The Road to One Day Be the Strongest

Shadow - 063 Radical Reunion

薬物名――グロルハート。

今、この国に蔓延している薬物の名前である。

形状としては粉末状の薬物であり、少量の水にも溶け、食事などに混ぜられたら分からないほどに無味無臭。しかも元はと言えば薬品だったために『毒』という訳でもないため、そうだと知らない者が料理に混入さえすれば、僕や白夜の魔眼にも『悪意』として映らない。

正しく――僕を標的と考えた薬物だ。

「とうとう、あちら側も動き出したか……」

今までは、基本的に動いた場所に僕がいた。

――が、今回はおそらく違う。

僕がいる場所に、奴らが動いたのだ。

正確には僕が『来る』ように罠を張って置いたというのが正しいだろう。

なにせこの国に蔓延するこれらは一日や二日で出来るものではない。おそらく隠蔽術に長け、最近姿を現していない奴が付きっきりで出処を隠蔽し、その上で一ヶ月以上に渡って蔓延させたのだろうということは考え易い。

そして、それが誰なのかも。

「……はぁ、これはまた、今までで一番厄介なことになりそうだな……」

おそらく、メフィストと生き返ったアスモデウス。アスモデウスが九尾の狐同様に強化されていると考えても、二人と戦うことになったとしても、今の僕ならば勝てると思う。

……まぁ、あの化物(サタン)と比べられると、あの二人としてもかなり文句がありそうだがな。主に『あんな怪物と比べるな』だとか。

だが、問題はもう既に大量に『ブツ』が出回った後だということ。しかも麻薬ともなれば『取り上げて終わり』というわけでもない。取り上げればその患者とて一時は仕方なく渡すかもしれないが、いずれ錯乱し――ああ(・・)なる。

僕はため息一つこぼし、目の前の巨大な城を見上げた。

馬車は農国ガーネット――その王都。

件の事件のあった街から藍月特急(それでもミリーを馬車に乗せているため、本気の三割くらいだったろう)で一日の距離に位置しているこの国の、僕は王族に用があるのだった。

「おい貴様、ここは王城だぞ? 用がなければ疾く立ち去れ」

門番がそう声をかけてきたため、僕は一歩前へと踏み出し、懐からそのギルドカードを取り出した。

すると一転、先程まで疑惑的な視線を向けてきていたその門番は驚愕に目を見開き――

「この国の王族、リリー・ガーネットに呼ばれて参上した。とりあえず麻薬事件の依頼も受けてきている、中に通してくれないか?」

「は、はは、はいっ! か、確認を取ってまいりますので今しばらくお待ちくださいっ!」

そう言って二人の門番のうち一人がその中へも駆け出してゆき、取り残された門番は緊張からかガクガクと体を震わせている。

正直僕みたいにちょっと褒められたらそれだけで『あれ、コイツいい奴じゃないの?』と思っちゃうチョロ男、一緒にいて緊張する価値もないと思うのだが……。

そう思いながらも、僕はその城壁に背中を押し付けると、ベルトの金具に装着された黒本を撫でながらこう言った。

「この国も……大変そうですね」

「へっ? あ、は、はい……」

冗談でも「いいえ」と言えないくらいには、切羽詰まった現状なのだろうと、そう思った。

☆☆☆

数分もしないうちに息をゼハゼハさせた門番の人が帰ってきて、僕をその城の中へと通してくれた。

王都――つまりはその国を代表する街だからだろう、他の国と同じように『そっち系』の雰囲気は全くと言っていいほどに感じられず、また王城もエルメス王国のソレと比べても大差ないほどに大きく、威厳に溢れたものだった。

(仮にもこの国の王様は、あのエルグリット王よりも頭のキレる人物だと言われてるからね。そんな人物が王都にそんな店を堂々と置いておくないでしょ)

言葉を返せば『堂々とは置いていない』ということになるのだが、まぁそれは後で聞けばいい話だろう。

僕は警備騎士たちから興味と疑念の混ざったような視線を浴びながらも数分歩き、一つの部屋へと案内された。

「ど、どうぞっ! えっと、数分もすれば王がいらっしゃいますので、しばらくはこの部屋で待機して頂けますでしょうか?」

「ありが……とう。うん。もう下がっていいよ」

「……? は、はい。分かりました」

彼は僕が途中で言い淀んだ理由を知らされていないのだろう、少し困惑したような様子でそのまま去っていった。

僕はその部屋の中へと足を踏み入れ、後ろ手にその扉を閉め――鍵を掛けた。

(……五人、かな?)

そう恭香は念話を送ってくるが、おそらく違う。

周囲を見渡す。

長めの机を挟んで二つのソファーが置かれており、部屋の奥には大きめな窓が置かれている。

その窓の隣には赤毛のメイドさんがこちらへと一礼しており、僕から向かって右の壁には一本の槍が飾られており、左の壁には特に何かあるという訳でもなかった。

――だが。

「六人。右の壁の後ろに二人、左の壁の後ろに二人、そしてそこのメイドが一人。……臨戦態勢で出迎えとは、また随分舐めた真似をしてくれるもんだな?」

そう呟いた次の瞬間。

その赤毛のメイドさんがシュタッと地面を蹴りつけ、その右の壁に飾られていた槍を手に取った。

その早さ――間違いない、大悪魔クラス。

そう来るだろうと考えていた僕は常闇の力を借りて『天羽々斬』を顕現させると、その刀を居合の要領で抜き放った。

もちろん本気の一閃――だが、彼女はその一閃をその槍で簡単に受け止めてしまった。

……おいおい、今の僕、結構力入れてたぞ?

「短剣でなく刀、その上手抜きとは、舐められたものですね」

そう彼女が呟いた次の瞬間、両方の壁が砕け散り、それぞれから計四名の黒装束が現れた。

――暗殺者。

その四名はそんな言葉が似合うような黒装束に身を包んでおり、うち三名は禍々しい雰囲気を感じるあの短剣――あの街で月蝕(イクリプス)の攻撃に少しだけ耐えたモノを握っており、それを見た僕は――

「『ヘルプリズン』」

瞬間、僕の足元の影が一気に膨張し、一瞬にして部屋中の地面を黒色に埋め尽くした。

ズブブッ……。

地面へと置かれていたソファー、机などが一気にその影へと沈み込み、僕と鍔迫り合いをしていた赤髪のメイド、そして三人の黒装束がその足をその影の沼へと沈みこませた。

――だが一名、この技を避けた者がいた。

「はぁぁぁぁぁっ!」

その声に視線をあげれば、そこにはジャンプをしてその沼を躱したのか、空中で拳を振りかぶっている一人の黒装束の姿があった。

口を開いた時には完成していたはずのこの技を躱す――そんなこと、並の身体能力では出来はしない。

僕はスッとその左手をそちらへと翳すと。

「『無壊の盾』」

シュイィィンッ!

瞬間、僕の手のひらから無数の黒色透明な盾が召喚され、一瞬にしてその盾を形成する。

この盾は精神世界のメデューサの一撃にも十分に耐えられる程の硬度を誇っているのだが――

ドゴォォォォォォォォッッ!!

拳がその盾へと叩きつけられ、周囲へと轟音が鳴り響く。

そして――

パリィィィィンッ!

――割れる、その盾。

また生憎と幾枚か重なり合ったうちの一枚目ではあったが、それでもただの『拳』で、しかもこの短時間でこの盾を壊すとは……。筋力値で言えば僕はもちろん、白夜にも……いや、あのサタンにも匹敵するかもしれない。

その事実に僕は背筋が凍るような感覚を覚えたが――だがしかし。

「そんな咄嗟に構えたような拳で、攻めきれるとでも思ったか?」

シュンッ!

僕の姿が一瞬にして赤毛のメイドと入れ替わり、僕はその盾へと拳を叩きつけているその黒装束の脳天へとかかと落としをぶち込んだ。

「うぐっ!?」

影の中へと沈む黒装束。

僕が沈む速度を遅く、逆に粘着力を強くしているために、影を司る神であり、万物踏破のロキの靴を履いていない僕以外、その影から容易に脱出することは出来ない。

そして今現在、その影に囚われているのは五名。

恭香が考えるにはこれで全員――なわけだが。

「そして最後――天井にイケメンがもう一匹」

僕はニヤリと笑って天井を見上げると、バレていたことがわかったのだろう、最初から身を潜めたいたその男が天井を突き破ってこちらへと切りかかってくる。

その手に握られているのは――禍々しい、魔剣。

僕の見覚えのあるソレよりも多少形に変化が起きているだろうか、以前よりも一層に強力になっているであろうそれは。

僕の身体を――すり抜けた。

「んなぁっ!?」

驚いたように声を上げるその男ではあったが、やはり詰めのところで鈍いのは前と同じのようだ。

僕はその首を掴んで地面へと押し付けると、その手に握っていた魔剣を遠くへと蹴り捨てた。

「ぐっ、うぅ……」

「いやはや、お互いマジじゃなかったとはいえ、ここまで人って強くなるものなんだな……」

そんなことを言いながらも僕は床のヘルプリズンを解除すると、その男の覆面をガシッと剥いでみせた。

するとそこには、三年前よりも随分と大人びた様子の灰髪イケメンの姿があり、彼は数匹くらい同時に苦虫を噛み潰したような表情で。

「それ、そのまんま返すぜ、ギン」

「素直に受け取っとくよ、マックス」

目の前でへばっているこの男は、予想通りマックスだった。