The Skill Collector

The strongest brave man.

 いつもの宿屋の一階にある食堂。

 窓際の席でまったり過ごしていると、依頼人がやってきた。

「いらっしゃい……ませ」

 宿屋の看板娘であるチェイリが笑顔を浮かべ、客に走り寄ろうとしたところで動きが止まった。どうにか笑顔は保っているが、頬がぴくぴくと痙攣している。

「これは美しいお嬢さんだ。回収屋さんは何処でしょうか?」

 チェイリに歩み寄ると、真っ白な歯を輝かせながら青年が話しかけた。

 彼女はすっと右腕を上げて、俺を指す。

「おー、そこにいましたか!」

 俺の姿を見つけただけなのに、両腕を広げて大袈裟に驚いている。

 そして床板を踏みしめて軋ませながら、青年が近づいて来た。

 約束の相手なのだが、その格好が悪目立ちしている。

 まるで宝石のように青く磨き上げられた全身鎧だけでも人の目を引くのだが、背中には金色の鷹をあしらった装飾過多な大剣。

 青年の顔が美形な事も相まって、やたらと目を引く。

 俺の対面に立つと、金髪の髪をかき上げながら優雅に腰を下ろす。

 動作がいちいち大袈裟なんだが。

「お待たせして申し訳ない。私には勇者に相応しい飲み物を頼みます。おっと、勇者というのはご内密に。お嬢さんと私の秘密ですよ」

 青年がウィンクをして注文すると、営業用の笑みを必死に崩さないようにしながらチェイリが立ち去っていく。

 役者もやっている彼女だから露骨に驚いたりはしなかったが、素直なところがあるスーミレだったら、顔と態度に出ていただろうな。

「私はその気がないのですが、自然と女性が集まる体質みたいで」

 また髪の毛をかき上げているな。邪魔なら切ればいいのに。

 このまま放っておいたら自慢話を延々と聞かされそうだ。こっちから切り出すか。

「ところで勇者様。私にどのような御用なのでしょうか?」

 勇者様と口にすると、青年は満面の笑みを浮かべる。

 彼……勇者の機嫌を取るのは容易だな。

「貴方は回収屋として顔が利くという情報を得まして、一つ勇者として頼みたいことがあるのですよ」

「私にできる事なら」

「私の事はご存じだとは思いますが、念の為に説明しておきますね! 二十年に一度復活を目論む、世界を滅ぼす力を秘めた魔王を封印した勇者、シュライザーです!」

 宿屋中に響き渡る大声で名乗る勇者を、俺は優しい目で眺めている。

 ちなみに彼の名乗っている名は自分で勝手につけた呼び名だ。古代の文献にあった単語で響きがよかったものを適当に選んだだけ。本名はポムルという可愛らしい名前らしい。

 彼は二十年に一度復活するという設定の、お芝居大好き魔王の相手をさせられた――選ばれし勇者だ。

 ちなみに国が勇者を選ぶ基準は、一定の実力があること。冒険者で例えるなら中級冒険者以上。

 もう一つの条件は顔である。勇者として国の象徴となりお祭りや外交で利用されるので、見た目の良さが重要なのだ。

 建前上は伝説の勇者に選ばれた者しか抜くことのできない金色の大剣――別名、勇者の剣を引き抜き選ばれたということになっている。

 まあ、それも台座に細工がしてあって、彼が引っ張る時にだけ外れるようにしただけなのだが。

 そんな国によって作られたお飾りの勇者が目の前の彼である。

「選ばれし勇者である私なのですが、最近ある悩みがありまして」

 額に手を当てて頭を左右に振る。そしてわざとらしく大きくため息を吐いた。

 いちいち動作が芝居臭い。それも演技力が低い。

 スキルを調べてみたが『演技』スキルは存在していなかった。

「あの魔王を倒してしまった私は控えめに言って、最強だと思うのですよ」

「……はい」

 自分の実力を勘違いして、調子に乗っているな。

 彼は決して弱くない。芝居とはいえ魔王の下にたどり着くまでに、洞窟で魔物達と戦い撃退してきたのだから。

 倒された魔物達は魔王の配下の悪魔のスキル、『変身』『分裂』を使って増えた悪魔の一部なので、実際は殺されていないが。……それを言うのは野暮か。

 魔王達も勇者が弱いと困るので、洞窟内で数か月にわたり勇者を襲う振りをして、稽古をつけてきたので、その実力は上級冒険者に足を踏み入れる程度にはなっている。

「そんな最強の私があの国で無為に日々を過ごすのは、間違いではないかと思ったのです! この世界には魔王ほどではありませんが、凶悪な魔物が存在し、苦しめられている民が大勢います!」

「……はい」

 拳を握りしめわなわなと震わせる勇者は、悪い人ではないのだろう。……自意識過剰で目立ちたがりな事に目をつぶれば。

 こういう実力を勘違いして調子に乗っている人に見覚えがある。剣術道場の跡継ぎは鍛錬に励んでいるだろうか。

「そういった魔物を退治する旅に出ようと考えているのですが、同行する仲間を集めていまして」

 そこで初めて自信満々の彼の顔に僅かな陰りが見えた。

「おや? 勇者様には仲間がいらしたのでは?」

「その、あのですね、色々とありまして」

 言葉を濁す勇者。

 彼が何を隠しているのか……。実は全部知っている。

 勇者の仲間達は国が雇った事情を知っている冒険者達だ。高額の報酬を渡して芝居に一役買っている面々。

 そうでなければ魔王達が芝居を間違った場面や、シナリオにはない想定外な出来事に対応できないからだ。彼らの協力があってこその芝居で、それを知らないのは勇者だけという喜劇だったりする。

 初めの頃は周辺国から勇者の仲間を集っていたのだが、他の国は優秀な人員を割く事を段々と渋るようになり、いつの間にかこの国に全てを託すようになっていた。

 その結果……自分の実力を勘違いした勇者ができあがった、というオチだ。

 さーて、どうするか。国としては次の勇者が現れる二十年間、国の象徴としてそれっぽく振る舞ってくれるだけでいい。外に飛び出して死なれると魔王を封じた勇者という肩書に傷がついてしまう。

 勇者が俺の情報を得たのは偶然ではなく、国が手を回してここに来るように誘導した結果だ。国のお偉いさんから「勇者をどうにかしてくれ」と依頼を受けている。

 伸びすぎた鼻をへし折るだけなら、俺が実力の差を見せつければ済む話。

 実際、その方法をとある剣術一族にやっている。

 だけど今回の場合は、自信を完全に喪失させるわけにはいかない。自分から旅に出ることを諦めさせるのが一番。

「つまり、旅の仲間を斡旋して欲しい。というわけですね」

「ええ。お願いできませんか?」

「分かりました。何人か優秀な人材に心当たりがあります」

 ――勇者が旅を諦めるのに適した人材にね。

 冒険者ギルドの練習場を貸し切り、そこで勇者に相応しい人材の選考会を開くことにした。

 椅子を用意して勇者が座り、その隣に俺は突っ立っている。

「まずは屈強な前衛が必要です! 私と肩を並べて戦うに相応しい実力があればいいのですが。あっ、できれば女性がいいです」

 素直な欲望を口にする勇者に微笑みを返しておく。

 知り合いに連絡をして集めた面々には、練習場に続く扉の向こうで控えてもらっている。

「では一人目の紹介をしますね。前衛をお望みと言う事でしたので、どんな攻撃にも耐え『怪力』であらゆる敵を粉砕する女性ですよ。では、張り切ってどうぞ」

 扉が開け放たれると、そこから一人の女性が歩み出た。

「えっ、この人が?」

 その人物を不審そうに見つめる勇者の気持ちは分からなくもない。

 現れたのはぼさぼさの髪に薄汚れたボロボロのドレス。武器も防具も装備していない。

 ……またドレスがボロボロになっている。前に新品を渡したのにもうこんなにしたのか。

「彼女の名はクヨリ。前衛で敵を防ぐ壁役としては、他の追随を許さない実力者ですよ」

 勇者が眉根を寄せてじっと俺を見ている。この顔は全く信用していない。

 無理もないか。何処からどう見ても覇気のない女性にしか見えないから。

「論より証拠と申します。ここで彼女に少し戦ってもらいますね。出でよ土塊の人あらざる者よ」

 スキルの一つを『召喚魔法』に入れ替えて呪文を詠唱すると、地面から大柄の大人程度のゴーレムが一体現れた。

 練習場の壁に立てかけられていた大剣をゴーレムに投げ渡すと、その見た目から想像できない機敏な動きで受け取る。

「色々突っ込みたいところがあるのだけど。回収屋は商人だよね? ゴーレムの召喚って実力のある魔法使いでなければ……」

「行商人をしていると何かと物騒ですからね。荷運びとかにも便利なので使い勝手が良くて。そんな事より、戦いが始まりますよ」

 納得していない勇者だったが、クヨリの戦いに興味があるようで渋々視線を彼女へ向ける。

 ゴーレムが練習用の刃が潰れた大剣を振り上げるが、彼女はボーっと見つめたまま動こうとしない。

 唸りを上げ振り下ろされた大剣は彼女の肩口に命中する。刃が潰されているとはいえゴーレムの怪力で振り下ろされた一撃は、やすやすと彼女の肩を破壊して体を縦断して突き抜けると、地面に切っ先がめり込んだ。

「ひいいいっ!」

 体が二つに分かれ大量の血を噴き出し、地面に血だまりが生まれる光景に勇者の口から悲鳴が漏れる。

「あ、よいしょっと」

 半分に断ち切られた自分の右半身が倒れそうになったので、クヨリが左手で自分の体を掴むと、切断面を自分の体に合わせた。

 すると見る見るうちに体が接合され、ドレス以外が元に戻る。

「はあっ⁉ えっえっ、あれっ! あれはっ!」

 立ち上がり俺の肩を激しく揺らす勇者の顔は蒼白だ。

 魔王討伐の洞窟でも戦いはあったが、凄惨な場面は殆どなかったから耐性がないのか。

「あれは『超回復』ですよ。あの程度の攻撃ならあっという間に再生します」

 本当は『不死』の力なのだが、そこは黙っておこう。

「い、いや、回復という次元じゃ」

「おっと、彼女の攻撃ですよ。ほらほら」

 俺がクヨリに視線を向けると、つられて勇者が顔を向ける。

 彼女はグルグルと腕を回すと、「えいっ」という可愛い掛け声とともに繰り出された、拳がゴーレムの腹に触れた。

 その瞬間、ゴーレムの腹の土が背の方へ吹っ飛び、上半身と下半身が練習場の壁に激突して粉砕される。

「このように『怪力』もありますので、防衛面だけでなく攻撃も任せられます」

 顔面蒼白の勇者に話しかけたのだが反応がない。

 こっちにトコトコと歩み寄って来るクヨリを目で追うだけで、返事をする余裕はないようだ。

「これでいいのか、回収屋よ?」

「はい、お疲れさまでした」

「後で街の観光と晩飯を奢るのを忘れるでないぞ」

「とっておきのお店にお連れしますよ」

 そう言うとクヨリは顔をほころばせて笑った。

 一人目の紹介が終わったのだが、勇者は立ち去る彼女の背を怯えながら見送っている。

「どうですか。女性で防御にも攻撃にも特化した人材だと思うのですが」

「そ、そうだ! 別に女性でなくてもいいかな。屈強で頼りがいのある前衛で!」

「そう仰ると思っていました。もちろん、屈強な前衛もご用意しています。では次の方、よろしくお願いします」

 扉から姿を見せたのは逆三角形の筋肉美を惜しげもなく晒す男だった。

 獅子のたてがみを彷彿とさせる髪に野性味あふれる横顔。一目見てその者が強者であると勇者も感じ取ったようだ。

 顔が自然と真剣みを帯びていく。

 お飾り勇者でも彼――チャンピオンの異様さには気づくか。

「回収屋、何すればいいんだ? 約束通り後で酒を奢れよ」

「はい、とっておきの酒を提供しますよ。今日の晩にクヨリさんと食事をしますので、ご一緒にどうですか?」

 後方から風の鳴る音がしたので、ひょいっと首を傾げると。さっきまで頭のあった位置を両開きの扉の片側が通り過ぎていった。

 鉄製の扉はそのまま練習場の壁に突き刺っている。顔だけを後方に向けると、頬を膨らませてこちらを睨むクヨリがいる。その手にもう一枚の扉を手にして。

「回収屋よ、そりゃないわ。だからお前は未だに独り身なんだよ」

「貴方も独身ではないですか」

「俺は面倒だから適当にあしらっているだけだ。一緒にすんな」

 チャンピオンが綺麗どころをはべらせているのを、ちょくちょく目にするので反論ができない。

 ……すっと、クヨリから目を逸らし呪文を唱える。

「さてと、出でよ土塊の人あらざる猛者よ。たくさん」

 俺の詠唱に合わせて、地面から十体のゴーレムが現れる。それも今回は初めから武器を手にした状態で。

「てめえ……。誤魔化し方が雑だなあ、おい!」

「何のことやら。では開始です」

「えっ、あの数を一人では無茶で……しょ……」

 止めに入ろうとした勇者がその光景を目の当たりにして、言葉を失っている。

 チャンピオンが軽く腕を振るっただけで、ゴーレムが次々と粉砕されていく。相手の攻撃はいなすか、武器を掴んで捨てるといういい加減な対応だ。

 あくび交じりにゴーレムを圧倒しているが、よく見るとその場から一歩も動いていない。

「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あの人なんなんですかっ⁉」

 俺の頬に顔が尽きそうなぐらいに迫って、耳元で叫ぶ勇者。

 ああもう、興奮するのは勝手だが唾が飛び散って汚い。

 チャンピオンに手を抜くように言っておいたのだが、……あれでも精一杯力を抑えてくれているのか。

「ご希望の屈強な前衛ですが?」

「ちょ、ちょーっと屈強過ぎるかなぁ。……あれじゃ、僕が目立たないじゃないか」

 最後は聞かなかった事にしてあげよう。

 自分が弱い事を認めたくないようで、「あれは規格外だ。僕が弱いわけじゃ……ないよな」と呟いているが、少しは現実が見えたようで何よりだ。

「その、ええとですね前衛はもういいですから、後衛を。ああっ、回復職がいいです! 心の清い聖職者とか!」

「それなら適任を呼んでいますよ」

 扉から現れたのは鋼の理性を持つ神父。そして、その追っかけが登場した。

 その後、勇者は実力でも男としての魅力でも彼らに劣っていることを知り、すごすごと故郷へと帰っていった。

 自信を失った勇者は、もう一度自分を見つめ直すそうだ。自尊心が高いので、ここでの事を人にばらすことはないだろう。

 これなら自分が自信をへし折っても同じだった気もするが、結果良ければ全てよし、か。

 問題があるとすれば……。俺の背後で不機嫌さを隠そうともしないクヨリを、どうやってなだめるかだな。