The Road to One Day Be the Strongest
gossip love at first sight
その後。
ぶらぶらと水族館の中を見て周り、海も近いということで魚介系の料理を食べ、そして少し休憩なんかを挟みながらも、僕と恭香のデートは幕を閉じた。
描写省きすぎだろ、とか。あっさりしすぎだろ、とか。
そう言われるかもしれないけど、デートしてるのは僕と恭香だぞ? もう白夜から『老年夫婦にしか見えないのじゃ』と言われる程だぞ? そんな老年夫婦のデートを詳しく書いて何になるというのだ。
「って言っても、ギン普通に恥ずかしいだけでしょ?」
「お前が言うな、お前が」
僕はいきなり割り込んできた恭香にそう言葉を返す。
場所は宿屋の一室。
昨日は一日デートということで、なんと恭香は僕の部屋で普通に一夜を明かしたわけだが――
「ギンさ、さすがに童貞こじらせ過ぎじゃない? 彼女と一日同じ部屋にいて一切を出さないどころか出す気配もないってどういうこと?」
「……何でだろうな。こじらせすぎて耐性が付いてきたのかも」
そう、何にもなかったのである。なんにも。
しかもさらに言えば僕の部屋はシングルベッドが一つあるだけの小さな部屋で、僕と恭香は同じベットで眠ったわけだ。
それにも関わらず、一切手を出さなかったのだ僕は。
もうね、このヒヒイロカネの精神力だけは崇め奉らってもらってもいいと思うね。
「この狂人」
「うるせ」
僕は恭香の言葉にそう返すと、それと同時に換装の指輪を使って服を寝間着から私服へと取り替える。
直後、僕の瞳が空間の歪みを察し取り、僕は驚いてそちらへと視線を向けた。
するとそこには見覚えのあるゲートが開いており、その中からヒョイっと、白夜が顔を出した。
「お! 起きてたみたいじゃな! あと、えっとあれじゃ……。昨晩は、お楽しみでしたね」
「普通に寝てましたが何か」
もう普段よりも爆睡していたとさえ言える。
その言葉に白夜はチッと小さく舌打ちをすると、これまた小さく本音をぶちまけた。
「本当は昨日のうちにそんな感じになっていたら良かったのじゃが……。そうすれば妾も安心して朝這い出来たものを……」
なるほど、そういう目的か。
僕はハァとため息を吐くと、パチンと指を鳴らした。
瞬間、白夜の足元へといくつかの魔法陣が展開され、それらからジャラジャラと銀色の鎖が召喚されてゆく。
「んなぁっ!?」
その緊急事態には流石の白夜も驚き目を見開いて、ほんの少し初動が遅れた。
「『エアロック』」
瞬間、追い打ちとばかりに白夜を中心とした空間が止まり、白夜が太陽眼を発動するよりも先にその鎖が白夜の身体に絡みつく。
「し、しまったのじゃ!」
その声と同時に白夜の太陽眼が元の金色の瞳へと逆戻りし、その隙にも他の鎖がジャラジャラと彼女の体をぐるぐる巻きにしてゆく。
数秒後には白夜の『雰囲気簀巻き』が完成し、彼女は何も出来ずに床に伏した。
「最終段階、グレイプニル。物理も魔法も、その他の能力もすべて無効化にするその鎖……。珍しくも油断したな白夜」
僕はそう言って立ち上がると、白夜の首根っこをガシッと掴んだ。
「んじゃ、先に下行ってるから恭香も服着替えたらすぐ来いよ?」
「うん、分かった〜」
僕はその声を聞くと、そのまま踵を返して部屋から出た。
ちなみにだが、一階へと降りる最中、引き摺られたまま階段下りの責めを受けた白夜は、何だか昇天しそうな勢いで涎を垂らしていた。
☆☆☆
「さて、今日こそは私の番ですね、マスター」
朝食を終えて少し。
大きい方の女子部屋へと集まっていた僕達。雑談なんかを躱しながらもいつものように話していると、突如として暁穂がそんなことを言ってきた。
「ん? いきなりどうした暁穂」
「いえ、昨日は恭香さんがデートしたので、約束した中でいえば私だけ未だにデートしてないな……と」
……まぁ、それを言われると白夜と輝夜にもフカシを治療するのに『デート』がどうのこうの言った記憶があるが――まぁ、それでも一度はデートしたもんな。
確かにこう考えると約束した中で未だにデートしていないのは暁穂だけだった。……なんだか申し訳ない気がしてくるな。
「うん、分かった……けど、良いのか? 朝からじゃなくて」
見れば窓から見える太陽はかなり高い位置まで登ってしまっており、なるほどかなり遅い時間まで寝てたんだな、ということが理解できた。
だからこその問いかけではあったが。
「ふふっ、問題なんてありませんよ、私はマスターと一緒にお出かけできればそれでいいのです。一緒にいるだけで幸せですから」
その言葉に、女性たち一同が戦慄した。
「お、お姉……ちゃん!?」
「こ、こやつ……言いおった、言いおったのじゃ!」
「まさか恥ずかしがることなくそんな告白まがいのことを言うだなんて……」
「す、すごい鋼の精神力だよっ!?」
「……ふ、ふんっ、べ、別に大したことはないであろうに。余なんて仲間になってすぐに夜這いをかけたぞ?」
「あーはいはい、凄いわね。思わず戦慄いちゃうわー」
その様子に対して何か言うとすれば――あんまり言うのやめてくれ、恥ずかしいから、という感じだろうか。
僕はポリポリと頬を掻きながらも顔を背けると、暁穂へと向けてこう告げた。
「そ、それじゃ、その。行くか、デートに」
「はいっ。宜しくお願いしますね、マスター」
彼女はそう、嬉しそうに笑みを浮かべた。
☆☆☆
数分後。
僕は宿の前で立ち尽くしていた。
というのも、目の前にいる彼女――暁穂の姿が、普段のメイド服とはかけ離れたものであったからだ。
「あ、暁穂……、その格好……」
「ふふっ、これは数年前に買った服なのですが……、どうでしょうか?」
そう言って彼女はこてんと首をかしげ、それを見ていた周囲の男どもが「うぐっ」と呻いて膝を付く。
けれどもそれも仕方ないだろう。
なにせ、ついさっきまでヒヒイロカネの精神力だとか言っていた僕でさえ危ういのだから。
彼女のいまの雰囲気を一言で表すとしたら、クールな男装女性と言った感じだろうか?
スラッとした足が目立つその青いジーンズに、上は純白色のワイシャツ。ワイシャツの前は少し開け放たれており、男装のようには見えてもその胸元の肌色が目に悪い。
……まぁ、一言でいえば『滅茶苦茶タイプです』と言った感じだが、意地でもそんな様子は表に出してやらないさ。恥ずかしいから。
僕はフゥと息を吐き出すと、んっと彼女へと手を差し出した。
それには思わず暁穂も目を見開くが。
「ほら、行こう」
僕は彼女へと、ぶっきらぼうにそう言った。
三年前ならば恥ずかしがってこんなことも出来なかっただろうが、これでも今の僕は二十歳を超えているのだ。手を繋ぐことも躊躇っていてはいろいろと恥ずかしいだろう。逆の意味で。
だからこそ僕は手を差し出し、案の定と言うかなんというか、暁穂は満面の笑みでその手を握り返してきた。
「はいっ、行きましょう」
そう元気よく告げた暁穂は、僕の手を引っ張って歩き出す。
けれどもすぐに僕も自ら歩き出すと、彼女はいつものように僕へと歩調を合わせるように調整し始める。
(……ほんと、よく出来た娘だよな……)
僕みたいな若造が『娘』なんて言っていいのかは分からないが。
と、そんなことを考えていると、何やら暁穂の方から視線を感じてそちらを見下ろした。
すると彼女はじっと僕の方を見つめており、目が合うとニコリと笑って見せた。
「な、なんだよ……」
僕は何とかそう返す。
頬が赤くなってないか、少し心配だ。
けれども暁穂はそれには触れず。
「いえ。三年間で背も高くなって、顔立ちや雰囲気も随分と変わりましたね。前よりもずっとカッコよく見えます」
「……あぁ、そうかい」
「ええ、そうですよ」
確かに僕は三年間でかなり変わっただろう。
精神的にも成熟したし、身長もかなり伸び、微妙に長めだったその髪もかなり短く切り込まれている。それに何より――比べ物にならないほど、強くなった。
だが――
「でも顔に関してはあまり変わってないと思うぞ? 相も変わらずイケメンでもなければ不細工でもない。普通だ普通」
そう、こと顔立ちに関していえばそれは暁穂の勘違いだろう。なにせ街を見れば僕よりもイケメンな男など簡単に見つかるし、しかもここは美男美女の多い異世界だ。日本ならばいざ知らず、レオンやマックスのようなダイヤモンドに紛れてしまうと、僕なんてせいぜいが錆び付いた青銅だろう。
まぁ、そんな青銅を好いてくれる頭のおかしな奴らもいるのだが――
僕はそう考えて暁穂へと視線を向けた。
僕は、彼女が僕のことを好きなのは分かっているし、正直いえば僕も彼女のことがかなり好きだ。
ならば『押し倒せ!』なんて思われるかもしれないが、三年前と比べても僕のヘタレっぷりだけは何ら変化はない。呆れるほどの成長のなさだ。故に。
(いやでも、もしも振られたりなんかしたら……うぐっ、なんだか考えてるだけで胃がキリキリしてきた……)
ということになりかねない。と言うかもう既になっている。おもいきり現在進行形だ。
僕はううっと胃のあたりへと視線を向けると、それを見ていたのだろう、暁穂が笑みを浮かべて口を開く。
「精神は面に出るのですよ、マスター。悪い事を呼吸をするように行っているものは自然とそういう顔つきになりますし、かつての聖国の人々のように狂った正義感に囚われれば目が濁って見えます。その点、三年前のマスターはかなり生き急いでいたような、そんな余裕の無さが感じられましたが……」
そう言って彼女は、僕の頬へと手を伸ばしてくる。
気がつけば僕も彼女も往来の真ん中で立ち止まっており、僕はなんとなく、黙って頬にその白い手を受け入れた。
「今のマスターは、三年間よりもずっと格好いいですよ。まるでシンと静まり返った水面のよう。何者にも染まらず、影響されず、ただ自分の意思のみを貫き通す。私は前のマスターも大好きでしたが、今の貴方のほうがより、愛せる気がします」
僕はその言葉に、思わず「うっ」と声を漏らした。
気がつけばかなり注目が集まってきており、写真こそ取られてはいないようだが、好奇やそれに類する視線が僕の身体へと突き刺さってくる。
僕はふぅと息を漏らすと、
「……場所を変えよう」
瞬間、僕らの視界が一瞬にして切り替わる。
それには暁穂も少し驚いたように周囲を見渡す。
ここは三年間の修行時代に使っていた住処。その近くに位置する山の中腹であり、視線の先には海の彼方に姿を隠そうとしている太陽があった。
まぁ、港国では昼前だったのだ。どれだけ移動したのかは簡単に想像がつくだろう。
僕はいつの間にか僕の頬から手を離していた暁穂へと視線を向けると、呆れたように口を開く。
「なぁ暁穂、さっきのは往来のど真ん中でいう言葉じゃないだろう……?」
すると暁穂らムッとしたように頬をふくらませる。
そして――
「なら聞きますが、一体どこでなら言ってもいいのですか?」
「……」
僕は、その言葉に咄嗟に答えることが出来なかった。
どこで言えばいいのか。
一番最初に思いついたのは『人気のないところ』という答えだったが、付き合ってもいない相手にそんな言い方はどうだろうと、そういう考えが頭を過ぎる。
ならば――ならば、一体どこでだろうか?
僕はそう考えて……、その夕日へと、視線を向けた。
(言うとすれば……)
その言葉を伝えるとすれば、きっと今なのだろう。
僕は何となく、そんなことを思った。
僕は暁穂へと視線を向けると、彼女は僕と同じく夕日を見ていたのだろう。僕と同じように夕日から視線を外すと、すぅ、ふぅと深呼吸を始める。
それを見て僕は――
「……一目惚れ」
そう、ポツリと呟いた。
それには流石の暁穂も目をぱちくりと瞬かせるが、僕は彼女の目をしっかりと見つめてこう告げた。
「一目惚れ、だったんだ。今まで頑なに認めてこなかったけど……暁穂、お前は僕のストライクゾーンど真ん中だった」
そう、最初は一目惚れだった。
正直言えば恭香よりも美しいと思ったし、容姿だけならばあのエロースよりも好ましく思っている。
「けど、あの頃の僕は『面食い』とか呼ばれるのが嫌だったからさ。一緒に過ごしてみないと好きかどうかなんて分からないだろうって、そう思い込むことにしたんだけど……」
あの日から僕は暁穂の――言っちゃ悪いが、欠点が何かないか、と。嫌いになれたり疎ましく思ったりする部分はどこかにないかと、そんなクソみたいなことをしてしまった訳だが。
――生憎と、嫌いになれる要素なんてどこにも無かった。
僕はふっと頬を緩めると、暁穂へと向けてこう告げた。
「僕は暁穂……君が大好きだ。嫌いなところなんて一つもない。だから――」
そう、僕が言い終わるよりも先に、僕の身体へと暁穂が思いっきり突っ込んできた。
気がついた時には暁穂は僕の身体へとしひっと抱きついており、耳元から少しだけ、嗚咽が聞こえ始める。
僕はその背中をポンポンと叩くと、彼女の耳元でこう告げた。
「どうか、僕と付き合ってください」