サラの鎧は、白銀色であった。

似合う、と思う。

パーソナルカラーは、生まれて数年のうちに決まる。

彼女の色は、父・ミーディエ辺境伯が、親友であったウッドメル伯爵にちなんで、サラに贈ったもの。 

だが、その白銀の鎧が。

今や、メル家の、フィリアの心を波立たせる。

南蛮胴に似た黒い甲冑に身を包んだ俺には、しかし、そんな感傷を抱いている余裕はなかった。

白骨の兜の隙間から、様子を窺う。 

サラの手が握り締めている木製武器は、大柄なもの。

本来の得物である大戦斧よりは、一回り以上小さいが。

それでもそのリーチは、木刀よりも長い。霊気の補助があれば、どこまで行きが伸びるか。

必死で頭を回転させる間にも、学園長の宣言が行われる。 

「双方、事前の取り決めどおりで良いな?木製武器、交換は自由。霊力の使用あり、幽霊の加勢無し。」

「応!」

「承知!」

「では、始めい!」

互いに走り寄り、まずは一合、打ち合わせる。

そのまま、力競べ。

今回は「相手の得物に木刀を打ち合わせたら負け」というルールではない。

塚原先生とライネン先生の話し合いで決まったことだ。

遠慮なく、打ち合わせることができる。 

が、一合で理解した。

サラも、やはり説法師。その筋力は、規格外だ。

押し合いでは、勝てない。

だから、打ち合わせてすぐに、入れ替わる。

それでも、駆け抜ける際に、追撃が来た。

どうにかかわせたのは、斧の振り出しの、「起こり」が遅かったから。

もう少し力競べにこだわると思っていたんだろう。

振り返ったときには、間を詰められていた。

早い!

が、千早やマグナムほどでは、ない。

どうにか、できる。

李老師との稽古で得た、あの感覚。

体をコンパクトにまとめ、身にまとわせた霊気……あるいは、武人の気を意識する。

来る!

右から……次は左から。で、斬り下ろし! 

からの、斬り上げ!

これはかわせない。打ち合わせて、軌道をずらす! 

っし!

サラの胴が開いた!

金属鎧相手に、木刀で薙ぎ払いを入れても、ダメージは小さい。 

ここは、突く!

体勢が崩れていると、人はそこまでもろいものなのか。

重い鎧を着て二人分ぐらいの重量になったサラが、吹っ飛んで転がった。

追撃を!

間を詰め……早い!?

サラは、鎧の重量を、物ともしていなかった。

瞬時に起き上がり、柄の長い木斧を、大上段に構えている。

しまった! 

引くか!?

いや、引いても間に合わない。

ここは、前に出る!

集中する。

風斬り音が、ゆっくりと、上から聞こえてくる。

この感覚。

間に合った!

腰だめにしていた木刀を、擦り上げる。

上から降ってきた斧の、長く太い柄。

その一点に、木刀が吸い込まれ、空(くう)へと抜けていく。

柄から斬り飛ばされた木斧の刃が、地面に叩きつけられ、跳ね上がる。

観客席に飛び込んで、生徒に悲鳴を上げさせる。

重量のバランスを急に失ったサラが、前につんのめる。

隙ができた!

肩に、一撃。

木刀が、砕け散った。

が、さすがに辺境伯家の全身鎧。

中にまでは、大きなダメージが通っていない。 

しまった。チャンスと思って、力んだ。

斧の柄に対してしたように、斬らなくてはいけないのに、叩いてしまったか……。

木刀が、投げ入れられる。

前に転がり抜けて立ち上がったサラの元には、ティナが、大戦斧を担いで走り込んでいた。

「いいだろう、ヒロ?ハンデだよ!」

視界の端で、副審・ライネン先生が、手を上げようとしていた。

木製武器の試合で、金属武器を使うのは、言うまでも無く反則だから。

だけど。

そんな終わり方、認められるかよ!

「構わないぞ!来いサラ!」

「善し!試合を続行せよ!」

分かってらっしゃる、学園長!

って、カッコつけたのはいいけれど。

サラの大戦斧、リーチ的には、長物だった……。

説法師の剛力に遠心力が加わる。

振り戻しにかかる時間は長くなったが……。

身をかわすのに精一杯で、近づけるものではない。

もう一度、基本に返るしかない。

姿勢を正し、正眼に構える。間を測る。

脇を締め、気を纏う。

上……右……。

下、右。

余裕を持って見切ることができる。

かわす体勢の崩れが、小さくなってきた。

少しずつではあるが、間を詰めている。

ギリギリ。

そう、ギリギリのところを抜けなくては、説法師との一騎討ちには、勝てない。

「……刀術家は、見切りに優れる。」

ティナさんは、そう言っていた。

「ヒロの強みは、力じゃない。見切りと、速さだ。」って。

分かっていたつもり、だったんだけど。

それなのに、軽い木斧の打ち込みでも、全てかわされてしまう。

突きに、肩への一撃。どちらも、鋭かった。

斧の重い一撃とは違う、これが刀術の衝撃……。

木刀だから、試合を続行できている。いえ、試合を、続行させてくれている。

そうですよね、ヒロ先輩?

リーチの長い、慣れた戦斧を使わせてもらっているのに、一撃すら与えられない。

今も、間を、詰められている。

このまま、終わるの?

一矢も報いず?

また、満足に戦わないで……。

そんな終わり方、絶対に嫌だ!

ミーディエは、私は!

「あああああっ!」

この気魄!

忘れてた!霊能力者は、気合が乗ると……。

「あああああっ!」

左!間に合うか?

いや、受けるしか!

少しでも、右に、跳んでおく!

ぐうっ。

衝撃が、来た。

けれど。

転がれ!転がって逃げるんだ! 間を開けないと!

……良し!身には、入ってない。

助かったよ、ミーナ。君の鎧のおかげだ。

だけど。

鎧は、重い。「気」の働きも、阻害される。

切り裂かれ、凹みが入った南蛮胴を、脱ぎ捨てる。

もう一度。

今度こそ、見切る!

正眼に構え、間を測り。

脇を締め、気を纏い。

かわす。間を詰める。

よし、抜けた!

この間合いは、刀の間だ。長物では……。

「やあああああっ!」

サラ!?

もう一段、気合を乗せてきた!?

振り下ろしてくる?

打ち込みの余裕を、消された!

ならば、刃をかわして……。

柄を、叩く! 

ここは、気合だ!

「おおおおおっ!」

斧が、地面に食い込んでいく。

その柄に、木刀を深く叩き込む。

さらに足をかけ、踏み込む。

サラの剛力でも、俺の体重と脚の踏ん張りを跳ね除けて、重い斧を持ち上げることは、不可能。

ここで斧にこだわるようなら……。

さすがに、そのような愚は犯さない。

サラが、見極め良く跳び退る。

また、木斧を手に取るのか?

……何だ?鎧を脱いで、篭手を取って。

手に、布を巻いている?霊気を纏わせて。

ステゴロか!

斧道場、分かってる。

剛力揃いの自分達の、強みを。

白銀色の、鎧。

サラ・E・ド・ラ・ミーディエの象徴。

それを脱いでも、最後まで、戦うんだな?サラ。

受けて立つよ。

でも、俺は、ステゴロは少し……。

「千早さん。」

「フィリア殿、これにござるな?……ヒロ殿!」

投げ込まれたのは、白扇。

さすが2人も、分かってる!

木刀を、下に置く。

白扇を手に取り、腕を伸ばし、向かい合う。

拳かと思ったら、いきなり前蹴りか。

えげつない!

だけど、さすがに。

徒手格闘では、孝・方ほどの実力は、サラには無い。

回し蹴りを潜り。

突き出された正拳に左前腕を添えて撥ね。

白扇を、頚静脈に突きつける。

ライネン先生の、声がかかった。

試合終了。

お互いに一礼。三人の審判にも一礼。

「ミーナ。すごいぞ、君の鎧。命拾いした。次に向けて、要望を出して良いか?」

迷わず、最初に声をかけてしまった。

「重量と、気の伝導の問題だね?『あの材料』なら、それだけで両方カバーできる。ゴメン、ヒロ君。その鎧、動きを阻害してた。」

「いや、説法師の一撃を食らって、身が無傷なんだ。最高の鎧だよ。感謝してる。」

雑談の輪に、対戦相手ご当人が、寄って来た。ティナを後ろに従えて。

「ヒロ先輩、今日はありがとうございました。いつも以上の力を出せたような気がします。」

「途中で二度、壁を破ったでござるな。気合声を発したところにござるよ。」 

「課題は、何でしょうか。」

「斧の振りを、腕に頼っているように見えた。胴や脚から、体全体で振るようなイメージで練習すると、もっと鋭くなると思う。……ってことを、よく言われる。」

「相変わらず締まらぬでござるな。されど、某も、さよう見立てた。なお無手格闘は、まだまだ練習の余地あり、にござるな。」

それにしても。

「ティナ。俺を殺すつもりかよ。」

「怪我の一つもなく、しゃあしゃあと。縮こまってんじゃねえぞ?」

俺のへその下あたりに伸びてくる手を、フィリアが杖で打ち払う。

「何だよ、減るもんじゃなし。」

「ヒロさんの、勝者の、名誉のためです。」

「なるほど、速い足運びの邪魔をしないサイズ、と。あんたも意外と話せるねえ、フィリア?」

かえって名誉が損なわれてやしませんかねえ?

俺、いちおう勝者ですよ?