「……ちょっと顔が近いな」

「わわ! ごめん!」

すぐに女が顔を離した。

怖がらせてしまったか?

別に怒っているつもりはない。

ただ前世から女とあまり喋ったことがないから、戸惑ってしまっただけだ。

どうしたものかと思っていると、

「自己紹介がまだだったね。わたし、ララって言うんだ! 十五歳!」

と女——ララが元気はつらつといった感じで言った。

「君は?」

「俺はクルト。クルト・レプラクタだ。俺も十五歳だ」

「クルトさん!」

「クルトで良いぞ。いちいち『さん』付けされるのは、あまり好きじゃない」

同じ歳なんだしな。

あまりこだわらなくて良いだろう。

「じゃあクルト! さっきの動きすごかったね。クルトは剣士なのかな?」

ん?

「俺は剣士じゃないぞ。魔法使いだ」

「え……?」

「さっき身体強化の魔法を使ってたのが分かったろ?」

「身体……強化……?」

ララが首をひねる。

ああ、そうだそうだ。

この世界においては、どうやら身体強化の魔法は一般的じゃなかったんだ。

コホンと咳払いをしてから、

「まあともかく……さっきの動きも魔法があってこそなんだ」

「わたしが知らない魔法もあるんだ……それにしても奇遇だね!」

ララはパッと笑顔になって、

「わたしも魔法使いなんだ! 魔法学園の入学試験を受けるために、ここに来たんだけど……それでさっきの人達に絡まれて……」

倒れている男達にララは視線を向ける。

男達は目を回しており、覚ます様子はなかった。

「気をつけるべきだ。田舎ではともかく、王都みたいな都会だったら変な男も湧いてくるから」

「ごめん……」

しょんぼりと肩を落とすララ。

「ララみたいにかわいい女の子だったら、変な男にすぐ絡まれるだろうしな」

「え? わたしがかわいい?」

「あ、ああ……いきなりこんなことを言われて不快だったか? だったら俺の方こそ謝る」

しどろもどろになってしまう。

……女との喋り方がよく分からない。

それは前世の時から一緒だった。

前世においても、魔法を極めるのに集中しすぎて、彼女どころか友達すらも作らなかったしな。

「ふふん、わたしがかわいいか……かわいい……」

鼻歌を口ずさむララ。

その様子を見るに、機嫌を悪くしたわけではないらしい。

「だが、どうして魔法使いならさっきの男達を魔法でやっつけなかったんだ?」

「怖くて体が動かせなかったんだよ……だから、クルトには助かった!」

あまり戦いには慣れていないんだろうか?

俺が見るに、ララの魔力の貯蔵量・質はなかなかのものだ。

魔力を見ただけなので、ざっとした見方になるが……村にいたシリルより上だと思う。

十五歳だったら、対人戦に慣れてないのも普通なんだろうか。

それにしても。

「魔法学園の入学試験を受けるって言ったよな?」

「うん!」

「俺も明日の入学試験を受けるつもりなんだ。実技試験もあるって聞いたし……もし魔法を交えることになったら、よろしくな」

「え? クルトも魔法学園を受けにきたの?」

「ん? なんかおかしいか?」

「おかしいよ! だってさっきの動き見ていると、もう冒険者としてバリバリ活躍してると思ったよ!」

なにを大袈裟な。

前世に比べて力は大分戻ってきているとはいえ、適当に戦っただけだぞ?

「ララがどう思っているか分からないが、本当だ。明日、俺は魔法学園の入学試験を受ける」

「ふえぇ……クルトみたいな子が受けるなんて、本当に明日受かるのかな……」

どうやら自信をなくさせてしまったみたいだ。

ララは暗い顔をして、俯いた。

「で、でも! わたしにはこれがあるんだからね!」

すぐにララは顔を上げて、手を掲げた。

人差し指にどうやら指輪がはめられているらしい。

「それは?」

「王都で有名な魔法装備屋さんで買った『ミゾラートの指輪』なんだ。これをかけていれば、魔法の補助にもなるみたいだし……わたしでもきっと合格するよね!」

ほう……。

前世でも、そうやって魔法が付与されている装備品というものは存在した。

俺も魔力の出力量を100倍にする『ダークタフォルクの指輪』というもの等を付けていたことを思い出していた。

この世界に転生してから、そういったものをはじめて見るな。

「ちょっと見せてもらっていいか?」

「どうぞ!」

前世の懐かしさを感じながら、ララから指輪を受け取った。

それを受け取り、分析し——俺は愕然(がくぜん)とする。

——なんだこのひどい装備品は?

魔力が魔法に出力される際、効率的に変換出来るように作られた装備品なんだろう。

しかし造りがあまりに雑すぎる。

中に施された回路がやたら遠回りになっているし、ぐちゃぐちゃで行き止まりになっている。

これだったら、効率的というより非効率な変換方式になってしまうだろう。

「どう? キレイでしょ!」

ララが顔を覗き込んできた。

「これにどれくらいお金は払ったんだ?

「えーっと……結構高かったんだけど……」

ララからその金額を聞くと、俺はさらに愕然とした。

結構な値段をしているのだ。

それこそ、四人家族が慎ましく生活するなら三ヶ月くらいは暮らせるような値段。

「…………」

「え、クルト。いきなりわたし、見つめてどうしちゃったの? 恥ずかしいよ……」

ララが顔を赤くする。

かわいそうに……。

ぼったくられたんだな。

そんな値段でこんな不良品をつかまされてしまうとは。

「ララ」

「ん?」

「強く生きろ」

「どういうこと?」

ララが目を丸くする。

ああ、なんだかこの子が不憫になってきた。

「仕方ない……」

俺はララの指輪をもう一度見る。

良い機会だ。

それにこの世界にやってきてから、付与魔法なんて使ったことがない。

ちょっとだけ直してあげようか。

俺は指輪に魔力を送り込み、ぐちゃぐちゃな魔法回路を整備していく。

……うん。これだったら、変換効率もまともになったはずだ。

そしてついでに【魔力出力+200%】の魔法も付与してあげた。

「はいララ。返すよ。ありがとう」

「どうしたしまして!」

ララが大事そうに指輪を受け取って、もう一度指にはめていた。

これくらいだったら、良いだろう。

ぼったくられた指輪が、値段相応のものになっただけだ。

これ以上、指輪を改造することも出来たが、それはいくらなんでも大盤振る舞いすぎる。

「じゃあクルト! 明日は頑張ろうね」

「ああ」

あの子も合格してたら良いんだが。

そう思いながら、俺は宿屋に向かって明日に備えた。

そしてとうとう。

魔法学園入学試験、当日となったのであった。