The Skill Collector

insect repellent

 山沿いの村でスキルの売買を済ませた帰り道。

 林の脇の砂利道を進んでいると、林の入り口に立つ立派な大木の根元に、誰かが背を向けてしゃがみ込んでいた。

 つばの広い深緑の帽子に同じ色の服とズボン。後姿なので顔が分からないが体格からして男性だろう。

 じっとして動かないので気分でも悪いのか。気配を感じるということは死んではいない。

「どうされましたか。体調がすぐれないのですか?」

 少し離れた場所から声を掛けるが……反応はない。

 耳が遠い老人には見えないので、聞こえない筈はないのだが。

 さらに数歩近づくが何も動きがない。

 相手を驚かせないようにわざと足音を立てているのだが……寝ているにしては体勢が妙だ。

 一応『聞き耳』を発動させてみると、

「なるほど、これは貴重だ……。ほうほう、この色合いは突然変異なのか」

 ぶつぶつと何か言っている。

 木の根元で何かを観察しているようだ。危険な人物ではないようだが油断は禁物。『鑑定』で調べるのは忘れない。

 スキル構成は『記憶力』『毒耐性』『気配察知』『集中力』『薬学』か。全てレベルが5を超えているので能力も高い方だ。

 『気配察知』があるなら俺に気が付いていない方がおかしいのだが、『集中力』の効果が悪い方に発揮されているな。

 この『集中力』というスキルは、その名が示すように物事に集中する力だ。これがあるとどんな作業でも効率よく行えるので職人に好まれるのは言うまでもなく、学ぶ際にも有益とされている。

 ただし、今のように『集中力』が発揮されている間は周りが目に入らなくなり、辺りの音も遮断される。

 利点も欠点もあるスキル。それが『集中力』だと言われている。

 実際、相手の真後ろに立っているというのに、男は木の根元を熱心に見つめたままだ。

「あの、もしもし」

「この形状は高地にしかいないタイプだというのに、このような場所まで降りてきたのか?」

 独り言が続いている。やはり、聞こえていないようだ。

 体調不良ではないようなので放っておいてもいいのだが、彼の『集中力』は需要がある人気スキルなので買い取り交渉をしたい。

 口ぶりとスキルから察するに薬草の類を採取している薬師といった感じか。

 薬師相手なら需要のありそうなスキルが幾つかあるので、交渉によっては『集中力』を買い取ることも可能だろう。

「こんにちは、何をされているのですか?」

 さっきよりもかなり大きな声を出すと、ようやく相手が振り向いた。

 男の年齢は二十代から五十代といった感じか。

 これだけ予想年齢の幅があるのは、もみあげから口と顎が髭で繋がっていて人相が良く分からないからだ。

「お、おう、なんだあんた。いつの間に俺の背後を取ったんだ……」

 驚愕しているが、この男の背後なら誰だって容易に取れる。

「何度かお声を掛けたのですが」

「そうだったのか、すまねえな。いやー、俺は昆虫学者をやっているんだが、珍しい虫を見つけると他が見えなくなっちまってよ」

「昆虫学者ですか」

 意外だな。薬師ではなく学者だったとは。

 髭面の昆虫学者は申し訳なさそうに頭や髭を掻いている。

 その度にぼろぼろと何か白い粉がこぼれているが気にしないでおこう。

 ……鼻につく刺激臭がするが、これも気にしないでおこう。

「おっ、悪い悪い。匂っちまったか。一週間以上はここで野営して服も体も洗ってないからな。それに噛みついたり病気を持ってやがる悪い虫除けの薬も塗っているからよ。それが混ざって余計に臭いんじゃねえか? ガハハハハハハ!」

 どうやら顔に出てしまっていたようだ。

 昆虫学者が体を揺らして豪快に笑うと、更に異臭が増すので正直勘弁して欲しい。

 しかし、この学者は行動派の方か。

 俺の経験上だが、学者は大きく二つのタイプに分かれる。

 研究室や自室にこもり研究に明け暮れる、理論派。

 もう一つは現場に自ら足を運ぶ、行動派。

 前者の方が多いのだが、稀に危険を承知の上で行動に移す学者がいる。

 学者肌と言えば魔物マニアのセラピーは行動派だが、飼育施設があるので引きこもっているだけだ。

 とまあ、それはどうでもいいか。今は彼の素性が気になる。

「昆虫学者ですか。珍しいですね」

「よく言われるな。そんな役にも立たない生き物を調べている暇があれば、魔物や食べられる植物の研究をしろと、何度言われたか覚えてねえぐらいだ」

 そう言われるのは無理もない。

 この世界は魔物が猛威を振るっているので魔物の情報には価値があり、植物も干ばつにも強い品種を発見するだけで巨万の富を得られる。

 比べて昆虫となると何の価値もない生き物、というのが一般的な認識だ。

「あんたも昆虫は何の役にも立たないって考えている口か?」

「そうですね。害虫に対してはそういう認識です」

「だよなー。確かに人に害を与える昆虫はいくらでもいるさ。でもよ、昆虫って偉大なんだぜ? この地面に敷き詰められている枯れ葉だってよ、虫が喰って栄養のある土に変えてくれる。そのおかげで木々や植物が育つんだ。他にも有益な昆虫は腐るほどいる」

 長く生きてきたが、聞いた事もない情報だ。

 それ以前に今までの人生で虫を詳しく知ろうと思ったことすらない。

 昆虫学者は他にも有益な昆虫や珍しい昆虫について語り続ける。

 見た目は似ても似つかないと言うのに、その姿がセラピーに重なって見えた。

「――でもよ、結局俺は誰に何と言われようと、昆虫が好きなんだ」

 黄ばんだ歯をむき出しにして、無邪気な子供のように笑う。

 話の内容の大半は理解できなかったが、昆虫学者が楽しそうなことだけは伝わった。

「おっと、すまねえな。初めてあった奴に長々と話し込んじまった。あんた聞き上手だな!」

「それは商人として嬉しい褒め言葉ですね」

「あんた商人なのか! 言われてみればそんな感じの格好だな」

 さて、この流れなら切り出しても大丈夫だろう。

「実は少し特殊な商品を扱っておりまして。それがスキルなのですよ。他人のスキルを売り買いする事ができる特殊なオンリースキルを所有しています」

「へえー、そりゃ珍しいな」

 地面に座り込んだ昆虫学者は膝をパンッと叩いて、俺をじっと見ている。

 普通は『売買』スキルの説明をしても直ぐには信じてもらえないのだが、この人はあっさり信じたどころか、こちらの話に興味があるようだ。

 そこで『売買』の能力を明かし、『集中力』を買い取りたいと申し出てみた。

「あー、このスキルか。全部じゃなくてレベル1だけ残すってのは可能なのか?」

「はい、分割も承っておりますよ」

「それじゃあ、買い取ってもらうか。いやね、家でもつい仕事や趣味に没頭しちまうと、娘の声が聞こえなくなって、いっつも怒られちまってよ」

 笑うたびに髪から白い粉がこぼれ落ち、異臭が漂う。

 体臭と虫除けの薬が混ざって、悪臭を生み出しているのか。体臭が邪魔で完全には嗅ぎ取れないが、虫除けの薬には毒草も混ざっているようだ。

 この独特の香りは……あの花か。わずかに毒の成分を含んだ黄色く小さな花。

 昆虫学者は『毒耐性』を持っているから無害なようだが、普通の人は肌に塗るのは危険な代物だぞ。

 触れただけでも皮膚がひりひりして腫れるのだが、それよりも別の成分の方が有名だ。

 それを粉にして呑むと急激な腹痛に襲われることから、別名、腹下しの花と呼ばれている。

「娘さんがいらっしゃるのですか」

「意外だと思ったろ?」

「いえ、そんなことは」

「いいんだって。俺みたいな変わり者は独身だと思うよな。べっぴんな嫁がいたんだぜ、死に別れしちまったけどよ。今は父娘二人っきりだ」

 悪い人ではないと思うが、豪放な性格をしている昆虫学者の娘となると気疲れも多いだろうに。

 この父親からは娘の姿が想像できない。お世辞にもカッコいいとは言えないが、娘は予想に反して意外と美人だったりするパターンもある。

「娘は母親似でべっぴんなんだぞ。家事は完璧だしよ、料理もうめえ。俺にはもったいないできた娘だ」

「それじゃあ、帰るのが楽しみですね」

 そう返すと、笑顔が一瞬にしてしぼむ。

 大きなため息を吐いて、手にした細い枝で地面をぐりぐりしている。とても分かりやすい落ち込み方だ。

 黙ってじっと見つめていると、ちらちらこっちを見ている。これは話を聞いて欲しいのか。

「どうされましたか?」

「実は家に帰りたくねえんだよ。本当はここの昆虫調査も三日で終わる予定だったんだが、ずるずると一週間も経っちまった」

「何か帰りたくない理由でもあるのでしょうか」

 その質問を待っていたようで、勢いよく顔を上げると俺に迫って来る。

 悪臭が強くなったので一歩後退っておく。

「実はよ、その、あの、なんだ。娘に男ができたみたいでさ。毎日嬉しそうに男の話をするんだよ! 信じられるか、あの可愛らしかった娘に男だぞ男!」

 頭を掻きむしって叫ぶ昆虫学者から更に二歩遠ざかる。

 しまったな、一番厄介な家庭の事情に踏み込んでしまった。

 親と言うのは基本、異性の子に甘く執着心があると言われている。母親なら息子。父親なら娘。

 これは長くなるぞ……。

 それから数十分、娘の幼少期から現在に至るまでの思い出の数々を語られた。

「えーとですね。それでも帰らないと心配しているのでは」

「そ、そうだよな。はああああああああああああ」

 話を遮って提案をすると、口から魂が抜け出そうな特大のため息を吐く。

「娘が男の話をする度に本に集中して極力話を聞かないようにしていたら『お父さんとは二度と口を利かない!』とか言うんだぜ。酷いと思わねえか?」

 『集中力』の無駄遣いのような、有効活用のような。

「それによ……娘が男を紹介したいとか言い出してよぉ。これってあれだよな! け、結婚のあ、あ、挨拶とか!」

 つまり、この人は彼氏に会いたくないから、こんな場所で現実逃避をしながらずっと虫を探しているのか。

 見た目に反して臆病者らしい。……いや、子を持つ親の気持ちは俺には分からない領域なので偉そうなことは言えないな。

 差し障りのない助言だけをしておこう。

「それでも帰るべきではありませんか。きっと心配されていますよ」

「……そうだよな。腹をくくらないと、ダメかー」

 重い腰を上げて地面に無造作に置かれていた荷物を背負う。

 スキルの購入を申し出る雰囲気ではなくなってしまった。買い取りはあきらめて宿屋に帰るとするか。

「あっと、『集中力』を売る代わりに一つスキルを売って欲しいんだが、構わねえか?」

「もちろん、大丈夫ですよ。何をお求めでしょうか」

 引き留められるとは思ってもいなかった俺は、当初の目的であったスキルの売買をすることとなった。

 彼が望んだスキルは『精密動作』で、そんなものをどうするのかを聞くと、

「俺の唯一の趣味が手品でな。彼氏を連れてくるなら、場を和ますためにお得意の手品でも見せようかと思ってよ。このスキルがあれば高度な手品もやりやすいだろ?」

 意味深な笑みを浮かべて言う昆虫学者。

 『心理学』を発動しないでも分かる。嘘を言っている目だ。

 そもそも、あれだけ嫌っていた彼氏をもてなすというのが胡散臭い。人は嘘を吐く時にそれを悟られないように不自然なぐらいに嘘を強調する場合がある。

 やたらと手品を繰り返していたので、そこが怪しい。

 悪意は感じるがそんな大それたことをするようには見えないのだが。例えるなら悪戯を思いついた子供だ。

「ところで、あんた名前は」

「回収屋と呼ばれています」

「へえ、変わった呼び名だな。まあいい。回収屋、もしよかったら――」

 何を考えているのか少しだけ気になったので、一人で家に帰るのは怖いという昆虫学者の頼み事を了承して、彼の家に一緒に行くことにした。

 男の棲み処は町外れの丸太小屋。

 昆虫が好きな彼らしく草木が生い茂った、自然が豊富な場所に建てられている。

 家族二人で住むには十分な大きさで、庭には洗濯物が干されていた。

 まだ湿っているので干されたばかりなのだろう。つまり今、小屋の中には昆虫学者の娘がいる可能性が高い。

 耳を澄ますと小屋の中から話し声が聞こえる。

 ――それも男女、二人分。

 昆虫学者も聞こえたようで、ドアノブに手を添えたまま動きが止まった。

 小刻みに震える後姿から動揺と怒りが伝わってくる。よく見ると耳まで真っ赤だ。

 このまま怒鳴り込みそうな勢いだったので、昆虫学者に代わって俺が扉を押し開いた。

「お父さん、お帰りな……その方は?」

 室内で向かい合うように座っていた女性が立ち上がり、きょとんとした顔を向けている。

 嘘じゃなかったのか。親の贔屓目を抜きにしても美人と呼んで差し支えがない顔をしている。父親似ではないのは確かだ。

「初めまして。私はしがない行商人をしています。お父様と意気投合しまして、お誘いいただいたのですが……お邪魔でしたか」

「あっ、いえ。お父さんと気が合う人なんて滅多にいないので、仲良くしてあげてくださいね」

 愛想も良く、自慢したくなるのが分かるできた子だ。

「ただいま、帰ったぞ……」

「父さん! どこほっつき歩いてたの! 彼を連れてくるって約束したのに、ちっとも帰ってこないから心配したのよ!」

 怒鳴られて一瞬だけ怯えたように身を縮ませたが、すぐに我に返ったようで強気な表情を浮かべ娘……ではなく、室内に居たもう一人を睨みつけている。

 視線の先に居るのは純朴そうな青年だ。これといった特徴はないが悪い人には見えない。

「は、初めまして! 娘さんとお付き合いさせてもらっています!」

 背筋をびしっと伸ばして直角にお辞儀をしている。

 誠実そうな青年じゃないか。

 昆虫学者の横顔を覗き見すると、苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。

 さすが昆虫学者だ。と、くだらない冗談が口から出そうになる。

「ほう、誰の許可を得て娘と付き合ってんだあっ⁉ 痛っ⁉」

 青年に凄んだ昆虫学者の頭を容赦なく娘が叩く。

「私の許可よ! 父さんも座って、話したいことがあるから。あっ」

 俺の顔を見てどうしていいか戸惑っているな。

 今から家族の話し合いをしようとしているのに、部外者の行商人がいたら気まずいにも程がある。

「私はまた後日お伺い……」

「いや、回収屋もいてくれ。こいつは俺の気の置けない友人だ。一緒に話を聞いても構わんだろう」

「強引過ぎるでしょ、父さん。でも、ご迷惑でなければ一緒に話を聞いてもらえますか。そうでもしないと、父さん絶対に私の話を聞いてくれませんから」

 娘は申し訳なさそうな表情で頭を下げる。

 乗り掛かった舟だ、こうなるのも予想の一つではあった。最後まで付き合うとしよう。

 娘と青年が並んで座り、机を挟んで対面に俺と昆虫学者が座る。

 隣で落ち着きなく足をカタカタ踏み鳴らしているのがうっとうしいが、とりあえず無視しておく。

「父さん、この人は私が付き合」

「あーっ、喉が渇いたなー。なあ、回収屋。喉、からっからだよな!」

「まあ、そうかもしれませんね」

 強引に話を妨害しているのは見え見えだが、話に乗ってあげよう。

 娘はため息を吐くとお茶を沸かしに席を立った。

 さて、この場には男が三人しかいない。

 一人は射殺すような視線を飛ばし、一人は血の気の引いた顔をしているが目を逸らさずに正面から受け止めている。

 そして最後の一人である俺は……特にすることがない。

 今日会ったばかりで口を挟むような間柄でもないので、とりあえず見守っておく。

「お前は、その、なんだ。うちの娘のことをどう思っているのかね」

「それはもちろん、愛し」

「ちなみにワシは簡単に愛を口にする男は好かん」

 青年がうつむいて黙り込んだ。

 隣には勝ち誇った顔の男がいる。

「お茶をお持ちしました。父さん……彼に変なこと言ったら、今後のご飯と洗濯物がどうなるか分かっているよね?」

 微笑んでいるのに、細めた目から見える瞳に鋭い光が宿っている。中々の威圧感だ。

「お、おう。そうだ! ほら棚にとっておきの焼き菓子がとってあっただろ。それを出してくれ」

 茶の入ったカップを俺達の前に置いた娘が、再び奥へ引っ込む。

「話を遮ってすまなかったな。お茶でも飲んでくれ」

 昆虫学者は自分の行いを恥じてか、青年用のカップをすっと彼の方へ押して茶を勧める。

 その瞬間、微かに特徴のある花の香りがした。

 不審に思い匂いの元を探ると、それは昆虫学者の手の方から流れている。

 今、さりげなく青年のカップに白い粉を入れたぞ。その粉から漂う香りか。

 なるほど『精密動作』を利用して指の間に隠していた粉を入れたのか。

 ……何が手品用だ。あの粉は虫除けの薬で間違いない。ここで恥をかかせて、娘に幻滅させるか認めない理由にするつもりか。

 娘可愛さに暴走しているな。さすがにこれはやり過ぎだ、止めるべきだ。

 そう思い口を挟もうとしたのだが、青年の動きを見て口をつぐむ。

 今、カップを取る振りをして昆虫学者のカップと交換したよな。俺でなければ見逃していた。

 見事な手際に感心して青年のスキルを『鑑定』すると、そこにはレベル10を超えた『精密動作』があった。それに『演技』もあるのか。

 この青年は純朴そうに見えて、中々の曲者だ。この父親を相手にするならこれぐらい抜け目がない方がお似合いかもしれない。

 青年がカップに口を付けたのを見て、昆虫学者が上機嫌に自分のカップの中身を飲み干す。

 止めようかとも思ったが自業自得だ。それに『毒耐性』があるので、かなり強力な薬を使っていない限り大丈夫だろう。

「まあ、ワシも鬼じゃない。これからキミが情けない姿を見せない限りは、娘との交際を……交際を……み、み、すまん、ちょっと席を外す!」

 お尻を押さえて立ち上がった昆虫学者は内股の小走りでトイレに駆け込んでいった。

 『毒耐性』をあっさり上回ったのか。どれだけ強力な虫除けの薬を使ったのやら。

 このままでは数日トイレにお世話になるのは確実な昆虫学者が少し憐れなので、俺も席を立つとトイレの前まで歩み寄った。

 反省しているなら腹痛止めの薬でも提供しよう。

「うおおおぉぉぉ、なぜだあぁぁ。はうわっ!」

 扉の向こうから男の苦悶のうめき声が聞こえる。

「薬を盛りましたね」

「その声は回収屋か。……あいつに飲ませたはずなのに、どうして……」

「間違えて自分のにも入ったのではないですか。それよりも、娘の彼氏に虫除けの薬を飲ますのは感心できませんね。それも私が売った『精密動作』を悪用したとなると、見逃すわけにはいきません」

 少しきつめの口調で咎めると、反省なのか腹痛によるものなのか判断の難しい唸り声がした。

「それはすまねえ」

「なんで、虫除けの薬なんて使ったんですか」

「だってよ。娘を狙う悪い虫を除けたかったから……」

 誰がうまいこと言えと。

 やっぱり、もう少しトイレで反省してもらうとしよう。

 虫除けの薬が回って、虫の居所が少しは良くなるかもしれないから。