The Road to One Day Be the Strongest
Shadow - 109 Winners
拳と拳が激突し、周囲へと爆音が轟き渡る。
既に、二人の体には無数の傷が出来ていた。
筋肉がブチブチと千切れるような音が響き、腹部へと突き刺さる拳に鮮血が吐き出される。
二人の実力は拮抗していると言っても過言ではないだろう。
しかし現状は圧倒的に――アルファの劣勢だった。
「チィッ!」
舌打ちと共にアルファが勢いよくその場を飛び退く。
――直後、先程までアルファのいた場所へと毒霧が漂い始め、アルファの頬に冷や汗が伝った。
「クッソ……、厄介な奴らだなオイッ!」
襲いかかる緑の槍を弾きながら、アルファは苛立たしげに吐き捨てる。
――嫉妬の罪。そして、怠惰の罪。
単体ならばどちらもアルファよりも劣る存在。ルシファー、バアルよりも強いことは間違いないが、それでもこの場に立つには力不足というもの。
しかし、その二人がサタンと組むことで、とてつもない厄介さを発揮し始める。
レヴィアタン、ベルフェゴールは、今は自らの部下を持つ『上に立つもの』ではあれど、かつてはサタンの元で働いていた下っ端の大悪魔でしかなかった。
今でこそサタンと肩を並べて話せてはいるが――それでも、二人にとってはサタンこそがリーダーで、力を尽くすべき存在なのだ。
『はははっ、当然だよアルファ君とやら! 僕ちゃんとレヴィがサタンと組めば並のヤツじゃ勝てっこないさ!』
『そう。絶対的な【一】と、それをサポートする【毒】と【支配】……。これを倒せる存在なんて、そう多くは存在しない』
その言葉に改めて確信する――今最も倒さなければいけない相手は、サタンじゃなくこの二人なのだろうと。
アルファは迫り来るサタンへと拳を構えると――
「なら、その並じゃねぇ、倒せる少数に俺の名前を加えておくんだな――ッ!」
その体から、さらなるオーラが吹き出した。
体中を覆い尽くす真紅のオーラ。両腕からは鍵爪が、その他の部位にはオーラによる鎧が形作られ、アルファはさらに――加速する。
「本気で行くぜ!『百倍速(ハンドレッドスギア)』ッ!」
それは、今出せる最大速度、
百倍速。通常の百倍、スローモーションになった世界へと自らの肉体を投げ込むようなその能力は、いくらアルファといえど長時間続けていられるものではない。
故に――迷うことなく駆けだした。
レヴィアタンと、ベルフェゴールの元へ。
「――ッッ!?」
その速度に目を見張り、次にレヴィアタンとベルフェゴールが狙われた事実に目を見開いた。
――間に合わない。
サタンの脳裏にその言葉が過ぎる。
悪魔としてならば、今自らへと背を向けたアルファへと追随し、二人を囮にその背中へと一撃を喰らわせるのが最適解。
けれどサタンはその刹那。
二人を――救う選択肢を掴み取った。
「『根源化』ッ!!」
変化するサタンの肉体。
見上げるほど大きかった巨体はさらに一回り大きさを増し、角は大きく、筋肉は肥大化し、体が黒色に塗りつぶされる。
根源化――モチーフ“悪魔”。
根源化した彼の体から溢れ出す威圧感が爆発的に増大し、背後で膨れ上がった化物じみた気配に、アルファは思わず引きつった笑いを漏らす。
「おいおいおい……! お前ちょっと強すぎるだろうが!」
言いながらも足を止めないアルファ。
轟ッ! 悪魔と化したサタンの両足から紅蓮の獄炎が吹き上がり――直後、サタンの姿がアルファの背後にまで移動した。
「ば――」
――馬鹿な。
あまりの速さにアルファは小さくそう漏らしかけたが、言い切るよりも先にサタンの高速の蹴りがアルファ目掛けて襲いかかり――
――次の瞬間、周囲へと光と闇が突き抜けた。
☆☆☆
「ガホッ、ゲホッゲホッ……、い、一体何が起こりやがった……」
あの時、俺はサタンの速度に反応出来なかった。
――百倍速でも、全く足りていなかった。
あのまま時が進めば、間違いなくあの炎を纏った蹴りを受け……俺は、あの場で死んでいただろうと思う。
それが……どういう訳か、俺は生きていた。
蹴りを食らう直前に見た――光と闇。
咳き込みながら起き上がり、周囲を見渡して――
「な、なんだ……、これは……ッ!?」
その光景に、体中に鳥肌が走り抜けた。
目の前に広がっているのは――大きく抉れた大地。
俺達が平気で戦えていることからも、この世界は間違いなくあの大陸よりも硬く、耐久性にも富んでいるはず。
それが……なんだ、この破壊跡は。
誰がこんな化物みたいな真似を――と、そこまで考えて、やっぱり一人しか思いつかないことに気がついた。
「……そうか、アイツか」
――アイツ。
会った時から気に食わなかった。
俺より大きなその背中。
弱体化して尚、俺に真っ向から勝負を挑み、勝って見せたその強さ。そして、その生き様。
何から何まで、気に食わなかったんだ。
「……ふぅ」
俺には、才能はない。
才能がないから努力した。
努力したから、ここまで至れた。
「……天才が、努力すんなっての」
天才が努力してしまったら、多分俺らに出番はねぇ。
だからこそ負けないように努力するんだ。
どんな天才にも負けないくらいに。人が『狂ってる』と思える程に。血反吐を吐いてでも、絶対に努力だけはやめちゃいけねぇんだ。
「努力は俺らを裏切らねぇ」
信頼出来るのは、自分の強さと努力だけ。
それ以外のものなんざ捨ててきた。
青春なんてもの、見たことがない。
恋愛感情なんざ、犬にでも食わせた。
三大欲求なんて、とうに枯れ果てた。
俺を動かすのは戦闘欲と――勝利への執着。
「俺はもう、負けちゃいけねぇんだよ」
言って、背後を振り返る。
砂煙の向こうから、佇む悪魔の姿が現れる。
しかしそこには、あの二人の姿はない。
「……さっきの、仲間達はどうした?」
『……』
返ってきたのは無言だった。
……まぁ、少し考えりゃわかることか。
あの二人は俺を食い止めるために死力を尽くしていた。そんな所にあんな一撃を不意に喰らってしまえば――
「……残念だったな、だなんて言わねぇぞ」
そんなのは、散っていった者達への侮蔑だ。
敗者へと、勝者が抱いていい感情はただ一つ。
――勝利したことへの、純粋なる歓喜だ。
それ以外は糞にもならねぇ。犬も喰わねぇただのゴミだ。
『……執行者に、太陽神アポロンか。混沌様が居れば何度でもあの二人は生き返る。また、相見える時も来るだろう』
――だが。
そう続けたサタンから――膨大な殺気が溢れ出した。
その濃度は先程までの比ではない。肉体は逆に少しだけ小さくなったように思えるが――それは、大きくなった力が、さらに小さくなった体へと凝縮されたということ。
『我が友の死。貴様には関係ないとは分かっているが、それでも……この憤怒、どうして収めることが出来ようか』
収めることなんざ……出来っこねぇよな。
俺達は『知性』なんかとは掛け離れた、言うなれば『野性』だ。そんな野性が考えて、感情を抑え込むことが出来りゃあ、ここまで強くなんてなれちゃいねぇ。
――だから、俺もこの感情を、抑えねぇ。
「俺はもう――誰にも負けない」
絶対に負けるわけにはいかねぇんだ。
敗北の味を、一度味わった。
唯一信じられた自分の強さと努力を真っ向から叩き潰され、眠ることすらできず後悔と失望と、憤怒に駆られた。
自らを倒したあの男に対して。
負けてしまった自分に対して。
――奴の背中に憧れてしまった、自分に対して。
「もう、負けられねぇ」
勝って、勝って、勝ち続けて。
俺の方が優れていると、認めさせてやるんだ。
憧れは未だ褪せない。だからこそ屈辱的なのだ。
その屈辱を、今度は奴へと植え付けるために。
俺はもう――負けられねぇんだよ、サタン。
「お前がそれ相応の覚悟を持って、俺の前に立っているのはなんとなくだけどわかってる。譲れねぇなにかがあるって言うのは、実際に戦ってる俺が、一番よくわかってる」
――だからこそ、なんだ。
強く、拳を握りしめる。
お前はきっと、俺より才能なかったんだろう。
それが必死に努力して、努力して、その高みにまで登りつめた。
敵ながら賞賛する。お前ってすげぇよ。
だけどな、サタン。
「少なくとも、気持ちも根性も、負けちゃいねぇんだよ!」
サタンの方が、今の俺よりも強い。
それは変わらない事実として受け止めて。
――そっから先は、根性だ。
「――『千倍速(サウザンドスギア)』」
直後、世界全てがゆっくりと動き出し、身体中に激痛が走り抜ける。
ド根性スキルを持った状態でも、無謀が過ぎる。
そんなこと、幾ら馬鹿でも分かるだろう。
だけど……、これくらいしなきゃ、テメェにも、アイツにも、勝てっこねぇってのは分かってんだよ。
「――凝縮倍化」
千倍まで加速した超速度を――すべて右腕へと、凝縮。
それはつまり、右腕だけを千倍速以上の速度で加速させることにも等しく、下手打てば右腕だけ一瞬で引きちぎられていっちまう。
だが、そのリスクを負う代わりに――全てを破壊し、貫き尽くす、超光速の槍が完成する
「『野性の絶槍(ブレイクスピア)』」
右腕から赤いオーラが吹き上がり、周囲を余波だけで破壊し尽くしてゆく。
この状態なら、どんなものでも貫ける。
それこそ――さっきの光と闇だろうが、なんだろうと。
「――『悪魔の絶拳(サタンブロー)』」
サタンの拳から、膨大な熱気が吹き上がる。
その技はかつて見た。この大一番でその技を使ってくるということは、奴はそれ以上の『技』を持っていない――否、違うか。
――奴はその技以外は、使えないということの証明。
その技に――文字通り人生掛けて来たっていう証明。
『強さは俺の方が数段上。それでもなお、俺に勝つとほざくのは――気持ちでは負けていないという自信からか』
言ってサタンは――鼻で笑った。
『強きものが勝利する。才能、努力、絆、仲間……そして想い。それらは過程や、強くなる手段に過ぎない。最後に、強かったものが勝利する』
サタンは獰猛に笑い、その体から放たれる威圧感がなお一層膨れ上がった。
『――俺の方が強い。ここに在るのはそれだけだ』
瞬間、俺達は同時に駆け出した。
俺の拳が超加速してサタンの胸へと吸い込まれてゆき。
サタンの炎が迸る拳が俺の胸へと唸りを上げて迫り来る。
そして――
「――俺の、勝ちだ」