The Spearmaster and the Black Cat
Chapter 59: Supper Party
「おぃおぃ、奴隷を連れているぞ?」
「幾ら、魔竜王討伐に貢献したとしても、奴隷をこのような場所に……」
「禽獣にも劣る、糞奴隷を……」
「――穢らわしいっ、これだから冒険者は嫌なのです」
「まったくだ。このような席に奴隷を呼ぶとは」
主人である女魔法使いは、遠巻きに見ている貴族の会話を無視して長い茶髪を靡かせ歩く。堂々としていた。
どんな顔かちゃんと見るか。マナーが悪いと思うが、口に食い物を入れながら回り込んでみる。
女魔法使いは整えられた黒眉に大きな目。瞳は赤茶色。
頬から細顎にかけての赤チーク化粧が、薄桃色の地肌を引き立てているようで可愛らしい顔だ。
日本の有名美人女優に少し似ていて、魔法使い特有の茶色のローブ系を羽織っている。
じろじろと見ていると、その女魔法使いの背後向こうにあるホールの入り口から、背が低い二人組が現れた。
魔竜王討伐の時に派手な氷系魔法をぶっぱなしていた子供たちだ。
Sランク【蒼海の氷廟】双子の二人組。
一見すると子供だが……。
二人ともに髪の毛が薄く坊主に近い白髪。
頭皮にはうっすらと白い螺旋模様の細かな紋様が首から顔を通り、見えないが後頭部まで彩るように刻まれているようだ。
砂のアートのような細かな芸術作品にも見えてくるが、細かな線の一つ一つに魔力を宿している。
不気味だった。特に、薄い蒼瞳が人間性を感じさせない。
そんな不思議な二人組の後に続いて入ってきたのが、軍人さんであるグリフォン隊のセシリーとイケメン青年さん。
緑色系の軍服を着込み、襟がビシッと決まっている。
肩章や飾緒もついていた。
さすがに絵になるなぁ。
「英雄だっ」
「グリフォン部隊の英雄たちだぞっ」
「あれが、竜殺しの英雄か……」
「セシリー様」
「きゃぁ、セシリー様ぁぁ」
セシリーを囲うように人集まりができていた。
彼女自身はそれを見て、明らかに嫌な顔を浮かべる。
「わたしは……違うのだ……」
セシリーはそうハッキリと、呟いているが、周りがもう止まらない。
「これはこれは、セシリー様。謙遜はいけませぬぞ」
一旦“竜殺し”の噂が流れた以上、しょうがないのだろう。
俺はその光景から同情を覚えたが、旨い食事を優先していく。
そして、最後は女侯爵のシャルドネが登場。
シャルドネは壇上で魅せていた髪形とは違い、ブロンドを生かすように桃色リボンが彩る縦ロールな髪形になっていた。
衣服も他の貴族とは一線を画す衣装ドレス。雪絹の透き通るような生地にきらびやかなピンクの刺繍が施されてドレスを着ている。
歩くたびにピンクと白光がきらめくのでシャルドネが入ってきただけで皆が注目していた。
ドレスで着飾る侯爵シャルドネの背後と横には、いつものように白髪のマッチョな戦士風老人と、侍女的な女獣人が控えている。
シャルドネはお供を連れてセシリーの方へ歩いていく。
俺は興味が出たので、野次馬気分で近寄ってみた。
「さすが、グリフォン隊のセシリー・ファダッソ。“竜殺しの英雄”と言ったところかしら、その人気に嫉妬を覚えるわよ?」
侯爵が笑みを浮かべながらセシリーに話すと、皆が注目。
セシリーを囲っていた貴族たちは、侯爵にお辞儀してセシリーから距離をとった。
「侯爵閣下……これは閣下が?」
「セシリー、怒らないでよ。しょうがないでしょう? 一度報じた物は取り返せませんことよ? それに、今日は貴女の希望通りに冒険者たちも呼び、貴女が強く会いたがっていた、Dランク、例の冒険者も呼んだわよ? あ、今は昇格したらしいからランクはCだったわね」
ん? 俺のことか?
「そうですか。僭越ながら、わたしの一存を汲み取っていただきありがとうございます」
「ふふ、いいのよ。貴女とわたしの仲でしょうに、今日は堅いことは抜きにして、昔のように語り合いましょう」
綺麗な笑顔で語る女侯爵。
「はっ、しかし、正式な祝賀晩餐会であり、授与式です」
「いいのよ。それよりも魔竜王討伐が成功して、本当に良かったわ。貴女も無事だったし。ただ、素直に報酬を受け取ろうとしないのには苦労したけれど……」
その侯爵の言葉に、セシリーは嫌な顔を浮かべる。
「閣下。わたしは……」
「ふふ、セシリー、顔を上げて。今は堅いことを抜きにして“素直”に楽しみましょう」
「はいっ、ありがとうございます。あっ……」
ん?
そこで、笑顔のセシリーと目が合った。
「――シャルドネ様、またの機会にお話をしましょう。では――」
セシリーは侯爵を置いて、俺に走りよってきた。
おーぃ、いいのかよ。
そんなツッコミを心で念じながら、急ぎ口に含んでいた肉を飲み込む。
「――君と会いたかったのだ。君の名はシュウヤ・カガリだったな? 今回は、本当に済まない……」
ありゃ、いきなり謝られても。
「え、はい。シュウヤです。いやいや、気にしないでください。ちゃんとギルドで報酬はもらいましたし」
「そ、そうか。だが……」
名声を得ても落ち込んでいるようだ。
プライドからくる愚直さか……。
素直に受け入れてくれても、俺は構わないんだが。
まぁ、これみよがしに“魔竜王はわたしが殺ったのだ。わっははは”
とか、言わないだけでも、物凄く好感持つけど。
それに、だ。
なんと言っても“美人”だし、魔竜王の素材を断り、報酬を受け取らない欲の無さ。
かっこよすぎな軍人さんだろう。
余計なお世話だと思うが……。
心の重荷を軽くしてあげたくなっちゃうよ。
「……大丈夫ですよ。俺よりも、貴女のような強く、美しい女性であるグリフォン部隊長の方が民衆たちも喜び、納得もしましょう。さっきも言いましたが、俺は“十分な報酬”を得ていますし、今日もこうして旨い物を食えていますので、気にしないでください」
一人称を俺からわたしへと言い換えようとしたけど、野暮な冒険者が無理をしてもしょうがない。
ま、できるだけ丁寧に本音を話したけど、大丈夫だろうか。
「……そうか。そう言ってくれると助かる。でも、美しいだなんて……」
セシリーは褒められなれてないらしい頬を赤らめている。
「――隊長を口説くとは、良い度胸だな?」
んお?
急に横合いからイケメンが文句を言ってきた。
「シェリダン、止めろ」
セシリーが止めるがイケメン君は割って入ったままだ。
このイケメン青年、グリフォン隊で両手剣を使いダイダロスの首を叩き斬っていた人だ。ファイトクラブに出ていた俳優に少し似ている。
「……別に率直な感想を述べただけだが?」
平たい顔族代表として、俺は普通な言葉を返すが、そんなグリフォン隊の青年より後ろにいた侯爵であるシャルドネの視線が気になっていた。
侯爵が俺のことをジッと見つめていたのだ。
しかも、目が合った途端、シャルドネは瞳を大きく広げ、あわあわと口を動かす。
驚く表情を作り出している。
シャルドネは背後に控えているオールバック白髪老人に話しかけ、隣の侍女獣人にも、険しい顔をしながらヒソヒソと話していた。
あの反応だと、俺のことをちゃんと認識していなかった?
ここには【ファダイク】の件は抜きにして、ただの冒険者として呼んだのか……。
筋骨隆々な形を現している白鎧を装着している老人はシャルドネの話を聞くと、主人であるシャルドネに頭を下げ、背にあるマントをさっと横へ動かし、シャルドネを守るように歩き出す。
しかも、老戦士は目付きが鋭い。明らかに俺を睨んでいる。
従者のような侍女獣人も同様に俺を睨み、ファイティングポーズで腕を構えていた。
目の前ではグリフォン隊のイケメン君がペチャクチャと持論を展開しているが、俺の耳には入っていない。
彼には悪いが、適当に相槌を打って答えていた。
俺の視点はさっきから後ろの侯爵たちへディープフォーカスしているのだから。
シャルドネはそんな二人に守らせる形で、部屋の中央部へ歩いていく。
「――シャルドネ様」
そこに、進行役か分からないが、お仕着せの召し使いがシャルドネに話しかけた。
召し使いと一言、二言、会話を繰り返す。
話を終えた召し使いが離れると、シャルドネは気を取り直して、俺に向けていた警戒を解くように、笑顔を作り周囲へ顔を向けた。
一歩前へ進み出る。
そのタイミングで、シンバルのような音が響き、シャルドネに注目が集まった。
シャルドネが口を開く。
「――皆様。今日は晩餐会に集まっていただきまして、ありがとうございます。この度は魔竜王討伐の成功を祝う場です。青鉄騎兵団、グリフォン部隊の皆様と冒険者の方々、本当に良く頑張ってくださいました――」
シャルドネは頭を軽く下げる。
今度はバイオリンのような音が響く。
「その感謝の印と、報酬の件についてのお詫びを兼ねて、この場に出席している冒険者クランの方々へ報酬があります。魔竜王討伐に貢献してくれた証として、魔竜王の素材で作られた指輪を進呈し白金貨一枚も進呈したいと思います。それから、英雄であるグリフォン隊のセシリー隊長にも特別な報酬を用意しましたので、後で、お楽しみに……ふふ。では、この後も、気兼ねなく御食事を御堪能してくださいな」
そう小さい口で締め括り、シャルドネは列席する方々へ、軽く頭を下げて、ぱちぱちっと手を叩き音楽隊へ指示を出す。
パーティ会場は拍手喝采で応じる。
さっきから厳しげな口調を繰り返しているイケメン隊員も侯爵の言葉に反応し、拍手を送っていた。
そこに幽玄で素晴らしい音楽が流れ本格的なパーティが始まる。
シャルドネは淑やかな貴族らしい所作で周囲の様子を窺っているようだった。
そして、また視線を俺へ向けてくる。
視線を合わせてやった。
シャルドネは口角をゆっくり上げ嗤うと、白羽の扇を口前に広げ口を隠しながら、隣にいた部下の老戦士へ何か申し付けている。
老戦士は女侯爵の言葉の一語一句に頷き、頭を下げてから、シャルドネと目を合わせて、もう一度頷いている。
その老戦士はささっと侯爵から離れては、俺の方へ近寄ってきた。
一方で侯爵であるシャルドネは従者である侍女獣人を引き連れ、奥の部屋へ消えていく。
一瞬、不安になるが……。
その瞬間、グリフォン隊のイケメン君が目の前を塞ぐ。
「――おい、聞いているのか?」
「あ、あぁ、済まん。聞いてなかった」
「なぁん、だとォ?」
グリフォン隊の青年は怒ったのか手に持っていたグラスを落とし割ってしまう。
だが、――無視。
あまり男には興味ないし、今はシャルドネのことで頭はいっぱいだ。
「こら、シェリダン。シュウヤが困っているだろう」
セシリーがその男の名前を呼び、叱ってくれた。
そのまま床に落ちた割れた硝子を彼に拾わせている。
俺はそんなことには構わずに、皿上にまだ残っていた、うす塩味のツルツルしたしらたき風の料理を食べ続けていく。
シャルドネに指示を受けていたと見られる白髪の老戦士が騒ぎが収まるのを見てから、更に近寄ってきた。
白鎧が目立つ老戦士。
爺さん戦士は律儀に、俺に対してもお辞儀をしてから口を開いてくる。
「あなたが、冒険者Cランクに上がったシュウヤ・カガリさんですね? そして、あの“槍使い”ですかな?」
何か、含みを持たせた言い方だ。
俺のことはもうバレているので素直に応じる。
ゴクッと最後のしらたきを食べてから、話していく。
「そうです」
「閣下がお呼びでございます。こちらへ付いてきてください」
やはり、呼ばれたか。
この展開だとファダイクのことだよな……。
嫌だなぁ。
「……別室?」
「はい」
罠? 警戒しとくか。
「わかりました」
不安だけど、切り抜けてやるさ。
侯爵の目的が分からないけど。
白髪の老戦士に案内され大広間を離れると、別室に入った。
案内された部屋は正方形の大きな部屋。
中央に円形の大きな暖炉のような物がある。
石炭ではなく青紫の長方形水晶がくべられてあった。
青白い色とすみれ色の炎が炉の上で踊り、室内の空気を色艶が照らす。
独特の奥ゆかしさを感じさせる色合いだ。
そして、気分がリフレッシュするほどの花や蜜の香りで充満していた。
あっという間に俺の鼻腔はその匂いに占領される。
匂いに満喫してると、侯爵であるシャルドネが悠揚とした態度で登場。
だが、その侯爵の隣後ろで見守る侍女獣人は俺を睨んでいた……。
案内してくれたオールバックの白髪老戦士は白マントを靡かせながらシャルドネの背後へ移動していく。
そこで、シャルドネが小さな口を動かした。
「あなたは“あの時”その場にいた“槍使いと黒猫”で間違いないわね?」
俺は――この時、シャルドネと初対面の場面を思い出していた。
シャルドネの今の表情は綺麗でおしとやかな顔だが、あの時の俺を見る視線……あれはまるで人をゴミでも見てるかのような蔑みの視線だった。
――人を見下す侮蔑の表情は忘れない。
「……さあな、あの時?」
礼など、忘れた言葉。
不躾だが、感情を露にした、しらばっくれる態度を取る。
俺の心は意外に繊細らしい。
ずっと前に侮辱されたことを根に持っていたようだ。
それに、ここは個室。
多少、強気に出たところで、周りには侯爵たち以外に人がいないしな。
そんな俺の態度を改めない文言に侯爵の部下である侍女獣人の顔はひきつっていた。
俺の不躾な態度に我慢できなかったようだ。
侍女獣人は足に魔力を溜めている。
――へぇ、攻撃してくるつもりか?
女獣人の両腕の先、手甲の部分には鉤爪系の武器が装着しているのが見える。
それが、カキンと音を立て、鋭そうな鋼鉄鉤爪の部位が手甲から飛び出していた。
――女獣人は俺へ鉤爪を向けると、地面を蹴り、吶喊。
「ハイダラーッ」
変な奇声をあげながら、左爪、右爪、と連続でパンチをするように手甲から生えた爪を前に突き出し、俺の胸元へ迫ってきた。
鉤爪による突き技か。
――俺は後方に退く。
軽く左右に上半身を揺らし、その爪突を躱し往なし続けた。
「キーキッ、止しなさい」
部下の行動を中断させるためか、シャルドネの強声が響く。
「――ハッ、しかし、この匂い、あの時の男で間違いないのであります。そして、お嬢様に対する態度が悪すぎます」
侍女獣人は渋々と語る。
鉤爪武器を引っ込めると、後退した。
女獣人が退いてすぐに、俺をここに案内してくれた白髪の老戦士が動く。
俺を警戒するように前進。
腕を広げて女侯爵であるシャルドネを守る動作を取りながら話し出す。
「――キーキの言う通りだ。不躾すぎる。閣下がおっしゃられた言葉だぞ。シュウヤとやら、真面目に答えたまえ」
老戦士は俺をたしなめる言葉を投げ掛けてきた。
警戒しちゃって、無手の俺に攻撃してきたのはそっち側なんだがな……。
ま、答えてやるか。やはり、あの時のことだろうし。
「……わかったよ、【ファダイク】の廃墟な屋敷のことだろ?」
「やはりっ」
女獣人が素早く反応。更に睨みを利かせてくる。
「――キーキの“匂い”通りね。わたくしも一目見た時から、わかってはいたけれど……サメ、貴方の部下たちから報告が上がっていませんことよ?」
シャルドネは女獣人へ顔を向け、動くなと視線を送ってから老戦士に疑問の言葉を投げ掛けた。
やはり、俺を覚えていたか。
「はっ、申し訳ありません閣下。魔竜王討伐の裏では【ヘカトレイル】内も目まぐるしく……」
「フン、わたくしの防諜である【鬼聞】の隊長であるサメがそれではね……もう一度詳しく、その“めまぐるしい”話をしなさいッ」
シャルドネは細い腕を振り、手に持っていた白羽扇を畳むとサメと呼ばれている老戦士に細長い扇をビシッと伸ばす。
このサメと言う老戦士は【鬼聞】とかいう組織の隊長さんなのか。
「はっ、しかし……」
白髪老戦士は容姿に似合わない困った顔を浮かべては、俺を見た。
そりゃ、そうだよな侯爵の機密だろうし。
「良いわ。シュウヤさんにも聞かせてあげなさい」
聞かせてくれるのかよ。