The Road to One Day Be the Strongest
Outside 04 The Power You Want
「今戻ったぞよー」
そんな声とともに、その少し大きな掘っ建て小屋の扉を開けるグレイス。
それと同時に吹き荒れる、猛烈なまでの熱気。
まるで閉じ込められていたようなそれが一瞬にしてその入口から吹き出したのだ。グレイスの後ろに立っていた久瀬たちは思わずソレに仰け反った。
のだが、
「何してんだこのクソババア! ワシが鍛冶をしている時は扉を開けるなと何度言ったら分かる!?」
瞬間、奥の部屋から溢れ出した常識外れな殺気に、彼らは思わずその場から飛び退いた。
その無遠慮なまでの威圧感と殺気は。久瀬たちにとって正面から受け止めるには──あまりにも強すぎた。
それ故の退避だったが、
「ん? おお悪い悪い。他の客人がいたのか。クソババアだけなら今すぐここで戦争始めようかとも思ってたんだがな……」
「ほう? ワシに戦争をふっかけるとはお前も言うようになったではないか──ドナルド」
久瀬たちは、グレイスのその言葉に思わず目を剥いた。
──ドナルド。
その名前は彼の伝説のパーティ『時の歯車』の一員に名を連ねる者の名前であり、なによりもこの岩国バラグリム。その頂点──つまるところ国王に位置する者の名前だからだ。
それゆえに『ドナルド』という名前に敬意と畏怖を払って、他の土精族がその名を名乗ることはないわけで──
「ほ、本物……?」
愛紗はそう呟いた。
それには彼は面倒くさそうに頭をかいて、こう告げた。
「おうよ、鍛冶神ヘパイストスの師匠、最強の土精族、伝説の鍛冶師。等々様々な呼び方はあれど、ワシこそが俗に言われる、ドナルドっていう男だ」
そうして久瀬たちは、伝説の鍛冶師と邂逅した。
☆☆☆
数分後、久瀬たちはその掘っ建て小屋の中へと通されていた。
掘っ建て小屋──またの名を住居、またの名を仕事場。
外見はボロボロだがすきま風は一切入らないように設計されており、一見どこにでもありそうな建物とは裏腹に、そこらの床や壁に立てかけてある武器の数々はどれも一級品。
そのギャップに久瀬たちは思わず間抜けたような声を漏らした。
「何でぇ、その間抜けな面は」
その呆れたような声に彼らは正気に戻される。
視線を向ければそこには苦笑いを浮かべるドナルドの姿があり、彼は器用にそれぞれのコップへとお茶を注いでいた。
その器用さには彼らも内心で目を剥き──
「ワシが器用なのに驚いてる、って感じだな。残念ながら鍛冶師ってのは器用じゃなきゃやっていけねぇんだよ」
その、まるで心を読んだかのような言葉に、彼らは目に見えてぎょっとした。
──読心。
その伝説上のスキルの名前が頭をよぎったが、それを見ていたグレイスがくっくっと肩を震わせ始めた。
「安心せい、この男は昔っから武具を作れ武具を作れと言われ続けておってな。それ故に相手が内心でどんな感情を抱いているか。それに少しばかり聡くなったという話ぞよ」
その言葉に、その様子に──
「グレイス……お前、本当は何歳なんだ?」
「ぶふっっ!」
やっとグレイスが見た目通りの年齢ではないことに気がついた久瀬であった。
その実力の程までは分からないし、ギンの弟子なのか、それとも本当に師匠なのかも分かりはしない。
けれどもこんな大物と対等に口を交わせている時点で、彼女はそれなりの人物で、それなりに長く生きていることだけは理解できるというものだ。
ゴホッ、ゴホッ。
飲んでいたお茶を吹き出し、咳き込んでいるグレイス。彼女を見たドナルドは腹を抱えて笑い始め、バンバンとグレイスの背中を叩き始めた。
「なっ、なんだよババァ! お前もしかして幼女とでも間違われてたんじゃないのか!? ぷっ、ふははははっ!!」
「い、痛いぞこの脳筋が! 叩くでない!」
「……いや、お前にだけは言われたくない」
ドナルドはグレイスのその言葉にスゥと素に戻ってゆくと、よじれる程に笑って痛くなった腹をさすり始めた。
「まぁ、冗談はこれ位にして、だ。お前達の要件は武具を作ってくれ、って感じで相違ないか?」
半笑いしながらそう、サラッと言われたその言葉。
久瀬は一瞬何を言われているかは分からなかったが、それでもその言葉を理解すると同時に首肯した。
すると、ドナルドは「ふむ」と頷くと、久瀬たちをジロリジロリとじっくりと見て回した。
そして十数秒後。
「まぁ、確かに将来は有望そうだな。運が良ければワシと肩を並べられるくらいにまでは成長出来るだろう」
そう、飾ることのない言葉を口にした。
かつてアルファが言った通り、彼らの域に達することが出来るのは、努力した天才、もしくはかなり努力した凡人。その二種類しか有り得ない。
中には生まれた頃から強い存在も居るには居るが、それは神王ウラノスという怪物や、生まれた時から完成系であった混沌くらいなものだ。
だからこそドナルドはそう表現して、
「一つ聞こう、お前はどこを目指す。久瀬とやら」
そう、純粋な質問を投げかけた。
☆☆☆
どこを目指しているか。
それは強くなる上では必ず明らかにし、そして自覚せねばならない事であり、彼のギン=クラッシュベルも恭香の夜の対談。あれを経て『自分が最強を目指す理由』を理解し、そして大悪魔を倒すに至った。
それは僅かな変化。けれども有るか無いかでは天と地ほどの差があり、なによりも──
「それを知っているかどうか。自覚しているかどうかで全てが決まる。何をするでもなくグダグダと時を浪費するか、目標を知ってそこを我武者羅に目指すか。少なくともワシはグレイスの口利きだろうと、前者にだけは武器は造らん」
そう言ってドナルドは、久瀬へと真っ直ぐ視線を向けた。
彼にとってグレイスは仲間であり、恩人でもある。幾度となく命を救われたし、幾度となく借りを作ってきた。
だからこそ彼女が連れてきた以上どんな相手でも基本的に武具は作るつもりではあったが、少なくとも未来が見えない相手に握る槌はない。握るのは拳で十分だ。
だからこそドナルドはそう口にして……、
「ある男を……超える力を手にするために」
久瀬は、迷うことなくそう答えた。
「ずっと比べられてきた。頭も身体も相手の方が上で、アイツは俺のことを凄いと、そう言って期待してくれてるが、俺の何倍もアイツの方が凄いことなんて……傍から見てれば誰でもわかる」
そう言って彼は悔しそうに顔を伏せる。
『久瀬はいつか自分を超えるだろう』
彼はかつてそう言った。言って止まなかった。
それは傍から見れば、彼が口にした中で最も大きな、そして明らかな虚言だ。久瀬竜馬が彼を超えるなど今まで一度としてなかったことだし──きっとこれからも、多分ない。
もしかしたら彼は久瀬の中に、グレイスやドナルド、その他の仲間達にも見通せない『何か』を見ていたのかもしれない。
けれども常識的に、経験的に見て、二人の力関係が逆転することは有り得ない。
だからこそ、ないと分かっているからこそ、久瀬はこう願った。
「俺はアイツの期待に応えてやりたい。俺はアイツに救われた。なら今度は俺の番だ」
そう言って彼は、その願いを口をする。
「俺は、アイツに勝てるだけの力が欲しい。アイツがいつか、道を間違えた時。その時に一発殴って止められるような。そんな強い力が」
その言葉には、腕を組んで黙していたグレイスは微かに口元を緩め、ドナルドは満足げに笑みを浮かべた。
「なるほど……おいババア。その相手の情報、知ってるだけ教えてくんねぇか?」
「ふむ、良かろう。なにやら面白そうな展開になってきおったからな」
そう言って二人は立ち上がる。
久瀬は展開が読めずに思わず目を点にしてしまうが、ドナルドの楽しげな笑みと、その言葉を聞いて全てを理解した。
「代金はツケにしとくぜ、久瀬とやらとその仲間達。ワシの作る武具を使用するんだ。相手が誰だろうと……負けるなんてこたァ有り得ねぇ」
その言葉には、信用するに足る自信が含まれていた。
☆☆☆
「な、何だその化物は……」
数分後、ドナルドは頭を抱えてそう呻いていた。
そこには先程まで自身たっぷりだった彼の姿はなく、ただただその相手の情報を聞いて絶望感に浸るドワーフが居るばかり。
「その最上位とかいう神器『炎十字(クロスファイア)』にの神王ウラノスとやらの『常闇のローブ』はまだいい……、まだ素材によっちゃなんとかなるだろう……」
その言葉は知るものが聞けば耳を疑うような言葉なのだが、ドナルドは、それでもなお絶望していた。
「ミコが作ったあのチンケなナイフ……ッ! あ、アレにあのウロボロスの魂が宿ってやがっただと!? 通りで一目見た途端に寒気がしたと思ったぜ! クソッ!」
「にははははっ! ワシなんて怖すぎて幻覚みたぞ!」
そうして自慢するように胸を張るグレイス。
円環龍ウロボロス。
それはかつて『時の歯車』が決死の覚悟で挑み、奇跡に奇跡が重なった結果偶然にも倒せた怪物の中の怪物であり、その力は今の全能神ゼウスにも匹敵する。
そんな魂が宿る武器を持ち──その上その武器をあろう事か使いこなせている。逆にウロボロスが従っている。
「ソイツ……アレだろ? あの数ヶ月前にあったとか言う大陸放送の。ワシ作業中だったから見てなかったんだよなぁ……」
そう、ドナルドは後悔を顕にした。
しかも話によればその男は防具を壊されているらしい。
ウロボロスさえ従えるその男──ドナルドは心の底からその男の防具を作ってみたいと考え、それと同時に、その男が持ち込んでくるであろう素材。それを考えて頭を悩ませた。
のだが──
「ちなみに、神器には聖獣白虎が。ローブには聖獣玄武が宿っておるとも言っていたぞ? あと絶対に折れない神剣もあるとか」
「先に言えよッ、そういうことはッ!」
グレイスからもたらされた新たなる情報に、ドナルドは心が折れそうになった。
確かにその程度の性能ならばドナルドの腕を持ってすれば何とかなるだろう。
けれどもその武器に魂が宿るかどうかは全くのランダムで、それがいくら伝説の鍛冶師と言えども決まった武器に決まった魂を宿すなど不可能にも程がある。
「……まぁ、ソイツの素材を使えればその可能性は上がるんだろうがな」
そう、ドナルドは嘆息した。
ブラッドナイフには円環龍ウロボロスの爪が使われた。
常闇のローブには聖獣玄武の甲羅が使われた。
だからこそ運良くそれらの魂がそれらに宿ったわけで……。
と、そこまで考えたところで、彼は一つの可能性に至った。
「待てよ……? そういや居たな。歯車で倒して、未だに素材が手元に残っている化け物が……」
彼は思い出す。
円環龍ウロボロスと戦う数年前に戦った、地上最強とも呼ばれる化け物の事を。
ウロボロス程ではなくともかなりの強さを誇り、ドナルドも一撃で瀕死に追いやられた──その獣の名前を。
その素材は出回っておらず、その上一度として使っていない。なればこそ、未だに魂が残留している可能性は十分に考えられる。
ドナルドは立ち上がって、久瀬へと視線を向ける。
その他の面々にもそれぞれの武器が必要だが、とりあえずは彼の武具を──その刀を造るとして、
「なぁ、久瀬とやら」
──世界獣ベヒモスって、知ってるか?
その名はバハムートに肩を並べる、真の化け物の名前であった。