The Skill Collector

Happy man.

 拠点としている杭の国ケヌケシブは不況の真っ只中。

 現国王が周囲の反対を押し切って新たな鉱山の採掘に乗り出したのだが、採掘中に鉱石ではなく毒ガスを掘り当て計画が頓挫してしまった。

 その出費に加えて今年は数十年に一度の不作が重なってしまったのだ。

 何とかしてくれと国王に泣きつかれてしまい、今度毒ガスの発生原因を突き止めにいかなければならなくなりそうだが、それはまあいい。

 人柄だけは認めるが内政に関しては、次期国王の王子に全て任せて欲しいというのが俺も含めた国民の総意だ。

 正直面倒だとは思うが、このまま放置すれば国を揺るがす痛手となる。

 国家としても相当追い詰められているようで、王だけではなく王子や重鎮からも懇願されているので動くしかない。

 姉が力を貸しているらしい軍事国をけん制するためにも、この国の国力を落とすわけにはいかない。毒ガス以外にも色々と手を貸す必要があるだろう。

 鉱山探検の準備を整える前に、既に受けていた仕事をさっさと片付けておこうと、俺は昼前に公園へとやって来た。

 公園のベンチに座り、はしゃいでいる子供を眺めながら依頼人を待っている。

 数日前のことなのだが、使いの者と名乗る男が宿屋の食堂に現れると、前金とは思えないぐらいの大金を目の前に置いて、強引に依頼人と会うように求められた。

 それだけの大金を迷わず差し出す相手に興味があったので受けることにしたのだが、詳しい事情は何も聞いていない。

 スキルの買い取りを頼みたいとのことだったが、あれほどの大金を積んだということは、人に害を与える負のスキルで間違いないだろう。

 約束の時間よりも少し早く来てしまったので、数日前に小説家から手渡された新作を懐から取り出して読書と洒落込む。

 思いもつかないトリックの数々に惹きつけられ没頭していると、微かに騒ぐ声が聞こえてきた。

 視線を小説から上げて前に向ける。

 公園の入り口からこちらに歩いてくる男がいるのだが、その顔は疲れ果てていた。

 おそらく彼が依頼人だろう。良くも悪くもない平凡な顔に中肉中背。服装にも変わった点がなく特徴がない。

 しかし、今の状態は人の目を引く。……なんであんなに大荷物なんだ。

 子供がすっぽり入れるぐらいの巨大な背負い袋だけではなく、両手には布袋をぶら下げている。

 そして布袋の口から覗くのは絵や紙の束や貴金属類。

 待ち合わせの前に大量に買い物でもしてきたのだろうか。

 大荷物の男はきょろきょろと辺りを見回している。その様子は何かに怯えているようだが。

 俺は立ち上がって男の方へと歩み寄っていく。

 こちらを見てぎょっとした顔をしたが、しげしげとこちらを見つめ胸を撫で下ろしている。

 ……どういう反応なんだ、今のは?

 『心理学』を発動させて注意深く観察する。俺を見て警戒をしたが回収屋だと認識して安心した、といった感じか。

「もしや、ご依頼された――」

「もしかして、回収屋さんですか! いやー、お会いしたかった!」

 手荷物を地面に置いて駆け寄り、俺の手をしっかりと包み込む。

 やはり、この人が依頼人か。

「私はログスと言います。回収屋さんにはスキルを買い取って欲しくて!」

 切羽詰まっているのか、早口でまくし立てる。

 まずは落ち着いてもらおう。

「ここで話すのもなんですので、何処か落ち着ける場所に移動しませんか」

「あ、いえ。店とかはちょっと……」

 急に挙動不審になって言い淀んだ。

 店を嫌がるということは人目に付きたくないのか。

「信用のおける店なので情報が漏れることもありませんよ?」

「あの、そういう訳ではないのですよ……。ですが、公園で話すのも変ですよね。分かりました、お願いします」

 警戒して何かを隠しているのは確かなのだが、それが何かまでは『心理学』では読み取れない。

 色々と不審な点もあるが詳しい話は店でゆっくり聞くとしよう。

 念のために『鑑定』でスキルを調べるが――何も見えない。

 相手の胸元に注目すると、首にかかる細い鎖と服を押し上げる物体を確認した。

 あれは『鑑定』を防ぐ〈大いなる遺物〉か? 

 かなり高価な品なのだが、見た目に反して裕福なようだ。

 外見で人を判断すると痛い目に遭うのは承知している。だけどログスに関して危険性は感じない。

 とはいえ、歩きながら見える範囲だけでも情報収集をしておこうか。

 足の運びからして運動能力は低い。

 落ち着きがなく、神経質そうに見える。

 気になっていた荷物は紙の束は何かの割引券や招待券。高価な貴金属が無造作に詰め込まれ、金貨もいくつかあるようだ。

 商人にしては物の扱いが乱雑だ。これだけ高価な品々を運ぶのに相応しい格好とはお世辞にも言えない。あまりにも無防備すぎる。

 街は不況だというのに、ここだけは盛況だな。

「荷物が多いようですが、よろしければ持ちましょうか?」

「あっ、お願いしていいですか。手が痺れてきて辛かったのですよ」

 あっさりと手提げ袋を差し出してきた。

 受け取ると結構な重さがあったで袋の口から中を覗くと、想像よりも高価な品や金貨で埋まっている。

 この袋の中身を売り捌けば相当な金額になるというのに、何の警戒もせずに渡すのか。

 もう少し情報が欲しかったので、公園を出てお馴染みの宿屋へ向かう最中にログスへ話題を振る。

「かなり買い込んだようですね」

「いえ、これは買ったのではなくて――」

 困り顔で何かを口にしようとしたログスと俺の間に突然、制服を着た女店員が割り込んできた。

 この制服は貴族御用達の宝石店のものだったはず。

「ログス様ではないですか。おすすめのネックレスを入荷しましたので、ご覧になりませんか」

「い、いえ。今日は用事がありまして」

「少しでいいんです。ええ、ほんの少し、ちょっとだけ店に来ていただければ! 一歩だけ、つま先だけ入ってくださればいいんです! 美味しい茶菓子も用意していますし、好きな宝石を一つ持って行っていただいて構いませんので!」

 店員はログスの腕を掴み店へ引きずり込もうと力を込める。

 ログスは足を踏ん張って懸命に堪えながら、情けない顔を俺に向けた。

 助けて、と表情が語っている。

 お得意様なのか? それにしては違和感のある対応だ。

 このまま依頼人を無視するわけにもいかないな。『話術』と『威圧』も低レベルで発動しておこう。

「申し訳ありません。私とこれから商談がありますので」

「そう、なんですか。またのお越しをお待ちしております! 次こそは是非!」

 名残惜しそうに手を離した女店員が、満面の笑みを浮かべて頭を下げた。

 対照的に引きつった笑みを浮かべてログスが手を振る。

「熱烈な歓迎でしたね。御贔屓にされているお店なのですか?」

「ん、んー、私が買うことは殆どないのですが、店に来て欲しいと毎回頼まれまして」

「先程も購入を促すのではなく、店に入って欲しいようでしたが」

「そうなのですよ。私のスキル効果――」

「あらあら! ログス様ではありませんか。今お暇ですか? お暇ですよね! 新作のコートが入りましたの。ログス様にとてもお似合いの色合いですわ。ささっ、店内へ」

 次に現れたのは厚化粧で目に優しくない配色の服を着た女性だった。

 今度は服屋の店長か。この人も強引に引っ張り込もうとしている。

 ……どういうことだ。お得意様を相手にこんな接客をするだろうか。

 そんなことを考えていると、ログスの周りに人だかりが出来上がっていた。

「ログスさん、うちのパン屋に来てくださいよ!」

「ちょっと、足踏まないでよ! ログス様は喉が渇いているのから、お茶が飲みたいのですよね!」

「新しい本を大量に仕入れましたので、私の書店にお願いします!」

 ログスの周りを取り囲んでいるのは、この通りに並ぶ店舗の店員や店長ばかりで全員が店に招き入れようと必死だ。

 四方八方から服を掴まれ引っ張られているので、彼の服が伸びきっている。

 騒動の中心にいるログスの表情は無。光が失われた瞳が虚空を見つめていた。

 完全にあきらめきった顔だ。

 『隠蔽』で自分とログスの姿を消して、『幻術』で店員の一人を彼の身代わりにしておく。

 何とか抜け出した俺は路地裏でログスに簡単な変装を施して宿屋へと急いだ。

 気になることだらけだが、まずは落ち着ける場所に行くことを優先しよう。

 あれからは誰にも邪魔されることなく、無事に宿屋までたどり着いた。

 窓際のいつもの席に誘導して座らせると、ログスは大きく息を吐く。

「す、すいません。巻き込んでしまって」

「お気になさらないでください。人気者で羨ましいですよ」

「ははは……。皆さん私のスキル目当てですけどね」

 そう言って目の前で首に掛かっている〈大いなる遺物〉を取り外した。

「スキルを『鑑定』できるのですよね。どうぞ、ご覧になってください」

 そう言われて断る理由もないのでログスのスキルを調べる。

 彼にはスキルが二つしかなかった。しかし、そのスキルレベルは両方30を超えていた。

 珍しくはないスキルなのだが、予想外の組み合わせに絶句してしまい声が出ない。

「私は生まれつき、この二つのスキルレベルが高かったので、人生で一度も苦労をしたことがありません。道を歩けばお金を拾い、店に入れば無料で招待される。品物を一つ買ってくじ引きを引けば大当たりを引く。困っている老人を助けたら遺産を譲られ……。最近では私がいるだけで店が繁盛することが分かり、こんなことになっています」

 自嘲して薄笑いをするログス。

 そんな彼が所有する二つのスキル。それは――『幸運』と『金運』だ。

 ここまでのレベルとなると何をしても幸運が舞い込んでくる。

 自分が得る幸運も相当だろうが、こんなにもレベルが高いと本人が望まなくとも、周囲に影響を与えてしまう。

 実際、宿屋に到着してから急に店が混み始めている。

「お昼時は過ぎているのに、お客様が次から次へ⁉」

「少しお待ちくださいねー。ああもう、何でこんなに忙しいのよっ!」

 店員のスーミレとチェイリが忙しそうに店中を走り回っている。

 ……注文は後にしておこう。

「先程の話から察するに、もしや、売りたいスキルと言うのは」

「はい。『幸運』と『金運』です」

 冗談ではなく本気なのは一目見て分かる。

 今まで『幸運』や『金運』を何度か買い取ったことがある。でもその場合はレベルが低く、恩恵を感じ取れなかった人や、死の間際でもう必要がなくなった人からだった。

 まだ二十代らしき彼のような若者から、こんなにも高レベルの『幸運』や『金運』を売りたいと言われたのは初めての経験だ。

「一応ですが、理由をお伺いしても構いませんか」

「はい。先ほども申しましたが、私は一度も苦労を経験したことがありません。お金に困ったことも不幸な目に遭ったこともなく、仕事もしていないのに豪邸を所有して、死ぬまで困らない資産を所有しています」

 ここだけ聞いたらただの嫌味だが、彼にとっては切実な悩み。

 茶化さないで最後まで聞いてから判断をしよう。

「金にも困らず常に『幸運』と共にある人生ですので、それを目当てに言い寄る女も数知れず。そんな下心が透けて見える人たちに囲まれ、私は精神が摩耗してしまったのです。今では人を見ては疑い、何も信じられなくなってしまいました……」

 金さえあれば幸せになれると断言する人もいるが、彼はそうならなかったのか。

 他人からしてみれば恵まれた人生で「何を贅沢な」と呆れる人も多いだろう。でも彼にはこの生活が苦痛なのだ。

「仕事をしても何をしても『幸運』が邪魔をして全てが上手くいってしまうのです。失敗しても報われなくても頑張って仕事がしたい。相手の気を引くために努力をするような普通の恋愛をしてみたい。そう願うのはわがままでしょうか?」

 今まで苦労をしてきた人にその質問を投げかけたら全員が「はい」と答えるだろう。だけど、人は環境に適応する生き物だ。

 苦労ばかりしてきた人は少々の逆境に遭遇しても、それを不幸とは感じない。

 楽な人生を歩んできた人は、ほんのわずかな躓きでも不幸に感じてしまう。

 彼のスキルを買い取ることは簡単だ。でも運に守られて生きてきた彼がそれを失って生きていくのは想像以上に苦難の道となる。

 商人として客をみすみす不幸にするわけにもいかない。

 ここで別口の依頼を思い出し、最良の選択を一つ思いついた。

「つまりあなたは、やりがいのある仕事を求め、同時に人並みの恋愛がしたい。それに相違ありませんか?」

「えっと、簡単に言えばそうです」

「でしたら、私があなたの努力が報われるやりがいのある仕事場を紹介しますよ。それに加えて金目当てではなく、純粋にあなたを好きになってくれる人を探してみせましょう」

 自信満々にそう言い切ると、ログスは半眼で俺を見つめている。

 信じていないようだが、きっと納得してくれるはずだ。

 ログスに職場を紹介してから数か月後に様子を見に行くことにした。……王城へ。

 彼は今、王城で経理補佐として働いている。

 口利きは上手くいったようで、ログスがその役職についてからというもの国庫が徐々にだが豊かになってきている、と王から感謝の言葉をいただいた。

 『幸運』と『金運』のスキルは自分だけではなく周りも豊かにする。その効果を期待して大抜擢された彼の力は今、国に向けて注がれている。

 一人や数人を幸福にする力はあるが、その対象が国となると必然的に効果は薄まる。幸せにする対象が万単位になるからだ。

 今まで一切仕事をしてこなかった彼に『計算』や『筆記』を売っておいたので、足を引っ張るどころか即戦力らしく、日々満足そうに仕事をこなしている。

 そんな彼は最近、恋人が出来たそうだ。

 相手はログスの能力を知らず、汗水たらしながら楽しそうに働く彼を見て惚れたらしい。

 それが嘘偽りではなく本心だというのは、彼の上司である王子が『精神感応』で保証してくれた。

 相手の女性を『鑑定』してみると『不幸』の所有者だった。スキル同士が打ち消し合い、彼の理想とする普通の恋愛に近い経験もできそうだ。

 幸せそうな姿を遠くから確認した俺は彼の邪魔をしないように、その背にそっと声を掛けようとして少し躊躇する。

「こういう場面で相応しい古代語を、アリアリアさんから教えてもらいましたね。確か……グッドラックでしたか」