トマス坊やの家に向かう。

ヨハン司祭も同行した。

「残したつとめですから見届けたいですし、お二人と一緒ならば穿鑿にはあたらないでしょうから。」

そう言いながら。

両親が出てきたので、浄霊を行う旨を告げる。

「まあまあ!」

おかみさんが驚いたような、納得したような、そんな声を挙げた。

「ついつい、もうひとり分余計に食事を作ってしまうと思っていたんですよ!それにしても、神官さまもお付きの方も、本当に若いわねえ。それなのにしっかりした賢そうなお顔。ウチのバカ息子どもにも見習わせたいわ!あらやだ、神官さまの前で汚い言葉を。失礼しました!」

おやじさんが口をはさむ。

「お前、うちのバカども、とっとっとすんません!せがれ共と比べるなんて、失礼にもほどがあるだろ!いつまでもしゃべっていたんじゃお仕事の邪魔だ!ご案内しろ!……で、どこにいるんですかねえ?」

お構いなく。分かりますので。

笑顔で答えておいた。

「ほんとうにしっかりされて!」

そう言いながら、おかみさんがついてくる。おやじさんも後ろからのっそりとやってくる。幼い息子のことだ。気にならないわけがない。

奥の部屋にたどりつく。

ドアを開けると、ベッドに病気の子供が寝ていた。いや、子供の霊か。何と言うか、存在感が薄い。ヨハン司祭が気づかなかったのもうなずける。

部屋は生前のまま、手を付けていないようだ。

「ああ、やっぱりここですか!どうしても片付けられなくてねえ。まだいるんなら、片付けなくて正解だったわね。」

急に声を潜めた。つもりなのだろうが、十分に大きな声だ。

「で、トマスはどんな様子ですか?」

フィリアがちらりと俺を見る。

「以前については詳しくは存じませんが……おそらく、生前のままのご様子ですよ。そこのベッドに寝ています。」

「死んでるのに気づかないで、まだ病気で寝ているなんて……かわいそうに……。」

おかみさんの大きな声がかすれ始める。

ああ、そうか。だから家から出て来ないんだ。未練のせいなら、外で跳ね回っているはずだ。

ヨハン司祭がつぶやく。

「悪霊化もしていませんね。」

「あ、ええ。悪霊化もしていません。」

大急ぎでつけ加える。

「本当ですか?」

「バカお前、いやすんません!神官さまが嘘をつくわけないだろう!」

湿っぽい自分の声を誤魔化すべく、おやじさんはことさら大きく怒鳴り上げた。

俺は神官ではないのだが……ここで死霊術師(ネクロマンサー)だ、などと言ったら大変なことになるので、黙っておく。フィリアは渋い顔だ。

「それでは霊を浄化します。」

フィリアが言うと、二人は部屋の外に出た。ドア越しにこちらを見ている。

フィリアは、彼女の身の丈にはそぐわない、大ぶりな杖を持って来ていた。

正中線に合わせてその杖を両手で掲げ、先端を額と同じ高さにする。

目を閉じ、何事か唱え始める。子供とは思えない、荘厳な横顔を見せて。

杖の先端が輝きだす。光が大きくなる。

フィリアの目が見開かれた。

強烈な閃光が杖からほとばしる。

光は部屋中を満たし、トマスをも包み込んでゆく。

眠っていたらしいトマスが、目を覚ました。

……その顔は、恐怖に歪んでいた。

「父さん、母さん!どこ!」

必死に助けを求め、フィリアの背後、部屋の戸口に立っていたヨハン司祭を探し当てる。

「司祭さま!助けて!」

閃光が、トマスを灼き尽くしてゆく。

トマスは溶けて、消え。

そして、もう一度トマスのかたちをとって、浮かんできた。

今度は、安らかな顔をしている。

俺たち全員に笑顔を向け、両親を見つめ……。

両親を見つめながら、消えて行った。

部屋を満たしていた浄化の光は、再び杖の先端へと収束していった。

死の気配があったせいか、どこかくすんでいたような部屋が、おどろくほど爽やかで、清浄な空気に満たされている。

「トマスは、天に帰りました。」