応援したくなる物語だ。

いずれ最強へと至る物語。なんていい響きだ。出来るものならやってみてくれ、応援してやるからさ。

だからこそ彼女は彼をグレーゾーンを通ってまで支援したし、天界で一生懸命に応援し、暇すぎる時には試練を与えようとバハムートを誘導したりもした。

──だけど。

「だけど、君みたいなつまらない奴、彼の物語に介入していいわけがないだろう? それはあの素晴らしい作品に泥を塗るような行為だ。それは絶対に許さない」

瞬間、彼女の顔からは笑みが消え失せ、それと同時に隠蔽を解除したその身体からは膨大な魔力が吹き荒れる。

それは見間違えるはずもなく──全能神ゼウスと同格の魔力。

彼女はその怒りを隠しもせずに手のひらを上へと向けると、隠し続けてきたその能力を使用した。

「『英智の王(ザ・ウィスダム)』」

瞬間、その一面の花畑が一瞬にして荒野に書き換えられ、それと同時に地が割れ、崩壊し、浮かび上がり、彼女の上空に幾つもの小惑星を形成する。

それにはゼウスを含めた最高神たちも驚きに目を見張り、それを向けられているミラーグは隠しもされていないその殺気を恐怖し、絶望した。

そしてロキは、そんなミラーグに対してこう問うのだった。

「さぁ、君は意図的に起こされる大自然の災害に対して、勝つことが出来るかな?」

それは言外に、これから星の力を使うと宣言しているようなものだった。

☆☆☆

彼女は容赦なく、その手を振り下ろす。

それと同時に浮かんでいたその惑星はミラーグ目掛けて吹き飛んでゆき、予想よりも遥かに早かったその速度にミラーグはそれらを避け損なった。

「ぐはっ!?」

その小さくてもなお巨大な小惑星に体を掠めたミラーグはボロ雑巾のように吹き飛ばされてゆき、その様を見てロキはニヤリと笑みを浮かべると、楽しげに口を開いて更なる惑星を飛ばし出す。

「くふふっ! 君、やられ役には丁度いいかもね! でもあんまり長く生き延びるのはオススメしない⋯⋯かなっ!」

戦闘開始から未だ十数秒。

ロキは未だ実力の一割もだしておらず、にも関わらずミラーグは最初っから全力だった。

それでも尚開き続ける、その戦況の優劣。

ミラーグは何とかそれらの惑星を間一髪で躱すと、ロキは手首を使って、ピンと立てた人差し指指を上から下へと振り下ろした。

「ほいっ」

瞬間、いつの間にか集まっていた黒い雲がミラーグ目掛けて一直線に落雷を投下し、彼は躱せるはずも無く、その超高電圧をその身で浴びることとなった。

「アガがガガガッ!? うぐッ、あぁぁぁぁッッ!」

彼は全力を振り絞ってその落雷からその身を抜け出す。

その落雷はただの落雷とは違って最高神の、それも狡知神ロキの魔力を帯びたもの。その威力はそこらの雷とは一線を画していた。

そのためミラーグにとってはその行為だけでもその身が削られていく。それも尋常ではないレベルで、だ。

だからこそ、ミラーグは分かってしまった。

(クッ、仕方ない! ここは逃げるしか⋯⋯ッ!)

相手は狡知神。演技は通じない。

彼は立ち上がると、脇目もふらずに逃げ出した。

彼は昔から逃げ足だけには自信があった。

相手があの狡知神であっても逃げ切れる可能性はゼロじゃない。きっと何とかなるさ。

そう思って駆け出した彼は──

「『炎天下(ヴァーミリオン)』」

目の前に落とされた、その青い太陽(・・・・)にその道を阻まれた。

彼の視線の先には青く燃え盛る太陽と、その付近に浮かんでいる、オレンジ色の髪をたなびかせた一人の少女の姿があった。

「あなたには⋯⋯多分『始炎(・・)』で十分よね? って言うかこれより上げちゃったらロキの見せ場奪っちゃいそうで怖いわ」

「いや、普通にアポロン登場しなくても良かったんだけど? 見事なまでの能力の無駄使いだねっ!」

「な、なんですって!?」

その言葉にミラーグは察する。ロキからは逃れられないことを。

そして何より──この狡知神から逃げられたところで、この場には他の最高神も居るということを。

彼は確実に詰んでいる現実に苦笑いを浮かべると、それを見通していたのか、ロキのこんな声を耳にした。

「最高神二人に能力を使わせるなんてすごいねっ! 地獄で犯罪者たちに誇ってきて大丈夫だよっ!」

その明らかに嫌味であろう声を最期に聞いて、呪眼神ミラーグはその命を落とした。

──ちなみに死因は、小惑星による圧死だった。