「『催眠』はこの程度の威力ですか」

 地面に無数の鳥が転がっているが、その全てが熟睡していた。

 俺は今、街道から逸れた森の中でスキルの確認をしている。

 人気のない場所で日ごろ使わないスキルから頻繁に使うスキルまで、能力を確認しておく必要があるからだ。

 レベルが上がると威力や効果範囲が一気に増え、予想もしなかった能力が追加で発生する場合もある。

 対象がいなければ成り立たないスキルもあるので、森の動物達には悪いが練習台になってもらおう。

 人が通るような場所ではないが念には念を入れて、無関係な人を巻き込まないように『気配察知』で確認済みだ。

 有用なスキルは頻繁に活用するが、負のスキルと呼ばれる害にしかならないスキルを発動することは滅多にない。

 そういうスキルも幾つかは試しておく必要がある。

 だがその前にいつも役に立ってくれているスキルのおさらいをしておこう。

「スキルスロットに常備している中で『鑑定』『気配察知』にはかなり助けられていますが、『隠蔽』も役立つスキルですよね」

 『隠蔽』は珍しくないスキルで鍛錬をして後天的に覚えることも可能。なので所有者も多く、人気のあるスキル。

 ただ少し面白い特性がある。大半はスキルにつき一つの能力しかないのだが隠蔽は違う。隠蔽には隠すという意味が込められている。

 それは気配を殺し自分の姿を、存在を隠す……だけではなく、レベルが高ければ物や文章や能力すら隠すことが可能となるのだ。

 スキル証に表示されている能力も調べられる際に『隠蔽』を発動させて、偽りの情報を記載させている。

「本当に便利なスキルだとは思いませんか?」

 俺は不意に顔を上げて、斜め前に立つ木の上に視線を飛ばす。

 そこには青々と茂る葉が風に揺れているだけに見える。『気配察知』にも反応はない。

 嗅覚や聴覚も強化しているというのに何も引っかからず森の一風景にしか見えない、が。

「おや、今回は無反応ですか。では『気配察知』のレベルを更に10上乗せです。『聞き耳』も発動しますよ」

 視線の先に僅かな揺らぎが見える。

 葉の揺れる音に紛れて聞こえにくいが、呼吸音と心音も聞こえてきた。

 少し動揺しているのか。まだまだ甘いな。

「気のせいでしたか。誰か潜んでいると思ったのですが……恥ずかしいですね。誰もいなくて助かりましたよ」

 頭を掻いて失敗を誤魔化すような素振りをすると、気配が再び揺らいだ。

 視界に映る木々の枝の中で一番太い一本が不自然に曲がっている。まるでそこに見えない何者かがいるかのように。

「さーてと、誰もいないのでしたら広範囲に影響を与える凶悪な呪いでも発動しますか。呪いの効果が酷すぎて発動をためらう……っと独り言が過ぎました」

 呪いの内容に気を取られて集中力が落ちたのか。枝の上に姿が薄っすらと見えているのだが、本人は気づいていないようだ。

 体に密着する黒の衣装の上に袖のない上着を羽織った不審者。それがこっちを凝視している。

 鼻から下を布で覆っているので顔の大半が見えないのだが、体の凹凸や目だけでも女性であることは一目瞭然。

 言葉は一切発してないが変動する気配と、頭頂部近くでまとめた長い髪が左右に揺れる動きで心境を能弁に語っている。

 ――焦っているな。

 呪いを発動する前に仕掛けようとでも思っているのだろう、女は腰に携帯していた短剣を鞘から引き抜いた。

「では呪いを」

 気配の薄い女が地面に降り立ち素早く側面に回り込むと、俺に向けて短剣を突き出す。

 すっと顔を横にずらすと銀の光が通り過ぎる。

 相手も『隠蔽』を解いているので姿が丸見えで、目と目が合う。

「おや、暗殺者さんではないですか。お久しぶりです」

 ひょいひょいっと切っ先を躱しながら話しかける。

 素早い踏み込みと鋭い斬撃。目や喉を狙った容赦のない攻撃なのだが、その全てを軽々と躱す。

 彼女が弱いわけではない。むしろ暗殺者としては一流。

 ただ、相手が悪い。

「当たれっ! 当たれっ! ああもう、クソ!」

「女性がクソなんて下品な言葉遣いはどうかと」

「私は女を捨てたと言っているだろうがっ!」

 そういえば初めて命を狙われた時も同じことを言われた気がする。

 女暗殺者に襲われるようになってから、かれこれ十年の時は過ぎた。

 当時、十代半ばだったので今は……。

「ああ、だから独身を貫いているのですね」

「必ず、殺す!」

 斬撃の速度が上がり殺気が膨れ上がった。

 禁句を口にしてしまったようだ。

「気にされていたのでしたら申し訳ありません」

「人が孤独と戦いながら後を追い、息を潜め暗殺の隙を探っているのというのに、キサマは女と二人旅とはいいご身分だな」

 クヨリと二人旅をしていた時のことを言っているのだろう。

 あの時も微弱な気配を感じてはいたが、やはり女暗殺者だったか。

「そういえば、あなたはいつも一人ですね。同派の方と組んで襲った方が少しは可能性が見出せるのでは」

「ごちゃごちゃ言わずに死ねっ!」

 どうやらこれも禁句のようだ。

 突き出される刃にはどす黒い液体が塗られているが、あれは一族に伝わる秘伝の毒らしい。

「以前も申しましたが、私に毒は効きませんよ?」

「やってみないと分からないだろっ!」

 めげない人だ。実力差も理解しているはずなのに。

 この十年、ありとあらゆる手段で俺を暗殺しようとしてきたが、一度も成功した試しがない。成功していたら、今こうしてここにいるわけがないのだから当たり前だが。

 彼女が暗殺手段として用いた方法は様々だ。落とし穴、変装に色仕掛け、魔物を誘導、金で雇った傭兵、等々。

「暗殺業で稼いだお金を全て、私を殺すために使っているそうですが、そろそろあきらめてはどうです?」

「あきらめられるかっ! キサマが師匠にしたことを忘れたとは言わせぬぞ!」

 怒気を込めて放たれた言葉を聞いて眉根を寄せる。

 忘れてはいないが、それで恨まれるのは筋違いだと何度も言ってきたのに。

「覚えていますよ。高レベルの隠蔽や暗殺を売ってもらいましたからね」

「お前が無理やりスキルを奪い取ったことで、師匠は牙を失ったのだ!」

「ですから、それは違うと――」

「うるさい!」

 女暗殺者はバク転をして距離を取ると短弓を取り出し、毒の塗られた矢を連射してきた。

 実力差を見せつけた方がいいと考え、避けるのではなく掴んでは地面に投げ捨てる。

 涙目になりながら射続ける相手を眺めながら、彼女の言う師匠との一件を思い出していた。

「完敗だ、好きにするがいい。この首を持っていけば、大金が手に入る」

 俺の前で頭を垂れている黒ずくめの男を見下ろしながら、胸を撫で下ろす。

 平静を装っているが、今のはかなり危なかった。

 風景と一体化した見事なまでの『隠蔽』で、この俺ですらギリギリまで気配を感じ取れず、危うく一撃を喰らうところで何とか回避できた。

 そこからはこっちも本気を出したので、意外とあっさりと決着がついたが暗殺者としての腕は超一流。

 ここ数十年で会った暗殺者の中では間違いなく一番強かった。

「賞金ですか。あなたは今、好きにするがいいと仰いましたね。ならば、命よりももっと欲しいものがあるのですよ。それを売っていただけませんか?」

「どういうことだ。キサマは何を言っている」

 無表情を貫いていた暗殺者の男が、そこで初めて表情を変化させる。

 その後の交渉により『暗殺』や『隠蔽』といったスキルを買い取り、元暗殺者を解放した。

「スキルを買い取ったことで暗殺者としては死んだも同然ですが、それでも命は奪っていませんよ」

 暗殺者の老人は納得したうえでスキルを売った。それは間違いない。

 買い取り価格も適正な金額を払い、円満にその場を後にした。

 彼も「暗殺業から足を洗うにはいい頃合いだ」と頷き、吹っ切れた顔で笑っていたのが印象的だったな。

「あれから師匠は腑抜けてしまった! 暗殺をやめてしまい、毎日お孫様に絵本を読み聞かせ、公園で遊んでいるだけだ!」

「最高の老後じゃないですか」

「あれでは余生を楽しむ、ただの老人ではないかっ!」

 髪を振り乱して怒る内容ではないと思う。

 老後の過ごし方としては理想的ではないだろうか。

「あの厳しくも凛々しい横顔が今では見る影もない! 最近では反抗期に入ってしまったお孫様が、師匠を邪魔者扱いする始末! 多くの者に恐れられた伝説の暗殺者が庭で寂しげに猫を撫でているんだぞ!」

 尊敬している師匠がそうなったら嘆く気持ちも分からなくはない。

 暗殺者を返り討ちにすると、その一族や流派の者が復讐にやって来ることはあるにはあるのだが、暗殺者の老人は俺に恨みはなく部下達にもそう伝えていた。

 だというのに、老人を盲目的に尊敬していた女暗殺者だけは別だった。今では好々爺となってしまった姿がどうしても許せないらしい。

「今までは私も余裕があったので、こうやって月一から二回は相手していましたが、最近は何かと忙しいのですよ。相手をする時間も惜しいので、もうやめにしませんか?」

「じゃあ、私を殺せっ!」

 毎回、同じようなやり取りをやっているが引く気が微塵もない。

 自分を殺しにやって来る相手なので、命を奪っても罪に問われることもないのだが……。

 初めの頃は十代の若者を手にかけるのをためらい、話し合いでなんとか分かってくれないかと何度も根気よく語り聞かせた。

 だが自分の意見を曲げない彼女はかなりの頑固者で聞く耳を持たず、何年にも渡って定期的に襲ってくるようになってしまったのだ。

 説得には『話術』も発動したのだが聞く気のない者には意味を持たず、その言葉は彼女の右耳から左耳へ通り過ぎていくだけだった。

 そうやって毎回相手をしている内に、彼女に対して愛着が湧いてしまった。

 旅は基本一人なので殺害目的とはいえ、人との接点にありがたみを感じる時がある。何度あしらわれても襲い掛かる姿が、じゃれつく猫の様で可愛らしいと思えるぐらいに。

 面倒な相手ではあるが、こちらも彼女を利用していたので邪魔と言うほどではなかった。

 手に入れたばかりのスキルの実験台や、なまった体を温める戦闘訓練等、今は持ちつ持たれつの関係なのかもしれない。

 ただ、ここ最近は姉の問題があるので彼女にも害が及ぶ可能性がある。なので、ここらで繋がりを断っておきたいところなのだが。

「ここは暗殺業から足を洗って、幸せを掴むというのはどうでしょうか」

「うるさいっ! 私はずっとキサマを殺すことだけを考え、実戦と鍛錬だけをしてきた。故に恋人どころか友の一人もおらぬ! 普通の女ならば収入は衣服等のオシャレに費やすのかもしれぬ。だが私は毒や罠や最新装備に費やしてきたのだぞ! 今更、引けるかっ!」

 心情を独白した愚痴と共に投げナイフが迫ってくるが、それを指で弾く。

 前々から気づいてはいたが、彼女は暗殺者としての誇りが邪魔をして引くに引けない状態に陥ってしまっている。

「幸せな家庭に憧れはないのですか」

「特技は暗殺と隠蔽しかない女を誰が嫁にしたがるというのだ!」

「ああ、確かに」

「ぶっ殺す!」

 同意すると投擲される武器の中に爆発物も混ざるようになった。

 だが今のやり取りに手ごたえを感じた。気が大きく揺らいだのだ。

 となると、ここで仲人を買って出て良い人を紹介するのもありか。

「ならば、あなたの好みに応じた男性を紹介するというのはどうでしょうか。こう見えて何度か縁談のお手伝いをしたことがありますので」

「なん、だと……。それは本当か?」

 おっ、攻撃の手が止まった。そして、目が本気だ。

 二十代後半近くとなるとこの国では結婚して当然の年齢だ。むしろ、かなり遅い方だろう。この感じだと今なら『話術』も通用するな。最大レベルで発動しよう。

 彼女を受け入れられる包容力のある人物として真っ先に神父様の姿が浮かんだ……が、さすがに俺でもこれ以上は厄介な女性を押し付ける気にはならない。

 ……最終手段としての候補には入れておこう。

「はい。商人をしていますと人との繋がりが増えますので、必然的に魅力的な男性と知り合う機会もあります」

「ほ、ほう。敵とはいえ厚意は無駄にするなと師匠も仰っていた。話だけは聞いてやろうじゃないか」

 武器を降ろして攻撃の意思は消えたようだ。

 ここからは交渉術を活かすとしよう。

「仮にですが、男性に求める条件はおありでしょうか?」

「そ、そうだな。私のような武骨な女が条件を出すというのもおこがましいのだが、一緒にいて楽しい男性が……」

 視線を地面に向けて頬をほんのり赤く染め、手をもじもじさせている姿は充分女の子っぽい。

 格好が暗殺衣装でなければ、もっとよかったのだが。

「口が立つ男性なら心当たりがありますよ」

 情報屋のマエキルを差し出そう。強気の女性が好きだという側面を最近見せられたので、悪くない相性だと思う。

「いや、頼れる男性の方が」

「なるほど、なるほど」

 それから条件を幾つか聞いて、完ぺきとは言えないが条件の大半が当てはまる男性を何人か思いついた。

「ちょっ、ちょっと待ってくれ。そもそも、殺そうとしていた相手に紹介してもらう、というのはおかしい」

 ――惜しい。正気に戻ってしまったか。

 このまま強引に話を持っていくつもりだったのに。

「それにだ。私は多くの者を手にかけてきた。それ故に私は命を狙われている。共に暮らす者は常に命の危険に晒されることになるだろう……」

 肩を落として寂しそうに呟く女暗殺者。

 どうやらこっちが本音のようだ。

「何故、キサマは私によくしてくれるのだ。今までずっと命を狙ってきた相手を」

「そもそも、命の危険を感じたことが一度もありませんので」

「くっ、言ってくれるな……」

 今でこそ腕も上がったが、十代の頃は暗殺者見習い程度だったので殺される方が難しい実力だった。

「じゃれてくる子供みたいなものですよ。実戦は鍛錬になりますので」

「鍛錬……か。本当にもうあきらめた方がいいのかもしれん。だが、こんな血に汚れた手で幸せを求めるのも都合のいい話。どこかの山にでもこもって――」

 女暗殺者は虚ろな瞳で手をじっと見つめている。

 彼女の所属している暗殺一派は悪党をターゲットとしているのだが、だからといって暗殺行為を正当化しないようだ。

 老暗殺者が俺を狙ったのも依頼者の嘘に騙された結果だった。

「会うだけ会ってみてはどうですか。気に入らなければ断ってくれて構いませんので」

「そ、そこまで言うなら。しかし、会う服もなく、変装以外の化粧すらしたことがないのだが」

「そこもお任せください」

 協力者に心当たりがある。

 それに対象者は、女暗殺者の不安も全て払拭できる相手だから。

「お前も誘われていたのか」

 コンギスのホームパーティーに招かれて訪れると、そこにはチャンピオンがいた。

 客人はチャンピオンと俺ともう一人いるそうだ。

「そうですよ。上達した料理を食べて欲しいとのことでして……」

 ちらっと食卓の上に目を向けると、目を背けたくなる独創的な盛り付けをされた料理が並んでいる。

 見た目は料理とは思えない前衛的な作品だが味の方は問題ない。コンギスの嫁であるセリフェイリのスキルを確認すると『料理』レベルがまた上がっていた。

「最近は、コンギスとセリフェイリがやたらと結婚を押してくんだよ。得意の話術であきらめるように説得してくれねえか」

 パーティーが始まってもいないのに酒を飲みながら、チャンピオンが大きなため息を吐いた。

 新婚の二人は結婚も悪くないと思えるほど仲睦まじいが、相手のいない独身からしてみれば目に毒だ。

「そろそろ、落ち着いてもいい頃合いでは」

「はっ、冗談だろ。結婚を否定する気はないが、俺の人生に女は足手まといだ。馬鹿共の相手で忙しいからな」

 馬鹿共というのは、最強の名を得る為に襲ってくる格闘家や冒険者達を指しているのだろう。

 彼の実力の片りんにでも触れたことがあるなら、手を出そうなんて考えもしないが、どんな世界にも己を過信した無謀な者はいる。

「お嫁さんに害が及ぶ可能性がありますからね」

「一晩だけの付き合いの方が、お互いの為だってこった」

 そう言いながらも彼が内心では、嫁を欲していることを俺は知っている。

 最近はコンギス夫婦を見て、その想いが強くなっているのを酒の席でこぼしていた。

「レオンドルド様、回収屋様。お越しいただきありがとうございます」

「おう、よく来てくれたな!」

 噂の新婚夫婦が現れたようだ。

 寄り添い微笑み合う二人はぱっと見は美女と野獣にしか見えないが、お似合いの夫婦であることを俺もチャンピオンも知っている。

 四人で料理を摘まみながら、他愛もない話で盛り上がっているとチャンピオンを除いた三人の視線が合い、小さく頷く。

「そうでした。今日は私の友人も連れてきているのですよ」

 セリフェイリが今思い出したかのように手を叩いて彼女を呼ぶ。

 奥から現れたのは足下にスリットの入ったイブニングドレスを着た、一人の女性だった。

 顔は薄めの化粧だが、思わず「ほぅ」と声が漏れるほどに美しく整えられている。『化粧』スキルの高いセリフェイリが手を貸しただけのことはある。

 女性にしては高身長だが、出るところは出ている均整の取れた体つきをしていて、その容姿は男女問わず目を引く。

「えらい、別嬪じゃねえか。それに、武術の腕も相当だな」

 一目で彼女の実力を看破したか。

 しかし、化粧と格好でここまで化けるのか。あの女を捨てた暗殺者と同一人物だとは思えない。

「初めまして。リゼスと申します」

 いつもの男口調と殺意漲る態度は鳴りを潜め、淑女のように見える。

 この数日、女性としての魅力をセリフェイリとチェイリに叩き込まれた成果が出ているようだ。

「これは美しい方ですね。初めまして、回収屋と申します」

 初対面を装い挨拶を返し、ちらっとチャンピオンを横目で確認する。

 憮然とした態度で相手を観察しているように見えるが、少し動揺しているな。

 それもそのはず、長年の付き合いから彼の好みを完全に把握した俺が提案企画した姿が今の彼女だから。

「おう、レオンドルドだ」

 チャンピオンの声が若干上ずっている。

 これは予想以上に上手くいくかもしれない。

 彼なら彼女の過去を『隠蔽』しなくても受け止める度量も実力もある。それに相性だって悪くないだろう。

 苦手な恋愛はコンギス夫婦に任せて、生温かく見守るとしよう。

「まあ、なんだ連れがいるのも悪くねえな」

 宿屋の一階のいつもの席でお茶を飲んでいると、何の断りもなく対面の席にチャンピオンが座って自慢を始めた。

 あれから二人は仲良くやっているようで、週に三度はのろけ話を聞かされる。

 適当に聞き流していると、チャンピオンの隣にコンギスが座った。

「今度一緒に劇でも観に行かねえか? もちろん、リゼスも誘ってよ。俺も嫁を連れて行くからよ」

 面倒なのが一人増えた。

「おや、それはいいですね。私も婚約者と参加させてもらえませんか。席は確保しておきますので」

「久しぶりだな。構わねえぜ」

「突っ立ってないで座ったらどうだ」

 男だらけの席に追加でやって来たのは、この国の王子だった。

 一応、身分を偽ったお忍びなのだがチャンピオンとコンギスは王子の正体を知っている。

 知った上で、王子の望みに応じて対等に接していた。

 前方にチャンピオンとコンギス。そして隣に王子。

 しまった、色恋が充実している奴らに囲まれた。

 それからは各自の嫁や恋人自慢を延々と聞かされ、のろけ話を少し離れた場所で聞いていたスーミレとチェイリとクヨリが意味深な視線を俺に向けている。

 ――『隠蔽』を全力で発動。

 姿も存在感も消し去った俺は誰に気づかれることなく宿屋から無事脱出した。

「隠蔽スキルは本当に便利ですね」