The Skill Collector

Cat Island

 以前に妙な噂を耳にして以来、ずっと気になっていた事がある。

 とある離れ小島に一人で住む男性がいるという話だ。

 その男性は人間が嫌いで何よりも猫を愛し、島には大量の猫がいると聞いている。

 近くの村の漁師が稀に立ち寄る程度なのだが、そこに住む男性は口が悪くまともに会話するのも難しいそうだ。

 拠点にしている街から結構離れた場所にあるので行く機会がなかったのだが、今なら都合がいい。

 姉と遭遇してから殺伐とした日々を過ごしているので癒しが欲しくなった。猫島に行こうと思ったのも、そんな理由からだ。

 漁村で交渉をして船を買い取り、一人で沖へ出る。

 海に波が少なく空を眺めるが荒れる気配はない。これなら半日ぐらいで目的地に着くだろう。

 櫂(かい)で漕いでもいいのだが『水属性魔法』を発動させて操る事にした。この方が揺れも少なく自在に進むことができる。

 半日ほどぼーっと大海原を眺めていると、進路方向に小さな点が入り込む。

「あれが猫島ですか」

 猫といえば動物の話になると人によって派閥が生じる場合があるので、商人としては客の神経を逆なでしないように表向きは特定の動物が好きだと口にしない。

 ……本当は猫派だとしても。

 他の動物が嫌いという訳ではないのだが、猫の自由気ままで本能の赴くままに生きる態度が好きなのだ。

 お腹が空いたときと自分の気が向いたとき以外は人に寄り付かず、自由気ままなその姿に憧れる。

 ちなみにチャンピオンは犬派で少しもめた過去がある。獅子のような外見をしているのに犬好きとは。

 彼は客の前に友人なので譲らない時もあるのだ。

 確かその時の会話がこんな感じだったか。

「お前は何も分かってねえな。従順な態度で人の命令を守る。犬こそが人間に相応しい相棒だ」

「やれやれ、貴方こそ分かっていませんよ。命令を守るのは躾けたからでしょう? 動物は本能の赴くままに生きるべきなのですよ。従えさせるという発想がそもそも間違っているのです。猫を見てください。気が向かなければ人を手下ぐらいに思っていそうな不遜な態度。あれこそが自然体ですよ」

「かぁー、回収屋は女の趣味も悪いんじゃないか? 猫好きのヤツはわがままで自己中な女が好きだって言うからな!」

「犬好きは女性を奴隷のように扱うのですよね? 自分に従わなければ力で言う事をきかせる。どちらが獣なのでしょうか」

 売り言葉に買い言葉で罵り合いになってしまったが、本当は犬好きを下に見たりはしていない。だがこういった言葉のやり取りは遠慮なく言った方がチャンピオンは喜ぶ。

 従う者が好きだと言いながら、俺のようにチャンピオン相手に物怖じせずに話す相手が貴重だと分かっているから。

 数か月会っていない友人や顧客の事を思い出してしまい、望郷の念にかられそうになった。

 だけどまだ戻るわけにはいかない。

 姉の監視の目が無くなったと判明するまでは、近寄らないのが彼らの為だろう。

 船に寝そべり大空を眺めていると、色々考えてしまうな。

 上半身を起こして先を見ると、乗り入れられそうな岸が見えてきた。

 船が流されないように岩に縄を括りつけておく。

 近づくまで島を観察して目測で大体の距離を算出してみたのだが、端から端まで歩いても一時間ぐらいで制覇できそうな大きさだ。

 湾岸は砂浜と岩場があり、上陸場所は砂浜のここぐらいだろう。近くに手作り感あふれる船があるが、持ち主は島の唯一の住人である男か。

 丸太を並べただけの階段があったので登っていく。

 小高い丘まで行き辺りを見回してみる。

 島には木が点在していて密集している訳ではない。島の半分には木が生えておらず短い雑草が生えているか、地面がむき出しの平地のどちらかだ。

「あれは畑ですか」

 島の端の方に丸太小屋があり、その近くに耕された地面と農作物が見える。

 一人で住むには十分な面積の畑。作物も豊かに実っているようだし、魚もいるから食料に困ることはなさそうだ。

「おっ、本当に猫がいますね」

 見下ろす先に小さな何かが何匹もうろつく姿が見える。

 白、黒、茶等、毛色もばらばらだ。

 島に住む男の姿は見えない。あの丸太小屋の中か。

 ここで眺めているより実際に会いに行ってみようか。猫をもっと間近で見たいし。

 急な斜面を滑って降りると、猫がぎょっとした顔を向けて走って逃げる。

 ある程度距離を取ると、じっと物陰からこっちの様子をうかがっている。さすが猫だ、こういう態度が好ましい。

 追いかけようかと思ったが、今はやめておくか。

 ……そう思いながらも諦めきれずに、背負い袋から鶏肉の燻製を取り出し、猫たちに見えるように左右に振る。

 猫は魚が好きだと言われているが、実際は肉の方が好きな個体が多い。

 ここは海に囲まれているので魚を食べてばかりだろうから、肉の方が喜ぶと考えて予め購入しておいた。

「さっ、遠慮なくどうぞ」

 肉を差し出しながら中腰でゆっくり近づいていく。

 子猫達は好奇心に負けて近寄ろうとするのだが、親猫が首筋を噛んで行かせないようにしている。

 ここで『魅了』や『飼育』のスキルを発動させれば、猫を強制的に懐かせる事が可能なのだが、それはやらないでおく。

 警戒して逃げるピンと立った尻尾とお尻も悪くないが……少し寂しい。

 今度こそ潔く諦めて、住人との接触を優先しよう。

 扉の前に立ちコンコンと軽く叩く。

 特に反応はない。もう一度やってみたが無反応か。

 『聞き耳』を発動させて小屋の音を探ると、咳き込む声と荒い息づかいがする。

 これは病気で床に伏せっているのか?

「勝手に失礼しますよ」

 扉を開けるとベッドと机と椅子、そして小さな本棚と衣装箱があるだけの質素な部屋。

 そこのベッドに髭面の痩せた男性が横になっていた。

 元々厳つい顔つきが伸び放題の髭と、こけた頬で更に凶悪さを増している。前に遭遇した山賊よりもよほど山賊っぽい。

 そんな男の顔色と咳の具合。今は少し暖かい時期だというのに、肩まで毛皮の毛布を被っている違和感。

 何よりも目を引くのが毛布の上に大量の猫が乗っかっている事だ。

 俺を見て警戒しているのか俺を睨んでいるが逃げる様子がない。この男をかばっているのか。

 様子からして風邪のようだな。

 男は俺の存在に気付いたのか薄く目を開けて、何か言おうとしたようだがゴホゴホと咳が漏れるのみ。

 これでは話すこともままならないだろう。

『何しに来たんだ。えっ、左腕がないのか。ここに金目の物は何もないぞ!』

 咳き込みかすれた声ではなく、早口の鮮明な声が脳に直接響く。

 これは……スキルだな。

「貴方の声ですよね?」

「ごほっ! げほっげほっ」

『なんだ、文句があるのか。脅しに屈したりはしないからな。勝手に人の家に入っておいて挨拶もないのかっ』

 咳き込む音と同時に脳に言葉が聞こえる。

 これは『念話』か。珍しいスキルではあるがレアではない。

 以前遭遇したドラゴンのように年を経た魔物が覚える場合も稀にある。

 口に出さないで任意の相手に言葉を伝えられるスキルなので欲しがる人も多い。冒険者や司令官なら幾らでも金を積む人気のある便利なスキルだ。

「これは失礼しました。私は旅の行商人でして、興味本位で船に乗ってみたらここまで流されてしまいまして。途方に暮れているところ小屋を発見して今に至ります」

『そうか、それはついてなかったな。だがとっとと出ていけ。ここは俺の家だ、入る事は許さん。……風邪が移るかもしれないからな』

 その声は怒鳴っているかのように荒々しいのだが、最後に俺を心配する声が追加された。

 男を見るとこちらに向いていた体を反転させて背を向ける。

「心配していただき、ありがとうございます」

『心配などしていない! さっさと離れろ。本当に移るぞ! 片腕がないと不便だろうな……。じゃない! この奥に小さな小屋があるから、そこなら使っていい。何泊でも好きにすればいい。急な客人の為に作っておいて正解だった』

 さっきから邪魔者扱いしながら、こちらの身も案じている。

 ふとある事に気付いて男のスキルを調べた。

 『念話』『正直』がある。それも結構レベルが高いぞ。

 特に『念話』のレベルが高すぎる。これだと自分の思った事が全て無差別に『念話』として漏れ出てしまう。

 なるほどな。この二つのスキルが揃っていると、自分の思った事を包み隠さず直接相手に飛ばしてしまうのか。

 正直は美徳だと考える人もいるが実際は思っている事を正直に全て口にすると、無用ないざこざが発生する。

 男が早口で『念話』を飛ばしてくるのは、自分の本心を言葉で覆い隠すのが目的か。

 質の悪い組み合わせのスキルだ。男がここで引きこもっている理由が垣間見えた気がした。

 前に『毒舌』の相手をしたが、彼女は口を開かなければ相手の神経を逆なでしない。無口で通せば他人の怒りを買わずにすむ。

 だが男は口を噤もうが心の声が相手に伝わってしまう。

 ……人と共に生活するのは難しいが、動物であれば人間の声が届いたところで影響はない。

「見たところ風邪のようですね。私は行商人ですので薬も常備しています。もしよろしければ一宿のお礼に受け取ってください」

 背負い袋から自分で調合した薬の入った瓶を差し出す。

 再びこちらを向いた男は訝しげに俺を睨んでいる。

『なんだ、なんの目的だ! 金もないぞ! 食材なら好きに使って料理してくれていいけどな!』

 悪い人ではない。それは断言できる。

 一度『毒舌』の少女と『精神感応』の王子様と会わせてみたい。きっと面白い事になるだろう。上手くいけば親友になれるかもしれない。

「ありがとうございます。この薬を警戒されているかもしれませんので、同じ薬が二つありますからどちらかを選んでもらえますか? 怪しいものが入っていない証拠として私が片方を飲みますので」

『そんな事しなくていい。他に人がいない場所で弱っている俺なんて、薬を使わなくてもどうとでもできるだろう。信用するからそれを貰えるか』

「はい、どうぞ。液状ですから飲みやすいと思いますよ」

 男は瓶を受け取ると荒々しく一気に飲み干した。

 そして瓶を机に置くと、再び背を向けて寝ころぶ。

『もう行け。ここにいると本当に病気になるぞ』

「心配してくださって、ありがとうございます。小屋をお借りしますね」

 『状態異常耐性』や『健康』スキルがあるので風邪の心配は無用なのだが、それを言う必要はない。彼の善意を素直に受け取らせてもらう。

 男の住む小屋の裏に一回り小さな丸太小屋があった。

 外観はこっちの方が綺麗に見える。扉を開くと中の家具は男の小屋と同じなのだが、床にはチリ一つ落ちていない。

 彼が『念話』で言っていた通り、客人が来た時の為に掃除は欠かさなかったようだ。

 遠慮なく備蓄されていた食材を使って栄養があり食べやすい料理を作る。完成した品を男へ持っていくと、

『男の手料理か……。いや、感謝している。ありがとう。これが大人しい感じで胸の大きな女性だったら、もっと嬉しかったんだが。違うんだ! 本当にありがたいと』

 本音と建前が交互に聞こえてきた。

 男の苦労が見えた気がする。

 寝床に戻り寝ようと思ったが、その前に扉を少し開けておくか。

 こうしておけば寝ている間に猫がやってくるかもしれないから。

 まだ日が昇って間もない早朝に目が覚めると、独りぼっちだった。

「猫は来てくれませんでしたか」

 一匹ぐらい人懐っこい猫がいてもいいものなのだが。

 『気配察知』で猫達の気配を探ってみると、小屋から少し離れた場所に集まっている。

 ベッドから飛び起きて、その場所へ向かうと髭面の男が猫達にご飯を与えていた。

『おー、よしよし。元気にしてたでちゅかー。昨日はおいちいご飯を上げられなくてごめんなー。今日は奮発して貴重な鶏肉でちゅよー。いっぱいお食べー』

 赤ちゃんに話しかけるような男の声がした。

 じっと男の顔を観察すると、緩みきった顔で猫を愛でている。

 ……これはどう反応したらいいのか。

『そんなに慌てなくてもいっぱありまちゅよー。もぐもぐして可愛いなぁ。こらこらケンカちたらめっだぞぉ。ん? どうした。お腹いっぱいでちゅか。こらこら、甘えてすりすりされたら……はああああんっ! ヤバい、あまりの可愛さに気を失うところだった。……はあ、猫にご飯を上げているところだけは見せられないよな。こんなところを見られたら恥ずかしくて死んでしまう』

 俺は動くタイミングを失い、『隠蔽』で存在感を消して男の心の声を聞いていた。

 彼は他人を不快にさせる事も恐れているが、それ以上に大好きな猫達の世話をしている時に漏れる声を他人に聞かれるのが恥ずかしいようだ。

 男は何よりも猫が好きで、好きすぎて面倒を見ている時にこんな話し方になってしまう。それが気持ち悪い事は自覚しているのだが『正直』スキルがある為、あふれる愛情が抑えられない。

 だから、こんな孤島に移住して猫に囲まれて暮らしている。でもこの生活に不便を感じたことは一度もないらしい。

 男は好きでこの生活を選んだのだ。

『あの商人は猫好きなのだろうか。猫友達は欲しいけど、この姿を見られるのは辛いし……。同じぐらい猫好きなら仲良くなれるかも。一人には慣れたけど……』

 『念話』と『正直』の両方、もしくはどちらかを買い取ろうかと持ちかけるつもりだったのだが……余計なお世話かもしれないな。

 だが一応交渉だけしてみるか。

 この島で必要なスキルを売る方向でいった方がいいか。『健康』や『木工』を売れば喜んで買い取りを希望してくれるだろう。

 お金はないようだが代金は――この島を定期的に訪れる権利でどうだろうか。