The Road to One Day Be the Strongest

Shadow - 112 Destructive Intent

全ては、己が行動から零れ出た不幸だった。

最初に、好きな人を父に奪われ、嫉妬した。

別に付き合ってた。とか。関係を持った。とか。そういう訳じゃなかったんだ。

だけど、自分よりも全てにおいて優れていた父に。

自分にないものをすべて持っている父に、憧れ。

そして――酷く嫉妬した。

自分には、才能はなかった。

強さも、拾ってきた義理の娘たちに追いつかれてしまいそうで、世界神の三柱――特に神王ウラノスと獄神タルタロスだけには、逆立ちしても勝ち目は見えなかった。

自分には、望んだ性別がなかった。

自分は、どう偽ろうと所詮は『女』だった。

女性を見て美しいと感じたことならいくらでもある。

逆に、男に惹かれたことなど、正直一度もない。

自分には、仲間がいなかった。

仲間……信頼できる、どんなことでも打ち明けられるような、絶対的なる友が、いなかったんだ。

周りを見れば、皆が皆楽しげに話している。自分のところに妻としてやってきた女性も、所詮は政略結婚というヤツだ。どれだけ愛しても、相応の愛を返してくれることは無かった。

そして気がつけば、その人も、父に恋心を抱いていたんだ。

自分には、何も無かった。

生まれたその時から、虚無しかなかった。

愛情など感じたことは無い。

母の顔など知りもしない。

父と話すことなど滅多にない。

唯々、孤独だったんだ。

だから、嫉妬して、自分を見てもらいたくて、父を陥れた。

もっと、もっと私のことを見てくれ。

嫉妬した哀れな存在としてでもいい。

頼むから……私のことを――

『この極悪人! どうせ……っ、どうせ私の事も! いつか殺そうとしてたのでしょう!?』

もう、こびり付いて拭い取ることの出来ない。

絶対に忘れることの出来ない言葉を思い出す。

あの日。

父を陥れた事が神界へと広まり、娘たるゼウスに殺されかけ、混沌として、自宅へ帰った時のことだった。

もう、神としてはやっていけない。

だから、せめて妻と一緒に。

最愛の妻。両親よりも、娘よりも、仲間よりも、誰よりも愛していたその妻と、一緒に――

『帰って! もう二度と私の前に姿を現さないで!』

もう名前も思い出せない妻は、敵意どころか殺意を剥き出しにして、私へとそう叫んだ。

愛していた。愛していたんだ。

ただ、見て欲しかっただけなんだ。

誰かに、一緒にいて欲しかった、だけなんだよ……。

なのに、どうして――

『どうしても私を殺そうって言うなら――いっその事!』

『ま、待て! や、やめろッ!』

思い出すはその光景。

両手に握りしめた包丁を自らの首へと突きつける妻の姿と、それを止めようと手を伸ばすその愚か者。

けれど、愚か者は最後の最後で――最愛の人からも裏切られた。

『今ですっ! 殺してください!』

妻が叫んだと同時に、家の壁を突き破り、高威力の魔法が自分の体へと打ち込まれた。

『な――』

『馬鹿ね、自殺なんてするわけないじゃない』

妻の背後には無数の神の軍勢が存在しており、その時になって初めて、私は妻にすら裏切られたのだと、思い知った。

その後のことは覚えていない。

ただ、襲い掛かる全ての神を尽く蹂躙し、妻を、命乞いをする妻を――この手にかけた。

「神なんて、信用出来ない」

最愛の人の血で真っ赤に染まった手を見下ろしながら、私が出した結論だ。

「人も、神も、何もかも信用なんて出来やしない……!」

何もかも、信用なんてできない。

他に安らぎを求めた、私が愚かだった。

誰かと一緒にいたいだなんて……愚かにも、程があった。

「私はもう、一人でいい」

一人でいいんだ。

ただ、私のこの怒りが、絶望が、虚無感が。

この胸の中にひしめく全ての感情が、消えてなくなってくれるのならば。

「私は――全てを破壊する」

言って、口の端から溢れている血を拭う。

膝に手を当てて立ち上がる。見据える先には――壁すら壊してここまで至った、私の同類が立っていた。

自分のためならば、世界だって滅ぼせる。

罪に罪を、重ねることが出来る。

傲慢にも、他の意思を踏みにじることが出来る。

この男は――そういう男だ。

そう考えると、この男を初めて側に置いておきたいと思ったのは、もしかしたら同類だったからこそ、なのかもしれない。

「私は、私を拒絶した世界を叩き壊す。粉々に砕き、絶望の炎で灰となるまで燃やし尽くそう。我が心に渦巻く全ての怒りが、消え去るその日まで」

そのためならば、何だってやる。

どんな覚悟だってしてみせる。

それが、私のことを裏切った世界への。

私のことを拒絶した全てへの――復讐だ。

☆☆☆

「――ッ」

その姿に、その言葉に。

体中が危険信号をあげ、怖気が走り抜ける。

いくら訛っていようと――それでも、相手は最強の存在。

手を抜くことなんて出来やしないし、それに……。

『おい、ヤベェぞ……。あの野郎、今ので色々と吹っ切れやがった……』

「あぁ……。これはちょっと、予想外」

クロエの焦りを帯びた声に、冷や汗を流しながらそう返す。

視線の先には相も変わらず混沌が佇んでいたが――けれど、感じられる威圧感は別物と言ってもいいものに変貌していた。

天と地、とまでは行かずとも、その差はあまりにも歴然。思わずゴクリと息を飲む。

「確かに、鈍っていたのかもしれないな」

ふと、彼女の声が耳を打つ。

その体からは先程よりもさらに巨大なオーラが立ち込み始め、徐々に周囲を侵食してゆく。

「確かに貴様の言う通りだ。過去の威光にすがっていたのだろう。だからこそこうして、情けない姿を見せてしまった」

――だが、もう目は覚めた。

言って顔を上げた彼女の瞳を見て――思わず恐怖した。

先程までと、何か変わったという訳では無い。

戦闘の勘は未だ取り戻せていないだろうし、スロースターターというのも変わらないだろう。

だけどその双眸には――覚悟が見て取れた。

こういう覚悟をした奴は、決まって強い。

かつて聖国で相対したアルファ。

和の国で相対したサタン。

そして――アポロン戦に挑んだ、僕。

身に覚えのあり過ぎる双眸の光に、思わず引き攣った笑を漏らしてしまう。

「これは――本気で行かなきゃ拙そうだ」

ここから先は、もうお遊びだなんて言ってられない。会話する暇もないくらいに加速してしまうだろう。

それこそ、本気で行かねば殺されてしまうほどに。

背中に汗を滲ませながら、心の中でアポロンへと呼びかける。

――アポロン、『終焔』の準備は出来たか?

『……炎天下(ヴァーミリオン)を手に入れてすぐに使えるわけがないのだけれど、それでも、ギンは【天焔】も使いこなせているのだものね……。なら、一回だけなら問題なく使えるはずよ。それ以上ともなると今のギンじゃ身が持たないわ』

……まぁ、そんなものか。

今まで『影』の神として生きてきたのだ。そこにいきなり『陽』の魔力が加わっただけでも奇跡。その上で『陽』の最上位クラスの能力を使用するなど……自殺行為にも等しい。

アポロンも、僕クラスの魔力操作ができれば一回までなら使いこなせると考えたのだろうが――もしも外せば、その時点で僕の敗北は色濃くなる。

つまりは、チャンスは一度。

それを逃せば今がどんなに優勢でも、多分僕は敗北する。

混沌を前にそれでも勝ち目があるだなんて有り得ない。

それが有り得るほど、弱い相手ではないのだ。

「壁越えて、さらに命懸けの賭けをして、やっとどうにかって所かよ……」

改めて混沌の強さに愕然とし、驚愕し、そんで、最っ高に燃え滾ってきた。

これだからこそ、混沌は頂点なのだ。

僕が目指した――最強なんだ。

「僕は、ここまで来た」

最強の、一歩手前。

現時点における――No.2の座へ。

だから今度は、頂点を盗(と)る。

「全力を尽くして――お前を叩き潰す」

身体中から――金色の炎が吹き上げる。

炎天下(ヴァーミリオン)の最終段階――終焔。

一度しか使うことの出来ない、今は諸刃の剣。

だけど、これだけで混沌に勝てるだなんて思ってない。アポロンが混沌へと挑んだ時、必ずこの能力は使っていた。

――けど、倒しきれなかった。

それはアポロンが『開闢(ジ・オリジン)』の力を持っていなかった、というのもあるだろうが、単純に火力不足だってのも考えられる。

だからこそ――

「モード――『陰陽師』」

瞬間、体中から紅蓮の影が溢れ出す。

右手に影を、左手に太陽を。

――陰と陽。

相反する二つの力を持った奇跡の果て。

それが、今の僕だ。

「行くぞ混沌。今の僕は――お前よりも更に強い」

「あまり私を舐めるなよ、餓鬼が」

視線が交差し――直後、僕らは拳を握りしめて駆け出した。