The Story of a Different World Dynasty - When I was reincarnated, I was treated like a Necromancer, but I started to wonder if it was bad.
Episode 266: Coming in and out of Kingsguard, Part 1
雅院のお茶会、その話題は次々と流れて行く。
「マグナムさんの件、どうなっているのです?」
極東の征北大将軍府……いや、アスラーン殿下がその任を離れた今では征北将軍府であるが。
その征北将軍府から兵部省に派遣されていたマグナムが、この春近衛府に転任してきた。
「ヒロ君。マグナム君は僕の小隊に編入したいのだが」
その言葉を口にしたイーサンは、俺を見ていなかった。
書類に目を落としたまま、務めてさりげなく。
その様子を窺おうかと思って、取りやめた。
並んでいた俺とイーサンに注がれる、複数の視線を感じたから。
「お願いできるか?……マグナムのヤツ、得をしてる。文官仕事に王都生活、最高のチューターじゃないか」
サインを走らせながら、しかし意識は隣に集中させつつ。おもむろに口を開く。
視界の端に、肩の動く気配。
「いや、僕の都合さ。周囲に純粋の軍人が少ないものでね」
固い声だった。
最初からその言葉を口にしておけば良かったと、悔いているかのようで。
だがそれで終わるような、「いい人」でもない。
未来のデクスター公爵だもの。
「『上』には、ヒロ君のほうから掛け合ってくれるか?」
親指を立て、肩越しにぐっと動かしていた。
何かひと言、口にすべき場面ではあった。
が、俺のほうから「『上』に掛け合ってやる」などと言ってしまえば。
それは追い討ちのマウンティングになる。イーサンも突っかからざるを得ない。
そして本気で突っかかられたら、カレワラではデクスターにかなわない。
こちらが肩を竦めることで、波風立てずに収めたという次第。
雅院でお茶を楽しむ姫君には、その様子も筒抜けなのである。
近衛の若者たちは、女官の皆さまにとって最大の関心事のひとつでもあるから。
「こっちはエメから聞いてるんだからね? 何カッコつけてんだか。要はあれでしょ? 有力な子分の奪い合い」
しかしここまで実も蓋も無くこき下ろされていると、何割ぐらいの男子が知っていることやら。
ともかく。
今やクロウの家名を加えたマグナムは、それこそ若き日のアレックス様、ティムル・ベンサム、最近知り合ったレネギウス・エクシアといった人々に比肩する「大駒」である。
将軍職に至るとは断言できないが。その一歩手前までは、確実に昇進する。
「奪い合いにはならないさ、レイナ。マグナムは極東閥、メル傘下。そこは動かないからね」
そもそもマグナムは純・軍人なのだから。
文官であるデクスター家の「子分」になることはありえない。
だいたいどんな手を使ってでも、メル家がひきつけておくに決まっている。
ソフィア様だぞ?
「それを『上』にどう説明するんですの? カレワラ小隊長殿?」
「上」……近衛大隊長にして、メル閥の長であるメル公爵であり、極東閥の長であるソフィア様・アレックス様であり、彼らの代理人たるフィリア子爵である。
当人を目の前にして煽ることはあるまいと思うのだが。
カレワラ小隊に編入し、マグナムを確実に引き付けておくべきではないのか?
イーサンと奪い合いを……デクスター相手に駆け引きをして勝利を収め、メルの名を高からしめるべきではないのか?
と、まあ。
それがメルの「子分」として期待される態度であろうと、煽っているのである。
近衛府の連中も、そうしたいざこざを期待してこちらに注目していたわけで。
「マグナムには文官仕事と王都の現状をしっかり見ておいてもらいたいはずだろ、メル家としても。ならば俺につくよりイーサンにつくほうが絶対に良いさ」
近衛府での発言を繰り返しておく。
しかしかように「沸点の高い」対応は、面白みが無いのである。
公達連中、そして姫君連中からすれば。
「ヒロ先輩、イーサン先輩と張り合うようになったんですね」
サラが口にするような「観点」が現れ始めたところでも、ある。
俺はイーサンに次ぎ、半年遅れて従五位上に昇任した。
家格の差を思えば、「功績」では俺の方が先行しているように見えなくも無い。
とはいえその差のゆえにこそ、カレワラではデクスターには張り合えない……いやそれ以上に、役割が違うというところもあるのだけれど。
そこをあえてライバル的に持ち上げることで、イーサンを牽制させようと。
突き上げに怯える先任連中が画策しているようなところは、確かにある。
「トワが分かり始めたみたいですね、先輩?」
だがトワの理屈を知り尽くすサラにも、勘の良いレイナにも、緻密な思考を巡らすフィリアにすら、論理的理解を飛び越えてくる千早にさえも、知られていないことがある。
「251の会」、その存在だ。
俺とイーサン、マグナム。いざとなれば、当人同士顔つきあわせ腹を割って話し合える。
(なかなかそうも行かないものよ? 男にとっての出世争いってのは、ね)
(さよう。意地の張り合い、謀の巡らし合いもあってこその「友」にござるよ。足をすくわれるような「友達甲斐のない男」にならぬよう、心されよ)
アリエルとモリーのつぶやきに、イーサンの固い声を思い出す。
「僕の下には、腕自慢がいないから。マグナム君はこっちにお願いできるか?」
素直にそう発言することができなかったイーサン。
「君がこれ以上勢力を増す事は看過できない。手駒を引き抜き、僕も自前の『暴力』を強化させてもらうぞ?」……と、そう聞こえやしないかと。どこかで意識していたのだろう。
「そう聞こえたってかまわないさ」と、余裕を見せるほどの差が無くなってきているのだ。
俺とイーサンと、家を捨象した個人のレベルでは。
18歳。
日本でも、就職し始めたりする時期だ。
学生のような友達づきあいは、過去のものとなりつつある。
全てを聞き取り、口を開いたフィリア。
その声には不満が乗せられていて。
「理解はします。が、父や姉夫婦がどう言うか」
その「気分」は、メル家の皆さんに共通するもの。
声の主も、小さく頬を膨らませていた。
「公爵閣下も理解してくださるはず。『面白くない』とは思われるだろうけど」
「不愉快だ」の意味ではない。「つまらないなあ」の意味。
公達連中と同じ野次馬根性、「ヒロ君の、ちょっといいとこ見てみたい!パーリラパリラパーリラ (殴れ!)」ってなもんである。根が陽性の方であるだけに。
お互いに殴り合えば、「妙な気分」を後に引かずに済む……そうした犀利な打算を忘れぬ人でもあるけれど。
「ソフィア様も、『面白くない』と思われるだろう。だけど……」
こちらは「不愉快だ」の意味。
イーサンをねじ伏せ、マグナムをガッチリ引き付けておかぬようでどうすると。
「常に力を見せつけ、圧倒しなくてはいけません」という思想の持ち主でいらっしゃるから。
「アレックス様を通じて、説得をお願いするさ。繰り返しになるけど、マグナムには絶対にそのほうが良い。それはフィリアも、ソフィア様だって分かってくれるだろう?」
ため息をつき、呆れ顔を見せる。
「ええ、分かってはいるのです。しかし理屈ではない部分、あるでしょう?」
「無いとは言わせぬでござるぞ?……飲み込んでしまうのが、ヒロ殿なれど」
まあね。
マグナムを「部下」として迎えられれば、心強いことこの上無い。
「目の前で持って行かれた」ことにも、思うところが無いとは言わぬ。
「こういう時、『男子に生まれていたら』と思わなくもありません」
「まこと、さようにござる」
近衛府に並び立つ、フィリアと千早か。
さぞ堂々たる、それでいて爽快な公達ぶりであったろうと思う。
「何よヒロ、鼻の下伸ばして」
「ヒロ先輩? それこそが公達の『お仕事』でしょう?」
「想像上のその英姿を、己が姿としていく」
それこそがお仕事、ね?
姫君がたに「お姫様」のひと時をお過ごしいただくためにも。