The Road to One Day Be the Strongest

Shadow - 061 Each Thoughts

その日のうちに、僕は和の国を離れた。

それは初めからそう考えていたことで、まさかその日の早朝にスメラギさんがあぁして会いに来て――こうして、主人公が待ち構えているとは思いもしていなかった。

「……よう、お早いお出かけだな」

その言葉に、馬車の御者席に座っていた僕は少しだけ眉根を寄せた。

時刻は午前の六時過ぎ。

場所は和の国の首都を出て少しした場所。

そこには他の仲間達も連れずに一人、久瀬がポツンと立っていた。

普段ならば『寝盗られたか?』とでも言う所だが、どういう訳か今の彼はシリアスモードだ。

「昨晩、新しい情報が入ってきたからな」

僕は素直にそう言った。

正直、彼に教える必要は無いのだけれど、それでも、僕が彼を頼りにすることなんて、多分この人生には一度としてないだろうが、それでも一応、その行き先を伝えておく。

「農国ガーネット。ものすごく聞き覚えのある国だが、どういう訳か、そこのエセビッチお姫様がどこぞの騎士を三人配下に加えようと企んでるらしくてな。大陸中に『阻止したかったら来てください、でないとたべちゃいますよ』って、呼びかけ始めたらしい」

それをいち早く知っていた恭香が、どうせ数日もしないうちに耳に届くだろうという事で、僕へと伝えてくれたのが、昨日の晩のことである。

思い立ったが吉日。僕はソシャゲでも石が一回分溜まったらその場で引く主義だ、そんな行動を起こすにあたって悩むということは存在しない。ゴ○トフェス前日とかだったならば別として。

ということで、本来ならば僕が今日、この道を通ることなど久瀬には到底察することの出来ないことだと、そう思っていたのだが。

「……スメラギさん、だろうな」

僕は小さくそう呟いた。

あのストーカー……誰にも言うなと言っておいたのに、まさかこう、一番厄介な奴に伝えるとは。一体何を考えているんだか。

そうため息を吐くと、彼は何を考えているのか、その雲一つない青空を見上げた。

「俺らはこれから、パシリアに戻る。エルザにも、まだ教えてもらわなきゃいけないことがあるしな」

「あぁ、そういえばお前ら、エルザの弟子だったか」

そう言えばそうだった。風の噂で聞いたのだ。

黒炎があのエルザに弟子入りをした、って。

まぁ、確かにエルザならば色々と彼へと教えることも出来るだろう――だが。

僕は少し頬を緩めると、アイテムボックスへと左手を突っ込んだ。

「久瀬、これ持ってエルメスの王都寄っていけ。王城の門番にでも見せれば国王に謁見できる。国王に謁見したら『暇してるロリババアに会わせてやれ』ってそのまま伝えてくれればすべて通じる」

僕はそう言って、今頃エルメスの王城でゆったり暮らしているだろうあの師匠(ロリババア)の姿を思い出す。久瀬は基本的に近接戦闘の専門だ。ならば『師事する』ということだけならばあれ以上の適任はいない。

そう言って僕はアイテムボックスから自身のギルドカードを取り出すと――

「『複製』」

瞬間、左手に握っていたものと全く同じものが右手に出来上がった。

原始魔法――複製。

これは創造魔法の応用技なのだが、魔眼持ち――それこそ僕や白夜、そしてエルメスのギルマス、レイシアクラスの魔眼を持っていなければ使えないだろうと思う。

なにせ僕が行ったのは原子レベルでまで全く同じにした紛うことなき『複製』である。常人の瞳がそんなところまで見れるはずもない。

僕はそれを久瀬へと投げて渡すと、「国王の前行ったら消えるようにしといたからな」と内心で言ってほくそ笑んだ。せいぜい王の御前で焦るがいいわ。

僕は藍月の轡を再び握りしめると、久瀬の横を通り過ぎるように動かせ始めた。

一瞬彼女も「いいの?」と言った瞳を向けてきたが、僕も彼も、そう別れを惜しむ男じゃない。

「おい久瀬」

「……なんだ?」

その馬車が彼の隣を通り過ぎる際。

僕はニヤリと笑って、おそらく僕だけしか分からないであろうその『願い』を口にした。

「いざって時は、殺していいから」

馬車が彼の隣を通り過ぎ、背後で彼がこちらを振り返ったような気配がした。

「……今の、どういうこと?」

ふと、背後で話を聞いていた恭香がそんなことを言っていた。

何も教えていないからか、ものすごく不満そうに頬をふくらませていたが、ツンツンとつつくと『ぷすー』と空気が抜けていった。なにこれ面白い。

そうして彼女からぽかぽか背中を叩かれながらも、僕は再度、確認した。

一つ目の保険は、三年前に既にし終えた。

二つ目の保険は、久瀬に武器として託した。

――そして三つ目。

僕は少しだけ頬を緩めると。

「さて、久瀬はアイツに勝てるかな」

そんな未来を、独り想像した。

☆☆☆

「何かさ、最近ギン調子乗ってるよね」

「……は?」

いきなり恭香からそんなことを言われたのは、和の国の隣に位置する農国ガーネット、その国境線を超えたあたりであった。

その言葉に僕は思わず握っていたフォークを机の上に落とし(ちなみに今は朝食中だ)、周囲を見渡せば何故か全員が『うんうん』と頷いていた。なんだこれ、反抗期か?

「いや、違うけどさ。なーぜか脳内を隠蔽して、私に隠し事してるっぽいし、私たちのことなんだか放ったらかしにしてるし、私たち放ったらかしにして太陽神様とかスメラギさんルート開発してるし。何? ここまで甲斐性のない男ってのも珍しいと思うよ?」

「あと、これほどまでに童貞を死守し続ける男というのも珍しいと思うわ。これだけの美少女立ちに囲まれながら、良くもまぁその気にならないものね」

「はいはい、少女から足を踏み出してる年齢のミリーさん」

そうしてミリーと拳での喧嘩をしていると、さっきからモグモグとウインナーを口にくわえている白夜がこんなことを言い出した。

「何を今更言っておるのじゃ、主様が女には手を出さぬチキンなくせに女ったらしの甲斐性なしだということは昔っから知っておるはずじゃろ。何今更そんな事で拗ねてるのじゃ。構ってほしたがりな幼女かお主ら」

「いや、白夜にだけは言われたくない」

間髪入れず恭香がツッコんだが、それに関しては僕も同意見だ。構ってちゃんな幼女(少女)が何を言ってるんだか。

それと……その、なんだろうな。最近『チキン』『女たらし』『童貞』『甲斐性なし』『クズ』などの単語にも気持ちが全く動じなくなってきた。そろそろ僕も○貞から○帝にクラスチェンジするのかもしれない。

と、そう考える僕に対して、恭香はプックリと頬を膨らませると。

「まぁ、つまりはそういう訳だから! あまり甲斐性なさすぎると私たち違う男に引っかかっちゃうからね。かまって欲しいとかそういうのじゃなくて、本当にどっかいっちゃうからね!」

「そうなったら自殺するかもなー」

そんなことを言ってきたので、僕はそう言って、今度は思いっきり、コークスクリュー気味に頬を突っついてやった。

――僕が人差し指を捻挫し、翌日まで彼女が口を聞いてくれなかったのは、……まぁ、言うまでもないことかもしれない。

☆☆☆

「あー、かったりぃな、人生ってのは」

そう、彼はほとほと疲れたように口にした。

といっても、今日彼は目覚めてから特に疲れたようなことはしておらず、それを聞いていた仲間達もいつもの口癖かと、そう思っていた。

「あれから三年、こうしてあの国の外に出たってわけだけどよ。周囲を見渡せばどいつもこいつも才能の塊だ。あの化物クラスは滅多にいねぇが、どれもこれも俺より遥かに才能がありやがる。その癖して俺より弱ェとなると、世界ってのは本当に理不尽に出来てやがる」

そう、この世界は理不尽だ。

彼より才能がないものというのも珍しいこの世界で、彼より弱い者がありふれているという現状。

そして、自らのほとんどを形成している数年間の『地獄』があったからこそ、ここまで至れているという現状。

本当に呆れるほどに理不尽で。

「だからこそ、楽しいんだがな」

そう言って彼は上体を起こした。

彼は少しだけ視線を周囲へと動かすと、すぐにお目当ての人物を見つけて声を上げた。

「おいゼロ! たしかあの馬鹿、大悪魔のサタン? とかいう奴に負けたって言ってたよな?」

「え? うん、それでお兄さん怪我したって言ってたけど」

そう言って返すのは、腰まで伸びた白髪の少女。

かつて銀の手によって救われた、一人の少女だった。

対して彼――薄い紫色の髪に、爛々と輝く紫色の瞳をした青年はニヤリと笑うと、その敗北について笑って見せた。

「ハッハッハ! あの馬鹿、調子乗って三年も姿隠してっから負けんだよ。なに俺以外の雑魚に負けてんだ……次会ったらぶん殴ってやらァ」

けれどもそういった彼は言葉とは裏腹に。

ニヤニヤと嬉しそうな笑みを口元に浮かべると立ち上がる。

「おいゼロ、和の国……じゃねぇな。多分――農国ガーネット、あの国にアイツらがいる気がする。とりあえず行くから付いてこい」

「は!? え、なに、ここどこだか分かってるの!?」

彼らが今滞在している国は、砂国ロドルム――つまりは、和の国や農国ガーネットに対して、大陸の真逆に位置する国だった。

「いいじゃねぇか、ベルナとベルクだって今じゃ休暇とって帝国帰りしてんだ、俺らだって好きにやらせてもらってもよ」

「いやそれ好きにしてるのって――」

「うるせえ! とりあえず行くぞ! ユイとアイク起こしてこい!」

反論すら許さぬその暴挙に、ゼロは心の底から『なぜこの男とパーティを組んだのか』とため息を吐きながらも、毎度毎度のことに文句も言わずに従った。

そうして宿の二階へとユイとアイクを起こしに行ったゼロを見見送って、彼はその宿屋のロビーにあるソファーから立ち上がった。

そんな彼はグググっと背伸びをしてみせると、ニヤリと笑ってこういった。

「宣言するぜ執行者、近い内にお前は、俺に二回ほど助けられる」

彼――アルファは、彼から受けた二つの『恩』を思い出しながら、その拳を固めるのだった。